……依頼を受けた俺が最初に向かったのは、小鳥郵便屋だった。
「……これはツムギさん、いらっしゃいませ」
「むぎゅ。俺は灯台には住んでいないぞ」
室内に足を踏み入れるやいなや、名前を間違われた。
まったく、人の名前はちゃんと覚えておかないといけないぞ。
「俺は麦だよ。そろそろ覚えてくれ」
「すみません。鳥頭なので」
一応訂正するも、小詠はまったく悪びれる様子もない。
「……はっ。まさか、それはお手紙ですか」
かと思うと、小詠は椅子から立ち上がり、俺の手にある書類をまじまじと見てきた。
「仕事の依頼でしたか。これは大変失礼しました」
「いや、これは違うんだ」
「違うのですか……ぴぃ、期待して損しました」
小詠は一瞬仕事モードになるも……力なく椅子に座り込んだ。
「うっかり騙されるところでした。ぬか喜びでした。コムギさんは性格悪いです」
なんか勝手に期待されて、勝手に落ち込まれた。
俺は悪くないはずなのに……妙な罪悪感を覚えてしまうのはなぜだろう。
「手紙じゃないとしたら、その書類は何なんですか?」
「ああ、これは文弥さんから受けた依頼でさ……」
不思議そうな顔をする小詠に、俺は事の顛末を話して聞かせる。
「そんなお仕事があるんですね。ご苦労様です」
「まだ、始めたばっかりなんだけどさ……それで、小詠の基本情報を知りたいんだ」
「基本情報……知らない言葉です」
まるで小鳥のように小首を傾げ、小詠は聞いてくる。
「例えば氏名や住所、誕生日や身体的情報かな」
「わかりました。名前は白渡小詠です」
「しらと……あった。ここだな」
パラパラとファイルをめくり、それらしいページを見つける。
そこには、一人の男性の名が記されていた。
「白渡……勇美って人、小詠の親戚になるのか?」
「おじいさんです。一年ほど前に亡くなりました」
「あー……そうだったのか。悪い」
白渡なんて名字、珍しいし……なんて考えながら軽い気持ちで尋ねてみるも、小詠は目を伏せた。
「……麦さんと悠長に話している場合ではありません。一日も早く、おじいさんのような一人前の郵便屋にならなければ。集配業務に行ってきます」
「待って待って。せめて、俺の依頼を終わらせてから出て行って」
祖父の名前が出たことで郵便魂に火がついたのか、今にもカウンターを乗り越えそうな勢いの小詠を必死に止める。
「そ、そうでした。それで、質問はなんでしたか」
「氏名は教えてもらったから、あとは誕生日や身体情報、それと住所も教えてほしいかな」
「承知しました。誕生日は6月1日で、身長は152cm、体重は44kgです」
「ふむふむ」
教えてもらった情報を、俺は新しい書類に書き記していく。
それにしても……身長はともかく、体重まであっさり教えてくれるなんて思わなかった。
依頼とはいえ、女の子の個人情報を聞いてしまった。なんとも言えない後ろめたさがある。
「あと、スリーサイズは上から78……」
「ストップ。その情報はさすがにいらないかな」
女の子の大事な数字まで答えようとした小詠を、全力で押し止める。
……少しだけ、ほんの少しだけ興味あったけど。
「ぴぃ……なんだか麦さんの目つきがイヤラシイです」
「き、気のせいだ。それより、小詠はここに住んでるんだよな? 住所はここでいいのか」
向けられたジト目から逃れつつ、室内を見渡して問いかける。
「はい。数年前の調査でしたら、建物の名義はおじいさんのままになっていると思います」
「なるほどな。じゃあ、小詠名義に変えておくよ」
「よろしくお願いします。質問は以上ですか」
「うん。聞きたいのはそれくらいかな」
「わかりました。それでは、仕事に行ってきますので」
帽子をしっかりとかぶり直すと、小詠はカバンを手に郵便屋を飛び出していった。
その背を見送ったあと、俺は改めて書類に目を通す。
「……そうだ。忘れないうちに小詠のおじいさんの書類をファイルから外しておかないと」
真澄町から引っ越したり、亡くなったりした人は文弥さんがファイルから外していたらしいけど……彼女も多忙だし、忘れていたのかもしれない。
そう考えながら、『白渡勇美』と書かれた書類をファイルから取り外した時……とある項目が目についた。
……備考欄にある『同居人:ピリカ』って、なんのことだろう。