国を追われた首無し王女……神になるってどういうこと!? 作:haku728
宙を舞った白い手首がテ―ブルの上に落ちた時、その場にいた者はすぐに事態が理解できなかった。
「う!うう!」
ソフィ―ナが苦しげに左手で右手首を押さえてうつむいた。
右手首の切断部から心臓の鼓動に合わせて血が吹き出している。
その姿を見た全員が血の気を失い、騒然となった。
「お、王女様!」
「ヒィィ!て、手首が!」
「な、なんということを!」
「う……ぐ……」
ディルクは気を失いそうになった。
しかし辛うじて意識を繋ぎ止めながら懸命に息を整える。
そして震える手つきで自分の首元のクラヴァットを外し、ソフィーナの手首に巻き付けようとした。
しかし彼女はディルクの手をはねのけた。
「ハァハァ……ディ…ルク!止血は無用……です!」
「な、なぜです!殿下!血を止めねば!」
必死の形相のディルクに対しソフィーナは血の気を失った表情で答える。
「アンエ村の方々に……申し訳が……立ちません」
それを聞いた長老は仰天した。
「そったら事で手首を切りなすっただか!?」
「わたくしは……何も出来ません……お役に立てません」
「お、王女様……」
「そんな自分が情けのうございます……せめて村の方の痛みや……苦しみを……ほんのわずかでも……この身に分けとう……ございます」
「お……おお!」
「この手首はアンエ村の皆様にご進呈いたします。どうか……どうかこれで……この場を御納めください」
そう言ってソフィーナは頭を下げた。
アンエ村の長老は唇を震わせながら目を閉じた。
そしてその目尻から一筋の涙がこぼれ落ちる。
ジェドン村の者もアンエ村の者も全員沈痛の面持ちで頭を垂れた。
「長老……」とディルクが声を発しかけた時、老人はかっと目を見開いた。
「この手首は受け取れね!」
「っ……!」
ソフィーナは苦しげに目を閉じた。
「でも……わしらは去る。これ以上騒ぎ立てもせん」
「え!」
彼女は大きく目を見開いた。
しかしそれを聞いた村長は仰天した。
「長老!それではあんまり……」
「黙りゃあ!ヤン!この王女様の手首では物足りねえべか?」
「い、いや……」
唇を噛んで黙った村長。
長老はソフィ―ナの方に向き直った。
「じゃけど王女様……アンエの民の苦しみが今後も無くならねえ事は忘れないでくんろ」
「……はい……」
「何という無茶をするのです!」
馬車の中でディルクは怒り顔で両の掌をソフィ―ナの右手首にかざしている。
彼女の手首は包帯で巻かれて固定されていた。
そこにディルクは懸命に掌から放たれる青い光を当てているのだ。
数刻もするとソフィ―ナの右手の指先に微かに感触が戻ってきた。
「あっ!……指が……動くわ……」
ソフィーナは目をパチクリさせる。
ディルクは安堵の溜息を漏らした。
「ふうっ……!もう大丈夫です。三日もすれば物が握れる様になるでしょう」
「ありがとう、ディルク。そなたの治癒魔導は本当に凄いわ」
「いいえ、まだまだです。師匠にはいつも‘『お前の技は中途半端だ』と言われます。護衛の為剣技にも手を出したのが気に入らないみたいで……」
「あなたのお師匠様は大魔導士ですものね……」
「でも殿下!こんな真似は二度とおやめください。私の寿命は十年は縮まりましたぞ!」
「ごめんなさい……」
「また『ごめんなさい』 とおっしゃった!どうして殿下は謝ってばかりなのです!」
「でも…わたくしは迷惑を掛けてばかりで……」
「殿下は無茶を任され、その御身を犠牲にしてばかりではありませんか!」
ディルクの瞳には涙が光っている。
「でも……わたくしのせいで母上は亡くなりました……その罪滅ぼしもせねばなりません」
「またその話をなさる!お后様はあなたを生んだせいで亡くなられたのではありません!元々ご病気であらせられたのに無理をなされたからです!」
「ディルク……」
「これ以上御自身を責めてはなりません!それに殿下はたくさん失血されておいでです。宿を取っておりますので そちらで数日ご静養をされてからお城に戻りましょう」
「わかりました……」
ソフィーナは伏し目がちに頷いた。
王国エルサイムの首都ラムゼンに主従が戻ったのは村の会合日からちょうど一週間後の夕方であった。
その日の夜、ソフィーナは王家の食卓にいた。
茶褐色に磨き上げられたオークの長大なダイニングテーブルの上座には国王フィリップが座し、右側には王妃エリザベク、左側には皇太子シャルル、そしてはるかに離れた上座の対面にはソフィ―ナがポツンと座っている。
国王や王妃、皇太子の前にはテーブルからはみ出さんばかりに豪華な食事が並んでおり、各種の酒のグラスが彩りを添えている。
しかしソフィーナの前には、少しばかりのキャベツとベーコンのかけらが入ったスープと黒いライ麦のパンが一つ有るだけである。
フィリップは口髭を肉の油で濡らしながらくちゃくちゃと咀嚼した。
ソフィーナは両手を膝の上に乗せたまま目の前の皿をじっと黙って見つめていた。
国王はそんな彼女をジロリと睨んだ。
「ソフィーナ……ザランディより連絡があったわ。アンエの者共に遺恨を残したまま、おめおめと帰ってきたのか?」
「……はい」
「何が『はい』だ!この王家の面汚しが!」
「申し訳……ございません……」
「何のためにお前を派遣したと思ってるんだ!王家の威光を示すためだろう!アンエの奴らが文句を言うなら『王族に楯突くなら反逆罪で死刑だ』ぐらい 言えんのか!愚か者めが!」
「…………」
「ふん!そうやってすぐに黙りおる!」
フィリップは不機嫌そうにグラスを煽った。
王妃エリザベクがカタンとフォークを置き、眉間にシワを寄せてソフィーナに視線を向けた。
その細い眉が跳ね上がっている。
「ソフィ―ナさん。あなた……もっとしっかりしてくださらないと!この由緒あるベルモン王家の一員であるご自覚はお有り?陛下と皇太子殿下のご威光を傷つけるような真似はくれぐれもなさらないでくださいね!よろしくて?」
「……はい。肝に銘じます……」
「まったく……いつも返事だけは一人前ね。本当に情けない方。ねえ…そうでしょう?シャルル」
「はふ!はふ!がつ!がつ!むしゃ!むしゃ!」
シャルルは口の周りにソースをべっとりつけながら無我夢中で咀嚼している。
「まあ!シャルルったら!お食事に夢中なのね。可愛いわ!」
エリザベクはうっとりとした目で肥満体の我が子を見つめる。
フィリップは赤ワインをごくごくと飲み干し、プハーと息を吐いた。
「ふん!お前が生まれなければビクトリアも死ぬことはなかった!もっと家のために身を粉にしてもらわねばな!」
ソフィーナは唇をかみしめ、瞳に涙を溜めながら右手首にうっすらと残る傷跡を無言で撫でた。
次回 ディルクの師匠が城を訪れる