国を追われた首無し王女……神になるってどういうこと!? 作:haku728
秋も深まりをみせる頃。
カラスの鳴き声が響き渡っては空に吸い込まれていく。
日没も早いこの時期、黒い影を見せるばかりのラムゼン城。
この時、一人の若い女中が蠟燭をかざして石畳の階段を降りていた。
カツ―ン、カツ―ンという足音が異様に響き渡る。
右手には食事籠がぶら下げられている。
階段を降りきると地下通路に出たが、その先は頑丈な木格子の落とし扉が行き先を阻んでいる。
「止まれ!」
その前にいる守衛がマ―ルに槍を向ける。
「侍女のマ―ルです。王女殿下とディルク様に食事をお届けにあがりました」
守衛は彼女の持つ籠を一瞥すると、「通れ!」と言って槍を引く。
そして太い金物の丸いハンドルを両手で回転させると不気味なきしみ音と共に格子扉が引き上がっていく。
マ―ルは一礼して奥に進んだ。
壁に掛けられている燭台の灯りの揺らめきが、湿気に濡れたカビ臭い石組の壁を浮かび上がらせている。
程なくして彼女は最奥の鉄格子の前に到着した。
「殿下。お食事をお持ちしました」
彼女は格子の隙間から声を掛けると、奥の古びた木製の壁付け寝台に腰掛けた女性が顔を上げた。
王女ソフィーナである。
メルク町の惨事から一ヶ月が経過していた。
彼女はこの事件の責任を問われ、王の命により投獄されていたのだった。
あの時、ソフィーナは放心状態となり床に崩れ落ちた。
すぐにディルクがヤコブに対して回復魔導を懸命に施したが、ほぼ即死状態だったため蘇生することがかなわなかった。
それでも、町長ランスの計らいでその場はかろうじて収まった。
失意のまま帰城したソフィ―ナとディルクに待っていたのは、国王フィリップによる激しい叱責であった。
『ソフィ―ナ!ディルクの剣で娘の父親を死なせたそうだな?』
『……はい』
『ロンダ―ル(国境警備隊長)からの早馬によれば、ヤコブに剣を渡して自害を促したとか?』
『そんな!陛下!それはありえません!やつは現場の混乱の責任を殿下に転嫁しようとしています』
後ろ手に拘束されたディルクは血相を変えて叫んだ。
『うるさい、ディルク!……ソフィーナ!どうなのだ!?』
『……』
ソフィーナは目を閉じてうつむくばかりである。
『むむ……。抗弁できんとみゆる。これではっきりした!ニ人を牢獄にぶち込めい!』
こうして幽閉されてしまったニ人に、マ―ルは毎日食事を届けているのである。
「それは……ディルクに……あげて」
「な、なりません!」
「わたくしには……それを食べる資格がありません……」
「なぜそんなにご自身を責め立てるのです!それに食べずにお体を弱められては、一番悲しむのはディルク様ではございませんか?」
「マ―ル……」
「さあ。しっかり食べて元気をお出しください。真実が知れ渡ればすぐに牢を出られます」
そう言ってマ―ルはパンとチーズとじゃがいもを格子の隙間から差し入れた。
「ありがとう……」
ソフィーナはそれらを受け取り、力無く咀嚼した。
マールはそれを見届け、涙を袖で拭い、ディルクの牢に向かった。
「おお!殿下の御様子は如何であった!?」
ディルクはマ―ルの姿を確認するなり鉄格子にへばりついた。
「そんなに興奮なさらないで下さい。ちゃんと食事をお召し上がりになりましたよ」
「そうか!」
無精髭にまみれた顔が笑顔に満ちた。
「しかしディルク様……王妃様はわたしに対して王女様のお食事量を減らす様仰せです……。お母様であらせられる筈なのに何故その様に冷たくなさるのでしょう?」
「マ―ルよ。エリザベク様は殿下の実の母ではない。陛下の後妻であらせられる」
「ええ!」
「新入りのお前が知らぬのも無理はない」
「は、はい。それでは実のお母様は……一体?」
「先の正妃はビクトリア様であらせられた。たいそう美しい御方でな。陛下も深く愛しておられた」
「その御方がソフィ―ナ様の実のお母様なのですね」
「そうだ。しかし元来お身体が弱くてな……殿下をご出産なされた後も体調が優れず、程なくしてお亡くなりになられた……」
「っ!……さぞかし陛下もお嘆きになられたのでは……」
「その通りだ。しかし陛下はソフィ―ナ様を恨んでしまわれた……」
「そんな!王女様に一体何の罪が……」
「お前の言う通りだ。殿下に罪はない。しかし陛下は忌み子として殿下につらく当たられた。そして次期国王たるシャルル様がお生まれになってからは、それがよけい酷くなってな……」
「でも……王女様がご不満を漏らされるのをわたしは見た事がありません!」
「殿下はビクトリア様の死に対し、自責の念を強くお持ちなのだ……。常に御自身を責め……いくら不当な扱いをお受けになっても、それを抱えてしまわれる……」
「王女様……」
「宮廷魔導士だった私はそんな状況に我慢出来なくてな……口やかましく陛下に諫言を繰り返した。それで厄介払いされて殿下付けとなった。でも私には願ったり叶ったりだったがな」
「ディルク様……」
「女中!何を喋っている!用が済んだなら早く退出せよ!」
入口から守衛の怒鳴り声が響く。
「あ!わたし、もう……戻らなければ!」
「マ―ル。最後にお願いしたい!私はメルク町長から妙な噂を聞いた」
「妙な噂?」
「そうだ。遥か彼方の北方の国が次々と周辺諸国を蹂躙し飲み込んでいるという……警備兵はただの噂だとせせら笑っていたが……胸騒ぎがしてならない」
「はい」
「この事を何とか陛下の御耳に入れてくれ!頼む!」
「う……な、何とかしてみます」
そういうとマ―ルは出口に向かって駆け出した。