翌日。
入学式の後にシラバスや校舎の案内があったらしい。わたしは昨日、初手ゲロ吐きのせいでほぼ丸一日寝ていたので、一日遅れでトリニティの校舎に足を進めた。
アンドロイドの教職員に引率されて、トリニティの中を一回り。
それだけで一日かかったのだから、『トリニティ総合学園』というものがどれだけのマンモス校かがよく分かる。高等学校というよりは、某ネズミ遊園地と比較レベルの敷地面積の広さだ。
「これで案内は終了となります。何か質問は?」
「ではいくつか。制服って改造できるんですか? 結構デザインが違う人がいるんですけど」
「それなら、学生課にお問い合わせください。校則の範囲内であれば、色変えや丈の変更が可能ですよ」
「他には……」
一年生用の教室がある、校舎の前。西の日差しが大きな影を作ろうとしている頃に、ようやく案内は終わった。
案内を担当してくれた教職員に質問しつつ、わたしは校舎を見上げる。白と水色の、宮殿もかくやな造りの校舎に、わたしは内心辟易していた。
威圧的に思えるのだ。前世で通っていた高校と違い過ぎる。というのもあるが、どこを見ても煌びやかで、ピカピカに磨かれた白色の様相に、目が痛い。そうまでして、「私は富んでいる」と自称しているかのよう。
昨日のマリーのような、あの慎ましさが恋しく感じてしまう。元々庶民の出だった"わたし"にとって、彼女はとても寄り添いやすい相手だった。既知のキャラクターだったのもある。
「質問がなければ、この辺りで解散としましょう。お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
「他に何かあれば、生徒手帳やホームページをご確認ください。電話でのご連絡は、生徒手帳にある番号からでお願いします」
液晶の顔がにこやかな表情を作ると、踵を返して職員用の棟へと歩んでゆく。
ようやく解散となったが、この後のやることはそんなに無い。確認するとしたら、自分の教室と、契約した寮、次の日の授業スケジュール……思った以上にやることはあった。
自分のスマホを取り出し……画面バキバキじゃねぇかコイツ!! 液晶にもヒビ割れが入って死にかけている。絶対買い替えるからな。
とにかく、スマホにやることをメモしつつ、自分の教室へと向かってゆく。
「あ、あの子」
「ん? あ、入学式で倒れた子だ」
「ゲロ臭そ」
周りに何か噂されているが、耳に入った内容からして、無視してもいいものだと決めた。ゲロ臭そうつった奴の顔だけは覚えた。
自分のクラスである教室に着いたので、ドアを開けてみれば、既に解散気味の様子が目に入った。
「あ」
「お?」
最初に目に入った子は、見覚えのある子だった。確か名前は──
「こんにちはー」
「こ、こんにちは……? あっ、えーっと……大丈夫だった?」
先手として挨拶をしておくと、ちゃんと返してくれた。その後、小声で心配そうに聞いてくれる辺り、この子の優しさがよくわかる。
栗村アイリ。
自称「普通の少女」なキャラで、実際にトリニティ総合学園の中では、比較的凡庸な性格のキャラクターだ。特徴と言えば、生粋の育ちの良さと、人生を捧げるレベルでアイスクリームが大好きなことだろう。好物を除けば、マリーと同じく、純朴なタイプだ。
なるほど、同じクラスだったのか。
ちらりと周囲を確認するが、他に見覚えのある容姿の生徒はいない。おそらく既に帰ったか、このクラスには居ないかのどちらかだろう。
「もしかして、入学式の時のこと? それなら大丈夫。もう元気だよ」
「良かったぁ……」
「……あれ、割とこの事、有名になってたりする?」
「そうだよー」
割り込むように入ってきた声の元を見れば、別の生徒がいた。見覚えがないというか、前髪が隠れているので、おそらく
といっても、これから同じクラスで勉学を励むことになる。名前は覚えておくよう、わたしは決意した。
「「目回してゲロした人」とか、「新年度にミネ団長に抱かれた人」とか、「『救護騎士団』のパフォーマンス」だとか、いろいろモモッター*1に流れてるし、写真も撮られてるよ」
「おい噓だろ」
思わずわたしもスマホを手に取り、モモッターを……インストール済み! アカウントもある!
モモッター開いて見てみれば、確かにわたしが写っている画像があった。高身長の青髪の生徒──
「おい噓だろ……!?」
「あはは! 口調、見た目に寄らないんだ」
というか動画まで撮られている。急に呻いてゲロ吐いて、ミネに運ばれるところまで。
誰だよ入学式中にスマホ弄って撮影したヤツはァ!! そういえばこの世界こんな奴らばっかりだったわ。*2
思わず素が出てしまったほどだ。隣のモブ子(暫定名)はゲラ笑いしてやがるし、アイリは困った様子だし……最悪だマジで。入学早々「ゲロ子」なんてあだ名付けられたら、本当にたまったもんじゃない。
「あーもう……まあ、うん。とりあえずコレは後で何とかするとして、初めまして」
話を切るタイミングとして、改めて挨拶と名前を交わす。アイリは知っているのでいいとして、モブ子は……何故か
「栗村アイリだよ。よろしくね!」
「うんよろしく。ところで……」
──今からスマホショップとか、一緒について行ってくれない?
バキバキのスマホを目にしていた二人は、一緒に「いいよ!」と言ってくれた。
その後の話をしよう。
ミレニアムの『エンジニア部』製最新スマホを提案され、全力で拒否したり。せっかくだからとゲーミングスマホに買い替えたら、貯金も財布の中身も消し飛んで愕然としたり。三人でアイスクリームを食べながら、どの味がいいかを評論し合ったり。途中で不良グループに襲い掛かられ、アイスクリームを落とされたアイリが静かにキレて不良相手に無双しだしたり……
平穏な、最初の一日が終わった。