国を追われた首無し王女……神になるってどういうこと!? 作:haku728
ソフィーナは夕食の後、ディルクを伴い王宮を出て住まいの離宮に戻った。
離宮と言っても元は女中小屋だったものを改装しただけの粗末なものである。
応接室のつぎはぎだらけのソファに座ったソフィーナは、新入り侍女のマ―ルが用意したティーに口をつけた。
対面に座ったディルクはむっとしながら口を開いた。
「殿下……私は城を発つ前、城内に狐の紋章のついた箱が大量に運び込まれるのを見ました」
「ディルク……突然どうしたの?」
「あれはザランディ家の紋章です!奴は王に賄賂を贈っていたに違いありません!」
「それは……考えすぎでは?」
「いいえ!そんなことはありません!陛下がやたらとザランディの肩をもつのもきっとそのせいです!おそらく奴はジェドン村の連中とも繋がっているんでしょう」
「…………」
「そんな茶番に殿下を利用するとは……許せません!」
「…………ディルク、私はちょっと疲れました……もう休みます」
「は、はい……。声を荒げてしまい……申し訳ございません」
「気になさらないで。明日はメルク町に行かねばなりません。出立は早いのであなたももう休みなさい」
「……はい」
マールに伴われて寝所に向かうソフィーナの薄い背中から、肩甲骨が痛々しいほど浮き出ていた。
(帰城した翌日に公務……。しかも強姦殺人した王兵の後始末で!)
その背中を見ながらディルクは唇を噛んだ。
この頃、城門前は騒然としていた。
「何者だ!貴様!」
「こんな時間に何の用だ?」
門兵は槍をかざして威嚇する。
その穂先には一人の大柄な老人が立っていた。
ヨレヨレの茶色のローブにつばの広い尖り帽子。
だらしなく伸びた白髪髭はへその辺りまで垂れ下がっていた。
「ほっほっほっ!怪しい者では無いですじゃ」
「黙れ!こんな時間に十分怪しかろう!」
「参ったのう……城に来るのは久しぶりじゃから……新兵さんかの」
老人は仕方なさそうに耳たぶをさわる。
この騒ぎを聞きつけて門兵長が駆けつけてきた。
そして老人の顔を見るなり「ぎゃ!」と叫んで慌てて拝礼した。
若い門兵はその様子に唖然としている。
「あ、あの……兵長……この方は?」
「馬鹿者!大魔導士ガルダンディ殿だ!」
「え!げ!」
「『大』は余計じゃよ」
「あの……それで……ご用件の向きとは?」
兵長は恐る恐る尋ねた。
「なあに。久々に出来の悪い弟子の顔を見に来ただけじゃて」
老人はにこやかに笑いながら髭を撫でた。
「師匠じゃないか!来るんなら前もって教えてくれよ!」
突然離宮を訪れたガルダンディにびっくりしながらも、笑顔で迎え入れるディルク。
「五年ぶりぐらいかの。やれやれ腰がくたびれた。ちょっと掛けさせてもらうぞい」
ソファに座ると帽子を外し、ふぅ!と息を吐く。
「師匠、何を言ってるんだ。七年ぶりだよ。耄碌するにはまだ早いって」
「黙らっしゃい!相変わらず言葉遣いがなっとらん!ところで王女様は御息災かの?」
「ええ……まあ……」
「なんじゃその顔は?まあよい……この建物のなりを見ればだいたい想像はつくわ」
「ところで師匠。こんな夜更けに一体何しに来たんだ?まさか俺の顔を見るためだけではあるまい」
「まあ……それじゃがの……星の動きが気になっての」
「星?」
「ああ。昨夜、マルス(火星)が尋常でない輝きを見せた。その光は一瞬、周辺の星々を大きく飲み込んだ」
「マルスが……」
「うむ……。知っての通りマルスは戦軍の象徴。そしてエルサイムの守護星の輝きが弱っておる」
「なんだって!北十字星が?」
「これは何かよからぬ事が起きる前兆かもしれん」
「ふむ……師匠の見立てはよく当たるからな。一体何が起きるんだろう?又、戦(いくさ)か?」
「それは分からん。しかし備えておくに如かず。まあこれが言いたかっただけじゃ。」
「なんだよ!漠然としてるな……。師匠は《大魔導士》なんだろ!もっとちゃんと教えてくれよ」
「やれやれ……わざわざ貴重な情報を教えに来てやったのに。恩義をわきまえんやつじゃて。ところでなんじゃ!書棚にあるのはキュアノ―ル(治癒、回復系)書ばかりではないか……」
「ああ。さすがに師匠は目敏いな。実は最近その中で凄い魔法を見つけたんだ!」
「凄い魔法!なんじゃそれは?」
「《リゼレクシオン》と云うんだ。なんでも死者の魂と肉体を完全に蘇らせられる魔法らしい。素晴らしいと思わないか?」
魔法名を聞いてガルダンディの目つきが細まった。
「お前……それがどんな魔法か知らんのか!」
「え?師匠は御存知なのか!知っているなら教えて欲しいんだ!」
「知ってどうする?」
「出来れば……使いこなしたい」
「やめておけ……」
「な、何故なんだ?」
「《リゼレクシオン》は禁魔導の一つじゃ!」
「禁……魔導!?」
「そうじゃ。死者の蘇生と引き換えに術者の命が失われてしまうんじゃ!」
「!?」
「それに完全に成功するには高い練度が必要じゃ。お前みたいな魔導と剣を二股かけているような半端者につかいこなせる訳がない」
「……それでも……使わなければならない時が来るかも知れない……師匠……魔導文だけでも教えてくれ!」
「駄目じゃ!」
「お願いだ!頼む!教えてくれ!でなきゃ帰さない!」
「ああ!もう!しつこい奴じゃ…………」
ガルダンディが城門を出た時には日付が変わっていた。
彼は帽子のつばを押さえながら離宮の方角に振り返った。
「やれやれ……相変わらず言いだしたらきかん奴じゃ。結局教えてしまったわい……」
溜息混じりにぼやく。
(しかしなぜじゃろう。占星の件といい……ここであやつにリゼレクシオンを伝えたのも、何か運命の流れの様な気がしてならん……)
そう思った時、不意に寒気が走りくしゃみが出た。
「ふう……冷えてきたの。さて帰るとするか」
ガルダンディは尖り帽を目深に被ると足早に城下町に消えて行った。
夜空にはいつの間にか黒い雲が立ち込め、はるか地平線の向こうでは雷鳴がかすかに轟いていた。