怪盗は、お隣の天使様を甘やかしたい 〜世界を救った男の二度目の高校生活〜 作:スバルック
宣言通り、真昼は蓮の部屋のキッチンで夕食の準備に取りかかっていた。
メニューは、今日スーパーで買い込んだ食材を使った「豚の角煮」と「季節の野菜の煮物」。普段は一人で静かに料理を作ってきた彼女だが、誰かのために腕を振るう高揚感と、隣で蓮が見守っている緊張感で、心なしか頬がほんのりと桃色に染まっている。
「……雨宮さん、あまりじっと見ないでください。やりにくいです……」
「ごめん。あまりに手際がいいから、つい見惚れてた」
「っ……! もう、口を開けばすぐそういうことを……」
真昼はそっぽを向いて落とし蓋を乗せると、弱火でじっくり煮込み始めた。プロ顔負けの火加減と味付け。調味料の配分に一切の迷いがないのは、彼女がこれまで重ねてきた努力の賜物だった。
そこへ、ソファーからひょっこりと黒い影が飛び降りてきた。
「ふむ……なかなか良い香りがしてきたではないか」
モルガナが真昼の足元に擦り寄り、ピンと立てた尾を揺らしながらキッチンを見上げる。
「おい真昼、ワガハイの特製魚スープも忘れておらんのだろうな? 蓮の料理も美味いが、お前が作る魚の煮付けもワガハイは楽しみにしているのだぞ」
「ふふ、モルガナちゃん。ちゃんとお出汁で柔らかく煮た鯛の切り身を用意してあるからね」
真昼が目線を低くしてモルガナの頭を撫でると、モルガナは目を細めて喉を鳴らした。
「ぬはは、分かっているではないか! どこかの失礼な元怪盗とは大違いだワガハイ!」
「……モルガナ、俺が普段どれだけお前に高級なマグロの缶詰を買い与えてるか忘れたのか?」
「それとこれとは別だ! ワガハイは美味しいものには妥協しない主義なのだ!」
モルガナのどこか威風堂々とした態度に、真昼は楽しそうにクスクスと笑い声をあげた。
「ふふっ、雨宮さんとモルガナちゃんは、本当に仲が良いんですね」
「まあ、腐れ縁みたいなものだからね。幾多の修羅場を一緒にくぐり抜けてきた相棒だよ」
「まったく、蓮はワガハイがいないと何一つ決められない頼りない男なのだからな!」
威張るモルガナの言葉を、蓮は苦笑いしながら受け流す。
やがて鍋から甘辛い醤油と出汁の芳醇な香りが部屋いっぱいに広がり、食卓へと運ばれた。
照り焼きのようにツヤツヤと輝く豚の角煮。一口口に運んだ蓮は、その柔らかさと味の染み込み具合に微かに目を見張った。
「……すごいな。脂っぽさが全然なくて、お肉が口の中で解ける。ルブランのマスターに見せても絶賛するレベルだ」
「……本当ですか? お口に合って、良かったです」
ほっと胸を撫で下ろす真昼。自分の作った料理を心から美味しいと言って食べてもらえる喜びが、彼女の胸をじんわりと満たしていく。
「ワガハイの煮魚も絶品だぞ! 絶妙な塩加減……うむ、今日のところは真昼の勝ちと言ってやろう!」
「ふふ、モルガナちゃんも褒めてくれてるのかな?ありがとうございます」
穏やかな夕食の時間が流れる。
学校で誰も寄せ付けない『天使様』として孤立していた少女の居場所が、今確かにこの部屋に存在していた。