ウマ娘の領域の領域の解釈って色々あるよねという話。
そこんとこどう思う?小僧
「領域とは、時代を作るウマ娘のみが足を踏み入れることが出来るとされる世界だ。踏み入ったウマ娘のみ、先達からそれについて詳しいことが伝えられる」
今は私がその役割を担っている。きぃ、と音を立てて生徒会室の机の前の椅子が回り、それに座っている人物の視線がこちらを射抜く。まだ少女と言われる年齢なのが信じられない威厳をまとった、“皇帝”と呼ばれるウマ娘が、そこにいた。
「申し訳ない、先生。こうやって呼び出す形になってしまって」
「いや、別にいいよ。それで、その“領域”がどうしたんだ?」
「あー、それ、なんだが……」
なんとも言えない顔をして言葉を濁すシンボリルドルフ。普段の生徒会長としての彼女の姿を見ている側からすると、非常に珍しい光景だった。机の上で組んだ手を離して、頭痛をこらえるように頭を押さえて。それから、慎重に言葉を選びながらゆっくりと話し出した。
「“領域”を持つものは、相手がそれを持つかをなんとなく感じることが出来る。そう、それで──
──あなたから、“領域”の気配がする、のだが……」
人ではなくウマ娘だったりしないだろうか、と自分でもそれはないと思っているのか微妙な顔をしながら首を傾げるシンボリルドルフに対して、無言で自分の耳を指さした。自分はまごうことなきヒト耳である、と。ウマ娘は人のそれよりも高性能な耳を頭の上に備えているので、本来人の耳がある部分には何もない。
だからこそ、人の耳があるということはウマ娘ではないという証明にもなるのだ。そもそも性別からして違うので、あまり意味のある仕草ではなかったかもしれないが。
「すまない、それはそうだな。どうにも疲れているようだ。時間を取ってしまい申し訳ない」
「頭下げないでくれ。“皇帝”様にそんなことされたら据わりが悪い」
それから二言三言話して、肝心の要は終わったとみて生徒会室を後にしようと踵を返しかけたとき。俺の背中を貫くように、雷が迸った。咄嗟のことに思考が追いつく前に、身体が勝手に反応して回避行動をとる。
回避してから、その雷には敵意が込められていないことも、そしてこの部屋の中一帯が“領域”で満たされていることに気が付いた。
「やはり、見えていますね。……ウマ娘以外には、見えない筈なんですが……」
やっぱりウマ娘じゃないんですよね、と領域の中で玉座を背にして立つ皇帝がその威容に矛盾するほどなんとも言えない顔をしながら首を傾げる。それに対して、今度は無言で頭の上を指し示した。どう見てもウマ耳なんてない、髪の毛しか生えていない頭がそこにはある。
困ったようにそうですよね、と呟くシンボリルドルフを尻目に、先ほどとは様相が激変した生徒会室内、いや領域内をぐるりと見まわす。興味深い現象だった。呪力もない、術式もない筈の彼女が使って見せたそれは、ほんの少し違うものの、性質はほとんど自分の知る“領域”と同質のものだったから。
いうなれば、ルールの強制だろうか。術師が使うそれも。術式の効果を理不尽に必中効果で押し付けてくるものだが、これは必中とまではいかないようだ。その証拠に、先ほど自分は彼女が放った雷を回避出来てしまっている。
「面白いな、生徒会室を外殻にして生得領域を具現化してるのか? 危険はなさそうだけど」
そう言いながら、飛んできた小さい雷を拳で弾く。思った通り、攻撃力は無い様で簡単に弾けてしまう。面白い、とても興味をそそられるものなのだが、これは何の役に立つのだろう。そう思っているのが伝わったのか、目を見開いてこちらを見ていたシンボリルドルフが咳ばらいを一つしてから、ゆっくりと口を開いた。
「領域は本来、レース中に何らかの条件を満たして初めて使えるもの。今のこれは簡略化に簡略化を重ねた張りぼてのようなもので……。まぁ、本来なら大抵の場合、領域は“自分の知らない豪脚”を引き出してくれる」
「へぇ……、バフみたいなもんか……」
相手を自分に有利な空間に引き込んで、自分にはバフを、相手には妨害をってところかな。ますます俺の知っている領域染みてきたぞ、と興味津々で目線を滑らせながら観察する。見れば見るほどほとんど自分の知る領域そのものである。自分には六眼などという便利なものはないので詳しい効果は分からないものの、きっと先ほどの雷が何か悪さをするんだろう。
しかし、ウマ娘のレースってそんなバトルアニメみたいな感じなのか。知らなかったな。相手を怪我させるようなものではなさそうだし、大丈夫そうか。
「あの……?」
「面白いものを見せてもらったからな、お礼だ」
両手で掌印を組む。呪力を昂らせて、小さく「領域展開」と口に出すと、これまで幾度となく広げてきた自らの領域が、瞬きする間もなく元々その場にあった領域を押しつぶし、勢力を広げていった。
「興味深いものを見れました。このお礼はぜひまた」
「こちらこそだ。色々と話したいこともできたなぁ」
平時の様相を取り戻した生徒会室の中で、どちらともなく手を差し出して握手をする。気になることが多いのは事実だ。呪力がないからと、自分の知っているものが何もかも無いと決めつけるのは早かったかもしれない。よくよく考えてみればデジタルのあれは完全に摩訶不思議な現象の一つだし。最近当たり前になりすぎて忘れていた。
ぎゅ、と握った手に力が籠められる。顔を上げると、生徒会長の顔ではなく、闘志をたぎらせた一人の競技者としての顔でこちらを見る“皇帝”の姿がそこにはあった。
「いつか、共に走ってみたいものです」
「俺はただの人だぞ?」
「御冗談を」
強いウマ娘特有の勘のようなものだろうか。完全に身体能力も普通ではないのがばれてるなぁ、と思いながらするりと力を込められている手を抜き取る。手の内からいつの間にかなくなっていた俺の手を見て、更に獰猛さを増した笑みを浮かべてきたシンボリルドルフを前にして、こちらも軽く笑みを浮かべた。体から立ち上る闘気が目に見えるようだった。“皇帝”などと呼ばれていることは知っていても、未だにこの世界の常識に疎い自分ではその凄さも、戦歴の華やかさもきっと実際の3割も理解できていない。
どこかでちゃんと理解しておかなくては、と一つ息をつく。生徒会室の大きいドアを開けて外に出ていく俺のことを、シンボリルドルフは最後までじっと見つめていた。
〇
ウマ娘にとっての領域とはいったいどのようなものなのか。シンボリルドルフは『時代を創るウマ娘だけが踏み込める領域』と称した。
俺は、自分の知る領域と酷似したものだと理解した。それはつまり、自らの生得領域ないし、心象風景を現実に持ってくることで自分に有利な空間を形成する術だということ。
では、領域とはどのような場合に、どのような者に発現するのか。シンボリルドルフの他にも幾人かに聞いて回った。傑出したウマ娘の他にも、熟練のトレーナーならば知っているかもしれない、というシンボリルドルフの言葉を信じて。
結局、明確な答えを得ることが出来たのは六平トレーナー、沖野トレーナーの二人からだけだったが。
強力なライバルとの叩き合い、特に最終直線で発現することが多いとは六平トレーナーの談、そして、そのレースにかける思いが大きいほど急に覚醒する奴が多い気がする、というのは沖野トレーナーの言葉だ。
それらの言葉を総合して、俺は一つの仮説を立てた。“領域”とは、ある一定以上の実力を持つウマ娘が、強烈な“自己”をもって世界に影響をもたらすある種の偶然の産物であるということ。
シンボリルドルフのように、発動条件を把握して自由自在に操っている方が異常なのだ、と。
しかし、気になることもある。強烈な“自己”の発現。それのトリガーになるのが追い求めていた夢なのか、それともライバルに負けたくないという思いなのか。どちらでも構わないが、そこに共通するのはある種の“危機感”だ。
負けたくない相手に負けてしまう。長年の夢が目の前で手が届かないかもしれない。そんな危機感。そして、領域を持つウマ娘同士が衝突した場合にまれに起きるという、『領域の衝突』。
それらすべての要素を鑑みて、俺は。
「……いけるかもなぁ」
そう、一人で呟いた。
「一回だけ一緒に走ってほしい、って?」
「あぁ、お願いできないか?」
別に頭なんて下げなくてもいいわよ、と溜息交じりにそう言ったのは、ジャージ姿で今からトレーニングをしに行く様子だったアヤベだ。
ゆらりと尻尾を揺らす彼女のそばには、同じく不思議そうな顔をしてこちらを眺めている妹もいる。今は眼鏡をはずしているので見えていないのだろう。見えていないことを良いことにアヤベの目の前で好き勝手やるのは止めてあげて欲しいものだが。
「でも……。いいの? 学園のコースだと結構他にもいるわよ」
「あぁ……、そうかぁ……」
俺がウマ娘と並んで走れる身体能力を持っていると知るものはあまり多くない。今の時点でちゃんと見たことがあるのは今目の前にいる二人くらいなものだろう。別にばれても構わないとは思っているのだが、それを口にすると顔を青くしたアヤベに止められてしまった。曰く絶対に面倒なことになるから出来るだけ隠しておきなさい、とのことだ。
「……夜の、誰もいなくなった時間なら」
「いいのか? 大分遅いだろう」
「いいの。……どうせ、あの子と星を見るつもりだったし」
走り終わったら一緒に見てくれるのでしょう? と小首をかしげるアヤベに笑顔で頷いて。一旦その場を後にした。
きっと学園のトラックには今日もたくさんのウマ娘とトレーナーたちが繰り出しているのだろう。普段は顔を見せることのない俺が言っても怪しまれるだけだ。
一度だけこちらを振り返ったアヤベに軽く手を振って。こちらに突撃してきた妹を受け止めて、約束の時間までは仕事を片付けようと決意した。
「あぁそうだ、この並走で俺に勝ったら、何でも一つ言うことを聞いてやろう」
「……本当に?」
隣に並んだアヤベの瞳が煌めく。芝のコースにはもう他に誰も人影はなく、夜間練習用のライトの光だけが煌々と光っている。あれすら消えたら、星灯りだけを頼りに寮まで帰ることになるのだろう。そんな静かな芝の上、スタート地点と定めた場所に並んで立って、開始の合図を待っていた。
「本当だ。……だから、本気で来いよ?」
「ッ……。誰に言ってるの」
妹の掛け声を合図に走り出す。今回は俺の実験も兼ねたたった一周だけの並走だ。
最初にあぁ言ったのは少しでも発破をかけることが出来たら、と思ってのことだったのだが。
うぅむ。思ったよりも気合が入ったらしい。前を走るその背中からは並々ならぬ思いが伝わってくるようだ。
まぁ、丁度いいか。
後ろを取ったのも、発破をかけたのもすべて一つの目的を果たすための実験だ。最終直線に入る直前、第4コーナーの終わりにアヤベが差し掛かったところ。都合4馬身程離れた彼女に向かって、今までよりも力を込めて芝を踏み込んだ。
ドン、と音が鳴る。勢いに負けてえぐり飛ばされた芝が視界の端で流れていく。更にもう一歩、もう一歩と大きく音を立てながらじわりと差を詰めて。
一歩ずつ、ほんの少しずつ強くなっていくように調節しながら、前を走る背中に弱い殺気を放つ。そして、並行して、簡略化した掌印を片手で結んだ。
「領域展開」
領域のトリガーとなるのがある種の危機感だとしたら。それを呼び覚ますのは何なのか。きっと勝利への、夢への渇望がそうなのだろう。
ただ、それを平時に強く強く心に留め置くのは難しい。だからこそ、実戦で覚醒する例が多いのだ。
しかし、“生への渇望”だったら? 辺りを囲んだ真っ黒な領域の中で、後ろから破裂的な足音をさせながら迫ってくるナニカが居たら? そして、領域に対抗できるのもまた領域である、とウマ娘の本能がそれを知っているのなら。きっと。
「ーぁ、あ゛ああ゛ぁぁぁッ」
ディオスクロイの流星
一面の黒が打ち破られ、夜空に満天の星が踊る。闇を切り裂くように走った流星を背に受けて、目の前まで迫っていたアドマイヤベガが更に加速していく。
まぶしいその背中を見ながら「成ったな」と、そう呟いた。
【速報】小僧、わざマシンになる。
これで伸び悩んでるウマ娘とトレーナーの前に現れて、「力が欲しいか?」とかやれるな小僧。夢が広がるじゃないか。