人を助け、異世界に仲間と共に世界を救う。素晴らしい、美しい物語。
はたして何を救ったのだろうか。
仕事
男が目を開くと見慣れない景色。薄暗い世界を規則的に置かれた灯篭が照らしている。地面は石畳、まるで神社の境内のような道だ。左右に並ぶ家家はどれも現代的とは言えない。学生の頃、半分ほど夢の世界で旅をしながら受けていた授業で見た江戸時代の風景だ。
そして、どこもかしこも騒がしい。まるで宴が開かれているようだ。暖簾に飲み屋と書かれた店が並び、街ゆく者は皆、人ではなかった。ある者は額に一対の角を持ち、ある者は下半身が馬。
男が苦笑し、目頭を押さえ、天を仰ぐとそこに星はない。ただあるのは、月のように輝く巨大な石のみ。
「ようこそ、幻想郷へ。歓迎するわ」
男の横に立つ女が目の前に現れて笑う。それと同時に男を拘束していた謎の腕も離された。男が振り返るとそこには複数本の狐の尾を持った女性。まるで中国の法師のような白のロングスカートに青の前掛けのようなものを被せている。
男は舐めるように見たのちに一言こぼす。
「なるほど力で勝てないわけだ。にしても良い身体だな」
「はい?」
男の突然の発言に狐の女が固まる。何か文句を言いかけたとき、助けた少女が興味深そうに狐に疑問を飛ばす。
「藍さま良い身体というのはどういうことですか」
「それは」
男は内心ほくそ笑みながら純朴であり、それ故に難しい問いに困っている狐女に背を向けて女に視線を戻す。一部始終を見ていた女は扇子で口元を隠してはいるが笑っているのは明白だ。
「早速、仕事内容を教えてもらおうか」
「仕事は執事よ。これから向かう館の主人に使えてもらうわ。きっと相性はいいから安心しなさい」
「執事だ?まぁ、いいか」
「ご不満?」
「いや、ただもっと危険な仕事かと思っていただけだ。こんな力技で誘拐するような輩だしな」
後ろで少女に質問詰めにさせられている女を一瞥して男は戯ける。道路の真ん中で茶番を繰り広げる彼らを町民は一瞥程度はするものの気にも止めず宴を続けている。
「その点は悪かったわ。ただ、やはり貴方にとっても悪い話ではないはずよ」
男は再度天井を見て、周囲を見渡す。そして、女に視線を戻す。
「あぁ、そうかもな。なんにせよ早速ご主人様の場所に案内してもらおうか」
「いいわ。ついてきて頂戴。少し歩くわ」
「了解」
人外がゆく道を女に先導されながら進む。体の一部が明らかに人間でない、一目見れば人ではないとわかるものもいるが、一見すると人間だと思えるような者もいる。その為だろうか、道ゆく者は男に興味はないらしい。歩みを進める先には大理石で作られた巨大な館。周囲の建物とは異なり、西洋風のそれは白い雪景色の中、空を目指す炎の様な違和感がある。
「ここが貴方の新しい家よ」
「随分と豪邸だ。だが、俺はまだご主人様に会ってない、拒否されたらどうすれば良い」
「そうね。もしそうなったらセカンドプランがあるわ。ただ、大丈夫よ。拒否されないわ」
「一体どういう自信なのやら」
ついに眼前に迫った豪邸、鉄格子で作られた黒い門は誰も受け入れることがないように閉じられているが、その間からは綺麗に整えられた庭が見えている。この館の主人が好きなものが薔薇なのか、青と赤のバラ主軸に複数の花が咲いており、数匹の鳥が鳴いている。そのうち1匹と男の目が合うと、と首を傾げて飛んでいった。
「ただの鳥にしては賢いな」
「あら、わかるの?」
「どの程度俺について知っているのかと思ったが、そうでもないんだな」
男と女、そして、遂に追求から逃れた女が門の前で待っていると奥の館の扉が開き、1人の女性が出てくる。ただ、彼女もまた人間ではない。まるで熟れた果実のような赤い髪、それを左右で黒いリボンで三つ編みにまとめ、黒いワンピースを羽織る姿は一見人間だが。頭に生えた一対の猫耳と2本の尻尾がそれを否定する。
「紫さんですか、彼が例の?」
「えぇ、そうよ。さとりは今大丈夫?」
「はい。今案内しますね」
少女はそのままあると門の錠を開ける。鉄が擦れる不快な音と共に、ゆっくりと開かれた門の中に男だけが招かれた。
「なんだ、お前はこないのか」
「えぇ、私達はここまで、もしもダメだったら迎えにくるわ」
それだけ言い残して紫は消える。一瞬、空間が裂けたように見えた。おそらくはあれが紫と呼ばれた女の能力だと理解して、男は猫耳の少女に向き直る。
「名前は?」
「俺は...そうだな。ななし。お前は?」
「ななし?偽名かい?私は火焔猫燐、火車だよ」
「まぁ、名前はここで新しくもらう予定だ。にしても火車ということは妖怪か、道中で察しはついていたが、そういう者の居場所なんだろうな、ここは」
淡々と、男は現状を把握していく。男の性質上、相手と交流を交わせば考えの大方を把握することができる。故に、紫と会話を交わす中で、ここが人ならざるものの最後の楽園であるということは周囲の情報と思考から理解していた。
「で、会話の感じ俺の主人はさとりって妖怪か。なるほどな」
「色々察したかい?聞いていた通りだね」
「まぁ、俺はただの人間だがね」
男は肩をすくめ、それを見た燐が苦笑する。
「なんだよ」
「いや、さとり様を頼むよ」
意味ありげな発言に男は目を細めるがその発言の意味を察するには情報が足りなかった。
「ここで駄弁っていても仕方がないね。早速さとり様のところに案内するよ」
「あぁ、頼むよ」
背後で門が閉まり、鳥が数匹飛んできて施錠する。館の扉はバラの意匠が施されている。よく出来ていると思いながら眺めていると意思があるかのようにゆっくりと開かれる。中では2匹のライオンが戸を押し開いており、仕事を終えると左右に座る。
「いろんな動物がいるな」
「ライオンは襲うかもしれないけど、怯えたりしないのかい?」
「どうやら俺を食う気はないし、目の前に妖怪がいるのに今更肉食の動物に驚かないだろ」
「それもそうだね」
館の中はまるでカーテンを閉めた一室のように薄暗い。頼れる灯りは、ステンドグラスから差し込む光とぼんやりと発光する床程度のものだ。ただ、内観はかろうじて確認できた。目の前には二対の階段が2階へと向かい、左右には廊下が広がっている。外観通りに中は広く、どころどころに動物がいた。そして、その全てが囀ることも、唸ることも、鳴くこともなく、ただ男を見つめている。
「暗いな」
「動物によっては眩しいと良くないのも居るからね」
「お優しいことだ」
燐を追うように階段を登り、廊下を歩く。これだけ動物がいるというのに異臭もなければ、汚くもないというのはよく躾けられていると言うべきだろう。
燐が廊下の一室の前で止まる。
「さとり様」
「お燐ですか。例の人ですね。入れてください」
「頑張って」
燐は男の背を叩き、廊下を歩いていく。1人残された男はため息と共に扉を開く。ほのかにかおる薔薇の香りに迎えられて、正面には広い机。そこに薄桃色の髪をした少女が書類の山に囲まれながら座っている。見た目は中学生程度だろうか、だがその目に年齢不相応にもくっきりとクマが刻まれている。着替えるのが億劫なのか、もこもこした桃色のパジャマを着ている。
「ようこそ。幻想郷へ」
手に持ったペンを置き、少女は立ち上がる。そこで初めて男と少女の視線が交差する。
「なるほど。紫は相変わらず性格が悪いですね。私はこの見た目ですが、大人ですので勘違いしないでください。そして今あなたの予想通り、心が読めます」
「そうか。で、雇ってもらえるんだろ。仕事は?」
やけに淡々としている男にさとりが不思議そうに首を傾げる。
「何か他にないんですか。私の体に紐みたいなものでつい
ているこのサードアイについてとか、この幻想郷についてとか」
「さーどあい?どうせそれで心をよんでいますみたいな話だろ。幻想郷についてはまぁ、概要は察しているからいらない。詳細は暮らしてればわかる。あと、一応答えておくが、別に俺は心を読まれることについてはどうも思ってない。と言うか興味がない。勝手に読めば良い」
「隠し事も見られたくないことも全て見透かしますよ」
「だからなんだよ。俺が考えていることをどう思われたとて、どうでもいい。それに、俺も察せる」
さとりはまるで猫騙しにあったかにように固まり、そし何かに気づいたようで苦笑する。
「なるほど。紫も本当に人が悪い」
「出会って間もない奴に言うことでもないが、俺もあいつは碌な奴じゃないと思う。人攫いだしな。で、仕事は?」
「そうですね。この館の動物達にはできないことをしてもらおうと思っています」
「了解。で、何すれば良い?」
「まずはこの書類を見てください。読めますか」
男はさとりの横に回り込み、机上に置かれた資料に目を通す。地上からの酒の入手申請。地底への降下申請。新しい店の開店申請。どれも日本語で書かれており読むだけであればなんの難もないものだった。
「あぁ。読める」
「でしたらこれを仕分けて欲しいのです。申請は今見てもらったものの他にトラブル申請しか無いです。わからないことがあれば、都度聞いてください」
「わかった」
男は周囲を見回して部屋の隅に置かれた椅子を見つけるとそのまま持ち上げて、さとりの正面に座る。
「こっちがまだ処理してない奴だな。早速だが、始めよう」
「はい。お願いします」
以降、室内には黙々と紙を捲る音だけが囁くようになり続ける。双方の間に特段の会話はない。問題があったとして、さとりは心を読み、その問題を解決し、言葉足らずな部分について男は察して行動する。山のように積もっていた申請は1時間も経たぬうちに仕分けられた。
「終わったな。そっちの処理はどうだ?」
「おかげさまで順調です。お燐に部屋に案内させますね」
「あぁ、でもあんたも寝ろよ。目のクマすごいぞ」
「ありがとうございます。でも、しないといけない事ですから」
立ち去ったと思っていたが、どうやら扉の近くにいたらしく、すぐに扉が叩かれ燐の声が聞こえる。
「さとり様。どうしましたか?」
「彼を部屋に連れて行ってあげて」
「わかりました」
扉を少し開いてことにこちらに手招きする燐の方へ男が歩くが、その部屋を出る直前で何かを思い出したかのように振り返る。
「頑張るのは良いことに間違いはないが、自分が大丈夫なら良いってわけでもないぞ。俺みたいに孤独な奴なら別だがな」
それだけ言い残して男は燐に連れられて去っていく。部屋に残されたさとりは手元の書類を見て少し笑う。
「やはり紫は性格が悪い」