ティーパーティ。
トリニティ総合学園の一番トップとも言えるその組織は、学園の三大派閥「パテル」「フィリウス」「サンクトゥス」それぞれから選出された代表者である3名の生徒会長と、複数の行政官とで構成されている。
生徒会長に任命される人物には学力はもちろん、品性や教養、そして相応の威厳も備わっており、まさに高嶺の花と言って差し支えないだろう。もっとも……
「ねぇ、まずはその言い回しから直したら?今どきそういうキャラは好かれないよ?」
「ミカ、私は別に好かれたいなどと思ったことはないよ。もっとも、君のような何も考えていなさそうな蛮族の方がどうかと思うがね」
「へぇ……」
お世辞にも『品性淑やか』とは言い難い生徒もいるようだが。
「まぁまぁ、ミカさん、セイアさん。少し落ち着いてください。せっかくのお茶会なのですから、もう少し優雅に過ごされてはいかがですか?」
テーブルに上品な手つきで紅茶を注ぎ終えた桐藤ナギサが、困ったような微笑みを浮かべながら間に入った。芳醇な紅茶の香りが執務室に広がり、先ほ
どまでの刺々しい空気が少しだけ和らいだ。
ミカは不満そうに頬を膨らませつつも、差し出されたカップを受け取り、甘いロールケーキへとフォークを伸ばした。
「んー!おいしい!これナギちゃんの手作り?また上達したんじゃない?」
「あぁ、ミカの言うとおりだな。この紅茶にぴったりの味わいといえよう」
ミカとナギサがロールケーキの味を絶賛すると、ナギサは少し照れくさそうにしつつ、
「おしゃべりはここまでにして、今回の議題に入らせてもらいますね」
ナギサは二人の様子にどこか安堵したような笑みを浮かべたあと、一転して生徒会長らしい真真剣な眼差しへと戻した。コトン、と繊細な磁器のカップ
をソーサーに戻す音が、静まった室内に小さく響く。
「単刀直入に申し上げますと、例の件、トリニティ管区外で最近頻発していた、補給物資の強奪事件についてです」
「あー、あの面倒くさそうな奴?正義実現委員会が追いかけてたけど、すばしっこくて捕まらないってツルギちゃんが暴れてたよね」
ミカが退屈そうにフォークを弄びながら相槌を打つ。ナギサは困ったように眉をひそめつつ、手元の書類に目を落とした。
「ええ。相手はトリニティの警戒網を熟知しているかのように巧みに隙を突いており、正義実現委員会も後手に回されておりました。学園の威信にも関わるため、本日の議題として対策を講じようと思っていたのですが……」
ナギサはそこで一度言葉を切り、どこか拍子抜けしたような、困惑の混じった溜息をついた。
「……先ほど、ハスミさんから緊急の報告が入りまして。事件はすでに解決したとのことです」
「……え?」
ミカがぽかんと口を開けた。
「解決した、とはどういうことだい?正義実現委員会が不意を突いて追い詰めたとでも?」
セイアが興味深そうに目を細めて尋ねると、ナギサは首を横に振った。
「いいえ。正義実現委員会が現場に到着した時には、すでに犯行グループは壊滅状態だったそうです。物資もすべて手付かずのまま残されており、犯人たちは自縄自縛というか……全身を叩きのめされ、言葉にならない悲鳴を上げながら転がっていたそうで」
「えぇ……じゃあ、正義実現委員会以外の誰かが勝手にやっちゃったってこと?それって自警団?」
「いえ、その地域のパトロールは誰もしていなかったとスズミさんが……」
ナギサとミカが首を傾げている中で、
「ふふっ」
「ねぇ人が考えてる時に1人だけ笑ってるのってどうなの?嫌われるよ?」
「おや、どこかの誰かとは違って会議の話を曲げたりはしていないよ」
「あん?」
「ミカさん、その拳を下ろしてください」
ミカの力の入った拳をナギサが抑えた。
「ふむ、暴力は感心しないな、ミカ。だが……先ほどの話の続きだがね」
セイアは愛用のカップを静かにソーサーへと戻し、薄笑いを浮かべたまま口を開いた。
「ナギサ、わざわざ対策を練る必要がなくなったのだから、結果オーライというヤツではないかい? 正義実現委員会の手を煩わせることもなく、物資も無事。何一つ被害は出ていないのだからね」
「まあ、たしかにそうなのですが……不確定要素を残したままというのも落ち着きません。一体誰が、何のために正義実現委員会よりも早く動き、犯人を壊滅させたのか……」
ナギサが指を顎に当てながら考え始める。
「……自警団でもないのなら…まさかティーパーティの中の…いや、それでは…」
「あーもう、めんどくさいなぁ。つまり、誰かが裏で動いてたって事でしょ」
ナギサの発言を遮り、ミカが思い立ったように口を開いた。
「そんなの簡単じゃん。……セイアちゃんでしょ?」
ミカがジト目でセイアを睨みつけた。
「おや、私が? 私は見ての通り、体調を崩して自室で静養していた身だよ? 現場に駆けつけて暴れるような真似ができるわけがないだろう」
「本当にそうなのかな?ほら、セイアちゃんって未来予知もできるしさ、予知って見た情報で誰かを現場に向かわせる……なんてこともできちゃうよね」
「…なるほど。私が予知って、か」
『予知って』とは……とナギサはツッコミかけたが、とてもこの場で言うような言葉ではないので黙っておいた。
「君にしては鋭いじゃないか。私がテストの採点者なら10点中2点をあげるね」
「なんで?」
「言っただろう、「君にしては」と。まぁ、根本的な内容は合っているとも。重要なのは今回の事件に
「関わっていない……? セイアさん、それでは……」
ナギサが怪訝そうに首を傾げる。
「あぁそうさ。この事件は親切な市民が解決した、ということで処理しておくといい。……真実をすべて暴いて野暮な噂話にするより、そのくらいぼかしておく方が優雅というものさ」
セイアが口元に小さく含み笑いを浮かべたのに対し、ミカは不服そうに頬を膨らませ、フンとそっぽを向いた。
「どうせはぐらかして本当のことを言わないつもりでしょ、セイアちゃんは!」
ミカが放った言葉に、ナギサが「ちょっとミカさん……!」と慌てて制止に入る。しかしミカの機嫌は収まらない。
「だいたいね、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ。最近さ、トリニティの中ですごく変な噂が流れてるの知ってる?」
「変な噂、ですか?」
ナギサが小首を傾げると、ミカは腕を組んで不機嫌そうに続ける。
「最近、セイアちゃんに
ミカの指摘にセイアは「ほう…」と呟いた。
「第一、私はあの子に期待しているし、信頼も置いているんだ。噂なんてものは、退屈した生徒たちの勝手な妄想とゴシップの類さ。君までそんな低俗な話に踊らされないことだね、ミカ」
そのどこまでも涼しげで、隙のない返答に、ミカは「うっ……」と言葉を詰まらせる。
「まあ、セイアちゃんがそう言うなら……そうなのかもしれないけどさぁ……」
ナギサもまた、一瞬だけセイアの表情の裏を読もうと探るような目を向けたが、すぐにいつも通りの丁寧な笑みに戻った。
「そうです。ティーパーティのリーダーたる者、噂話に踊らされてはいけません。……ですがミカさんの言う通り、学園内の治安や不穏な動きには、これまで以上に目を光らせておく必要がありそうです。今回の件も含めて、私たちティーパーティとしても少し警戒を強めましょう」
ナギサがそう話を締めくくると、執務室の窓の外では、夕暮れの陽光が空を染め上げていた。
ーーー
ざわ…ざわ…
ーーねぇ知ってる? あの人、セイア様の側近なんでしょ?
ーー大きな帽子の下に、何か隠してるって噂だけど……。
ーーまさか角……? いやいや、トリニティにそんな生徒いるわけないじゃない。
どうもこんにちは。最近ティーパーティの百合園セイア様の「側近」を務めさせてもらっている、津池リアです。
側近だからといって、頭がずば抜けて優秀なわけでも、政治的な才能があるわけでもありません。自慢できることと言えば、人よりちょっと身軽で運動神経が良いことくらいです。
とても人に敬われるような人格者でもありません。……自分で言ってて虚しくなってきたな。
ちなみに側近と言っても、デスクワークを手伝えば済むような生ぬるい仕事ではありません。体調が優れないセイア様のお供をしつつ、彼女の手足としてプライベートも削って動く必要があります。
だから今みたいに、ティーパーティの重苦しい会議中は廊下で何時間も待っておく必要があります。それも立ちっぱなしで。一種の拷問か何かですか?
さらに困ったことに、我が主人には致命的なサボり癖があります。たまに自分の山のような書類仕事を丸ごと私に投げてくるのだ。
「君の成長に必要な試練だよ」などと、誰が見ても嘘だと分かる大嘘を涼しい顔で吐きながら。
……そもそも、私がこんな都合のいい『側近』をやっているのは、半年前、彼女と交わしてしまった「契約」のせいだ。
あの時、別の学園へ逃げていれば……なんて毛頭叶わない恨み言を頭の中で吐いていると、ガチャリと音を立てて会議室の扉が開き、ティーパーティの三人が出てきた。
「すまないねリア、待たせてしまったかい?」
「いいえ、セイア様。私めはセイア様のためでしたら何時間でもお供いたしますよ」
大嘘である。トータル3時間。私の足はボドボドだぁ!
「あぁ、それなら良かった。なに、くだらない議題で時間を食ってしまってね。まさかあの程度の指摘でミカが本気で怒るとは思わなかったのだよ」
セイア様とミカ様はソリが合わないらしく、日常茶飯事で胃が痛くなるような煽り合いを繰り広げる。どうやら今日も無事に喧嘩してきたらしい。『ティーパーティ』なんてお洒落な名前なんだから、もう少し優雅にお茶でも飲んでいてほしいものだ。……まあ、口に出せば私の首が物理的に飛ぶので言わないけれど。
不機嫌そうに去っていくミカ様と、それを慌てて追いかけるナギサ様の後姿を見送り、私は胸を撫で下ろした。よし、今日の業務はこれで解散——
「時に、リア。この後、私の部屋に来てくれないだろうか」
「……寮の部屋、ですか?」
うげっ、またですか。と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「あぁ。体調が優れないというのも事実なのだが……今日夢で予知した『不確定要素』について、君とゆっくり対策を練りたくてね」
あっ、ふーん。(察し)
「不確定要素」なんて遠回しな言い方をしているが、要するに「また予知で怪しい連中を見つけたから、今夜中に一人で全員叩きのめしてこい」という現場出動の命令だ。
「……あの、大変恐縮なのですが、拒否権などは……」
「もちろん、君の自由意思を尊重するよ。……ただね」
セイア様は可憐な笑みを浮かべたまま、私の頭の上、大きな帽子のツバにそっと細い指先を触れさせた。帽子の中に隠された「それ」の存在を確かめるように。
「もし君が辞退するとなれば、私もナギサやミカに正直に話さざるを得なくなるかもしれないな。『実は物資強奪犯を一人で壊滅させたのは、私の側近である角付きの生徒なのだ』とね」
「は?」
は?
「まあ、トリニティの中で角が生えている君のような存在が、単身で大立ち回りを演じたとなれば……あのハスミや正義実現委員会がどう反応するか、想像に難くない。もちろんミカも『へぇ、そんな怪しい角付きの子が暴れてたんだ! ぶっ56すじゃんね⭐︎』なんて目を輝かせて、君を半殺しにするかもしれないが…」
セイア様っていつもそうですよね!私のことなんだと思ってるんですか!
「……セイア様。それ、拒否権があるとは言わないのでは?」
「おや、何を言っているんだい。選ぶのは君だよ? 私の側近として働くか、正義実現委員会やミカから『暴れ回ったの角付き』として尋問を受けるか……ね」
どこに選択肢があるんですか?はーつっかえ。
「……承知いたしました、セイア様。どこまでもお供させていただきます」
「ふふ、賢い選択だよ、リア。君のそういう素直なところ、私はとても気に入っているんだ」
そう言うと、満足そうに頷いたセイア様は上機嫌で歩き始めた。
はぁ……。なんであの時、こんな人と契約を結んでしまったのだろう。
私はひどく後悔の溜息をつきながら、明日も明後日も奪われるであろう平穏な休日に別れを告げ、主人の優雅な後ろ姿をトボトボと追いかけて行った。
「君には期待しているよ、リア」
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