国を追われた首無し王女……神になるってどういうこと!? 作:haku728
ソフィーナを連れたオルダイの隊列は昼夜を継いで走り続けた。
人馬はまるで疲れを知らぬかのようであった。
しかし、時折仮眠のため休憩が取られ、《ゲルボウ》と呼ばれる仮設のテントが張られた。
羊皮の幕や竹など軽くて丈夫な材料を持ち寄り、あっという間に組み立てられる。
床には絨毯が敷かれ、なかなか快適である。
(彼らは住居ごと移動するのね……)
毎回ソフィーナはその手際良さに舌を巻いた。
そしてリディアを出て七日目の夜を迎えた。
その日も彼女には専用のゲルボウがあてがわれ、周りを数人の兵たちが取り囲む。
しかしそれは、監視するというよりは警護されている様に彼女には思われた。
中央には暖炉が置かれ、炎が揺らめく。
彼女は横になり、日中の強行軍から解放されてうとうとしていたが、突然幕の入口が開いてオルダイが入って来た。
今回の行程の中で初めてである。
ソフィーナは慌てて身を起こした。
オルダイは長衣の裾を払うと、床にどっかりとあぐらをかいた。
そして毛皮の帽子を外すと「疲れていないか?」と問うた。
「正直……こんな無茶な旅路は……経験したことがございませんので……」
彼女は眠そうな目をこすりながら答えた。
「明日には大都に着く」
「明日!でございますか?」
「ああ。だからもう一辛抱だ」
「あの……」
「何だ?」
「一つお伺いしても……宜しいですか?」
「ああ……いいぜ」
「あなた方、モランゴ―ルはなぜ他国を攻めたのですか?そして……我が国も……」
ソフィーナの目はじっとオルダイを見据えている。
彼は拳を顎に当てて少考の後、静かに答えた。
「それは……自分の国の有様を見れば分かるんじゃないか?」
「っ……!」
ソフィーナの腹部の傷跡に痛みが走った。
予想もしなかった回答に彼女は視線を泳がした。
「でも……」
なおも問いかけようとする彼女をオルダイは制した。
「ソフィーナ。その先は親父に直接聞くがいい。明後日には会える」
「……はい」
「それと親父には隠すな!飾るな!偽るな!ありのままの自分をぶつけろ!モランゴールの王は全てを見通す」
(全てを……)
ソフィーナはオルグン王の黒曜石のような曇りなき瞳を思い起こした。
「それと最後に、一つだけ聞いていいか?」
「何でしょう?」
「あの儀式の時……怖くなかったのか?」
――怖くなかったか?……ですって!
ソフィーナは思わず立ち上がり、両手に持つ自分の生首をオルダイに突き出し叫んだ。
「怖くないわけありません!!」
生首を持つ手がブルブルと震えている。
彼女の両目から涙が溢れ出した。
オルダイは端然としてソフィーナの顔を見つめていた。
しかし、スッと立ち上がると左の手の平に右の拳を当て胸の前に掲げた。
そして一言「すまない」と言って頭を下げた。
(え!王子が謝罪!?)
ソフィーナは面食らって言葉を失う。
「明日は早い。今日はここまでとしよう」
そう言うとオルダイはさっと帳を開けて出て行った。
(わたくし……どうしてあんな大きな声を……)
ソフィーナは、オルダイが去ってからもしばらく立ちすくんでいた。
翌日の隊列は険しい山道を飛ぶように走った。
一歩踏み外せば千尋の谷に真っ逆さまになるような道も速度を緩めない。
「おい!ソフィーナ。なかなか見事な景色だぜ!せっかくだから見といたらどうだ」
「い、いえ……結構です……」
高いところが苦手なソフィーナはずっと目をつぶりっぱなしである。
やがて日が傾き、陽光が空を淡く染め始めた頃、隊列は森をぬけて開けた高台に出た。
そしてオルダイは馬を止めると、顔を赤い夕日に照らされながらソフィーナに声をかけた。
「目を開けてみな。あれが大都だ!」
「え!?」
彼女はためらいがちにゆっくりと目を開けた。
目の前には広大な平野が広がっていた。
空には沈みゆく真っ赤な太陽が浮かんでいる。
その下に、街区が碁盤目に広がる巨大な都市の姿があった。
その中央には、幾層もの屋根を重ねた壮麗な建築群が霞がすんで見える。
(これが……モランゴ―ルの都……)
あまりのスケールに声が出ない。
エルサイムの王都ラムゼンですら、この都市の一区画にしかすぎないように思える。
「こんな……都を一から作ったのですか?」
ソフィーナは、かすかに震える声で聞いた。
「いいや。元々ここは、この大陸の《中つ国》といわれたグレートブリタニアン帝国の都だ。それを大改造しているんだ」
「そうなのですか!」
「ああ。モランゴールは覇を唱えるには辺境すぎるからな。ブリタニアンを征服した時に拝借したんだよ。一から作ると時間と労力の無駄だしな」
そう言ってオルダイはカカカと笑う。
この時に一騎の騎馬が疾風のように坂道を駆け上ってきた。
「若様ぁ!ご到着でありますかぁ!」
「おう!チャガタイ!親父殿は息災であったか?」
「はい!それに兄君様も全員お揃いです!」
「何だって!親父……みんなも呼んだのかよ……」
「はい!若様のお顔を見れるのを、皆様首を長くして待っておられます!」
「ハァ……。もういいって……」
オルダイはため息をつく。
ソフィーナは恐る恐る尋ねた。
「あの……御兄弟がいらっしゃるんですか?」
「ああ。兄貴が三人と姉貴が一人」
「まあ!そうだったのですね!でも……『みんなを呼んだ』って……普段は都にいらっしゃらないんですか?」
「いない。みんな自分の国を持たされてるからな」
「え!国?」
「モランゴ―ルは、親父が治める《大ハーン帝国》を中心に、四つの国と七つの自治州に分かれてる。兄貴たちはその周辺国の王だ」
「兄弟四人で四つの国……。では、オルダイ様は?」
「知らねえ……」
なぜかオルダイは、ばつが悪そうに口をつぐむ。
その時、チャガタイが目をキラキラさせて横から口を挟んだ。
「若様は《大ハーン帝国》をお継ぎになることに決まっています!」
「ええ!」
ソフィーナは唖然とした。
「余計なことを言うな!チャガタイ!」
「しかし若様!陛下が直々にご指名なさっておられます!」
「うるせえ!親父が勝手に言ってるだけだ!俺は納得してないからな!」
「え……なぜ……?」
ソフィーナは不思議そうな面持ちで尋ねた。
「うるさい!もう行くぞ!」
オルダイは荒々しく馬を出した。
「先導をつかまつる!」
チャガタイは前に駆け出した。
(帝国を任されるというのに……どうしてこんなに苛立っているの……)
ソフィーナは、激しく馬上で揺らされながら、しきりに首をかしげていた。