小僧、お前は今、自分を何だと思っている?
「にんじんいっぱい、おいしーよっ!あっ!ゆーじせんせーっ!」
放課後の商店街、久々に通りかかったそこで、八百屋の前で大きなにんじんを両手に持ち、元気に客引きをしているウララを見かけた。彼女の頑張りもあってか、店頭に山と積まれた箱の中のにんじんは、順調に客の注目を集め、売れていっているようだ。
飛び跳ねながら通りがかる人皆に声をかけていた彼女は、こちらに気が付くと、両手を塞いでいたにんじんを丁寧に後ろの箱に戻し、ててーっ、とこちらに走ってきた。
「あのねっ、にんじんがねっ、たくさん届いちゃったんだってっ。すっごくおいしーから、皆に食べて欲しいの!せんせーもどう?」
「お、そうかぁ。一本貰うよ」
「ありがとーっ!」
おじさん、売れたよー!と店主の方に手を振って報告するウララ。その姿を見た八百屋の店主も相好を崩して手を振り返している。割とごつめの体格をした親父さんなんだが、彼もウララの愛嬌の前では形無しらしい。手渡された立派なにんじんを一本持って、勘定を頼むと、店主の目が俺に向いて、ようやく気が付いたかのような顔をした。
「なんだ、先生さんじゃないか。久しぶりだな」
「えぇ、ご無沙汰してます。…ウララはなんで店頭に?」
「いや、それがよ…。仕入れ過ぎたにんじんの箱の山を前にして頭を抱えてたら、何とかしてくれるって言うから頼んでみたら、あれさ」
指さす方を見ると、もう既に空になったにんじんの箱が奥に並べられているのが見えた。あれほどの量を既に捌いたのなら、本当に大したものだ。今も全く衰えないペースで客を呼び込み続ける彼女の後ろ姿を見る。
右に左に忙しなく動き回るウララは、常に笑顔で相手に接している。そして、それを見た相手の表情も自然と笑顔に変わっていく。いつ見ても、彼女の傍にいる者はその姿に元気をもらっている。彼女は、ただ自分らしくそこにいるだけなのに。
それは、表面上の強さや、生きた年数などよりもよっぽど価値のあるものなのではないか。そう見るたびに思う。
「お礼をしたいんだけどよ、店閉めるまで待ってもらうわけにもいかんからな。先生さん、これでなんか美味いものでも食わせてやってくれ」
そう言って渡されたのは、商店街の店でなら使うことが出来る商品券。それもウマ娘が一食分お腹いっぱい食べてもなお余りそうな額だった。ご自分で使ってあげればいいのに、というこちらの視線に込められた意図を察したのか、バツが悪そうな顔で店主は後頭部を掻く。
「あー…、本当は俺がやるべきなんだけどな、正直売れすぎて手が回らん。だから頼むよ、先生さん」
「…分かりました。ちゃんと今度ウララが来た時に、もう一度褒めてやってくださいね」
当たり前よ、と言ってまた店に戻る。先ほどの言葉に偽りなく、忙しなく働き始めたその背中から視線を外して、こちらもまた忙しなく動き回るウララの方に顔を向けた。
「ウララ」
「ん?なーにー?」
店がたくさん並んだ商店街は、店から漏れる灯り、そしてアーケードの天井に設置された照明による明かりで随分と明るい。それでも、一歩外に出れば、もう太陽は沈んでしまって暗い空が広がっている時間だ。
まだまだ寮の門限までは時間があるとは言っても、夕食を食べる時間などを考えると、そこまで余裕があるというわけではない。あまり遅くなるとキングヘイローも心配するだろう。
「もう少ししたら、夕飯食べて帰ろうか」
「ごはんっ!にんじんハンバーグが食べたいなーっ!」
この商店街にそのメニューを出す店はあるのか。その疑問を乗せて、店の中で忙しく動く店主に視線を送ると、無言でサムズアップされた。どうやらあるらしい。
「どこのお店のが食べたい?」
「え?お店?」
きょとん、とした顔をして首をこてんと傾げる。両手ににんじんを一本ずつ持ったままの状態でその仕草をすると、なんだか随分とコミカルだ。こみ上げてきた笑いを堪えるように口元に手をやると、そんなこちらの内心を知らないウララが言葉を続ける。
「せんせーが作ったのが食べたいっ!」
「俺が?」
確かに、少し前にウララの為に、とにんじんやら何やらをいろいろと貰ってしまった時に、それを使ってにんじんハンバーグとやらを作ったことがあった。大きなハンバーグの真ん中ににんじんが突き刺してあるという、前の世界の常識から見れば珍妙な料理なのだが、こちらでは割とポピュラーなものらしい。
しかし、料理は無駄に長く生きただけあってそれなりに出来るとは思っているが、それでも職業として料理をしているプロより美味しいものは作れない。だからこそ、絶対に美味しいものが出てくるお店の方が良いと思ったのだが。
「せんせーのがいいな…」
露骨にしゅん、として耳もぺたんと寝てしまった様子を見せられては、ダメ、と言えるはずもなく。せっかくいただいた商品券は一旦お返しして、学園に帰ってから自分が作ることと相成った。
「よーしっ、じゃああと少しがんばろー!」
おー!と片手をあげて宣言してから、なにか納得いかなかったのか首を傾げ、こちらを振り返る。そして、もう一度「がんばろー!」と言って、またこちらを振り返る。その仕草から何をしてほしいのか察して、普通に言ってくれればいいのに、と微笑みながら目を細めた。
「がんばろーっ、おー!」
「おー」
声を合わせてこちらも右手を上げると、ウララの表情が輝いて、ぴょん、と一つ跳ねる。そんな様子を見た商店街に足を運んだお客さんの多くが、なんだか微笑ましいものを見たような表情をしていた。
ウララのおかげでかなりの量積んであったにんじんの箱の大半がはけたとはいえ、それでもまだそれなりの数が残っていることには変わりない。それをあと少しの時間でどう捌き切るか。それについて十秒ほど腕組みしながら目をつむって考えていたウララが、目を開いてぽん、と手を打つ。どうするのかな、と見ていると、振り返ったウララがこちらに両手を伸ばしてきた。
「ん!」
「お、なんだ。乗りたいのか?」
「んーっ!」
既視感があるなぁ、と思い笑いながら、ウララをひょいと持ち上げる。今日のウララは私服姿でズボンなので、特に心配なく、そのまま肩車の体勢に移ることが出来た。
「よーしっ!これで遠くまで届くぞー!」
それが狙いか、と肩の上に乗ってどこを掴むでもなく両手をぶんぶんと振り出したウララを見て苦笑する。どうにもこちらが落とすなんて全く考えていないらしい。ウララもトレセン学園の生徒らしくその体幹は並のものではないが、それでも不安定な場所でそんな大きな動きをしたら、もしかしたらということもある。
苦笑しながらバランスを崩して落ちないように気をつけつつ、先ほどよりも更に目立つようになったウララにつられてまた増え始めた客と、それによって更に忙しくなってしまった店主のことを視界に収めた。
「あらウララちゃん、肩車してもらってるの?お父さんかしら」
「あ!おばちゃん!んーん、せんせーだよ?」
いーでしょ、と言いながら俺の頭に掌を置く。そんなウララの様子を見て、話しかけてきた女性も相好を崩した。俺は基本的にほとんど老いないので、見た目的にはまだ20代前半と言ったところ。とてもウララくらいの娘がいるようには見えないと思うのだが、と内心だけで首を傾げていると、そんな考えを見透かしたように女性が口を開いた。
「あら、そうなの。髪の色や表情が似てたからてっきり。先生さん、ごめんなさいね」
「いえ…。似ていますか?そんなに」
「えぇ、…ほら、そのきょとんとした顔なんかそっくり」
思わず肩の上にいるウララと顔を見合わせるも、それで自分がどんな表情をしているのか分かるわけでもなし。そんなこちらの様子を見て更に笑みを深めた女性は、せっかくだから、と言ってにんじんとそれからいくつかの野菜を買ってから、ウララに手を振って行ってしまった。
それからも、目立つウララに話しかける人、ついでとばかりに俺にも話しかける人。そして、偶然通りかかったナイスネイチャとツインターボが面白がって参加したりなど、色々ありつつも、納得いくところまでにんじんを捌くことが出来たウララは、店主にお礼を言われながら、明るい商店街を出て寮への帰路に就くことになった。
「…ウララ」
「んー?」
「下りないのか?」
未だ肩の上に乗って足をプラプラさせているウララは、一向にそこから下りようとする意思を見せない。別に乗せ続けること自体はどうってことないのだが、商店街を出て普通の道を歩いていると、それはそれは目立つ。前に寝落ちたウララを背負っていただけで、かなり彼女を知る人が集まってきていたのだが、今回はそれよりも随分多い。
足は止めていないが、誇張なしに1分ごとくらいに誰かに声をかけられている気がする。不便ではないかという意味も込めて聞いたのだが、ウララは全く下りるつもりはないらしい。先ほどからなんだか真剣に俺の髪の毛をいじり倒している。
「もうちょっと…」
「そうかい」
これは学園に着くまで下りてくれそうにないな、と笑って前を向いた。彼女はその生来の明るさで、沢山の人に愛されている。それは、トレセン学園の校訓、そのあり方とはまた違うものだ。
「唯一抜きん出て並ぶ者なし」強さに関して言われるこの言葉と、彼女ほどかけ離れた生徒もいないだろう。ただの一度の勝利もないままに、それでも沢山の人の心をつかんで離さない彼女は。映像で見た中の彼女は、いつだってそれでも楽しそうに走っていた。
「なぁ、ウララ」
「なにー?」
「走るの、楽しいか?」
「うん!みんなね、私が走るとがんばれーって、それで走り切ったら嬉しそうに笑ってくれるの。だからね、楽しーよ?」
出来た!と肩の上で両手を広げる。髪の毛が少し頭皮を引っ張る感覚が残っているので、何かしら髪型に変更が加えられたのだろうか。そんなことを考えていると、ようやっと学園の校門が見えてくる。
「だからね!いっぱい走るんだ!」
ぴょん、と肩から下りたウララが俺の手を引く。いつ見てもニコニコしながら走っている彼女と、一緒に走ることが出来たら。それは、とても楽しいことなんだろうなと。手から伝わってくる暖かさを感じながら、そんなことを思った。
2.3話に一度ウララセラピー、これでバランスがとれます。
小僧、お前は。少なくとも俺の様に忌み子出はないのだから。