小僧、アヤベさんの連絡先は…。え?交換してない?
本当につまらんな(呆れ)
「君は、果てを知っているかい?」
「果て?」
「タキオンさん……、変なことを言わないでください……」
果てというのが何を指しているのか具体的には分からない。しかし、シンボリルドルフと走ったところを見られていたのならば、色々と聞きたいこともあるだろうし、話も長くなるだろう。そう思って近くにあった切り株に腰を下ろす。
人工的なベンチのそれとはまた違う座り心地を感じながら、ものすごく微妙そうな顔をしているマンハッタンカフェを尻目に話を切り出す。もう夕方だ。秋の日はつるべ落としと言うように、日が落ちるのはすこぶる早い。
急がないとすぐここも暗くなってしまい、気温はさらに下がるだろう。あまり時間をかけたくはなかった。
「で? 俺に聞きたいことがあるんだろ?」
「おぉ! 話が早い人は好きだよ?
……そうだねぇ、じゃあとりあえずこの薬を飲んでくれないかい? いやなに、お近づきのしるしというやつだよ」
「えぇ……」
白衣の内側から取り出されたその薬とやらは、なんだかもはや見るからに怪しい見た目をしていた。そもそも液体は普通光らないし、複数の色が完全に混ざり合うことなく混在して、常に流動していたりもしないはずなのだが。
飲めば一発で逝ける毒です、と言われても信じてしまいそうな見た目をしているそれを、満面の笑みで差し出してくるアグネスタキオンを見て、そして、すぐ傍にいるマンハッタンカフェを見る。
絶対にダメです、とでも言いたげに首を振っている。彼女のおともだちは、どうする? 処す? 処す? とでも言いたげにアグネスタキオンに向かってシャドーボクシングをしていた。多分、彼女が本気で攻撃をしたら大抵の生物は死ぬからやめてあげてほしいと思う。
一瞬考える。基本的に毒物の類は効かないし、そもそもこの学園の生徒が毒物を渡してくるとは考えにくい。その見た目はまあ置いておいて。味に関しても、宿儺の指や他の呪物よりもひどい味であることはそうそうないんだろう。呪物を飽きるほどに口にした自分にとっては、他の人ならば多少の忌避感を覚えるであろうその薬、薬? を前にしても、ちょっと引くなぁというくらいの感想しか出てこない。
まあ別に飲んでもいいか、という感想に至るまで、そこまで時間はかからなかった。
「じゃあ失礼して」
「虎杖さん⁉」
ぐい、と勢いよく飲み込む。なんだか粘性を持った液体が喉を伝っていく感触がある。思いのほか味もそこまで悪いというわけではなかった。せいぜいカカオ90%以上と謳っているチョコレートを、さらに5倍ほど土っぽくして2倍ほど苦くした程度か。別に食べられないわけでもない。思ったより良心的だ。
ただ、欲を言えば粘性は取ってほしかったところだ。口の中に少し残ってしまう。飲む側の気持ちも考えてほしいものだ。
全て腹の中に収めて、少し待つ。はらはらした表情でこちらを見つめてくるマンハッタンカフェも、こちらに変化が起こらない様子を見て少しほっとした顔を見せた。その次の瞬間。俺の身体が唐突に7色に光り始めた。
「なぜ光る……?」
「アッハッハッハッ! 失敗だねぇ、これは!」
おかしいだろう、人体の構造的に。そう思いながら、ぺかぺかやかましく光る自分の両手をしげしげと眺める。どういうわけか、体全体から、それこそゲーミング電球のごとく色を変え、光量までご丁寧に変えながらピカピカやっているのだ。光り始めた本人としては、何よりも困惑の感情が勝ってしまう。
多分、全身が光っているから顔も光っている。そもそも、それが原因で少し眩しいし。話をするのにこれ以上なく不適格な状態にされた気がするんだが、どういうつもりなんだろうか。視線を自分の両手からアグネスタキオンの方に移す。失敗だと言って高笑いしていた彼女は、表情が険しくなったマンハッタンカフェから綺麗なアイアンクローを決められているところだった。
「何を……、笑っているんですか……」
「痛い痛い、痛いよカフェ……。悪かったって、光ってるだけじゃないか……」
「それを決めるのは……、虎杖さんです……」
「あー、これってどれくらいで元に戻るんだ?」
かなり愉快な状態になってしまったが、正直、光っているだけならまあ笑えるし可愛いものなので、しばらくこのままでいてもいい。ずっとこのままだと言われると困るので、それは反転術式での分解を試みないといけないことになるが。
「分からないねぇ!」
「タキオンさん……?」
「じょ、冗談だよ……。大体いつもなら1日くらいで元に戻るはずだよ?」
「一日ね……」
明日も休日だし、別にいいかと結論づける。たづなさんに見られたりしたら二度見くらいはされそうな状態だが。やろうと思えば分解もできそうだけど、ちょっと自分の状態を鏡で確認してみたい気持ちがないわけでもない。今すぐ元に戻してしまうのはもったいないだろう。しばらくこのままでいよう。
「で……、あれは何の薬だったんですか?」
「あれかい? あれはね、正直になんでも言ってみたくなる薬さ! ……失敗だったけどねぇ……」
「自白剤じゃん、なんてもの飲ませてんの?」
思わずすん、と表情が無になってしまったのも仕方がないだろう。別に聞かれても何か嘘をつくつもりはなかったが、それ以上に隠さないといけないこともてんこ盛りな自分にとって、それは本当に効いていたならかなり危ない薬だったんじゃなかろうか。
「別にそんなもの使わないでも、聞かれれば答えるから……」
「本当かい⁉ それなら聞きたいことが沢山あるんだが!」
「この状態でもやるか?」
自分を指さす。グダグダやっていたせいで殆ど日が落ちて、夜闇の帳が下り始めたこの場所において、ぴかぴかやかましく光る自分はどうにも目立ちすぎる上に、他の人にとっても眩しいのだろう。マンハッタンカフェも先ほどからこちらを見るたびに眩しそうに眼を細めているし、おともだちにいたっては笑い転げて地面の上で痙攣している。そんなに面白いのか。頼むから鏡持ってきてくれ、鏡。
「あー、少し、眩しいねぇ……」
「君の所為だけどな」
眩しいし、この状態では表情が全く見えないから、という理由でまた今度ということに相成った。何がしたかったんだ。
〇
ウマ娘、私たちは走るために生まれてきた。異世界の魂と名前を受け継いだと言われる私たちの本能には、走りたいという原始的な欲求が強く刻まれている。そうだ、走りたい、もっと強く、もっと速くなりたい。
その先に何がある? 限界速度を超えた先に何が見える? 知りたい、走るという行為の究極形に、その先に、至ったところが見たい。
至ってみたい、速さの果てに。
「皇帝と対してのあの余裕……、まだ余力を残していそうだった。彼は、彼なら、知っているかもしれない。私の知らない速さ、その果てを!」
近づいてみて分かった。彼は私と同じ領域に踏み込んでいることも。いつの間にか使えるようになっていたそれは、出力が高すぎるがため、人よりも脆い私の足では実戦で何度も扱うのは不可能な代物だった。
もし私の足がもっと頑丈で、全力で走っても何の心配もないような、そんな確信を私が持てていたのならば。私はもっとその領域の奥深くまで立ち入ろうとしただろう。もっと、もっと速く走りたい。そんなウマ娘ならば誰しもが持つであろう本能に従って、自分の足で速さの先へと。
知れば知るほど、知識を蓄えれば蓄えるほどに、速さの果てにたどり着く前に“走る”という機能そのものを失ってしまいそうなほどに耐久度が足りない私の脚。走るために生まれてきたもの、しかし、その高い出力に反して耐久力が低いことは珍しいことではない。
今に名前の残る名ウマ娘が怪我に悩まされることも、よくある話だ。私に限った話ではないんだ。
でも。それでも。走るたびに少しずつすり減っていく自分の脚のことを呪わずにはいられなかった。どうして私なんだ、と。お前さえもう少し頑丈ならば、私はもっと先に行けたはずなのに。
お前さえ、言うことを聞いてくれれば、私はもっと純粋に走ることだけを考えていられたのに。
「仕方がないことだがねぇ……」
トウカイテイオーだってそうだった。素晴らしいバネに、特異的な足首の柔らかさを生かした飛ぶような走法で、爆発的な加速力と目を見張るほどの最高速度を両立させていた。しかし、彼女の脚そのものはその走り方の負荷に耐えられず、幾度もの怪我に泣かされたのが彼女だ。
不屈の帝王、幾度もの挫折と復活を繰り返した彼女のことを、人はそう呼ぶ。
確かに、怪我をした後でも勝てるかもしれない。G1の大舞台に立つこと自体はできるのかもしれない。それでも、きっと“果て”には届かない。
数多のウマ娘が到達した速さのその先に、怪我で停滞して、元に戻すことに時間を割いていては届くはずもない。
止まるわけにはいかない。それなのに、出力に耐えきれないこの足のせいで思うようにはいかない。幸いこの身には抱えきれないほどの才能があったため、さしたる遅れにはなっていないものの。それでも、焦りがないわけではない。
自分はどこまで走れるのだろう、本当にたどり着けるのか。そもそも果てなど本当にあるのか。無駄に蓄えた知識がはじき出す結果は、私が速さの果てにたどり着くまで走り続けることができる可能性は限りなく低いと言っている。
それでも、すぐに諦めることができないのはなぜだろうか。自分がたどり着けないのならば、他の者が至るのを見るのでもいいと思っているのに。前を走る己の影を追いかける同期達が、私のそれを超えて、速さの果てに至るのを観客席で観測するのも悪くないと思っているのに。
なぜ、私は自分で走ることばかりにこだわっているのだろう。そんな疑問に答えが出る前に、彼を見つけた。
鮮烈な光景だった。初めて目にする皇帝と呼ばれる圧倒的強者の領域、その領域に対して何をするでもなく、力ずくで踏み越えていったあの影のこと。
心が躍った。自らが目指す果てに到達し得るものの姿を、いや、もしかしたらもう既に到達しているかもしれない者の蹄跡が偶然目の前に転がり込んできたのだから。興奮のままにしばらく一人思考を回してから、すぐに彼らのいた芝のコースに走ったが、そこにはもう影も形もなく。
その後、結局眠ることもできずにずっと皇帝の過去のレースデータの分析に時間を費やしていた。考えれば考えるほどに、多少衰えていることが想定されるとはいえ、余力をもって彼女を下すことができるものが存在していることが信じられなかったし、それほどのことができる人物ならば私の望む答えを持っていてもおかしくない、という結論が浮かんでくる。
何度も、何度も。考え直して、組み立て直して。そのたびに同じ結論に達する。いつの間にか私の口からは乾いた笑いが漏れ始めていた。
「はは、なんという幸運だ、これは……」
だってそうだろう? こんなに荒々しい、相手の領域を力づくで踏み越えていくような走り方が果てへと至る道ならば。私の道の先に、最初から果てなんてなかったことの証左だということでは、ないのか。
「早めに気づけて良かった、そうだ、そうだろう?」
そうだ、効率的じゃないか。私は随分と早く自分の間違いに気づくことができた。その上、長いこと追い続けてきた“果て”を、見ることができるかもしれないのだ。
他人が、そこに至る、その瞬間を。
「私ではなく……」
かつ、と足音が一つ静かな廊下に高く響く。強く足を踏み込んだ振動が、わずかな痺れとなって足を伝ってくる。なぜ私は急に足に力を込めたりしたのか、それだけのことの理由がどうしても分からず、暗い廊下で一人、静かに首を傾げた。
姉なるものがアップを始めました。
小僧、生物としての線引をするのはいいが、視野が狭いんじゃないか?