2年ほど前のことだった。ブラックマーケットの路地裏には、いつも銃声が響き渡っていた。
「大丈夫?」
倒れた不良たちの間を縫って、ヘルメットをかぶった金髪の女性が近づいてきた。ユカはリュックを抱えてユナの背後に隠れ、ユナは体がこわばったまま、うまく言葉を発することができなかった。
「は、はい……」
ようやく言葉が出たときには、すでに地面に座り込んでいた。彼女が手を差し伸べ、ユナはその手を握った。
「片付いたなら、もう行こう。」
幼い頃のスオウは、ヘルメットを中途半端に持ち上げたまま、ゆっくりと歩み寄ってきた。彼女は、ヨシカが正面に立ちはだかった際、背後から狙撃したのだった。
「ありがとうございます。これ、どうお礼をすればいいか……」
「ただ運が良かったと思って。別に大した理由があって助けたわけじゃないから。」
ヨシカはヘルメットを脱ぎ、素顔を見せた。
「行こう、ヨシカ。ラーメン屋を教えてくれるって言ってたじゃないか」
「ああ、そうだな。じゃあな!」
彼女たちが立ち去るまで、八神姉妹は何も言えずにいた。今月の家賃が入った鞄を守り抜いたこと以上に、ヘルメット団の二人の少女に出会えたことの方が、姉妹にとっては大きな意味を持っていた。少女たちが憧れていたのは、ブラックマーケットでの平凡な生活ではなく、ヘルメット団そのものだったのだ。
「本当に皮肉なものだね。君について入ってきたのに、まさか君が先に出ていくことになるなんて。」
無線機は電源が入ったままで、ユナの声が聞こえてきた。
「ごめん。そういうことになったんだ。」
スオウが答えた。
「戻ってこられないの?」
「行くべき場所があるから。」
「そうなんだ。」
スオウがドアを開けた瞬間、弾丸がスオウの左腕を直撃した。包帯を巻いた部位にまともに当たると、スオウは顔をしかめ、街灯の陰に身を隠した。
「やるね。」
「誰に教わったと思ってるの。」
「まだついていたのか……」
スオウは無線機を壁に投げ捨てた。狙撃を教わっただけに、彼女自身も狙撃を回避する術を熟知していた。彼女は素早く周囲の遮蔽物を探し出した。まるで線を結ぶように動線を組み立てると、前方にあった廃車の陰に身を隠した。
ターン!
ユナがスオウの進行方向に向けて発砲すると、スオウはその方向へリボルバーを撃ち返した。ユナが身を隠した隙に、スオウは建物の中へと入った。
かつては住民が行き交っていた商店の建物は、砂がたっぷりと積もる廃墟と化していた。照明はすべて消えていたが、街灯の明かりが建物の廊下をうっすらと照らしていた。
「くそっ。」
2階へ続く扉はシャッターで塞がれていた。武器でこじ開けるだけの弾薬も時間もなかったため、スオウは廊下を駆けた。ガタン! 脇のドアから出ると、鉄の階段が現れた。まともな箇所を探すのが難しいほど古びていたが、小さくため息をついて階段を上った。
キイク...キイク...
一段ずつ上がるたびに、不吉な音がした。 2階にたどり着いた瞬間、その上の階でドアが開いた。紫色の長い髪を揺らし、ハーフアップにした少女の姿が見えると、スオウは歯ぎしりをした。
「ユナ……」
「少し痛いよ。」
ターン!
ユナが撃ち抜いたのは、鉄階段の接合部だった。ひどく錆びついていたうえ、他の接合部にも細工が施されていたため、たった一発の銃弾で鉄階段はバランスを崩し始めた。残りの部分も次々と外れて傾き始め、瞬く間に崩れ落ちた。
「ぐっ……」
スオウは室外機に両腕をかけた。背中にはショットガンを背負い、リボルバーを口にくわえていた。指先から血が滲むほど室外機を強く掴み、ゆっくりと上へと登っていった。
「いい加減にしろ!その借金まみれの高校なんて辞めて帰ってこいよ!」
「もう分かっちゃったんだ。自分にも違う生き方だってできるってこと。」
室外機に乗り移ったスオウは、リボルバーでドアノブを撃ち壊した。ひしゃげたドアノブは、地面へと真っ逆さまに落ちていった。彼女はリボルバーをポケットにしまい、両手でガス管を掴んだ。そして身を躍らせ、ドアに膝蹴りを叩き込んだ。
ドーン!
廊下はスオウの足音で満たされた。2階はシャッターが閉まっていなかったため、容易に上がることができた。管理人が立ち入り防止用として一つだけ閉めていたからこそ、可能なことだった。
「ここです!」
マフユの声が聞こえると、スオウは即座にオフィスのドアを蹴破った。予想通り、中ではユナが隅で火縄銃を構えており、マフユは血まみれのまま手錠で拘束されていた。
「もう少し我慢して。すぐに助けてあげるから。」
ユナにショットガンを向けた。
「はぁ、まさかここまで来るとはな。これ、どうだ?」
ユナは火縄銃を誇らしげに見せた。黒鳥会の組長が使っていたその火縄銃は、それまで使っていた粗末な狙撃銃とは次元が違っていた。威力や安定性の違いもさることながら、それを手にしたユナは、まるで別人のように自信に満ちあふれていた。
「ヨシカから引き継いだみたいだけど、それを受け取ったからって、お前までヨシカと同じくらい強くなったわけじゃないだろ。」
「ひどい怪我を負っている今のお前なら、私でも勝てるだろう。」
ターン!
ユナが一発撃つと、スオウはショットガンの銃身でそれを防いだ。彼女はゆっくりと近づいていった。
「これでも食らえ!」
ユナが火縄銃の銃床を振り回して襲いかかると、スオウは黒いショットガンを構えた。一度それを防ぐと、スオウはユナを蹴り飛ばした。そして距離を取るや否や、ショットガンを連射した。
「ぐはっ!」
室内は銃声で満たされた。ユナが床にへたり込み、壁に背を預けてようやく静まり返った。
「うぅ……」
ユナはあちこちに痣ができたまま呻き声を上げ、スオウはマフユに手を差し伸べた。
「起きろ。サヨのところに行けば、どうにかして解いてくれるはずだ。」
「あ、わかりました……」
向かいの建物を指さし、マフユが立ち去ってようやく二人きりになった。スオウは火縄銃を足で蹴り、遠くへ転がした。彼女も床に腰を下ろし、ユナと目を合わせた。
「昔のことを思い出すな……。以前はヨシカがこうしてくれたっけ。ユカはあの子に憧れていて、私は……」
「私のことが好きだったんだ。」
「今はどうかな……ひねくれちゃったから。」
「ヨシカもそうだったのか?」
スオウはそれとなく餌を投げた。
「私以上にひねくれてたはずよ。とんでもないことをしでかしたんだから。」
「あの手帳の件?」
「……ヨシカがそう言ってたの。」
「………………」
スオウは自分の髪を掴んだ。人生を大きく狂わせたあの事件を、彼女が忘れられるはずがなかった。これまで、カンダの自作自演だと思っていた。もっともらしい理屈があったわけではない。ただ、長年の友人を疑いたくなかっただけだった。
「あそこにはヴァルキューレもいないから捜査はできないだろうし、カンダなら、犯人を見つけられなかった部下を叱りつけるだけだと言っていたよ。あいつが想定していた事件発生時刻よりも早く、手帳を盗み出したんだ。ちょうど物品の搬送時間だったから、盗みやすかったらしいね。」
スオウは事務所で、カンダが自分を問い詰めながら口にした言葉を思い出した。
「朝霧スオウ!事件当時、ヨシカは俺と個人的な用事で通話していたんだ。消去法で考えれば、犯人は自明なんじゃないか?」
スオウはため息をついた。
「なるほど、予想が外れたわけか。」
「その通り。あいつは真実よりも、濡れ衣を着せて片付ける相手を選んだんだ。それがお前だったってことさ。」
「それで黒鳥会を倒したわけか。カンダがいなければヨシカに勝てる奴はいないし、カンダ自身も本拠地を失って支援を受けられないからな。なら、ユメを襲った理由は……」
「私たちが言ったんだ。アビドスの生徒会長がお前を連れて砂漠で何かをしていたってな。私と妹に何をしたかまで、全部話してやったよ。」
スオウは、記憶にないとしらばっくれることはできなかった。
「何でもない。それはそれ、これはこれだから。」
スオウはそう言っていた。ハイランダーの生徒たちを救うため、ユメと共にヘルメット団の団員たちを次々とぶちのめしていったのだ。リーダーであるヨシカから見れば、その行動は、5年間も苦楽を共にしたかつての仲間を切り捨てるに等しいものだった。
「ユメを屈服させれば、私を再びヘルメット団に引き入れられるし、それだけじゃなくアビドス高校を隠れ家として利用できると考えたんだろう。私たちは昔からそうしてきたからな。」
ユナの憂鬱な表情が変わらないのを見て、ぎゅっと目を閉じ、その場から立ち上がった。
「ユメをアビドス高校へ連れて行ったんだな。」
「ヨシカが伝えてきたよ。そこで待っていると。」
「ああ、行かなきゃな。すべてのことに決着をつけるために。」
やがて、スオウはサヨたちと合流した。マフユが無事に脱出したのを確認したサヨはあらかじめ応援を呼んでおり、こうしてヴァルキューレの生徒たちは八神姉妹の手首に手錠をかけた。ユカが最後までスオウを睨みつけていたのに対し、ユナは彼女を正面から見つめると、目を閉じて連行されていった。廃ビルからアビドス高校までは距離があったため、スオウは再びサヨのパトカーに乗ることになった。最後の決戦に備え、マフユは後部座席でスオウの治療を行っていた。
「うーん……」
傷がヒリヒリし、あざのある箇所も痛んできたが、腹を立てるわけにはいかないので我慢していた。
「この状態でヘルメット団と戦えるんですか?いっそ私たちに任せた方が……」
「私たちだって、無傷ってわけじゃないだろ。」
マフユの提案に、サヨが口を挟んだ。
「生徒会長のユメさんが拉致された以上、私たちが不用意に踏み込むわけにはいかない。それに、あいつの目つきを見たろ。無理に止めれば、私たちを撃ってこのパトカーも奪うはずだ。」
サヨはそう言いながら、さりげなくバックミラーを見た。片手でハンドルを握り、もう片方の手で帽子を軽く持ち上げて、視線が合うようにした。
「お前の言う通り、連中がお前を狙っているのなら、私たちの代わりにユメさんを助けてくれ。頼りない先輩からのお願いだ。」
「頼まれなくても助けに行く。」
カンダが使っていたリボルバーを、大人しくサヨに手渡した。あと二発残っているにもかかわらず素直に返すその行動に、彼女は首を傾げた。
「なんだ、まだ使うつもりじゃなかった?」
「これで十分だ。」
スオウは黒いショットガンを手に、近づいてくるのを待った。