『真澄町住民基本台帳の更新作業をお願いします。真澄町観光兼移住振興兼子育て支援課』
「……なんだ、これ?」
その日も依頼を受けるため『巡り会い』に足を運ぶと……珍しい依頼が出ていた。
「あ、麦君。その依頼、受けてくれるの?」
コルクボードに貼られた依頼書を見ていた時、カウンターの向こうから文弥さんに声をかけられる。
「住民基本台帳って、役場にあるやつですか?」
「管理しているのは私だけどね。数年に一回、更新することになってるの」
「ああ……」
昔でいう、国勢調査のようなものだろうか。
大災害以降、国が中心となった調査はできなくなったらしいし、町単位でまとめているんだろう。
「なんか面白そうですし、やってもいいですよ」
「本当っ!?」
俺の返事が予想外だったのか、文弥さんは驚きの表情を見せる。
「ありがとう。これって下手したら数週間かかる依頼だし、誰もやりたがらなかったのよー。あと二日くらい受注されなかったら、取り下げようと思ってたし」
心底安堵した顔で、文弥さんは続ける。これはもしかして、俺はとんでもない依頼を引き受けてしまったのでは?
「それで、依頼内容なんだけど……」
今更ながら後悔の念が押し寄せてきて、やっぱり辞退しようかな……なんて考えるも、文弥さんは嬉々として分厚いファイルを取り出していた。
彼女の喜びようを見ていたら、とても断れなかった。
「このファイルに、真澄町の住民全員のプロフィールがまとめてあるんだけど……」
カウンターに置かれたファイルに目を通す。そこには町民の名前が五十音順に並んでいた。
「前の調査が五年前だから、亡くなったり引っ越しちゃった住民がいるの。私がわかる範囲のものはファイルから外しているんだけど、直接住民に話を聞いて回らないとわからないものもあってね」
「話を聞いて回る……って、もしかして全町民に、ですか?」
「そういうこと。だから大変なの」
頬を掻きながら、文弥さんは苦笑いを浮かべていた。これは大変なんてもんじゃないかもしれない。
「他にも、この五年の間に新しく移住してきた住民の情報も書き込まないといけないし」
「あ、そういうのもあるんですね」
「うん。こっちは全然手が回らなくて。スピカちゃんとか愛乃ちゃん、小詠ちゃんもそう」
指折り数えながら、文弥さんはそう教えてくれる。知り合いばかりだった。
「それで、台帳の書き方なんだけど……」
文弥さんはファイルの中から無記入の書類を一枚抜き取り、俺に見せてくる。
そこには住民の氏名や年齢、住所のほか、身長と体重、髪や目の色といった身体的特徴を記入する欄があった。
「ずいぶんと細かいんですね」
「今は真澄町の住民でも、ゆくゆく町を離れる場合もあるでしょ。そうなったあと、その人を探しに家族や親戚が訪ねてくることがあるのよ。同姓同名だったりするとややこしくなるから、身体的特徴までしっかりと記録しておくの」
なるほど。以前のように簡単に写真を残せる世界じゃないし、こういった情報は大事だ。
……これは、思ったより責任重大だぞ。
文弥さんの説明を聞いて、俺は身が引き締まる思いがした。
「それで記入が終わったら、ファイルに五十音順でとじてほしいの」
「名字が読みにくい人もいるし、地味に大変よ?」
「わかってます。俺、人の名前を覚えるのは得意なんで」
「へぇ……じゃあ、私の名字って覚えてる?」
「え」
ここにきて、文弥さんが悪戯っぽい笑みを浮かべる。文弥さんの名字……?
「……も、もちろんじゃないですか。小森文弥さん」
「ちょっと。それは冗談でもやめて。鳥肌立ったじゃない」
適当に思いついた名字を口にするも、文弥さんは体を抱くようにしていた。どうやら違ったらしい。
「じゃあ、何かヒントください」
「仕方ないなぁ……広島県にある地名と同じで、ラーメンが有名でした」
「あっ、尾道」
「正解。そんな感じで、名字も含めてしっかりと記録してきてね」
「わかりました。じゃあ、まずは知り合いから話を聞いてみようと思います」
「大変だと思うけど、よろしくねー」
笑顔の文弥さんに見送られ、俺は巡り会いをあとにした。