『残念なスカウト』は勝ち筋を作る ~索敵・罠・毒。笑われた地味な技術で仲間を勝たせる~ 作:久瀬ヤスノリ
朔は今日もダンジョンに潜っていた。
休みだからという理由もあるが、前に見つけておいた素材を採取しに来たのだ。
昨日、真琴から勧められた夜間学校のことは、まだ頭の片隅に残っている。
とはいえ、今すぐ何かが決まるわけでもない。
休みの日にやることまで変わったわけではなかった。
スマホの地図アプリに登録してあるポイントマークまで来ると、朔は探索者用ベストのポケットから、百均で買った小さなスクレーパーを取り出した。
岩肌に生えた、こんもりとした苔へスクレーパーを差し込む。
苔を引き剥がすと、裏側から粘り気のある液体が伸び、細い糸を引いた。
糸引苔と呼ばれる所以だ。
それを採取用の広口瓶へ入れる。
同じ作業を何度か繰り返し、一つ目の瓶をいっぱいにした。
二つ目の瓶に取りかかろうとした、その時だった。
「すごいな。納豆みたいですね」
突然、後ろから声をかけられた。
朔はびくっとして、その場から離れるように振り返る。
「あ、ごめんなさい。急に声かけちゃって」
そこに立っていたのは、ポニーテールで、戦士風の装備を身につけた女性だった。
カンナと呼ばれていた子だ。
「あなた、昨日の」
気まずい。
どうしていいかわからず、とりあえず会釈だけしておく。
「あ、えっと……探索者の間では、納豆苔って呼ばれてます」
沈黙が怖くて糸引苔のことを説明したつもりだった。
だが、口に出してから気づく。
これでは、自分が納豆苔と名乗ったみたいじゃないか。
カンナは一瞬だけ呆気に取られたような顔をしたあと、ふっと笑った。
「そうなんですね」
柔らかい笑顔だった。
恥ずかしさと気まずさで混乱した頭の中で、何か取り繕う言葉を探す。
だが、何を言っても余計に酷くなる気しかしない。
「そういえば、すごいですね。今朝、本当にダイアウルフを倒したみたいで」
カンナは感心したように続けた。
「私たちなんて、逃げるだけで精一杯だったのに」
自分が怪我をしたことなど、もう何でもないことのような口調だった。
今朝、朔のところにも、ダイアウルフを倒したというメッセージが動画付きで送られてきていた。
でも不思議と、ヒルジャイアントの動画を見た時のような動揺はなかった。
だから今回は、
『おめでとう。やっぱり凄いですね』
と、本心から返せた。
相手から見れば、前と何も変わらない文字の並びかもしれない。
それでも朔にとっては、大きな違いだった。
「……はぁ」
ただ、今回の戦闘に朔は参加していない。
カンナが自分も一緒に倒したと思っているのなら、訂正するべきだ。
そう思ったのに、口から出たのは間の抜けた返事だけだった。
言えばよかった。
すぐに後悔したが、カンナはそんな朔を気にした様子もなく、スマホを少し操作した。
「このペンダント、見ませんでした?」
カンナが画面をこちらへ向ける。
そこには、今より幼いカンナと、父親らしき男性が写っていた。
二人とも、楽しそうに笑っている。
カンナの胸元には、羅針盤の模様が刻まれたペンダントが下がっていた。
「ごめんなさい。見てないです」
「そうですか」
カンナは一瞬だけ残念そうな顔をした。
だが、すぐに笑顔へ戻る。
「もし見かけたら、ギルドに届けておいてもらえますか。お願いします」
そう言って軽く頭を下げると、カンナは後ろで待っている二人の仲間のところへ歩いていった。
ショートヘアの子と目が合った。
朔は反射的に会釈する。
一瞬、向こうの眉が寄ったように見えた。
それでも無視はせず、会釈に見えなくもない程度に、ほんのわずかに頭を下げた。
朔は3人を見送ると、この一瓶だけいっぱいにしたらやめると決めて、作業を再開した。
一瓶がいっぱいになるまでは、それほど時間はかからなかった。
このまま行けば、もしかしたらあの子たちはまだいるんじゃないかと思ったのだが、今日は早く帰りたい。昨日の魔石や素材を換金したい。
多分、湊の誕生日プレゼントを買って、焼肉に連れて行っても十分お釣りが出る金額のはずだ。
プレゼントは、湊に何が欲しいか聞いたのだが、別に何もいらないというので、ワイヤレスイヤホンを買うことにした。
湊が百均で買ったワイヤレスイヤホンの片方がなくなってからだいぶ経つ。
ちょっと高くてノイズキャンセリングがあるものを買ってあげたい。
どうせ「そんな高いものいらない」と言いながら、大事に使ってくれるはずだ。
本当はポイズンフラッグという魔物の毒袋を採取して帰りたいのだが、日曜日は人が多いので狩り場が荒らされる。
下手なトラブルに巻き込まれるよりかは、今日は帰ってゆっくりしようと決めていた。
「えーマジで。一ポイントだけ足りないって、なんか悪意を感じるよ」
ちょうど帰り道、3階層へと続く階段の前を通りかかった時に声が聞こえてきた。カンナたち3人組だ。
「ダイアウルフの出現情報を提出しちゃったからね。ちょうど土曜日だったから、急いでデータ更新したんだろうね」
そう言ったのは、カンナだった。
「でも2階層をこれだけ探しても見つからないってことは、やっぱり3階層だよね」
ヒーラー風の装備をした女の子が言うと、ショートヘアの女の子は、うんうんとうなずいた。
「さすがに保険適用外じゃ、入っていくわけにはいかないよ」
そうやってブレーキ役を買って出たのがカンナだった。自分のせいで二人にリスクを冒させることは、気が引けるのだろう。
そんなことを考えながら、そのまま横を通り過ぎようとすると、カンナがこちらに気づいた。
ペンダントは見つかっていない。
というか、申し訳ないが、探してすらいなかった。
軽い会釈だけして通り過ぎよう。
そう思ってなるべく目を合わせないようにしていたのだが、こういうことを考えている時は、いつも悪い結果の方に事が運んでしまう。
「あのすみません。もしよかったら一緒に三階層に潜りませんか」
そう声をかけてきたのは、今まで接点がなかったヒーラー風の女の子だった。
「ちょっと何言ってんの、日和」
ショートカットの子が慌てて止めに入る。
「そうよ、私の都合に巻き込むのは悪いわよ」
カンナもやんわりと止めに入る。
「でも、もしソロでポイントが足りなくてウロウロしてるなら、私たちと利害が一致するじゃない」
「いや、そういう意味じゃなくて、昨日のこともあるし…」
「そうか、それなら誘っても大丈夫なんだ」
呑気に言ったのはカンナだった。
「あー、だからなんで、あんた達は自分マインドにポジティブなの」
「千紗は考えすぎだよ、聞くだけのダメ元って、低コストでハイリターンだからいいじゃない?」
日和は淀みのない口調で淡々と言う。
「やってみないとわからないじゃない」
カンナがにっこりと笑って続ける。
千紗は二人を交互に見つめ、諦めたように大きなため息をつくと、「どうぞ」と手のひらを朔の方に向け、行くよう促した。
そのジェスチャーを見て、二人がこっちを向いてニコニコと歩いてくる。会話の内容は丸聞こえだったし、笑顔に圧がある。
正直帰りたいというか、本当に帰ろうとしていたところなんですが。
「あのすみません。もしよかったら一緒に三階層に潜りませんか」
日和は、先ほどのセリフを全く一字一句違わず綺麗になぞって言ってきた。
天然なのかもしれないが、強メンタルの素質が見える。
「無理にとはいわないですが、是非お願いします」
カンナが言った。
何やら日本語の使い方が間違っている気がする。
でも具体的にどこが間違っているのかきちんと説明できる余裕は朔にはなかった。
可愛い女の子一人でもさばききれないのに、二人で来るなんて、それはさすがに卑怯じゃないですか?
朔は内心で思ったが、今は視線をどこに置けばいいのかすらわからない。