国を追われた首無し王女……神になるってどういうこと!? 作:haku728
かつてのエルサイムの隣国パレスジャイナは、現在はモランゴール帝国の傘下に入り、自治州となっていた。
その首都リディアのバザールは何でも揃うと名高い。
様々な屋台や店舗が並び、常に多くの人々でごった返していた。
ソフィーナが拉致されてから1か月後。
市場の入口前の広場に、大きな見世物小屋が建てられていた。
派手な色使いのテントの周りに看板が並び、そこに生首を抱えた首無し女が描かれている。
そのおどろおどろしい絵が、見る者の恐怖と好奇心を煽っていた。
絵の下には「怪奇首なし女!悲しき王女の物語」と書かれている。
テントの中は満員の観客の熱気でむせ返っていた。
「おい!いつまで待たせるんだ?」
「早く始めろ!」
待ちきれない観客が騒ぎ出した頃、舞台袖から巻髭にターバンを巻いた男が笑顔で登場した。
「皆様!本日はこの《ハッサンの神秘の館》にお越しいただき誠にありがとうございます。皆様との出会いにアブラ―ム神への感謝を!」
「前置きはいいから早く女を出せ!」
「こっちは高い金を払ってるんだぞ!」
「ハハハ!皆様焦りは禁物です。何しろ今回の出し物は正に奇跡!正に空前絶後!良いですか皆様。この世に首と胴体が離れているのに生きている女性がいると言ったら信じますか?」
「だから早く見せろって!」
「つまんなかったら金を返してもらうぞ!」
「おお!皆様の熱きご期待を受け止めました。それではいよいよ登場と相成りますが、その前に一つ……彼女の悲しくも恐ろしい話をお聞きください」
ハッサンは人差し指を立てると口角をいやらしいほど上げて観客を見た。
場内はシン……と静まり返る。
「さる王国のさる王女といたしましょう。彼女には許嫁がいました。隣国の王子様です。しかし王女は身分の低い魔導士に恋をしてしまいました。そしてニ人は駆け落ちしてしまったのです。国王はお怒りになりました。そしてニ人を捕らえ、その首を切り落としたのです」
ハッサンは胸に手を当てて目をつぶった。
観客は息を呑む。
「しかし魔導士は蘇りの術を心得ていました。王女様にはあらかじめその魔法がかけられていたのです。そして王女はよみがえりました……自分の生首を持ったままで……」
ハッサンは、かっと目を見開き叫んだ。
「さあ!私のつたない話はここまでです。それでは幕を開けろ!ベラドンナ!その情けなく恐ろしい姿を皆様にお見せするのだ!」
赤い幾何学模様が入ったカーテンがさっと左右に開く。
中央には両手で自分の生首を抱えたソフィーナが立っていた。
露出の多い、踊り子のような服を着せられている。
しかし彼女の目は落ちくぼみ、生気なくうつむいていた。
「ベラドンナ!前に行け!」
「…………」
「なにをしている!早く行け!そして皆様にご挨拶をするのだ!」
ハッサンは手に持った馬用の短い鞭でソフィーナの背中をピシャリと叩いた。
彼女の顔が苦痛に歪む。
「お!顔をしかめたぞ!」
「本当だ!生きてやがる!」
観客席からどよめきが起きる。
よろよろと前に進み出たソフィーナ。
「さあ!お前のその生首を前に突き出せ!皆様によくお見せしろ!」
「…………」
「何をしている!早くしろ!」
さらに背中でピシャリと音が鳴る。
そのたびに彼女の顔が激痛に歪んだ。
容赦なく打ちすえられる鞭。
苦痛に耐えかね、仕方なしに両手で持った生首を前に突き出した。
「こいつはすごい!本物だ!」
「伝説の首なしの化け物だ!」
客席はかつてないほど沸き立った。
観客が盛り上がる様子に、満足そうな笑顔で口髭を人差し指にくるくる巻くハッサン。
その頃バザール前の通りには、多くの民衆に見守られながら、華々しい騎兵の列が姿を現した。
先頭の白馬には、格式の高い詰襟の白い軍服に身を包んだオルダイの姿があった。
「きゃあ!あの白馬のお方……凛々しい!」
「ああ!皇太子様……御髪……サラサラ……」
「ちょっと!目鼻立ち整いすぎ!」
遠巻きに見る若い女性たちが皆悶絶している。
しかしオルダイは、苦虫を噛み潰したような顔でぼやいていた。
「オルドス。何でこんな西方の堅苦しい格好をしないといけないんだ!」
「若。視察巡行の目的をお忘れですか。大帝国の皇太子としての威厳を示さねばなりません。《草原の民》の身軽な姿では侮られます」
「だからってなんでフランソワールの格好なんだ?こんなの……すかしてて嫌なんだよ!」
「かの国はこの大陸で最も洗練された伝統と文化を持っていました。大王はそのような優れたものを取り入れ、国の発展につなげる御意向なのです。伝統服を捨てた陛下の御心をもっとご理解なさいませ!」
「ハァ……。全く耳にタコができるぜ………ん!あれは何だ?」
オルダイは見世物小屋に視線を奪われた。
彼の視力は遠方のものも正確に捉える。
看板に描かれた首のない女の絵を見てみるみる表情が変わった。
「ゆくぞ!オルドス!」
「あ!若!どこへ?」
面食らうオルドスをよそに、オルダイは隊列から離れ、突風の様にテントに向かって駆け出した。