『残念なスカウト』は勝ち筋を作る ~索敵・罠・毒。笑われた地味な技術で仲間を勝たせる~ 作:久瀬ヤスノリ
後ろから来てる、しかも走ってきてる。
後藤の職業はスカウト。
スカウトのクラススキルの索敵をつかったのだろう。
そんな気配は見せなかったし、索敵を使ったということは私の斥候としての判断を信用してなかったということだろうか。
少しムカつくが走ってきているのなら、そんなことを気にしている場合ではない。
「わかったわ、ありがとう。でも、後藤さんは手を出さないでください。連携が崩れるので」
ケイプボア1匹ぐらいだったら、私たちだけで十分だ。
後藤が言っていた方角を見るが、奥は暗くて何も見えない。
そんな遠い距離を索敵して、ケイプボアの足音を判別したのだろうか?
走っている足音なら判別しやすいかもしれない。だが、それでも多くの音を拾ってしまう索敵というスキルは、使い勝手が悪いと聞く。それを私達に気づかれないうちにやってのけたというのか。
信じがたいが、疑って危険の可能性を無視するわけにはいかない。
マナ・トレイルで暗い通路を見る。
奥から青白い光の反応がある。
本当にケイプボアのようだ。
後藤のいうように、走って来てるならパニックになってるはず。
そのまま戦闘になるだろう。
正面の攻撃に強いケイプボアには、私の弓では分が悪い。
「日和、ケイプボアの突進、止められるわよね」
「大丈夫だと思う、あの子基本まっすぐしか来ないから」
「カンナ、仕留めてね」
「了解」
カンナが前に出て剣を構える。
足音が聞こえてきて、ケイプボアの姿が見えた。
確かにこちらに向かって来ている。
大きな体からは想像できないほどの勢いで、一直線にカンナへ迫る。
それでも、カンナは動かなかった。
剣を構えたまま、真正面から迫るケイプボアを見据えている。
「《防護障壁(ウォード)》!」
カンナの剣が届く、その一歩手前。
何もなかった空間に半透明の障壁が展開された。
――ドンッ!
「ブギィッ!」
ケイプボアの鼻先が障壁に叩きつけられ、鈍い衝撃音と鳴き声が重なった。
障壁の表面に波紋のような光が走る。
突進の勢いをまともに受けたケイプボアの頭が跳ね上がり、前脚が地面から浮いた。
その瞬間、障壁が光の粒となって消える。
カンナが踏み込む。
無防備にさらされた首筋へ、剣を振り抜いた。
「ブギャッ――!」
刃が深く食い込み、ケイプボアの体が大きく傾く。
そのまま地面へ倒れ込み、二、三度脚を震わせたあと、動かなくなった。
「ナイス、日和」
「どういたしましてー」
いつもの二人のやり取りに、思わず顔の筋肉が緩んでしまうが、すぐ表情を引き締めて反対側の通路を見る。
「安心するのは、まだ早いわよ」
マナ・トレイルを使って見ると、小さな光が3つ確認出来た。
1つの光は上にある。ケイプバットだろう。
思ったより近くにいるようだ。
後藤の方を見ると、後藤も既に意識をそちらに向けている。
あの距離だと、あのまま前に進んでいたら前後で挟撃されてたかもしれない。
取り敢えず、礼でも言っておこうと後藤の方に向かおうとすると、後藤は前方にスタスタと歩きはじめた。
何?
ギアバッグから折りたたみ式のクロスボウを取り出して、準備までしはじめてる。
「ちょっと、後藤さん勝手な行動しないでください」
私がそう言って止めても、後藤は歩みを止めない。顔だけこっちにちらりと向けて、「早く倒した方がいいです」とだけ言った。少し申し訳なさそうに会釈をして、前を向くと走り出した。
「ちょっと待ってよ!」
何なの。だからって、あんたが前に出る理由にならないじゃない。
それに上にはケイプバットがいる。
マナ・トレイルを使えないあいつが気づくはずがない。
せっかく見直したのに、結局この男は!
千紗がケイプバットのことを警告するより早く、朔は上を向いてクロスボウを構え、引き金を引いた。
「ギィッ!」
ボルトが当たり、ケイプバットが地面へと落ちる。
どういうこと?
なんで、マナ・トレイルを使えないスカウトがそんなことをできるの?
走りながら天井にいるケイプバットの擬態を見破るなんてことは、不可能なはず。
後藤は倒したケイプバットのことなど見向きもせず前に進む。
そして走りながら次のボルトを装填している。そんなことは一朝一夕にできることではない。
なんなの、こいつ?
「ちょっと待ちなさいよ!」
私が追いかけながら叫んでも、後藤は止まらない。
「ブギィッ!」
後藤がクロスボウから放ったボルトが前方にいるケイプボアに命中し、悲鳴を上げさせた。
クロスボウのボルトぐらいでは、ケイプボアを倒すことなんてできない。そんなことをしても、反撃を浴びるだけだ。
気性の荒いケイプボアは、地面を蹴って後藤に向かって突進してきている。
やっぱりそうなった。
ケイプボアのタックルは、斥候職が防ぎきれるようなものではない。
「さがって!」
先に声を上げたのはカンナだった。
カンナは私より早く動いている。
戦士のカンナなら、ケイプボアと正面からやり合える。
それに、後ろからは日和がついてきているはずだ。
後藤は一度だけこちらを振り返って「とどめをお願いします」とだけ言って、クロスボウを畳んでギアバッグにいれて走り出す。
そして後藤はケイプボアにぶつかる寸前で、突然、大きくジャンプしてケイプボアを飛び越える。
なんて無責任な、興奮しているケイプボアを私たちに押し付けるなんて。
「日和!」
私は日和のいる後方を見る。
しかし、日和との距離は思ったより遠かった。ウォードが間に合わない。
そう思った瞬間、「ブギィッ!」と声をあげてケイプボアが転んだ。
一瞬何が起こったのか分からず、その場に立ち止まるカンナと私。
「カンナ、とどめ!」
後ろから日和が叫んだ。
日和の声でカンナは正気を取り戻し、転んで腹を見せているケイプボアに詰め寄り、根元に剣を突き立てる。
「ブギッ……!」
剣を刺されたケイプボア。神経締めをされた魚のように一瞬だけ体を反り返らせた後、そのまま動かなくなる。
その足には黒い撒菱が刺さっている。
これって、動画の……。
「千紗ちゃん後藤さんのサポート!」
再び日和の声が聞こえる。
「ブギィッ!」
日和の声のすぐ後にケイプボアの悲鳴が聞こえた。
見ると、その肩口に投げナイフが突き刺さっている。
またあいつ、わざと挑発してる。
もう一匹のケイプボアは鼻息を荒げて後藤を睨みつけている。
後藤はすでに身構えていた。右手にコンバットナイフ、左手に何やら鎖についたものを持ち、それを振り回している。それが何かは分からないが、私の知る武器の中では鎖鎌が一番近いだろうか。ただ、鎖の長さは短い。それをブンブン回している。
ケイプボアが地面を蹴るのと同時に、後藤は姿勢を低くし、回していた鎖を投げた。
放たれた何かが、地面すれすれを飛んだ。
そしてそれがケイプボアの前脚に、黒い影がぶつかり、まとわりつく。
「ブギィッ!?」
巨体が傾く。
前脚を取られたまま、突進の勢いそのものに押されるように、巨体が横倒しになり、土埃が跳ね上がる。
そこに後藤が飛びかかる。
ケイプボアはまだ自由の利く後ろ足で体勢を立て直しにかかる。首を大きく振り、その鋭い牙で後藤に対抗しようとする。
次の瞬間、目に見えない何かがケイプボアの頭を横に向けた。一度ではない。最低二回、もしくは三回、何かが当たったように私には見えた。
横になったケイプボアの首に、後藤はコンバットナイフを突き立てた。
「ブギッ……!」
ケイプボアが悲鳴を上げ、その場から逃げようと後ろ足を必死に動かすが、後藤はナイフをもう一度突き刺し、そこに体重を込める。
「ブギィッ!?」
小さく悲鳴を上げた後、ケイプボアの後ろ足は動かなくなった。
どういうこと!?
何が起こったのかわからないし、何故こういう行動をしたのかもわからない。
女の前で格好つけたいとかそういう理由だとしたら、逆効果だ。
少なくとも、私はこんな勝手な行動をする男が嫌いだ。それが斥候職ならなおさらのこと。
「どういうことですか!説明してください!」
私たちが後藤の元に近寄って、そう言うと、後藤はケイプボアにナイフを突き立てたまま目を閉じていた。
何を考えてるんだこいつは。かっこつけているつもりなのか。
「後藤さん!!」
さすがに腹が立ってきた私は、大きな声で問い詰めた。
その大きな声に、後藤は耳を塞ぎ、痛々しい顔をする。
そして私の前に手をかざして、やめてくれというジェスチャーをする。
なんなのこいつ!
うるさいとでも言いたいのだろうか。ふざけている。
「すみません、索敵を使っていたので……ちょっとだけ、待ってください」
索敵、なんでケイプボアを倒した今そんな事。
後藤はしばらくして、私に向けて差し出していた手を下げ、目を開けた。
「間違いありません。狙われてます。俺達」