東方心覚想 さとる執事とさとり妖怪   作:黒犬51

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私は交流は苦手です。
しかし、頑張りました。
でも、何も得られないどころか失いました。


3話 幻想郷について

幻想郷について

 

 さとりの部屋を後にして、男は燐の後を追って自室に向かっている。相変わらず廊下に設けられた鳥籠や扉の隙間から様々な動物が物珍しいものを見るようにこちらを覗き込んでいる。ただ、こちらを覗き込むのみで、接触だけはしてこない。まるで動物園の檻に入れられた様な、そんな居心地の悪さを感じながらに、猫の様に軽やかに歩を進める燐の後を追う。

 

「きたのが貴方で良かったよ」

「評価が早いな。1日目なんてみんな猫を被るぞ」

「猫を被るならまず敬語を使うんじゃない?」

「それもそうか。燐さんとでも呼ぼうか?」

「今更よしなよ」

 

 お互いに苦笑しながら軽口をこぼす。こんな風に他者と会話したのはいつぶりだろうか。僅かな友人はいたが、彼らには彼らの生活があった。1人を選んだ俺とは違う。そもそも人間とは群れで生きる生き物だ。俺のような奴の方が少ない。

 そんな意味もない自己回想に浸っているとに燐が一室の前で足を止め、ポケットから一本の鍵を取り出して開錠、それを手渡してくる。

 

「ここが部屋だよ。好きに使ってくれて良い。何か質問はがあれば答えるよ」

「そうだな。この世界にある能力について教えてくれ、大方妖怪の特性みたいなのがそのまま形になっているイメージだが」

「うん。その通り。だからさとり様は心を読める。私は火車だからね。死体を持ち去るのがメインだけど、火もだせるし、怨霊とかも操れる」

「やっぱ妖怪の特性が表立つ感じだな。部屋はここか?」

「そ、好きに使ってくれて良いよ」

 

 燐に開かれた扉から中に入る。レイアウトはさとりのものと全く同じだった。1人で寝るには大きすぎる寝台とまるで訪問者を迎え入れるかのように置かれた主人のいない机。その後ろに置かれた本棚は数冊の本が閑散と置かれている。

 

「デカいな」

「部屋は余ってるからね。夕食の時間になったら呼ぶから好きにしてて良いよ。本棚に幻想郷のこと書いてある本を本棚に入れておいたから興味があったら読んでみて」

「至れり尽くせりだな。ありがとう」

 

 手を振って燐と別れる。別に睡魔もないため、そのまま本棚に向かい、本を物色する。文字の不安はあったが、先のさとりに任された仕事の件で問題ないことは把握済み。実際、並べられている本の冊子も問題なく読めた。そのうちから一冊を選び、机に置いて椅子に腰掛ける。椅子もかなり高価な物なのか、ずっと自分のものだったかのように身体を受け止められる。

 そのまま、本を確認する。題名は幻想郷縁起、著者名は稗田阿求、苗字は読めなかったが、おそらくはひだとでも読むのだろう。

 本を開き、内容に目を通そうとした時、視界に家具以外のものがあることに気づく。それは扉に寄りかかるようにして立っている少女だった。灰色の髪に、白いキャミソール。体には紫色のコード、そしてさとりと同じようにサードアイがついている。だが、大きな違いはその瞳が閉じていることだった。どこか病院から抜け出してきたのかというのが初見の感想だった。

 

「お兄さん」

「なんだ。さとりの色違いみたいなのがきたな」

「色違い...まぁいいや、妹だから実際そうかもね」

「勘もたまには当たるな。何か用か?」

「いや、どんな人なのか気になっただけ。悪い人ではなさそうだね」

「どうだろうな。とって食うかもしれないぞ」

 

 男は両手をあげて威嚇のポーズをして、限界といいたげに吹き出す。

 

「まぁ、人間の俺よりもお前の方が強いだろうから食われるのは俺だろうがな」

「人間。そうなんだね。ありがとう。お姉ちゃんをお願いね」

「あいよ」

 

 男が瞬きをした瞬間、少女の姿がまるで最初からそこにいなかったかのように消える。周囲を見渡すが、誰もいない。音もなく少女は消えていた。

 

「これもなんかの能力か」

 

 そのまま視線を再度本へと戻す。内容はこの地について、そしてその住民についてだった。俺のいるこの館は地霊殿というらしい。そしてここはは地下にあるらしく、元々は地獄だったらしい。思えば天井を見た時に空はなく、光る石だけがあった。

 地上には様々な物があるが、わざわざ出向いて行こうなどと思えるほど興味を惹かれるものも無かった。何より、妖怪闊歩するこの世界で俺の様な人間が出歩けばどれだけ命があっても足りないだろう。

 住民についてはどうやら危険度のようなものがあるらしく、対応方法、どこにいるか、種族の概要、能力、二つ名が記されてある。一部、対応方法に諦めろといったような文面や不明と記載されていた。不明はわかるが、対応方法諦めろとは書物としての意味合いが怪しい。まぁ、会うなということだろう。

 数刻のうちに読み終えた男が最も興味を持ったのはさとりについての文面だった。居住地は地霊殿。この館の名称だ。二つ名は怨霊も恐れ怯む少女。これについてはよくわからない。この場所が旧地獄とだったことが影響しているのかと思うが、推測の域を超えない。種族はさとり妖怪。本人の意思と関係なく他人の心が読めるらしい。対応方法はまず会うことがないので問題ないとのこと。会ったとしても好戦的ではないので特段問題ないらしい。戦闘能力の評価も高い。まぁ、心が読めるのだから戦闘能力が低いわけがない。

 他にも様々な情報が記載されていたが、特に気になったのは妹についての情報だった。ページの指定があったのでそこに飛ぶが、そこには古明地こいしという名前しかなく、全ての情報が不明になっていた、

 

「マジの幽霊だったか?」

 

 死んでしまっているなら突然消えたのにも説明がつくが、先の交流で死んでいるとは思えなかった。幽霊と話した事があるわけではないが、漠然と死体と話していたわけではないと感じていた。

 男は本を閉じて棚に戻す。それ以外にも数冊の本がある。何か他に情報を得られるようなものがないかを事典や辞典、歴史書の並びに一冊、場違いな題名の物があった。

 

「反則探偵?」

 

 興味の赴くままにそれを手に取るとどうやら小説らしい。これで幻想郷の何かがわかるんだろうか。著者名はない。手に取って、開こうとしたタイミングで戸が叩かれる。

 

「ご飯だよー」

「あぁ、ありがとう」

 

 本を机上に置き、扉を開くとそこには燐が立っていた。

 

「案内するから着いてきな。幻想郷については、わかったかい?」

「おかげでな。一応幻想郷縁起ってやつは読み終わった」

「早いね。なんとなくの地理とか、やばいやつとか書いてあったでしょ」

「あぁ、わかりやすかった」

 

 先ほどあった少女、恐らくは古明地こいしについて、相談をすべきか迷っていると、食堂に着いてしまった。テーブル自体は大きくない。5人しか座れない。その内2席はさとりと巨大な黒い羽を一対背に持つ少女で埋まっており、到着に気づいたさとりが笑顔を向けてくる。

 すでに多くの動物も到着しているらしく、相変わらず居心地の悪い視線を感じる。

 

「休めましたか」

「あぁ、部屋が豪華すぎてビビったが」

「小さいよりはいいでしょう。それに色々仕事して貰いますから」

「暇よりはいいな」

 

 大量の仕事を投げるつもりらしいさとりを笑い、わざわざ椅子を引こうとする燐を制して、自分で豪華な椅子に座る。机上にはまだカトラリーを除いて何もない。

 

「そういえば名前を決めないとですね。燐から聞きましたよ」

「そうだった。あっちの名前は捨てたくてね」

「ならこよみにしましょう」

「即決だな」

「ご不満ですか?」

「いや、名前なんて識別子みたいなものだからな。良いさ」

 

 特段嫌味ではない。感謝もしている。ただ、今思えば、少し嫌味に感じるだろうかと思い、さとりを眺めると笑っている。心を読める少女にとってはこの心の挙動はまるで大声で会話しているのと変わらないのだろう。

 あぁ、なんと気が楽な事だろうか。

 

「本当に読まれることに何も思ってないのですね」

「あぁ。俺は嘘をつかない」

 

 おどけて笑う。嘘だ。何度も吐いたことがある。生きる上で、必要最低限。嘘は便利だ、だが、それは麻薬のようなもので、多用すると取り繕う為に必要な嘘が増える。

 だから必要最低限。相手が傷つかない様に、相手から好感を得られる様に、察して嘘をついた。

 

【その通りです。私もそれには同意します。時に嘘で塗り固めた外套を纏う者を見かけますが、流れそうになるたびに嘘で縫うのは簡単なことではないでしょう。少しでも色が違えば、その違和感に相手が気づきますから】

「その通りだ。俺たちのような奴には意味がないしな。まぁ、ただ理解もできる。素をだしてそれが否定されるのが怖いのさ。それで結局いつまでも素が出せなくなるなら意味がないが」

 

 この会話を聞いた燐が驚いたように俺に顔を覗き込んでくる。

 

「なんだよ」

「サードアイがどこかについてる?」

「付いてない。あぁ、でもわからんな。こっちきてから自分の体は見ていないし、実はあるのかもしれない」

「それはないので安心してください。私たち覚妖怪と貴方は違うものですから」

「まぁ、俺は人間。いや、そうなのか。まぁ、仕方ないな」

 

 諦観にも似た苦笑をする男。その心境に何があるのか、それはさとるさとりと彼本人にしかわからない。

 ただ、男の表情には恐怖も、憎悪も、感激も、悲観もない、ただ、メイド服を身に纏った小さな羽の生えた妖精によって目の前に運ばれてきた料理を眺めるようにそれと言った感動も感傷もない。

 

「ところで、貴方の家族について教えてくれませんか」

「弟と妹がいた。きっと元気にしている。俺よりも優秀だったからな。各々頑張っているだろうさ」

「連絡はとっていないのですか?」

「年賀状が来るくらいなものだ。それ以上にはお互い関わらない」

「寂しくはないのですか」

「寂しいとは感じない。ただ、愛していないというわけではない。すこやかに元気に生きてくれればいいとは思っているし、もしも助けを求められれば助けもする。家族だしな」

 

 目の前に置かれたサラダをフォークで口へと運ぶ。味は普通だ。ただ、上にかかっている半透明なドレッシングが美味い。

 

「会いたいとは思わないんですか」

 

 さとりからの問いかけに、男は即答しなかった。不自然な間が生まれる。男はフォークでサラダを口に運び、咀嚼して、ゆっくりと飲み込んでから回答した。

 

「思わない。その方が互いのためだ」

「それは、その能力のせいですか」

「能力については正直まだわかってない。もしかしたら彼らも持っていたのかもしれないからな。俺が距離を置くのは、ただ違うからだ。俺と彼らは違う。人間という種族は同じだが、淡水でしか生きられない魚と海水でしか生きられない魚。一緒の水槽では飼えないだろう?」

「でも、家族でしょう?どうしてそこまで、区切れるんですか」

「そうだな。それこそ家族だったからだと思う。俺は当然の感情として家族を愛している。だから、俺という魚と一緒にいることで苦しんで欲しくなかったし、俺もあまり気を遣いたくなかった」

 

 男の前に置かれた皿は飛んできた妖精によって持っていかれ、黄金色のスープが入った皿が運ばれてくる。

 

「家族にはそう考えていることを伝えたんですか?」

「いや。俺は君たちと違うから一緒に暮らせないなんてキザなセリフは言えない。ただ、独り立ちしたってだけだ」

 

 こよみは言い切ると黄金色のスープを口に運び、口内で少し転がして嚥下、そこで初めてずっと向けられていたさとりの瞳を見つめ返す。

 

「生きとし生けるもの須く、最後には孤独になる。俺はそれを少し早くしただけだ」

「良いですね。私もそれくらい思い切りが良ければ良かったのかもしれません」

「これだけ慕われている奴には無理だ」

 

 笑って吐き捨てると、こよみは再度スープを口に含む。今度はしっかりと味わう。口内に複数の野菜と肉の複雑だが調和の取れた味が広がった。

 

「でもあなたにはできたと」

「あぁ。友人も少なかったからな。お前もその気になればできるだろうが、燐含めてた動物達がいるだろう。だから無理だ」

 

 事実、こよみにそれができた理由はその切り捨てが出来たからだった。だが、それ以上に切り捨てる相手が少なかったと言うのもある。友好関係が多いほど、対応は難しくなる。

 

「さとり様」

 

 何も答えないさとりを不安そうに燐と黒い羽の少女が見つめる。

 

「心配するな。絶対にさとりはその気にならない。俺とは天秤が違う」

 

 こよみは残されたスープを飲み干してさとりを見つめる。こよみにはまだ理解できなかった。古明地さとりがなぜこの場でそんなことを言ったのか。彼は自ら孤独を選択した。それは、彼を特段慕うものがおらず、友好関係も広くない。だから逃げた、それだけだった。だが、目の前の少女は違う。逃げなかった。能力を利用して地位を上げ、部下にも慕われている。そんな中でなぜこんな発言をするのか。だが、理由はこの場で聞くべきではない。漠然とそう感じた。

 

「そうですね。私にはできません」

 

 今度は妖精によってスープが下げられ、肉が運ばれてくる。以降は特段会話もなく、気まずい空気の中で食事を行い、解散し、燐の案内で部屋に戻る。なぜか食卓にいた黒い羽の少女もついてきた。

 

「なぁ、燐。なんでさとりはあんなに思い詰めてるんだ」

「それはさとり様に直接聞いて欲しい。私たちは言うのは簡単だけど、それはさとり様の口から来て欲しい」

「そうか。で、こいつは誰だ?食卓で聞きそびれた」

 

 こよみは視線を同行している黒い羽の少女に向ける。少女と言っても身長もサイズも、あの食卓では1番大きい。

 

「お空、自己紹介しな」

「私はお空」

「短いな。まぁ、いいか。俺はこよみ。よろしくな。あと風呂ってあるのか、ここに来る前に一波乱あってな。できれば服も着替えたいし、風呂にも入りたい」

「あぁ、それなら八雲紫からもらっているから部屋のクローゼットに入れておいたよ。風呂場はあなたに部屋を出て右奥」

「了解。なんで俺の服を持っているかは聞かないでおく」

 

 ご丁寧に案内された自室に入り、こよみはクローゼットに向かう。開く前からすでに男1人が使うには大きすぎるのが理解できるそれを開くと、大人1人入ってダンス出来そうな広さの中に整然と自分のものでは無い黒いスーツが並べられている。

 

「スーツで寝たくねぇ。それにサイズ知ってるのか?」

 

 愚痴をこぼしながら格式ばかりが高そうな服の間を縫う様にして寝巻きを探す。体をほぼクローゼットの中に入れる様な状態になり、初めてそれらしきものを見つけた。どうやら内部は二列になっており、前列にスーツ、後列に私服の様なものが並んでいる。私服と言っても黒のチノパンにシャツという塾で教師でもするかの様な服ばかりだったのでルーズな服を好む彼の趣味にはあっていない。体をクローゼットから脱出させ、手に取った寝巻きを確認するとこれまた黒いシャツの様なものだった。と言っても、硬さはなく、言うなれば洋風のホテルに泊まった際に配布される寝巻きのような、ルーズさはあり彼に取っては悪くなかった。それを片手に抱きながら、再度クローゼットへ、先ほど視界に入っていたタオルを取り、脱出する。

 そのままそれを寝台に放り投げ、こよみは机に向かう。机上には先ほど読み始めることのできなかった反則探偵という書籍が置かれている。彼は嫌に座り心地の良い椅子に腰をかけ、再度本へと向かい合った。

 

 

 

 

 

 

 

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