ダンまち世界に、異世界戦士の記憶が継承されるのは間違っているのだろうか 作:麵魔
白い光がゆっくりと消えていく。
ベル・クラネルが目を開けると、そこには見覚えのない巨大な神殿が広がっていた。
高い天井には淡い青白い光が浮かび、古びた石造りの壁には複雑な紋様が刻まれている。床には見たことのない文字がいくつも描かれ、その中央には巨大な石碑が静かに佇んでいた。
ベルが周囲を見回していると、少し離れた場所から声が聞こえた。
レフィーヤ「……ベル・クラネル?」
振り返ると、そこにはレフィーヤ・ウィリディスが立っていた。彼女も杖を構えたまま周囲を警戒している。
ベル「レフィーヤさんも、ここに飛ばされたんですね」
レフィーヤ「ええ。あの白い光に触れた後、気がついたらここにいました」
レフィーヤは神殿の奥へ視線を向ける。
魔力の気配はある。
しかし、それは普通の魔法とは明らかに違っていた。精霊の力とも、神の力とも異なる何かが、この神殿そのものに満ちているように感じられる。
レフィーヤ「……嫌な感じがします」
ベル「僕もです。モンスターの気配はないのに、誰かに見られているような感じがします」
その直後、神殿の奥から低い音が響いた。
――ゴォン……。
二人が同時に振り返る。
巨大な扉が、ゆっくりと左右へ開いていった。
ベル「……行くしかなさそうですね」
レフィーヤ「そうですね。ただし、絶対に私から離れないでください」
ベル「はい」
レフィーヤ「それと、何か分からないものを見つけても勝手に触らないでください」
ベル「……はい」
レフィーヤ「本当に分かっていますか?」
ベル「分かっていますって」
レフィーヤは少しだけ眉を寄せたものの、それ以上は何も言わず、ベルと並んで扉の向こうへ進んだ。
その先には、先ほどよりも広い円形の広間が広がっていた。
中央には巨大な石碑が立ち、その周囲には青白い光と金色の光がいくつも浮かんでいる。光の中には、剣を持った戦士や弓を構えた者、見たことのない武器を手にした者たちの姿が映っていた。
ベル「……人がいる?」
レフィーヤ「いいえ。生きている人ではありません」
レフィーヤは目を細める。
レフィーヤ「魂……あるいは、記憶に近いものだと思います」
その時、石碑が淡い光を放った。
刻まれていた文字が浮かび上がり、二人の前でゆっくりと形を変えていく。
レフィーヤ「……読めます」
ベル「何て書いてあるんですか?」
レフィーヤ「『第一試練』……」
その下へ、さらに文字が現れた。
レフィーヤ「『受け継いだ力は、借り物に過ぎない』」
ベル「……」
レフィーヤ「『力を使うだけでは、継承者とは呼べない』」
最後の一文が強く輝いた。
レフィーヤ「『己の意志を示せ』」
その瞬間。
石碑の左右に浮かんでいた二つの光が、それぞれベルとレフィーヤへ向かって動き始めた。
青白い光がベルの前で止まる。
金色の光がレフィーヤの前で止まった。
ベルが手を伸ばす。
青白い光の中に、一人の少年の姿が浮かんだ。
緑色の服。
片手に剣。
もう一方の手には盾。
その姿を見た瞬間、ベルの胸が大きく鼓動した。
ベル「……この人は……」
少年は何も言わない。
ただ、ベルへ片手剣を差し出すように構え、盾を身体の前へ上げていた。
次の瞬間。
光の中から一本の片手剣と盾が現れた。
ベルの前へゆっくりと落ちてくる。
ベルは反射的に手を伸ばし、剣の柄を握った。
ずしりとした重みが手のひらへ伝わる。
続いて盾を左腕へ装着すると、不思議なことに身体が自然と構えを取った。
ベル「……これ、僕が使っていいんでしょうか?」
返事はない。
ただ、青白い光が一度だけ強く輝いた。
一方。
レフィーヤの前に浮かんでいた金色の光の中には、金色の髪を持つ少女の姿が映っていた。
少女は杖ではなく、細身の剣を手にしている。
レフィーヤが目を凝らすと、その姿が一瞬だけ自分へ重なった。
そして。
光の中から一本のレイピアが現れた。
レフィーヤは恐る恐る手を伸ばし、その柄を握る。
細身の剣は驚くほど軽く、手首を返すだけで鋭く先端が動いた。
レフィーヤ「……レイピア?」
知らない武器のはずなのに。
握った瞬間、その扱い方が身体へ染み込んでくる。
踏み込み。
身体の軸。
剣先の位置。
相手との距離。
そして、突き込む瞬間の力加減。
まるで昔から使っていたように自然だった。
その直後。
神殿全体が大きく震えた。
――ゴゴゴゴゴ……。
ベル「……来ます!」
床に刻まれた紋様が黒く染まっていく。
そこから黒い霧が噴き出し、広間のあちこちで何かが形を作り始めた。
人型の影。
小さな魔物。
空を飛ぶ影。
細長い身体を持つ影。
だが、その正体はまだ分からない。
レフィーヤ「ベル・クラネル、構えて!」
ベル「はい!」
最初の魔物が飛びかかってきた。
ベルは盾を前へ構え、攻撃を受け止める。
――ガキィン!
衝撃が腕へ伝わった。
ベルは一歩後退しながら、相手の攻撃を受け流す。
そして。
片手剣を横薙ぎに振った。
――ザンッ!
魔物が吹き飛ぶ。
ベル「……動ける」
ベルは驚いていた。
剣と盾を持ったのは今が初めてのはずなのに、身体は自然に次の動きを選んでいる。
盾で攻撃を受ける。
敵の腕を弾く。
片手剣で反撃する。
踏み込みながら斬り上げる。
それらすべてが、頭で考えるより先に身体から出ていた。
一方、別の魔物がレフィーヤへ迫る。
レフィーヤはレイピアを構えた。
細身の剣先を敵へ向け、腰を落とす。
魔物が飛び込んできた瞬間、レフィーヤは身体を半歩だけ横へずらした。
攻撃をかわしながら剣先を前へ突き出す。
――ズッ!
レイピアが魔物の身体を貫いた。
レフィーヤ「……!」
レフィーヤ自身が一番驚いていた。
自分が、こんな動きをしたことに。
レフィーヤ「この武器……」
しかし考えている暇はない。
さらに複数の魔物が迫ってくる。
ベル「レフィーヤさん!」
レフィーヤ「分かっています!」
ベルが前へ飛び出した。
片手剣を振るいながら盾で攻撃を受け、魔物の群れを押し返していく。
敵が左右から同時に迫る。
ベルは左の攻撃を盾で受け止め、その勢いを利用して身体を回転させ、右側の敵を片手剣で斬り払った。
その隙を狙って、別の敵が背後から迫る。
レフィーヤがレイピアを構える。
レフィーヤ「下がってください!」
レフィーヤが踏み込み、鋭い突きを放つ。
魔物がベルへ届く直前、その胸を貫いた。
ベル「助かりました!」
レフィーヤ「お礼は後です! まだ終わっていません!」
次々と敵が現れる。
小型の魔物。
空を飛ぶ魔物。
素早く地面を駆け回る魔物。
大柄な魔物。
炎を吐く魔物。
毒々しい色をした魔物。
それぞれが違う動きで襲いかかってくる。
ベルは片手剣と盾を使い分けながら、一体ずつ確実に倒していく。
盾で攻撃を防ぎ、相手の体勢を崩す。
そこへ片手剣を叩き込み、次の敵へ身体を向ける。
レフィーヤもレイピアを使い、敵の懐へ入り込んでは正確な突きを放っていく。
しかし、数が多い。
倒しても倒しても、新たな魔物が現れる。
ベル「まだ来るのか……!」
レフィーヤ「数十体は倒していますよ!」
ベルは荒い息を吐きながら、片手剣を構え直した。
ベル「なら、全部倒すだけです!」
ベルが再び駆け出した。
魔物の爪を盾で弾き、その懐へ入り込む。
片手剣を振り下ろす。
敵が倒れる。
そのまま身体を反転させ、後ろから迫っていた別の魔物へ盾を叩きつける。
よろめいたところへ、レフィーヤのレイピアが一直線に伸びた。
レフィーヤ「そこです!」
魔物が倒れる。
さらに空から別の敵が降りてくる。
ベルが盾を掲げる。
――ガンッ!
受け止めた衝撃で身体が沈む。
しかし、そのまま盾を押し上げ、敵を空中へ弾き飛ばした。
レフィーヤがその軌道を見極める。
杖ではない。
今はレイピア。
レフィーヤは一歩踏み込み、空中から落ちてきた敵へ鋭い突きを放った。
――ズガッ!
敵が地面へ落ちる。
レフィーヤ「……私にも、できる」
そう呟いた直後。
広間全体に轟音が響いた。
――ドォォォン!!
それまで現れていた魔物たちが、一斉に動きを止める。
そして。
黒い霧となって消えていった。
ベル「……終わった?」
ベルが剣を下げる。
だが。
レフィーヤは首を横に振った。
レフィーヤ「いいえ……まだ何かいます」
神殿の奥から。
巨大な足音が響いてきた。
――ズン。
――ズン。
――ズン。
床が震えるたびに、天井から細かな石が落ちてくる。
ベル「……大きい」
暗闇の向こうから。
巨大な影が現れた。
人型。
だが。
人間とは比べものにならないほど巨大だった。
片目。
巨大な身体。
腰には武器。
手には巨大な棍棒。
そして。
その身体には、これまでの魔物とは比較にならないほどの圧力があった。
レフィーヤ「……あれを、倒すんですか?」
ベル「そのようです」
巨大な魔物が吠えた。
――グォォォォォォッ!!
その咆哮だけで、広間の空気が震える。
巨大な足が持ち上がった。
ベル「レフィーヤさん、下がって!」
次の瞬間。
――ドォォォン!!
巨大な足が地面へ叩きつけられた。
ベルは盾を構えながら横へ飛び、衝撃を受け流す。
レフィーヤも後方へ跳び、着地と同時にレイピアを構えた。
レフィーヤ「今度は、私が援護します!」
ベル「お願いします!」
ベルが走る。
巨大な魔物が棍棒を振り下ろす。
ベルは盾を頭上へ構え、直撃を避けながら横へ転がった。
棍棒が地面を叩き、石床が砕ける。
ベルは立ち上がると、巨大な脚へ片手剣を叩き込んだ。
――ガキィン!
ベル「硬い……!」
巨大な魔物が足を振り上げる。
ベルは後方へ跳ぶ。
その時。
魔物が突然、地面に生えていた巨大な木へ手を伸ばした。
太い幹を両手で掴む。
そして。
――ミシミシミシ……。
地面ごと。
木を根から引き抜いた。
レフィーヤ「……嘘でしょう!?」
魔物が巨大な木を振り回す。
ベルは盾を構えながら走る。
横薙ぎに振られた木を盾で受ける。
――ドォン!
ベルの身体が大きく吹き飛ばされた。
ベル「ぐっ……!」
レフィーヤ「ベル・クラネル!」
ベルは床を転がりながらも立ち上がった。
ベル「大丈夫です!」
巨大な魔物が再び木を振り上げる。
その隙にレフィーヤがレイピアを握り直した。
魔物の身体を観察する。
胸。
腹。
脚。
腕。
そして。
巨大な片目。
レフィーヤ「……目!」
ベル「え?」
レフィーヤ「目が弱点です!」
魔物が木を振り下ろす。
ベルは盾を構え、その一撃を受け流した。
同時に身体を前へ滑り込ませる。
ベル「分かりました!」
ベルが走る。
魔物が腕を振る。
ベルは盾で受け止め、さらにその腕を押し返した。
魔物の顔が大きく開く。
片目が露出する。
レフィーヤ「今です!」
レフィーヤが走る。
レイピアを身体の後ろへ引き、魔力を込める。
そして。
魔物が顔を下げた瞬間。
レフィーヤは地面を蹴った。
レフィーヤ「――そこです!」
レイピアが一直線に伸びる。
――ズガァァン!!
剣先が魔物の目へ突き刺さった。
巨大な魔物が絶叫する。
――グォォォォォォッ!!
身体が大きく揺れる。
ベルはその隙を逃さなかった。
片手剣を両手で握り直す。
盾を左腕に構えたまま、一気に踏み込む。
ベル「これで――!」
片手剣を巨大な魔物の脚へ叩き込む。
魔物が膝をついた。
そのまま身体が前へ倒れていく。
――ドォォォン!!
神殿全体が揺れた。
巨大な魔物は動かない。
しばらくして。
その身体から黒い光が溢れ始めた。
黒い光は空中へ舞い上がり、一つの文字へ変わっていく。
レフィーヤがそれを見上げる。
レフィーヤ「……名前が……」
光の中に、文字が浮かんだ。
――『ヒノックス』
ベル「……ヒノックス」
初めて。
二人は、今まで戦っていた巨大な魔物の名を知った。
同時に。
石碑から声が響く。
『第一試練――終了』
二人が振り返る。
石碑が強い光を放っている。
『受け継いだ力を使い』
『己の意志によって戦い』
『己自身の力として、一歩を踏み出した』
ベルは自分が握っている片手剣を見る。
そして、左腕に装着された盾へ視線を落とす。
レフィーヤは手の中のレイピアを見つめる。
どちらも。
自分が最初から持っていた武器ではない。
けれど。
今、この瞬間だけは。
自分自身の手の中にある武器として感じられた。
『だが』
石碑の声が続く。
『力を受け継ぐことは、始まりに過ぎない』
広間の奥で、巨大な扉が開き始める。
『次なる試練では』
『受け継いだ力ではなく』
『受け継いだ者自身の心が問われる』
ベルとレフィーヤは顔を見合わせた。
ベル「……心」
レフィーヤ「次は、力ではなく自分自身を見る試練ということですか」
返事はない。
ただ、開いた扉の向こうから白い光が流れ込んでくる。
ベルは片手剣を鞘へ収め、盾を確かめる。
レフィーヤもレイピアを握り直した。
ベル「行きましょう、レフィーヤさん」
レフィーヤ「ええ」
二人が扉へ向かって歩き始める。
その途中で、レフィーヤがベルを横目で見た。
レフィーヤ「……貴方」
ベル「はい?」
レフィーヤ「さっきの戦い、随分と楽しそうでしたね」
ベル「えっ?」
レフィーヤ「片手剣と盾まで使いこなして……私より先に慣れていたじゃないですか」
ベル「そんなつもりは……」
レフィーヤ「……次は負けませんから」
ベル「……はい?」
レフィーヤ「何でもありません」
レフィーヤは少しだけ顔を背ける。
ベルは不思議そうに首を傾げた。
そして二人は。
第一試練を終えた証である新たな力と武器を携えながら、まだ見ぬ第2の試練へ向かって歩いていった。
その先で。
受け継いだ力ではなく。
自分自身の心と向き合うことになるとは。
この時の二人は、まだ知らなかった。
今回の話はいかがでしょうか?
AIシリーズの第1話ですから多少変なところがあります。
もし変だと思ったら誤字報告でもいいので出してもらえれば助かります