怪盗は、お隣の天使様を甘やかしたい 〜世界を救った男の二度目の高校生活〜 作:スバルック
小鍋で温められた牛乳に、刻んだダークチョコレートと少量のココアパウダー、そして隠し味のスパイスが溶け込んでいく。部屋いっぱいに広がる濃密で甘い香りは、雨の日の寒さと静寂を心地よく塗り替えていった。
「はい、どうぞ」
「……ありがとうございます」
蓮から受け取ったマグカップからは、ふんわりと白い湯気が立ち上っていた。真昼は両手で大切そうにカップを包み込み、そっと口を寄せる。
一口含んだ瞬間、上品な甘みとカカオの芳醇な風味が口いっぱいに広がった。単に甘いだけではなく、わずかに効いたシナモンと塩気が全体をきゅっと引き締めている。
「……すごく、美味しいです。甘いのにしつこくなくて、お腹の底から温まっていくのが分かります」
「マスターから教わった秘密のレシピなんだ。雨の日に飲むと、心が落ち着くだろ?」
「はい……本当に」
真昼はうっとりと目を細め、何度も頷いた。その横で、小さなお皿に注がれた温かい猫用ミルクを舐めていたモルガナが、「ウミャウミャ」と喉を鳴らしながら頭を上げた。
「ナア〜ン、ニャーオ!」
モルガナが満足そうに口元を舐め、蓮の足元に体を擦り付ける。
「『ワガハイの舌を満足させるとは、さすがマスター直伝の味だな』って褒めてるよ」
「ふふっ、モルガナちゃんも気に入ってくれたなら良かったです」
真昼は膝の上にモルガナを抱き上げ、その柔らかい毛並みを優しく撫でた。モルガナは目を細め、真昼の膝の上で丸くなって小さな寝息を立て始める。
雨の音と、規則正しい猫の寝息。そして温かいホットチョコレート。
二人の間に、密やかで穏やかな時間が流れていく。
「……雨宮さん」
「ん?」
「私……さっき、雨宮さんに抱き寄せられた時、すごくドキドキしてしまって……」
真昼はカップを見つめたまま、ポツリと本音を漏らした。頬が朱に染まっていくのが、湯気の向こう側でもはっきりと分かる。
「ずっと、誰かに守られるなんて経験、したことがありませんでしたから。『天使様』として頼られることはあっても、私自身を気遣って、自分を犠牲にしてまで庇ってくれる人なんて……誰もいませんでした」
彼女の寂しげな告白に、蓮は静かに耳を傾けた。
「……だから、嬉しかったんです。でも、同時に怖くもあります。雨宮さんの優しさに甘えすぎて、自分がどんどんダメになってしまいそうで」
真昼の言葉には、不器用で真っ直ぐな誠実さが込められていた。自立しようと無理を重ねてきた彼女だからこそ、蓮の差し出す底なしの優しさに怯えてしまうのだ。
蓮はそっと手を伸ばし、真昼の髪を優しく撫でた。
「ダメになってもいいんじゃないか。俺の前でくらい」
「っ……!」
「ずっと一人で踏ん張ってきたんだ。たまには羽を休めて、俺に寄りかかるくらいがちょうどいい」
人間ステータス「優しさ」と「魅力」が最高値に達した男の言葉は、真昼の胸の奥深くまで優しく染み渡っていく。断る余地などない、絶対的な肯定。
真昼は溢れそうになる涙を必死にこらえながら、小さな声で呟いた。
「……本当に、ズルい人です。……もっと甘えても、後悔しないでくださいね?」
「望むところだよ」
蓮が不敵に口元を緩めると、真昼は恥ずかしそうにホットチョコレートのカップで顔を隠したのだった。