怪盗は、お隣の天使様を甘やかしたい 〜世界を救った男の二度目の高校生活〜 作:スバルック
翌日、春の柔らかな日差しが差し込む放課後の教室。
転校初日を終えた雨宮蓮は、静かに自分の席で教科書を鞄へしまっていた。
周りの生徒たちからは、チラチラと視線を感じる。都会からの転校生、伊達メガネをかけたどこかミステリアスな雰囲気、そして何より——学年一番の美少女である「椎名真昼」と同じマンションに住んでいるらしい、という噂がすでに校内を駆け巡りつつあった。
「雨宮くん、ちょっといいかな」
声をかけてきたのは、クラスの男子数人だった。中心にいる男は、苦々しい表情で蓮を見下ろしている。
「君、椎名さんとどういう関係? 登校するときも一緒に歩いてたろ。椎名さんはみんなの『天使様』なんだから、変な虫がつくと困るんだよね」
周囲の視線が集まる。露骨なけん制と、男子特有の嫉妬。
かつての蓮であれば、身に覚えのない因縁に溜息をついていたかもしれない。だが、数々の修羅場と神すら打ち倒した過去を持つ今の彼にとって、高校生の牽制など心地よい春風のようなものだった。
蓮は焦る素振りも見せず、静かにメガネの鼻当てを指で押し上げた。
カンストした人間ステータス——「度胸」と「魅力」が、無意識のうちに漏れ出る。
「……変な虫、か。彼女をそんな風に囲い込もうとすること自体、彼女に対する失礼じゃないかな」
「なっ……! お前、転校初日から生意気な……!」
低く落ち着いた声。だが、瞳の奥に宿る圧倒的な「格の違い」に、突っかかってきた男子生徒は思わず気圧されて一歩後退した。
「それに、俺と彼女はただの隣人だ。……あ、でも今日の夕飯の献立については相談していたかな」
「はぁ!? 夕飯!?」
絶句する男子たちを背に、蓮はすっと立ち上がり、カバンを肩にかけた。
「じゃあ、俺はこれで。彼女を待たせると悪いから」
威圧感と余裕、そして無自覚なタラシのスキルを発揮し、蓮は呆然とするクラスメイトたちを置いて教室を後にした。
マンションへの帰り道、スーパーの前に椎名真昼が立っていた。
彼女は手に提げた買い物袋を見つめながら、少しだけ申し訳なさそうな顔で蓮を待っていた。
「……遅かったですね、雨宮さん。クラスの人たちに捕まっていたのですか?」
「まあね。ちょっとだけ『天使様』のファンから釘を刺されたよ」
「……っ! 変なことを言われたのですか? すみません、私が余計な噂を……」
真昼が焦ったように頭を下げようとするのを、蓮は優しく手を振って制した。
「気にしなくていいよ。それより、今日の当番は椎名さんだろ? 何を作る予定?」
「……今日は、ハンバーグにしようかと。雨宮さんが昨日、肉料理が好きだと言っていたので」
そっぽを向きながらボソッと呟く真昼。
「優しさ」ランクMAXの蓮は、彼女がわざわざ自分の好みを覚えて肉を買ってきてくれたこと、そして自分と夕食を食べるのを楽しみにしていたことを見逃さなかった。
「ありがとう。楽しみにしているよ」
「……べ、別にあなたのためだけじゃありませんから。食材が余っていただけです」
典型的なくしゃっとしたツンデレな態度を見せる真昼。
そのポケットの隙間から、ひょっこりと黒い頭が覗いた。
「おい蓮! 今日の真昼のハンバーグ、絶対に美味いぞ! オレ様の分も小さく作ってもらう約束したんだからな!」
鞄の中からモルガナが嬉しそうに声をあげる。
「モルガナちゃんも、ちゃんとお肉分けてあげるからね」
真昼はモルガナの頭を愛おしそうに撫で、小さく微笑んだ。
学校で見せる完璧で冷ややかな『天使様』の顔はそこにはなく、ただ目の前の存在を慈しむ、等身大の少女の顔があった。
「椎名さん」
「何ですか?」
「学校での君も綺麗だけど、今の君の方がずっと魅力的だよ」
「っ……!?!?」
不意打ちのように投げかけられた、蓮の素直すぎる言葉。
真昼は耳まで真っ赤にして立ち尽くし、持っていた買い物袋をきゅっと強く握りしめた。
「な……何を言っているのですか、バカ雨宮さん……っ!」
「本当のこと言っただけなんだけどな」
クスッと悪戯っぽく笑う元怪盗リーダーの横顔に、真昼の胸は脈脈と激しい音を立て始めていた。
世界の歪みを正してきた男と、心を閉ざしていた天使の日常は、少しずつ、けれど確実に甘く重なり合っていく。