R15と残酷描写は、予防処置と今回はトンクスの苦行成分でできております。
もうね、Rが暴力だけでエロもラブもありません。ごめんち。
私は柄にもなく不安になった。
それまで高揚していた気分が、足場を無くしたように消える。
へんだなぁ。
なんだろう。
急におかしいぞ?
いつもの私のままなのに、行き暮れている気持ちになった。
まだ、夕暮れだ。
乗車するには早い。
どうしてだろうと考える。
最近、私はいつも一人ではなかった。
あの化物騒ぎがなければ、平穏で楽しい時間だった。
だから、ちょっと寂しくなった?
何処か別の場所に行きたい気持ちもあるし、何処かにたどり着きたいとも思う。
帰りたいと思うのに、帰れる場所って何処だろうって?
強くてオラオラな私を召喚しようにも、その私が困惑している。
甘えていたから、かな?
構内のドリンクスタンドに寄る。
荷物を抱えた旅行者や通勤の人、夕暮れを過ぎ、皆、急いでいた。
トンクス姉さんは、私の横で時刻表の小冊子をチェックしている。
闇祓いのお姉さんは、仲間の人を呼び出して、少し離れた場所で何かを話し合っていた。
うん、駄目だ。
ひどくナーバスな感じになってる。
寂しい私は、ちいさな赤ちゃんみたいに、彼に両手でぎゅっとしがみついていたんだよ。
その反動?
案外、寮監先生は優しいし、責任感とか義務とかを男である自分に求める、古いタイプの大人だった。
つまり自分は悪い奴なんだぞって言うけれど、彼はちゃんと先生だったし、大人だったのだ。
私は促成栽培の大人もどきだ。
だから、とても歪でシニカルで粋がってるけど、まぁあれだ、馬鹿なままでいないと耐えられない。
もちろん、こんなふうな自分は嫌だ。
私は今、怖がってる?のかな。
「ん、どうしたん?まだ時間あるけど、予約したコンパートメントには入れるよー」
気遣ってくれているのか、トンクス姉さんは微笑んで私を覗き込んだ。
「なになに?どうしたら、強い人間になれるか?
いやいや、君は外見は大人だけど、中身はまだまだ、子供でいいんだよー。
誰かに何か言われた?
あと、誰かにイヤラシイこととか言われたとか?
やべぇ、あの陰険野郎が何かしやがったのか」
それは見当外れですよ、お姉さん。
お姉さんは、知らない世界に飛び込んだ時、怖くなかったですか?
闇祓いになる為に、弟子入りしたんだよね?
大人の間に入っていく訳だし、それも犯罪者に相対するような仕事。
怖くなかった?
「そりゃ怖いし、不安だし、ビビるよー」
彼女は、雑踏を見つめながら、少し笑った。
「人間てさー、ブレ幅はあると思うんだ。
怖がりな人、怒りんぼの人、ご機嫌な人とかね。
でもさ、誰もが怖がりだし、怒りんぼだったり、ご機嫌だったりする部分はもってる。
ブレ幅、割合だね。
グリフィンドール生なら、勇気百倍で全員、箒大好きを笑顔で飛べる?そんなわけないでしょ。
スリザリンなら、全員が全員、高慢で厭味ったらしい訳でもない。
ハップルパフなら犯罪者になった大人はいない?
残念ながら、いるんだなー
そしてレイブンクローなら落第生はいない?
学校来なくなっちゃった子だっているわけよ。」
そう、だよね。
「大人だって怖い事はたくさんある。
怖がらない奴こそ、ヤバいと思うなぁ。
それはブレーキがぶっ壊れてる、箒の芯にヒビが入ってるようなもんだよ。
君がもし、何か怖いなーって感じるのは、普通の感覚。
怖がりすぎるのは駄目だとか、臆病だとか、グリフィンドールだったら叱咤激励するだろうけど。
アタシは違うよ。
怖いってのは、有能な能力の一つだ。
臆病なんて駄目だ!って皆、笑うけどね。
もちろん、自分が何を怖がっているのか、考えないと駄目だ。
動いたほうがいいのか、動かないほうがいいのか。
そうだね、アクションを起こしてもいいのか、よく考える最初の感覚だよ。
アタシの師匠は、怒りんぼに見えるけどね、冷静に吟味してる。
頭の中で、さっと判断して動いてる。
きっと怖いって思っても、それを判断材料にしてる。
じゃぁ何で怖いんだ?
怖気づくのとは違うかなー」
怖いのには理由がある。
彼が側にいないから寂しい?
…
…
…
「何、闇祓いの護衛、アタシが姿を見せるのは、最初はどこまでだったか?
あぁ、お昼までかな。もし教授が仕事をするなら、その間だけ?
ん?
お昼は帰るはずだった?
うん、そうだねー。
ホテルで話し相手、かなー」
私は、駅構内、乗り換えをすべく様々な方向へと流れていく人々を眺めた。
私をこの世に繋ぐ艀。
私を人間に引き止めてくれる貴方。
どれほど、離れたら、感覚は消える?
そう、つながっていないから、言葉は届かない。
けれど、私の小舟は、貴方につながっている。
この世界は、やさしくない。
気がついていたのにね。
私の艀。
私の獲物。
繋がっていない。
けれど、わかるんだなぁ、これが。
恐れがうまれたのは、貴方が血を流しているから。
貴方が傷つくと、わかる。
うん、証明できたね。
貴方が傷ついたら、わかる。
きっと、私が傷ついても、貴方にはわかるだろうね。
それが私、この化け物の力だ。
あぁ、楽しかったのになぁ。
残念だなぁ。
闇祓いって、基本、敵なんだなぁ。
残念だなぁ。
寂しいなぁ。
けど、私ね。
舐められるのは、キライなんだ。
私ね、高慢なんだよ。
とってもとっても、馬鹿にされるの、キライ。
子供だからあたりまえ?
弱々しい女だからあたりまえ?
いい人面で、騙してくる奴らって、どれだけ自分たちが正しいと思ってるんだろう?
でもねー、だめだよ。
獣の獲物を横取りしちゃぁね。
私は、顔をあげた。
残念だねー
寂しいのも甘ったれていたのも、本当。
だけど。
私は不完全な大人になりきれない子供だ。
だが、魔女であり、獣だ。
不安になる。
寂しいから?
違う。
そんな優しい事で落ち込まないだろう。
寂しいなら、血が出るほど獲物を掴んで噛みつくのだ。
冴え渡るような気持ち、冷ややかな感情が胸に広がる。
子供の私は目を閉じ、魔女の私が嗤う。
獣がゆるりと立ち上がり、私を私とする。
スイッチオンだー
一度ね、闇祓い達に宣言しておく必要があるねー
死喰い人だった先生の過去を肯定はしないよ。
でもねー
それはそれー
これはこれー
私の邪魔をするモノは、敵だ。
私のモノに、手を出すのは、敵だ。
私のテリトリーから、盗み出そうとする輩は、敵だ。
敵は、どうする?
私の獲物が傷ついているとしたら?
それも物理的にだ。
ひゃっはー
ワイ、蛮族ぷれいアゲイン!!
『ウソ、ツイタ』
「えっ、喋った!どうして教授が来ない?来るはずだよ」
私がじっと見つめると、トンクス姉さんが怯むのがわかる。
ヒントを与えてくれたから。
ホグワーツの先輩だから。
優しくしてくれたから。
大丈夫、貴女が敵にまわっても、許してあげる。
二度目は無いけどね。
「目が、どうして?」
たぶん、私の両目が獣になっているんだろう。
女の人でも、私に嘘をつくなら、敵なんだよ?
自然と唇が弧を描く。
「いや、いや、うん、何もしてないよ。
教授は、本当に、パリ支部での騎士団の仕事だよ!」
騎士団?
「うん、えっと、うん。
校長先生の仕事だよ」
ヒゲの?
「えっヒゲって呼んでるの?」
危険な事、させてない?
「うん、そのはず。
だって、本当に。
校長に直接交渉してほしい事とか、代理で色々やってもらってるだけだよ」
はいはい、ウソー!
目が泳いでるぅ。
ぽりぽり頭をかいてるぅ。
可愛いけど、ダウトー!
ベテラン闇祓いだったら、駄目だししてるよぅ。
遅いよ?ってプレッシャーをかけたら、逃げた。
はい、悪手〜
「た、確かに」
トンクス姉さんは、離れた所にいる闇祓いに指をあげた。
気がついたお姉さんが話を切り上げて、こちらに来た。
語り合っていた男性は、帽子のつばに手を置く仕草を私にすると離れていった。
「なーにぃ?」
「教授が遅いって」
「あぁ連絡は貰ってる。人と会っているのよ」
誰と?
「ん、どうしたの。出発時間までには来るわよ。」
誰と?
「どうしたの?」
私は二人をじっと見つめた。
にっこりと笑顔を浮かべる。
誰と会っているの?
「浮気じゃないわよ?」
誰と、会っているの?
「先輩」
「えぇ」
誰と、会っているか、教えなさい。
教えないと。
「教えないと?」
私はお姉さんの瞳を見つめた。
笑顔だね。
笑顔なのに、動悸が早くなってるのが、聞こえる。
ワレ、蛮族なり。
獲物の呼吸も何もかも把握できるんよぅ。
ほら、緊張してる。
どうして?
なぜ?
ほらほら?
はやく答えろん!
「ちょっとした問題があって」
『ウタウ、カレ、コナイ、ウタウ』
歌うだけだよ?
マグルのこの大きな駅に、人はどれほどいるのかなー?
ワレ、歌うなり〜
魔法は使ってないもんね。
えぇ、歌うな?どうしてさー
『カレ、コナイ、ウタウ』
人間の、男は、どれぐらいいるかな?
影響範囲を確認した事がないんじゃよぅ。
実験だー!!
「お願い、話を聞いて。私達、貴女と敵対するつもりは…」
見つめるお姉さんの瞳孔が小さくなるのが見えた。
あら、息が変だよぅ。
ウソツキは血の流れもおかしくなるんだね。
「ねぇお嬢さま、先輩も私も、敵じゃないんだよ」
世迷い言を言うねぇ。
舐めてる証拠だね。
子供だから、弱そうな女だから、勘違いしちゃったんだね。
めんごめんご、へへ、また、オヤジっぽくなっちゃったなぁ。
でもね、そっちもごめんなさいを言うまで、許さないんだぞ!
『かえってこない、のね』
「いいえ、言ったでしょう。たとえ遅れても、後から来るわ」
…
…
…
…
…
まじ、聞いた?
真顔で嘘ついたよ、このお姉さん。
さすが闇祓いだね。
訓練されてる。
動揺も表面には出ていない、完璧だー!
でも、残念でしたーぱふぱふぅ!
ワイ、爆笑。
ずっとずっと同じ。
嘘を付く人ってさ、ぜったいに不審な動きも、癖も無いんだじょ。
浮気男の言い訳のうまさと同じ。
現場を押さえないと、ね。
そいでさ〜
よく言うでしょ、ウソを付く時は脳の働きで〜
本当のウソツキはね、何も出さない。
真っ白なんだよ。
本当のウソツキはね。
『ワタシ、ウソツキ、キライ』
魔道具が熱をもった。
優秀な魔道具は壊れなかったけど、二人はよろめく。
女性と女性?でも、それなりに支配は通りそうだね。
ワイ、歓喜。
「おえっ、まって、お嬢さま。アタシ、敵じゃないよ。まじ、本当」
うん、先生はトンクスを信じてた。
ワイを傷つけないってね。
それは本当。
だから、手加減してあげゆよぅ〜。
でもな、ワイ、舐められるの、心底キライなんよぅ。
ワイな、獣、上下関係大事。
同位無しやねん。
んで、プレッシャーを、トンクスからお姉さんの方へ振り向ける。
笑顔を。
喋れない?
毎日、頑張ってるお姉さんに、ワイからのプレゼントや。
抵抗
抵抗
壊せ
抵抗
うん、何か道具を持ってるね。
抵抗
抵抗
イラツクなぁ
抵抗
おっ
破壊
魔道具、壊れたねー
傀儡にできないことも無い、でも親切に案内してくれたしね、ぶっ壊すのは魔道具だけにしておこうかな。
そいでもね〜
ほら、躾のなってない犬だ。
誰にものを言ってるんだ?
ほら、膝をつけ。
笑顔で睨み下ろす。
と、背後からトンクスが慌てて呼びかけてきた。
「まって、まって、ちゃんと言うし。
教授には何も起きてないよ。
ほんと、まじまじ。
先輩、何か言えるなら、早くはやく、見えないワタシでも見え始めちゃってるから。
隠蔽、切れそうだから」
闇祓いってエリートだもんね。
警察で軍隊みたいな組織だもん。
降参できないよね〜ざんねんざんねん。
『ウタウ、ゼンリョク、タノシイ』
少しハミングをはじめたら、闇祓いが片手をあげた。
え〜
つまんないよぅ。
「ひぃ、ひぅ、ぐぅ、おぅぇっ
ニオイが無いはずなのに、凄い嫌なニオイとプレッシャーね。流石だわ」
臭いなんて、失敬だぞー。
寮監先生は、匂わないって言ってくれたのに。
失礼な犬には、お仕置きだべぇ〜
『マダ、ナニ、モ、シてない、フフッ』
おら、犬、鳴いてみろよぅ。
と、残虐悪役プレイするワイ。
中々、いい線いってるよね?
「そ、そうなのかな。凄い、押さえつけられる感じがするよ」
トンクスの言葉に、ワイ、ちょっと愉快になる。
だって、彼の血が流れてる感覚が途切れない。
時間がたつごとに、お前らの罪が大きくなるんだよん。
ワイな、偉そうにしてるんじゃないのよん。
反撃してるだけだよん。
こんな風に?
「うごっ、お嬢ちゃん、こうさん、してる、でしょう?」
『ウソ、ツイタ、テキ』
膝をついて吐きそうになっている顔を覗き込む。
『オボエタ、オマエ、テキ』
「違うわ、ちょっと、した、いきちがい、よ」
んじゃぁ、早くゲロしろよぅ。
そこのベンチに、這いずっていけ。
同士討ちさせて、遊ぶぞぅ!
『ケイコク、ハンゲキ、ヨウシャ、しない』
「えっ?」
背後から拘束しようとしたトンクスを振り見る。
ごめん、手加減できなかったわー
彼女はそのまま嘔吐した。
うん、そしてもう一人。
建物の窓ガラスに影。
誰かが思い切り腕を振りかぶるのが見えた。
ゴッという音がして、左側、側頭部に何かがぶち当たる。
そのまま窓に向かって私は吹き飛んだ。
硝子を避けようと煉瓦の壁にぶち当たる。
ごっと額が叩きつけられたが、衝撃だけだ。
まだ、まだ耐えられる。
気絶したふりをして、そのまま倒れるような格好で壁により掛かってみせる。
ワイを殴り飛ばした誰かの手。
服の襟を掴んだ。
よし。
顔を見上げる。
男だ。
やりぃ、勝った!
その瞳を見る。
笑いながら、見る。
さぁ報いをうけるがいい。
襟を掴んだ手が震え始める。
魔法じゃない。
取り押さえようとしたのかな?
でもね、女の子を力いっぱい殴ったら、死んじゃうこともあるんだよ?
じっと目を見つめる。
寮監先生は耐えたよ?
お前は耐えられるかな?
抵抗
抵抗
抵抗
抵抗
通った
抵抗
まわる
抵抗
抵抗
崩れろ
おっ、何かの魔道具かな、そいつが壊れた。
抵抗、無し。
へへっ、魔道具で耐えてたんだねぇ。
膝を付け
私に触れるな
両膝をつけ
私に手を上げたな?
お前は私の敵だ。
膝を付け
そうだ
膝をついて頭をたれよ
そうだ
許しを乞え
あぁそうだ
地面に額をこすりつけろ
生きている事を詫びろ
そうだ
誰が顔を上げろと言った?
「もう、やめて」
襲いかかったな?
嘘をついたな?
『かれ、は、どこ?』
「知らない、本当に」
『ウソツキは、きらい』
「本当だよ、アタシ、支部にいるって聞いてた」
『てき、あと、なんにん、わたし、つかまえ、る』
「アタシが知る限り、あと、二人だよ。でも、お嬢さんには近寄れない。監視だけだよ」
足元の男を蹴る。
「本当だよ。きっと抑えようとしただけ、だし」
『ウソ』
「えっ」
『オトコ、ナグル、ちから、いっぱい、フツウ、シヌ』
返事がないなぁ。
『せんせー、とんくす、しんじて、た、のに』
「えっ?」
トンクスは、ホグワーツの生徒だよ。
怖いことは起きないってね。
でも、やっぱりウソツキばっかりだね。
先生を悪者だって言う人は、嘘がうまいね。
『がっかり』
トンクス姉さんは、何も言わずに、もう一度、吐いた。
ワイは、どうしよっかなーって考える。
買い物の間は楽しかったのになぁ〜ってね。
誰かに、私を捕獲しろって依頼でも受けたのだろうか。
『わたし、を、だれか、に、うる?』
引っかかりながら喋ると、圧力に慣れたのだろうか、お姉さんが苦笑いを浮かべ答えた。
「お願いよ。本当に、行き違いだから。
この、男が襲いかかったのは、たぶん、私達が攻撃を受けたと勘違いしただけよ」
勘違い。
「そう、そうよ。勘違いよ。
貴女の彼氏は生きてるし、この男は勘違いしているだけ。」
ワイは、勘違いしない。
未だに、強情に言い張る闇祓いを見る。
そう、お仕事だもんね。
小娘が暴れたって、何とかなると思ってる。
全力で立ち向かえば、意識を刈り取れば、イケるってね。
けど、ワイ、そんなに弱くないんじゃよぅ。
本気をワイも出したら、お前ら廃人にできるとおもうんよぅ。
でもワイ、後で、マイダーリンに拳骨食らうのも、ヒゲに討伐されるのも嫌だからねー。
我慢しゅるのぅ。
『だれか、わたしを、ほしがった?』
「いいえ、例え、貴女を欲しがる誰かがいても、パーシバル・グレイブスの名で呼び出されている相手を奪う事はしないわ。」
『セウェルスは、ぶじ?』
「素敵な呼び名ね。えぇ無事よ。本当に無事だから、許してちょうだい。きちんと説明するから」
『この、いぬ、ひつよう?』
「えっ」
『いらない?』
「いるわ、必要よ。お願い、必要だから」
『わかった、いぬ、する』
全面戦争するか否かは、これから判断するかぁ。
つまんねーなぁ
仕方にゃい、廃人実験はやめとくか。
かわりに犬、オマエ、今から足置きなっ!
***
圧力が下がる。
だが、すっと背筋の伸びた姿に隙は無い。
きっと背後から襲いかかっても、捉えたほうが捕らわれるだろう。
美しい瞳は今は真っ赤に染まっている。
魔力が渦を巻き、息をするのもやっとだ。
魔法の行使がなくとも、これでは誰かが異変の元を確認しに来るだろう。
トンクスは普通の会話をしているつもりだった。
同じホグワーツ生だったのだからと、仲良くしましょうと歩み寄っていたつもりだった。
結果が、これだ。
ゲロを吐いて駅構内のベンチに座っている。
カバーの男は、尋常じゃない様子で犬になっている。
隠蔽の魔法でも限界があるだろう。
犬のモノマネではない。
犬になりきって四つん這いで座っている。
それも笑顔だ。
どうしよう、笑顔で女の子の足置きに成り下がっている。
彼女も、笑顔だ。
曇り無い笑顔だが、瞳が真っ赤になっていた。
動物の警戒色のようだとトンクスは思う。
がっかりした。
そう言われて、何故か、殴られたような衝撃を覚えていた。
今も、その言葉が腹の中に溜まっている。
貴女には、がっかりした。
信じていたのに。
そう言われた気がした。
嘘をついているつもりはなかった。
ただ、時間を稼げと言われていただけだ。
彼が戻るまで。
知らないうちに、指示が変わっていたのだ。
列車に乗せて、ウィーンまで見守って終わり。
そういう話だったのに。
戻ってこれるまで。
時間を稼げと。
戻ってこなくともいいように。
つまり、戻ってこなかったら、そのまま彼女をつれてウィーンに行き、彼女の連れとしてヌルメンガードに行けという闇祓い達の判断だったのだ。
だが、それは相手が普通の少女ならばだ。
曖昧にして保護者から引き離し連れ回す。
いつのまにか保護者を交代させてもいいだろう。
あんな男より、女同士気心の知れた相手のほうが良かろう。
どうせ子供だ、ごまかせよう。
金払いの良い、純血のお嬢様というのなら、通る話だ。
師匠が言っていた言葉の意味をやっと実感する。
化物。
なまじ話が通じる女の子だったのが、間違いだった。
そう、普通の女の子だった。
凄まじい力を持っている強者である事を除けばだ。
舐めた真似をすれば報復を辞さない純血の末だという前提を、皆、軽んじていた。
これが純血育ちの大人なら、最初から対応が違っていただろう。
馬鹿な話だ。
『セウェルス、いない、いかない』
甘い声だ。
歌をうたうと聞いている。
さぞや美しい歌声だろう。
その容姿も可愛らしい限りだが、放たれる魔力は象に踏み潰されているようだった。
嫌われたのか、先程から先輩の闇祓いに向かって、その圧力が消えていない。
魔力の流れが見えないトンクスの目にも、異変が見える程のプレッシャーだ。
トンクスも彼女も胃を空っぽにして、やっと相対している。
強烈な酔いに似ている。
そして嫌なニオイと表現したが、喉奥まで流れ込んでくる魔力の塊は、悪臭のように感じるほど甘いのだ。
つまり、神経毒のようなものだ。
魔眼とこの毒に加えて魅了まであるのだ、師匠が化物と言ったのも頷ける。
自分の経験の浅さが悔やまれてならない。
「誰が傷つけるというの?」
『やみばらい』
「仲間を傷つけたりしないわ」
それに彼女は微笑んだまま、言った相手の目を覗き込んだ。
ガクガクと指先を震わせると、覗き込まれた方は直ぐに音を上げた。
「犬には成り下がりたくないわね、本当に、敵対するつもりはないのよ。」
『うそつきーおぼえたー』
可愛らしく彼女は笑うと、監視している男たちを指さした。
隠蔽をし、身を潜めていたというのに、まるで踊りだしたように出てくる。
よろけたのではない。
支配だ。
「お願いよ、少し力を弱めて。話をしたいの。
大丈夫よ、彼は戻って来るし、一緒に列車に乗るわ。
貴女の大切な人は無事よ。
どうして、そう怒ってるの?」
その言葉に、少女の顔から笑顔が消えた。
『さいしょから、きさま、しってた。
もどらない、しってた。
わたし、まぬけ、やっと、きがついた。
やさしくても、うそつき、は、うそつき。
しんじた、おろか、いぬは、いぬ
しつけ、ひつよう、どちらが、うえ、さからうなら、さからえない、よう、する』
『ひれ伏せ、犬が』
最後に放たれた滑らかな言葉に、闇祓いは胃液を吐いた。
痺れたように、ベンチから滑り落ちた。
少女は、再び微笑むと、トンクスを振り見た。
『ここで、まつ、こなかったら、のらない、ずっとまってる』
彼女は楽しそうに笑って、倒れ伏す闇祓いと犬から戻らない男を蹴り飛ばした。
そしてベンチに座るとハミングをする。
身構えたが、魔力の波は薄れていった。
「片付けていい?」
『だめ、きがついた、ら。はなし、きく』
這い寄った犬を足置きにし、彼女はハミングを始めた。
遠くでよろめいていた男達が消える。
多分、報告に走ったはずだ。
トンクスは先輩闇祓いをベンチに座らせた。
冷たい汗をかいて、薄目を開いている。
目を見る限り、自我は戻っているようだ。
犬は、犬のままだ。どうしよう。
『なを、なのれ』
「えっ?」
『しゃべれ、る、はずだ、なのれ、やみばらい。しはいを、のがれられると、おもったか?おろかものめ』
殴られ乱れた髪を解きながら、少女が言う。
『トンクス、女、しはいされない?おまえ、さいしょから、なのならない、やみばらい、なかま?ちがう』
「バンスよ。エドガー・バンス、敵対する気は本当に無いの。
貴女の機嫌を損ねると、仕事に支障がでるのよ。」
その懇願の言葉に、ドヴワティーヌが声を出して笑った。
毒のこもった笑いだ。
魔力が乗っている。
『私は、言う。お前達に、虐げられたと。きっと、私を愛する、愚かな者が、お前たちの、長官の首を、切るだろう。楽しみだ。私が泣いて見せてもいい。悲しいと、もう、生きていたくない、言う。
お前達、きっと、楽しい、祭りだ』
きゃらきゃらと笑う。
(これの中身は、ホグワーツにいる悪ガキと同じだ)
トンクスは、教授の言葉を思い出した。
そして同時に、ゾッとする。
手綱を握る人間がいなくなったら?
彼女は無邪気に笑っている。
その足元には、笑顔の犬だ。
じんわりと、化け物の意味がわかってくる。
これ、良心の無い、極まったクソ純血のガキだ。
真っ当そうに見えるだけの、野獣だ。
教授が何で、あんなに注意していたのか、わかった。
まじで、コイツ、見た目と違う。
純血の悪ガキと思えばいいんだ。
対応を間違えた。
真っ当な大人だと証明しないと、人間扱いされない。
クズだとわかれば、ゴミ扱いだ。
もともと自分より下は家畜だ。
おまけに見た目と真逆。
魔術無しでの力押し。
それも暴力に慣れている。
男に殴られて、平然と笑っている。
その相手を支配下に置いて犬扱いだ。
…
…
…
いや、まて、そうするとだ、そんな彼女を襲った相手って…
「お嬢さん、ドヴワティーヌ嬢。
こんな力のある君を襲った相手って、どんな怪物なんだ?」
それに少女は、苦笑を浮かべた。