『残念なスカウト』は勝ち筋を作る ~索敵・罠・毒。笑われた地味な技術で仲間を勝たせる~ 作:久瀬ヤスノリ
あの二人と来たら、空気が読めないというか、空気を読まないというか。
いつも真面目に考える私が馬鹿らしい。
私、水野千紗にとって、こんな流れはもう何度目か分からない。
それでも二人の考えに付き合ってみようと思えるのは、ときどき私には見えないものが、あの二人には見えているように感じるからだった。
でも、今回ばかりはどうかと思う。
斥候職を馬鹿にするような、あんな配信をしていた奴と一緒に行動するなんて……。
後藤朔。
『残念なスカウト』なんてふざけた題名で、動画を配信していたやつだ。
ただでさえ、斥候職というのは誤解されやすい。
戦士系よりフィジカルが弱い。
魔法使い系のような火力はない。
ヒーラーのように仲間を回復することもできない。
得意なことといえば、情報を集め、整理し、危険を回避すること。
でも、そんなものは圧倒的なフィジカルや火力を前にすれば、どうしたって見劣りする。
だからこそ、大事なのだ。
斥候としての信用というものが。
それを、この男は何も分かっていない。
分かっていないなら、分からせてあげる必要がある。
将来、ギルドで探索者の安全に関わる仕事を目指している私としては、見過ごせない。
胸の奥でくすぶっているものを私なりに整理した。
「後藤さん。この三階層に出現する魔物、きちんと把握してますか?」
これくらいは知っていて当然だ。
斥候職なら。
「コボルト、ケイプリザード、ケイプボア、アーマードビートル、アラームビートル、ケイプバット、ダイアウルフ、ヒルジャイアント、グリントラット……それと、トロルですね」
もっとぐだぐだと答えるのかと思っていた。
物静かというか、鈍臭そうというか。
相変わらず視線は定まらないし、挙動もどこか頼りない。
なのに、魔物の名前は淀みなく出てきた。
……まあ、大体は合っている。
ただ、一つだけ違う。
トロルは第三階層には出現しない。
今朝、念のためにもう一度確認したばかりだ。
そこは間違いない。
でも一応、合格点といったところか。
とはいえ、この程度は斥候職なら常識だ。
「じゃあ、ヒルジャイアントを倒したのに四階層へ進む階段が出てこなかったのは、どういうことだと思いますか?」
「……たぶん、ヒルジャイアントはガーディアンだったんだと思います」
「なぜですか?」
「後から動画を見返したんですけど、前衛が一定の距離まで離れると、ヒルジャイアントは追ってこなかったんですよね。気性の荒い巨人種にしては不自然でした。それに、倒した後、奥の部屋で宝箱が見つかったって言ってたので。たぶん、そうなのかなと」
……筋は通っている。
思っていたより、まともな判断をする。
でもまあ、斥候ならこれくらいは――
「そういえば」
日和が、朔に近寄り、首をかしげて覗き込んだ。
「ダイアウルフを倒した後、四階層へ降りる階段は出現したんですか?」
顔が近い。朔はピクッと反応して上半身をのけぞらせると、スマホを取り出して確認し始めた。
面白いように慌てている。
日和は男たちにモテる。容姿と性格がいいというのもあるが、この子の距離の取り方が男たちを勘違いさせる。
「まだ連絡が入っていないので、多分見つかってないのだと思います」
朔は日和から一定の距離を保ったまま、スマホのメッセージを確認し、そう言った。
「まだ今朝のことだから、そんなにすぐには見つからないわよ。特に徘徊型の階層主は倒した場所の近くに出現することはないからね」
「そうなの?じゃあダイアウルフも階層主じゃないって可能性もあるってことなのね?」
私の言った言葉に反応したのはカンナだった。前衛として一番ダイアウルフと対峙したのはカンナだ。
前衛として思うことはあるのだろう。倒したという動画が上がった時も、悔しそうな顔をしていた。
その気持ちは私にもわかる。
せめて階層主に敗れたというのであれば、敗北の傷も浅く感じる。
くだらない考え方だが、それでも、すぐに埋められない実力の差を痛感して、今までの努力を否定されたくはない。
「普通に考えたら低いんだけど、ゼロではないかな。でも、ヒルジャイアントが階層主じゃなかったという時点で、ダイアウルフの可能性が高いわね。そう思いませんか、後藤さん」
「……普通に考えたら、そうだと思います」
私がそう言うと、後藤はびくっと反応し、ボソボソとそう言った。
私は日和とは別の意味で、この男を身構えさせるようだ。
「普通に考えたら」という言葉のチョイスが気になった。
多分、この男なりの考え方が、少しだけあるんだろう。
それなら言えばいい。斥候職が自分の考えをきちんと言わないのは問題だ。
あえて言わない、そういう選択をする時もあるが、今回はそういう場面ではない。情報共有の場面だ。
やはりこの男は向いていない。
とりあえず一つの結論を出しておいて、千紗は自分のすべき仕事を始めた。
斥候職としての仕事だ。
《魔素残滓視認(マナ・トレイル)》
千紗の瞳が、淡い青色へと変わる。
生物が発する魔素や、その場に残された微かな魔素の痕跡を視認する、斥候職のスキルだ。
地面にうっすらと淡い青白い足跡がいくつか浮かび上がる。
今にも消えそうな薄い光もあれば、少し濃いめに残る光もある。
千紗は天井を見る。天井には、濃く残る光が2つあった。
「ちょっとまって」
千紗は左腰の後ろへ手を伸ばし、小型のリカーブボウを引き抜いた。
続けて右手を腰の矢筒へ。
《ギアクイーバー》。
腰に収まるそれは、見た目だけなら十五センチほどの短い筒にすぎない。
千紗がその口へ指を差し入れると、何もなかったはずの空間に矢羽根が触れた。
それを掴み、一気に引き抜く。
短い筒の中から、六十センチを超える一本の矢がするりと姿を現した。
そのまま弦につがえ、天井の青白い光に向けて矢を放つ。
「ギィッ!」
短い悲鳴を上げ、岩肌から剥がれるように黒い塊が落下した。
落ちてきたのは巨大なコウモリだ。天井の岩肌と同じ毛色で擬態してるが、目だけ赤色に光っている。ケイプバットだ。
「ギィッ!」
カンナたちが落ちたケイプバットを確認している間に、千紗がもう一匹を仕留めていた。
逃げることもせずに擬態を続けていたようだが、今回は相手が悪かった。
千紗は崩壊が始まるケイプバットの体から矢を回収した。
矢の先を確かめ、ギアバッグから専用の砥石を取り出し、二度だけ滑らせた。
それから何事もなかったように、矢をギアクイーバーへ戻す。
「相変わらずクールだね、千紗ちゃんは」
日和がパチパチと音を出さない小さな拍手をして、そう言った。
「魔素の反応が強く残ってる足跡があったわ。多分ケイプボアだと思う。数は2匹以上かな」
千紗はケイプバットの魔石を回収しながら伝えた。
前方に残る魔素の痕跡はまだ濃い。
そう遠くにはいないはずだ。
しばらく進んで、T字路でもう一度マナ・トレイルを使う。
魔素の残滓の反応からして、右側のもう少し先にいるはず。
「右側にいると思うから、準備しといて、倒すわよ」
千紗がそう言うと、カンナは頷いてから剣を抜き、日和は「わかった」といってギアバッグからメイスを取り出して、前方に注意を向ける。
「あの」
少し進んだ後、うしろから遠慮がちな声がした。
振り返ると、後藤はこちらを見ていなかった。
私たちが選ばなかった通路の奥へ、じっと顔を向けている。
「何ですか?」
「……後ろからも来てます」
「後ろ?」
思わず聞き返した。
「一匹。多分、ケイプボアです」
少し間を置いて、付け加えた。
「……走って、こっちに来てます」