なんかアホみたいな速度でお気に入り増えててびっくりした。皆小僧の幸せを祈ってるんやな。
小僧、今のお前はどんな女がタイプだ?
あれ、とライスシャワーは首を傾げた。今日は何だかいつもよりも運が良い気がしたから。まだ朝日も昇っていない早朝に、日課のとおりのコースを軽く走る。
いつもだったらここまでにもう10回は信号に捕まっているはずなのに、今日はまだ3回しか捕まっていない。
それに、1度なんて近づいた途端に青になったから、驚きながらも止まらずに走り抜けることが出来た。
ほら、今も。いつもだったら大体誰かが座っている見晴らしのいい場所にあるベンチがそこだけぽつんと空いている。
(い、いいのかな……)
空いてるんだから座っても良いはず。でも、無邪気に喜んで座るのは何だか悪いことをしている気がして、周りを何度も何度も確認しながらおずおずと空っぽのベンチに腰を下ろす。
びゅう、と風が一つ吹いて、ライスシャワーの長い髪の毛を揺らす。街並みを一望できる場所にあるベンチからの景色は格別で。
仄暗い空の下、ポツポツと起き出した人の家の窓に灯りが宿っていく。
ふと、被っている帽子を外してみて、それにあしらわれている大きな青い薔薇をじっと見つめる。
ささやくように言った“咲け”という言葉に反応して、ほのかに手の中に収まる花が青く瞬いた。
もう一度光っているところを見たい、と何度も言葉に詰まりながらお願いしたら、少しくらいなら大丈夫、と言ってくれたから。
あれから寝る前に、こうやって一人時間が空いた時に。青い薔薇の奥で心臓の鼓動の様に瞬くその光を、飽きることもなく眺めている。
少し動かしてみれば、零れるように光の欠片が下に落ちる。地面に落ちる前に受け止めると、じんわりと手のひらに熱が広がった。
(お守り。ライスの、ライスのための)
ぎゅ、と形が変わらないように気をつけながら、でも確かに力を込めて抱きしめてみる。温度なんて無いはずなのに、心の奥に火がついたように体が熱くなっていく。
背中を押されてるみたい。そう感じた。大丈夫だって、笑って言ってもらえてるみたいで。
(ライスと会えて、幸運だって。ありがとうって)
分かってる。あの時道に迷ってたから、道案内が出来るライスがいたことが良かったって意味だって。
でも、嬉しいものは嬉しい。思い出すだけでどうしようもなく心が浮き足立って、一人でいるのににこにこ笑ってしまいそうで。
「……あれ?」
ぽたり、と帽子を抱える腕の上に雫が一つ落ちる。雨かな、と思って見上げてみても空には雲一つ無くて。それでももう一雫、なんだか温かいそれがぽたりと落ちる。
なんだろう、と傾けた視界がぼやける。落ちてきていたのは、自分の涙だった。
本当は気づいていた。このお守りを貰ったときから。外でトレーニングをしようとしても、急に大雨が降ったりしなくなった。
使おうとした器具が急に壊れたりもしない。勇気を出して授業中に手を上げてみたら、先生に褒めてもらえた。
それが全部全部、昨日一日の内に起こったことで。あぁ、これじゃまるで、まるで。
普通の女の子、みたい。
「……いいの、かな」
いいのかな、ウララちゃんの為にって買ったお揃いのタオル。不幸になっちゃうかもって渡せてなかったあれも、渡して、いいのかな。
いいのかな、いつも走ってる時に「おはよう」って優しく笑ってくれるお婆ちゃんに、「いつもありがとうございます」ってお礼を言っても。
皆みたいに、私も。走りで誰かを幸せに、出来るかな。
出来るよ、とでも言ってくれるように、胸元で青の光が一度、力強く瞬いた。
「頑張れ、頑張れライス。おーっ」
鼓舞するように振り上げた片手も、上げた声も信じられないくらいへろへろで。それでも、今まで一番頑張れる気がして、ふにゃりと笑った。
◯
「先生っ、虎杖先生」
「ん?」
もはや日課となっている広大な学園内の敷地を見回りながら、目についた傍から厄介なモノを消し飛ばしている途中。
校舎裏の誰もいないような林の中、自分の名前を呼ぶ声に反応して振り向くと、見慣れた青みがかった黒髪の少女がそこにはいた。
「……なんでここにいるのが分かったんだ?」
「それは、お姉ちゃんだからです」
違うんだよなぁ、と言ってもお構いなし。どうにも“お姉ちゃん”と呼ばせるまで諦めない心づもりのようだ。
自らをお姉ちゃんと称して譲らない少女はここ最近、自分がどこにいてもピンポイントで見つけてくるようになった。
理屈を聞いても本当になんとなく、らしい。分からん。感情は時折理屈を超える。
「んで、なんか用か?」
すぐ側にあった手頃な切り株に腰をおろして、隣をぽんと叩く。ためらうことなく隣に座ってきた彼女に少し笑いながら、続きを促す。
「あなた、野球は出来る?」
「野球? んー、やったことはあるけど」
思い出すのは一年生の時の京都校との交流戦。あの時は、あぁそうだ。東堂が顔面にデッドボールを食らって……。うん、やめようか思い出すの。
「じゃあ、少しキャッチボールをしましょう」
「いいけど、なんで?」
用意よく自分の物も用意されていたグローブを受け取って、試しに手にはめてみる。わぁぴったり。いつ手のサイズ知ったんだろう。
「姉が弟と久しぶりにキャッチボールをしたいと思うのは変なことかしら?」
「年上だし初めてだが??」
ぽぉん、と放られた白球にグローブを差し出して捕る。グローブとボールがぶつかって、ぱぁんと気持ちのいい音を立てた。
「前にやったときは、どこのポジションをやったのかしら」
「あー、キャッチャーだったなぁ」
「本当っ? ……こほん」
何度かボールを互いのグローブの間で往復させて。あの時の記憶を掘り返しながら質問に答えると、数メートル離れたところに立っているヴィルシーナの表情が、ぱ、と輝いた。
「じゃ、じゃあ少し私の投げる球を受けてみてくれない?」
プロテクターとか無いんだけどなぁ、と思いながらも期待からか耳がぴこぴこ忙しなく動いている様子をみて、言い出すのをやめた。
「すごいっ、凄いわっ」
私が投げる球をちゃんと取れる人がいるなんて思わなかった、と瞳をキラキラさせたヴィルシーナがこちらに走り寄ってくる。
「凄い、凄いわね」
ウマ娘の身体能力には何度も驚かされてきたが、まさか真希先輩と同じくらいの速球を投げてくるとは思ってもみなかった。最後の球なんてなんかアホみたいに落ちてたし。
自分以外なら手首骨折だろうなぁ、なんてぼんやり考えながら当時の事を少し懐かしんでいると、ぽん、と頭の上に手が乗せられた。
「ゆ、悠仁は一人で何でも出来るけれど」
たまにはお姉ちゃんに甘えてもいいのよ? そう静かに言いながら、頭の上の手が髪の流れに沿うようにしてゆっくりと動かされる。
もう気が遠くなるほどに昔のことだ。親族も、親しい先輩もとうにいなくなって。頼られるだけになったのはいつからだったか。
誰かに甘えるなんて、長い間、頭の片隅にも無かった気がする。
「幸せだなぁ、君の妹達は」
「なっ。……なに、急に」
立ち上がると、頬をわずかに赤く染めたヴィルシーナが照れた様に一歩下がる。少し笑って、お返しに彼女の髪を乱さないように一度だけ撫でた。
「いや? かっこいいなと思っただけ」
「と、当然よ!」
私はお姉ちゃんだから。そう言って胸を張る。
「あの子達の前を歩き続けるから、私は強いの。
──そんな強い私が、あなたの前も、歩いてあげてもいいのよ?」
「はははっ」
なにを笑ってるの、と頬を膨らませる彼女から顔を背ける。家族も、友人もいない長い時を呪物となった自分の生得領域で過ごしたあの時間。
悔いなんて無かった。その決断のお陰で、沢山の命を未来につなぐことが出来た。それでも、あぁ、そうだ。認めよう。
自分は、ほんの少しだけ。
(寂しかったんだなぁ)
今更ながら気付かされた。なにも分かっていなかった自分のこと。そして、自分のことを勝手に家族と呼んでくれるこの少女に、確かに救われていたことも。
「まだまだ、俺の前を歩くには早いんじゃない?」
「そんなこと無いわ、私は強いもの」
胸を張ってそう言い切る彼女の表情に、あの夜のような影は無い。その代わりに、輝かんばかりの笑顔が浮かべられていた。
本当、こんな姉がいる妹達は幸せ者だな。俺が、そうだったみたいに。
「君の妹達の話も、聞かせてくれないか? シーナ」
「ッえぇっ! 長くなるわよ? 大丈夫?」
隣に座って、楽しそうに身振り手振りを交えながら妹たちの話をするシーナの声に耳を傾ける。その日の見回りは、少しだけ後回しになってしまった。
「あれだけ野球が出来るなら、こんど一緒にやらない? 私の父も来る草野球なのだけれど……」
「え゛。あー、考えとくよ……」
◯
「ねぇ、シュヴァち」
「なに?」
じっと釣り針を垂らしたまま、動かない浮きを眺め続ける姉にしびれを切らして声をかける。話があるからと着いてきたのは自分だけど、さっきからなんにも動かなさすぎではないか。
「いつもこんな感じなのー?」
「え? ……うん。釣れるまでじっと待つこの時間も、楽しいんだ」
そう言って姉はほんの少し微笑んだ。ふぅん、と返事をして、微かな波に揺られ続ける浮きをじっと見つめてみた。
「ねぇ、お姉ちゃん。なんか最近おかしくない?」
「姉さん? あぁ、まぁ、うん。……確かに」
「そうだよねっ!」
姉も自分と同じ感想を持っていた事で思わず声が弾む。
「なーんか妙に元気だし、かと思ったら急にどっか行っちゃうし。変だよねっ!?」
「う、うん。僕もそう思うけど。でも姉さん楽しそうだし、大丈夫じゃ……」
「甘いっ! 甘いよシュヴァち!」
なにかあってからじゃ遅いんだよ? と熱弁するも、あまり響いた様子ではない。未だに浮きから目を離さない姉の腕を引っ張った。
「とにかくっ、今度お姉ちゃんのこと追っかけて原因探るから! 決定ねっ」
「えぇ……、ヴィブロスだけでやってよ……」
だーめ、と言うと、困ったように一つ溜め息をつく。でもきっと何だかんだ言いながらも付き合ってくれるんだろう、と満面の笑みを浮かべてみせる。
ざぁ、と一際強く寄せた波の中で、先程までピクリとも動かなかった浮きが一気に海中に引き込まれていった。
ヴィルシーナに関しては、ギャグ書いてた筈なのにいつの間にかいい話になってしまった。何故。
きっとデジたんは草葉の陰で死んでいる。何処かでデジたんとも交流を持ってほしいな。
次はきっとアドマイヤの愛が重い方がでてくることでしょう。