夢を見るスオウ   作:ルイター

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第2章
第3話 - 夢の少女(前編)


「私の強がりも、ここまでだったか……」

 

アビドス砂漠の真ん中で、スオウは挫折の混じった言葉を吐き出した。数時間、バイクで走りながらマーケット・ガードたちと追跡戦を繰り広げた。ゲートを突破してブラックマーケットから脱出したのはよかったものの、タイヤが砂に埋まってしまった。 結局、自分の足で歩くしかなかった。砂漠の砂嵐は熱く、この上なく不快だった。あちこちに負った傷と、青あざのできた腹部が彼女の歩みを妨げた。朝日が昇ればここはさらに熱くなるため、歩みを止めるわけにはいかなかった。

 

 

「は、はは……こうなるって分かってりゃ、カンダの野郎に一発食らわせてやるんだったな。」

 

 

持っているものといえば、ヨシカのバイクの鍵と狙撃銃が一丁だけ。まぶたは徐々に閉じていった。

 

 

「……」

 

「ねえ!大丈夫?」

 

 

遠くから誰かの声が聞こえると、スオウは勢いよく立ち上がり、銃を向けた。向こう側に人の姿が見えた。ミント色の長い髪をしていて、背が高く体格も良く、なぜかは分からないが体にぴったりと張り付く水着を着ていた。

 

 

「私、どうかしてたみたいだな。」

 

「どうかしてるって? どこか具合でも悪いの?」

 

近づいてくる少女は、首を傾げた。彼女の反応は、かえってスオウの心境を複雑にさせた。その服装から見るに、ブラックマーケットの「ヘルメット団」や他の暴力団の人間ではなさそうだった。とはいえ、助けるふりをしていつ不意打ちを食らわされるか、知る由もなかった。

 

「それは……正しいようだな。」

 

スオウの体はすでに地面に倒れ伏していた。

 

「お、おい!」

 

 

少女はスオウのヘルメットを脱がせ、顔色をうかがった。状態が深刻だと悟った少女は、急いでスオウを背負った。彼女が向かった先は、廃墟の中にそびえ立つ学校の校舎だった。

 

 

「スー坊!」

 

 

薄れゆく意識の中で、ヨシカの声が聞こえた。ここは夢の中だった。

 

 

「なんで?」

 

 

スオウ自身の声も聞こえた。

 

 

「今回、あのチンピラどもを倒して、ヘルメット団のチームを二つも叩き潰せば、どうなるか分かってるな?」

 

「今回はカンダへの報告で遅くなるってことは、よく分かってる。」

 

 

「でも、うまくいけば俺たちも黒鳥会が管理する建物で寝られるだろ? もう少し我慢してくれ。この件が終わったらラーメンをおごってやるからさ、な?」

 

「はあ。」

 

 

スオウは鼻で笑い、自信ありげな笑みを浮かべた。

 

 

「もちろん。」

 

 

夢は再び淡く溶け去り、ゆっくりと目を開けた。何事もない天井、スチール製の椅子、割れていない窓。ここはブラックマーケットの路地裏でも、アビドスの砂漠でもなかった。

 

 

「あ、起きたんだね!」

 

 

ドアが開いた。アビドスの砂漠で見たあの少女だった。今度は制服姿だった。

 

 

「ほぼ一日中寝ていたよ。保健室に寝かせたけど、大丈夫だった?」

 

「保健室? それ何?」

 

 

当然、ブラックマーケットに学校などあるはずがなかった。

 

 

「え?」

 

 

少女は戸惑った。だが、ヘルメットを被って砂漠を横断してきたことからも、ただ事ではない経験をしてきたのだと思い、一つひとつゆっくりと説明した。

 

 

「……なるほど。簡単に言えば、ここはアビドス高等学校で、在校生はお前一人しかいないってことか?」

 

「そうだね。」

 

「教えてくれる人がいないじゃないか。それじゃあ、何のためにここにいるんだ? 何の意味もないだろ。」

 

「意味がないなんてことはない。私が生まれ育った場所はアビドスなんだから。」

 

「は?」

 

 

スオウは首を傾げた。

 

 

「この学校以外に、ほかの学校はないの?」

 

 

理解できないのは、スオウも同じだった。アジトが他の組織に発覚したり、武器が使い物にならなくなったりすれば、捨てればそれだけのことだ。人もおらず、学びもないこの場所には何の価値もないと考えていた彼女には、全く理解できなかった。

 

「学校はたくさんあるよ。ゲヘナ学園もあるし、ハイランダー鉄道学園もある。聞くところによると、お金持ちのお嬢さんたちが通うトリニティ総合学園もあるらしいね。」

 

「お嬢さん」という言葉を耳にすると、スオウは少女の外見に目を走らせた。制服に傷や穴はないものの、あどけない笑顔と足にべたべたと貼られた絆創膏を見ると、お嬢様には見えなかった。

 

 

「それなら、ゲヘナかハイランダーにいればいいだろう。何のためにここにいるんだ? ここに隠された宝か何かでもあるのか?」

 

「宝物なんてものはないよ。ただ、この学校が好きなんだ。」

 

「は?」

 

「学校に借金が多くても、先輩たちがみんな去ってしまっても、私はこの学校が好き。いつか、うちの学校にも誇れるような後輩が入ってくるかもしれないじゃない?

」

 

 

スオウはしばし呆然とした。少女にとって、アビドス高等学校は単なる家や武器などではなかった。スオウにとってヘルメット団が大切なものであるように、ユメにとってこの学校は、自分が属すべき場所だったのだ。

 

 

「……全く理解できない。」

 

 

スオウは低く言った。

 

 

「あ、自己紹介がまだだったね。私は梔子ユメ。アビドス高等学校の2年生だよ。君は?」

 

「……朝霧スオウ。ただの流れ者だ。」

 

「流れ者なら、うちの学校に入らない? 私が先輩として、しっかり面倒見てあげるから。」

 

「学校に通ってる奴のくせに、あまりにおっちょこちょいだから嫌だね。」

 

 

スオウはきっぱりと断った。ユメの問いかけに、スオウは転がっていた包帯を踏んで立ち上がった。彼女は裸のまま、消毒液の染みた包帯をぐるぐると巻かれた姿でユメを睨みつけた。しかも、彼女が着ていた服は周囲のどこにも見当たらなかった。

 

 

「こんな格好にしておいて、おっちょこちょいじゃなきゃ何なの? わざと困らせようってこと?」

 

 

こんな格好で外を歩き回れば、包帯を巻いて眼帯をした変質者に見られるのがオチだった。

 

 

「そ、そんなわけないでしょ! ガラスの破片が刺さってるし、あざだらけだったから、自分で抜いて傷口に包帯を巻くのは簡単じゃなかったんだよ……」

 

「まったく……学校に通ってない私だって、手当ての仕方は知ってる。」

 

 

スオウはため息をついた。着替えさえも周囲になかったため、当分の間はこのまま横たわっていなければならなかった。

 

「ひぃん……」

 

「何が『ひぃん』だ? だからって、しょげろって言ったわけじゃないんだ。……ごめん。」

 

 

スオウはうつむいた。

 

 

「へへっ、スオウちゃんは意外と可愛いね?」

 

「スオウ『ちゃん』? とにかくお世話になったから、お礼はいつか必ずする。」

 

 

彼女は痛みに耐えながら、その場から立ち上がった。すぐに行ける場所も、自分を受け入れてくれる場所もわからない。だが、今ここにいたら、目の前にいる無邪気な生徒に心を奪われ、この学校から抜け出せなくなるような気がした。

 

 

「うっ!」

 

 

スオウは一人で数歩歩くと、その場にへたり込んでしまった。

 

 

「ちょ、ちょっと!そんなに無理しなくてもいいよ。」

 

「……わかった。」

 

 

結局、彼女に手を引かれてベッドに座ったスオウは、会話を続けざるを得なかった。

 

「スオウちゃんはどこから来たの?」

 

 

しばしの静寂が流れた後、スオウが口を開いた。

 

 

「ブラックマーケット。」

 

「あの無法地帯から来たの?」

 

「よく知ってるな。あそこを無法地帯と呼んでも、文句は言えない。」

 

「どうして砂漠まで行ったの? 私だって、ちゃんと装備を整えてからじゃないと出られないような場所だよ。」

 

「知らないほうがいい。私に関わってもろくなことはないからな。追ってくる連中がいるんだ。」

 

 

自分がここにいるとバレれば、カンダが部下を差し向けてユメに危害を加えるかもしれない、という懸念がよぎった。もちろん、そう言ったところでユメが納得するはずもなかったが。

 

 

「どういうこと? いいことなんてないって?」

 

 

タダダダッ!

 

 

「おい、朝霧! そこにいるのは分かってる!」

 

 

正門の方から銃声と叫び声が聞こえた。このような状況下で外に出られる人間は、ただ一人しかいなかった。ユメは突然の事態に動揺したものの、すぐに気を取り直して窓の外をうかがった。正門に立つ何かを目にして顔を青ざめさせた彼女は、盾と拳銃を手に取り、保健室から出ていった。

 

 

「スオウちゃんはここにいて。怪我してるんだから、出てきちゃダメだよ!」

 

「はあ、分かった。」

 

 

ユメが立ち去ると、何事もなかったかのように窓辺に腕を預け、グラウンドを見下ろした。保健室の隅には自身の狙撃銃が置かれていたが、本人も負傷のせいでまともに動くことさえままならなかった。

 

 

「チクショ……」

 

 

ただ見守るしかないという事実に、奥歯を噛み締めた。正門の前では「ヘルメット団」が校庭に足を踏み入れていたが、彼女たちはスオウが属する「バキバキ・ヘルメット団」ではなかった。

 

 

「きみたちは誰?」

 

 

ユメが聞いた。グラウンドで対峙した二つの勢力は、数から見ても大きな差があった。「キタキタヘルメット団」が8人だったのに対し、ユメは一人だった。

 

 

「私たちはキタキタヘルメット団、私はそのリーダーの新井マスミ。」

 

 

マスミはヘルメットを少し持ち上げ、素顔を見せた。リーダーにしては小柄な体格で、猫のように澄んだ瞳をしており、水色のツインテールだった。彼女は大きな銃を手にしていたが、それはK2アサルトライフルの下部にグレネードランチャーを装着したものだった。

 

 

「朝霧スオウ、ここにいるんだな?」

 

「悪いけど、そんな人はいない。」

 

「嘘が下手なんじゃないか? 村の連中が、お前がそいつを支えてここに来たって言ってた!」

 

 

マスミはユメの弁解を聞く間もなく、即座に手榴弾の安全ピンを抜き、ユメに向かって投げつけた。空中に放たれた手榴弾は、そのままユメの目の前に落ちて爆発した。

 

 

「お前らも投げろ!一つじゃ全然足りないぞ!」

 

 

やがて、手榴弾がいくつも立て続けに飛んできた。グラウンドの真ん中で何度か爆発が起き、しばらくすると砂煙と共に、それらは徐々に消えていった。

 

 

「リーダー、大丈夫か?あいつが倒れたら、何の情報も得られなくなるぞ。」

 

 

サブリーダーが尋ねると、マスミは鼻で笑った。

 

 

「へっ、言い訳なんて聞く必要はないな。気絶させて人質にすればいいだけだ。カンダ様の話じゃ、朝霧ってのは義理に凝り固まった人間らしいからな。協力者を捕まえておけば、向こうから勝手にやってくるだろうよ。」

 

 

マスミの言葉が終わった瞬間、銃弾が一発飛んできた。

 

 

「ぐっ!」

 

ターン! ターン! ターン!

 

一発が団員のヘルメットに命中し、続いて数発の銃声が響くと、彼女は倒れ込んだ。

 

 

「くそっ、一人倒された!一人じゃ防げなかったはずだろ?」

 

「悪い、こいつは性能が良くてね。」

 

 

煙が晴れると、盾「アイアン・ホルス」が陽光を浴びて輝いた。爆発にもびくともしなかったのか、傷一つついておらず、その背後にいたユメは拳銃を構えた。

 

 

「こ、こいつ!いつの間に!」

 

「うちの学校には、泥棒が多かったんだよ。だから、自分一人でも守ろうと武器を手に取って戦っているうちに、手になじんだんだ。」

 

「盾一つを頼りに、いい気になりやがって!」

 

 

正面から防いでいる限り、並大抵の銃撃や爆発でその盾を容易に貫くことはできない。しかし、別の方向から銃撃を受ければなす術もなくやられてしまうため、サブリーダーは大声で叫んだ。

 

 

「何をしてる!早く倒せ!」

 

 

しかし、ユメの反撃に団員たちが次々と倒れていった。それでも、マスミは意志を曲げなかった。

 

 

「戦い続けろ!敵は一人だけだ!」

 

「ああ、朝霧の奴を捕まえて、ついでにこの学校まで乗っ取れば、私たちの勢力もデカくなるってわけだ。ハハ!」

 

 

サブリーダーも彼女の意向に従って声を張り上げると、ユメは歯を食いしばりながら戦い続けた。

 

 

「そんなこと、絶対にさせない!」

 

「はっ!一人でなんとかなると思ってんのか?」

 

 

数人の団員がユメに近づくと、彼女はあろうことか盾を武器のように振り回した。盾は重かったが、長年使い慣れていたため、自在に振り回すことができた。

 

 

「うわああ!」

 

 

動揺した団員たちは身を引いて距離を取ったが、ユメは拳銃も持っていた。

 

 

ターン!

 

 

「ぐっ!」

 

 

「これで……4人目……」

 

 

多くの団員を倒したものの、銃弾の雨を一人で防ぎながら反撃する戦法は、体に過度な負担を強いるものだった。追い打ちをかけるように、マスミは素早い身のこなしでユメの銃撃をかわし、そのまま接近してグレネードを撃ち込んだ。

 

 

ドカーン!

 

 

盾に阻まれて爆発が起きただけだったが、立ち込める煙が彼女の視界を遮った。マスミは盾を足場にして跳び上がった。ユメの頭上を越える瞬間、無防備な背中がマスミの視界に入った。

 

 

「隙あり!」

 

 

そして、引き金を引いた。

 

 

「キャーッ!」

 

 

盾を動かして防ごうとしたが、榴弾はすでにユメの肩に当たって爆発していた。彼女は爆発に巻き込まれ、後方へと押しやられた。

 

 

「まだ……終わってない……」

 

 

彼女は崩れ落ちそうな体を無理やり起こして拳銃で反撃したが、マスミは即座にその場を離れた。そして、仲間たちに指示を飛ばした。

 

 

「おい、撃て!」

 

 

リーダーのマスミは、団員たちと共に一斉にアサルトライフルを乱射した。拳銃で反撃を試みたものの、盾が手から離れてしまっていたため、そのまま奴らの格好の標的となってしまった。

 

 

「こんなふうに倒れるわけには……」

 

 

ユメは必死になって、再び盾に向かって手を伸ばした。

 

 

「はっ!負けたなら這いつくばるんだな。」

 

 

マスミは盾に向かって榴弾を撃った。

 

 

ドカーン!

 

 

爆発により、ユメと彼女の盾は遠くへ吹き飛ばされた。

 

 

「うわっ! ううっ……」

 

 

相次ぐ銃撃と爆発に耐えたものの、ユメはついに口元から血を流し、校庭の砂に身を預けた。

 

 

「本当に不思議なんだよな。」

 

「リーダー、どういうこと?」

 

 

一人で団員の大部分を倒したものの、まだマスミとサブリーダー、そして二人の団員が残っていた。ユメは悔しげな表情を浮かべながら、マスミの足に踏みつけられた。

 

 

「朝霧の奴はもう一文無しだから、助けたところで何の見返りもないぞ。聞いたかどうかは知らないが、ブラックマーケットの出身だから、むしろ学校の備品を盗み出しかねない。」

 

「確かにそうだな。おい、どうしてなんだ? 写真で見るとクールな奴だから、もしかして惚れたんじゃないか? ハハハ!」

 

「そんなわけないでしょ!」

 

 

サブリーダーが銃口を向けながら悪趣味な冗談を口にすると、ユメは顔をしかめた。ユメが声を張り上げているにもかかわらず、マスミはその最中にも、スオウが逃げ出さないかと周囲に目を配っていた。

 

 

「数年前、アビドスの連中がここの砂漠化を食い止めようとして、借金を山ほど抱えた挙句、逃げ出したんだ。」

 

 

マスミはにやりと笑って、ユメを見つめた。

 

 

「お前らだって、私たちと大して変わらないだろ。借金を返すために必死に働いて、いつかはうまくいくって信じてたんだ。そうだろ?」

 

「……」

 

 

ユメは倒れたまま、体を小刻みに震わせながら拳を固く握りしめた。傍らにある拳銃を拾おうとした瞬間、サブリーダーがそれを蹴り飛ばした。

 

 

「おや? まだ諦めないんだ?」

 

「最後まで残っただけあって、しぶといな。リーダー、いっそのこと砂漠に……」

 

 

ターン!

 

 

「ぐはっ!」

 

 

銃声が響くと、サブリーダーのヘルメットが一撃で粉砕された。ゴーグルも割れ、額の部分がひしゃげて、二度と使えないほどの状態だった。

 

 

「うわあああ!」

 

 

彼女が倒れると、他の団員たちは驚愕して周囲を見回した。

 

 

カチャッ、ターン!

 

 

「ぐっ!」

 

「クソッ、どこにいるんだ?!」

 

 

数発の銃声が響き、残ったのはマスミただ一人だった。彼女はユメを踏みつけていた足をどけ、グラウンドを歩き回った。

 

 

「リーダー、あそこに……う、うぅ……」

 

 

団員の一人が倒れたまま手を伸ばし、窓を指さした。そしてリーダーがそこを見ると、開いた口が塞がらなかった。

 

 

「ひ、変態だ!」

 

 

裸に包帯を巻いただけの姿のスオウが、窓越しに狙撃していたのだ。窓を全開にして上半身を乗り出していたため、ヘルメット団のリーダーが誤解するのも無理はなかった。

 

 

「誰が変態だってんだ!」

 

 

事態は混乱する方向へと一変した。




今回のエピソードは、対策委員会編第1章の序盤と、アニメ第1話をモチーフにしています。
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