国を追われた首無し王女……神になるってどういうこと!? 作:haku728
王女が城壁に昇った日から、国中に妙な噂が立ち始めた。
――城に首無し女の亡霊が居る!
――モランゴ―ルに首をはねられた王女の怨霊だ!
――いいや!魔術で蘇った王女様の生きた屍だ!
真偽入り乱れて様々な憶測が飛び交った。
とにかく、ソフィ―ナの《十字の誓い》を直に目撃したのはモランゴ―ル軍以外では限られている。
その時、町の民は殺されるか避難しており、城側ではディルクを除けばフィリップただ一人だった。
その後、城では箝口令が敷かれた為、国民で王女の死の真相を知るものは皆無であった。
しかし、その中で一つの説がまことしやかに囁かれるようになった。
それは王女が人柱として無理矢理首をはねられ、それが《デュラバ―ン》に変化(へんげ)したという話である。
デュラバ―ン。
これは古来よりエルサイムに伝わる妖怪の名である。
伝承によれば、それは白いドレスを着た若く美しい女性の姿であるという。
しかし胴体に首が無く、自分の生首は右手に抱え、首の無い白馬にまたがって現れるとされる。
そして彼女が訪れた家は必ず破滅するという。
民間では昔話としてしばしば語られ、泣き止まない子供も『首無し女がくるよ』と言うとすぐに泣き止むといわれる。
誰もが知る忌み嫌われる存在であった。
「おい!ジャイロック!妙な話が広がっておる!何とかならんのか!」
夕食中にフィリップは声を荒げた。
卓上には、空になった酒器が並んでいる。
「はっ!何とも……。人の噂に戸板は立てられませぬゆえ……」
「黙れ!城に居着いた妖魔が不吉だとか、国に再び災厄を呼び寄せるとか言われておるのだぞ!」
フィリップは不機嫌そうにグラスワインを一気に飲み干しゲップする。
そんな彼に向かって王妃エリザベクが口を開いた。
「陛下。これは誠に由々しき事態です。王家に悪しき評判が立つなどとは決して許されません。ここはいっそ、その源を無くしてしまえばよろしいかと……」
フィリップは首筋まで赤く染めながら、充血した目で王妃を睨んだ。
「源を無くす……とは?」
「この国から追放されてはいかがでしょう。あんな方が城中にいる限り悪しき噂は消えません」
「ふむ…ジャイロック、お前はどう思う?」
「はい。ソフィーナ様はもうお亡くなりになられました。忌まわしい力で蘇った異形のあの方は、もう王女様では無いと存じます」
「なるほどのう……」
エリザベクはさらに言葉を継ぎ足した。
「陛下。元々ソフィーナ様はヴィクトリア様を死に追いやった呪わしき存在でした。ちょうど良い機会ではありませんか。シャルルもそう思うでしょ。ね?」
「はふ!はふ!がつ!がつ!むしゃ!むしゃ!」
「ほら陛下!皇太子殿下もそうだとおっしゃっていますわ」
フィリップはブランデーの瓶を鷲掴みにすると、底に残っていた分を一気に飲み干した。
「プハ……!よし!ジャイロック、すぐに手配せい!戻ってこれぬよう遠くに捨ててこい!」
「御意に!」
うやうやしく下がるジャイロック。
それから三日目の朝のことであった。
その日もソフィーナは離宮の中から虚ろな目で空を眺めていた。
すると突然扉が開きジャイロックを先頭に数人の衛兵が入ってきた。
「ソフィーナ様。陛下より外出許可が出ました。これから外に参りましょう」
「え!なぜ……?そんなに……突然……」
「ずっとお部屋にこもられていてはお気持ちも晴れないでしょう。さあ!馬車を用意してあります。そちらまでどうぞ」
(城壁に出るのさえあんなに制限されていたのに……)
「わ、わたくしをどこに連れ出そうというのです?」
「とても良いところでございますよ。きっとお楽しみいただけると思います」
「い、嫌……」
ソフィーナは思わず後ずさりした。
「ソフィーナ様。わがままを言ってはなりません。陛下の特別なご配慮によるものですよ……。衛兵!さあ、お連れしろ!」
彼女は数人の屈強な兵に取り囲まれた。
左右から腕を掴まれ無理やり連れ出される。
「嫌です!離して!」
「大人しくなさいませ!」
ソフィ―ナは必死に抵抗するがどうにもならない。
離宮の前には黒い馬車が止められていた。
窓には木の板が打ち付けられて完全に塞がれている。
彼女は無理矢理車内に連れ込まれると、ドアがパタンと閉じられた。
そして馬車は、前後に十数人の騎馬兵を従えて出発した。
ジャイロックは口ひげを指先でつまみながらそれを見送っていた。
馬車の中は暗かった。
木板で塞がれた窓の隙間からかすかに光が入り、かろうじて同乗の兵の顔が見える。
「わたくしは……わたくしは一体、どこに行くの?」
「さあ……それはお答えできません」
「わたくしは……戻れますの?」
「いや……それは。帰りにはお乗せするなとの御命令です」
「そ、そんな……どうして……」
「……我々は命に従うだけですので……」
「い、いや!わたくしが何をしたというの!どうして国を出されないといけないの!お願い!引き返してください!」
「…………」
「うう……お願い……うう……」
ソフィーナは泣き濡れる自分の生首を強く抱きしめた。
それからどれぐらい時間が経ったであろう。
外が見えないため時間の経過が分からないが、隙間から差し込む光が薄暗くなっていることは確かであった。
突然馬車が停止した。
息を飲むソフィーナ。
「ここで降りろ!」
ドアが乱暴に開けられ、引きずり降ろされるように下車した彼女は、目の前の光景を見て立ちすくんだ。
夕闇が迫る中、何もない荒野が広がっていた。
「一体……ここはどこ?」
ソフィーナはわななきながら兵士に尋ねた。
「どこへなりとでも行け!これを渡しておく」
兵は小さな巾着袋を彼女に手渡した。
それを開けて見てみると、少しばかりの路銀が入っている。
(こんな……僅かな……)
彼女は唇を震わせながら顔を上げると、馬車と騎兵はもう動き出していた。
「あ!待って!待ってください!」
彼女は馬車を追って走った。
しかし、無情にも馬車はあっという間に道の彼方に走り去って行った。
黄昏時の荒野のど真ん中で、彼女は茫然として立ちすくむしかなかった。