国を追われた首無し王女……神になるってどういうこと!? 作:haku728
フィリップは膝がガタガタと震えだした。
しかしもう後戻りはできない。
彼は震え声で「門を開けよ!」と命じた。
城の正門は跳ね橋(ゲートブリッジ)となっている。
ガラガラという音とともに閉じていた木扉がゆっくりと傾き開いていく。
降り切るとそのまま堀をまたぐ橋となった。
それを渡ってソフィ―ナとディルクが姿を現した。
ソフィ―ナは純白のドレスをまとっていた。
十字の紋章が入った詰襟を留め、金色の前ボタンが並んだ上着を着用している。
広がるロングスカートには一面にバラの細かい刺繍が施されている。
髪の毛は美しく編み上げられ、宝石が施されたティアラを戴いている。
肌は血色がよく見えるよう化粧が施されていた。
ディルクは黒色の儀礼用の軍服を装着し、腰には装飾が施された剣が携えられていた。
髭も剃り、髪も綺麗に整えられている。
二人は決意に満ちた表情で敵軍の前まで歩みを進める。
オルグン・ハーンの手前数十歩の距離まで来た時、槍を持った兵が一斉に飛び出し二人を取り囲んだ。
しかし大王が静かに片手を上げると兵は槍を置いてひざまずいた。
ソフィ―ナは「エルサイム国第一王女、ソフィ―ナ・ド・ベルモンでございます」と自己紹介しカーテシーを行った。
「モランゴ―ル王、オルグン・ハーンである」
オルグンは馬上から二人を見下ろし名乗りを返す。
ソフィーナは一歩前に出た。
「大王様。今一度確認しておきたいことがございます」
「何だ?」
「わたくしがこれから行う儀式をやりきることができれば、兵は全て引いて頂けるのですね?」
ソフィーナはオルグンの目を見た。
オルグンもソフィーナの目を見た。
「約束しよう」
彼ははっきりと明言した。
「ありがとうございます。では《十字の誓い》の儀、執り行わせていただきます」
そう言うとソフィーナはその場に正座し、上着の下側のボタンを開けて腹部を露出させた。
そして携えていた王家の宝剣を鞘から抜き、柄を両手で逆手に握り、腹部に向けて構えた。
ディルクも剣を握り、ソフィーナの斜め後ろに立って上段に剣を構えた。
モランゴ―ルの全軍が水を打ったような静けさの中で二人の様子を注視していた。
(この女……本当にやるつもりか!)
オルダイが無意識に握りしめた手の平がじっとりと汗ばんでいる。
ソフィーナはしばし目を閉じた。
唇はかすかに震えている。
(国の為……民の為……わたくしは……行きます!)
彼女は剣を持ち上げると「エイッ!」と叫び、右脇腹に突き立てた。
グス!
切れ味の鋭い名剣である。
一気に内臓まで深々と貫いた。
その瞬間彼女の顔に浮かんだのは激しい困惑であった。
先ほどまでの決意に満ちた表情は消し飛んだ。
(え!嘘!そんな……)
全く想像もしていない重く激しい激痛が彼女を襲った。
(これを横に引くなんて、絶対……無理!)
彼女の心はこの時点ですでに折れかけていた。
少しでも剣を動かすと雷の様な痛みが走る。
ディルクは、荒い息遣いで苦しんでいる主(あるじ)の姿を正視できなかった。
(もう……ここで楽にして差し上げれば……)
彼は柄を握る手にぎゅっと力を込めた。
(だ、駄目だ!今それをやれば全てが無駄になる……)
ディルクは血涙を浮かべながら介錯の衝動に耐えた。
(わたくし……もう…………)
意識が途切れそうになったその時、脳裏にアンエ村の長老やメルク町のヤコブの顔が浮かんだ。
(そ、そうだ……わたくしが諦めれば……民は……)
ソフィ―ナの目に生気が戻った。
そして彼女は剣にぐっと力を込めると、唇を血が滴るほど噛み締め、一気に横に引いた。
「くうううッ――!」
絶叫と共に剣は左脇腹まで引かれた。
腹部から横一文字に大量の血が流れだす。
「ハァ―!ハァ―!」
激しい息遣いのソフィ―ナ。
彼女は、口の端から血を滴らせ、剣を引き抜いた。
噛み締めるディルクの唇からも血が落ちる。
「よ、横に引き切りおった!」
オルドスは動揺した。
この百戦錬磨の老将が、戦場でもめったに見せない表情であった。
(あ……あと……縦に……切らない……と)
ソフィ―ナは震える手で剣を再度持ち上げた。
(神よ……力を……御貸しください!)
彼女はくわっと目を見開いた。
「ヤァーッ!」
絶叫と共に剣をみぞおちに差し込む。
その瞬間彼女は白目になり、ガックリとうなだれる。
そのまま微動だにしなくなった。
「で、殿下!殿下ァァァ!」
ディルクが悲壮な声で呼びかけた。
しかし彼女は応えない。
「こ、事切れおったわ……ふ、ふは、ふははは!!」
オルドスの乾いた笑い声が響いた。
しかし、表情をまったく変えずに見守っていたオルグンが呟いた。
「まだ、終わっておらんわ!」
「な、なんですと?」
オルドスは慌ててソフィ―ナに目を戻した。
すると、なんと突きたてられた剣がゆっくり動き、腹部を真下に切り進んでいるのである。
「ば、馬鹿な!もう死んでおるはず……」
「オルドス!そんな訳ないだろ!」
「若。このオルドス、人の生死を見誤ったことはありません」
「じゃあ……あれはどうして……」
オルダイがうなだれたままのソフィ―ナを見た。
しかし、剣はついにへその下まで切り下がった。
そして腹部に赤い十字が浮かび上がった。
「見事です!殿下!」
ディルクは剣を振りかぶった。
そして目をとじる。
(私は……殿下をお守りする為に剣を学んだ……こんな使い方は……したく……ありませんでしたぞ!)
ぐっと唇を噛むと赤く腫れた目をかっと見開いた。
そして、涙と共にソフィ―ナのうなじに剣を振り下ろした。