三日ほど経った。
モモッターを眺めていると、「連邦生徒会長」の文字がちょくちょく流れてくるようになった。
もうこの頃から、なのか。そう一人ごちり、寮を後にする。
トリニティ地区の朝は涼しい。カラッと晴れており、時おり流れてくる、湿気を含んだ風が心地よく感じれる環境だ。毎年湿気まみれの日本とは大違いである。
そんな空気を楽しみながら、今日も学園へと足を進める。
「いい天気だねホント」
そんな独り言に、誰も答えない。まあ一人だし。
「君もそう思うか。だが、心地いいと思うのはこの時期だけだ。来る日まで充分堪能してお──」
「うぉビックリしたァッ!?!?」
──と思ってたらなんかいた。
しれっと隣に、まるで同じ新入生ですよみたいな風貌で歩く、金髪の狐耳ロリ。
お前ティーパーティーの首席だろ。なんでわざわざ無改造の制服着てまで隣を歩いてるんだ。
「……
「あぁ」
体まで飛び上がりそうだったのを堪え、一息ついて彼女を見る。
百合園セイア。トリニティ総合学園の生徒会たる、『ティーパーティー』の
そんな大物が、わざわざわたしに接触してくる理由が分からない。
だが、何かしらの心当たりはある。それは、"わたし"という存在。
「何、私は
「さ、左様ですか……」
「よりにもよって、私の答辞中に倒れた君が、如何なる者かを確かめに来たのだよ。お名前は「ゲロ子」で合ってるかな?」
──今、この場でお前をセクシーフォックスにしてやろうか。
「時に、君は
……すぐに、それは取りやめた。
「……仰ってる、言葉の意味を理解しかねます」
「答えなくてもいいさ。君は、この先を理解しているだろう」
この先。そう言われれば、頷くことはできる。
わたしの中には、この世界の行きつく先。『ブルーアーカイブ』というソーシャルゲームの中で展開されたシナリオを、知っているだけに過ぎない。
読みが合っていれば、五月上旬辺りから。今まさに話題の、「連邦生徒会長の失踪」から物語は始まる。
そして七月手前か、もしくはその前後で、『エデン条約』というシナリオ──
なお、死亡とは言ったが、それは欺瞞である。ピックアップキャラになる奴を、実装前に本編で殺害するソシャゲがあってたまるかよ。
わたしは、あえて答えることにした。
「そうですね」
返答に対し、セイアさんの反応は無い。
二人はただ、行先に向かって顔をまっすぐ向けていた。
「明日世界が滅びるっていうなら、流石にこんなのんびりしていませんよ。物をかき集めて、運よく自分だけ生きられないかなって、逃げ道を探します」
もし世界が本当に滅んで、全員デッドエンドになるというの確信できたのなら、わたしは昨日、友達と一緒にスマホを買い替えに行かなかっただろう。
もしもこの先、「連邦生徒会長」が失踪することなく、『先生』も来ずっていうのが分かっているなら、ちょっとは焦るかもしれない。こんなのデータに無いぞ!! って。
もしも──そう、もしもの話である。
「けど、先を知ったところで、本当にその先が訪れるのか、わたしは分かりません」
今、初めて彼女がこちらに顔を向けた。ように思えた。
「過去の話になってしまうのですが……自分の過去が、本当に実在したのか、証明できますか?」
「……それは、できるだろう」
セイアさんは、自身のスマホを取り出したかと思えば、画面に一枚の写真を見せた。
まだ、ティーパーティーの制服を纏っていない彼女の姿。おそらく一年生頃のものだろうか。制服も、今セイアさんとわたしが着ている、カスタム前の制服そのものだ。
そこに、同じ制服姿の少女が二人。ピンク髪の、いかにもお姫様らしい容姿の少女。もう一人は、気品に溢れる、プラチナブロンドの少女。
「入学してすぐに、三人で撮った写真だ。日付も記録されているし、ミカとナギサ……それぞれ三人分のスマホで、別々に撮った覚えがある」
それほどまでに、仲が良かったのだろう。
そんな、微笑ましい光景。
「…………君は」
写真を眺めていて、セイアさんに声をかけられて気付く。
彼女が、わたしの瞳の奥を覗くように、じっと見つめていた。
「君には、それが無いと?」
その問いに、わたしは答えられない。
何故なら、"わたし"にはそれを証明する力が無い。
「だから、わたしは未来を確信できませんでした」
「
未来を知っていたとしても、筋書通りに進むとも思えない。
「わたしにとっては、同じものなんです。たとえ記録され、確かに在ったものを見せつけられても、そこに実在性を見出せない。未来という、普通は観測できるものでもない、不確定要素であれば尚更」
百合園セイアの不幸は、未来を見つめ過ぎたからだ。
訪れるかもわからないものばかりに目を向け、その結果、大多数の不幸と絶望を知った。そして、その因果もまた、彼女は知った。
孤独に生きることを決めてしまった、普通の女の子。
あの子を助けるはずの爆弾が、あの子を殺した。
最強と謳われていたはずの者が、死んでしまうという絶望。
慟哭は止まない。戦争は終わらない。
魔女が、復讐のために狩りを始める。
血を全て抜くことで、ようやく虚無感から解放された。
生贄を失った牢獄は、価値を失ったいきものの血を啜り続ける。
──そうして、視える先は曇り、透き通っていたはずの天蓋は目蓋を閉じた。
こんなの見たら誰だって病むよ。
「まあ、貴方ほどの精密な観測者であれば……それは確かなのでしょう」
本当に全部戯言だと片付けれるなら、悪夢であったと言い切れるのであれば、ここまでセイアさんも本気にならない。
実際にその力を以て、何度も見通し、時に実験をした経験があるからこそ、彼女なりの確度はあるのだろう。
私と比べれば、見えている「この先」が違い過ぎる。
「けれど、それで諦める理由にはなれない」
「何をしたって、テコでも動かない未来なんてあるわけがない。世界の修正力が存在したとするなら、それを覆してしまうほどの強大な大嵐でも起こしてしまえばいい。むしろ、この先が暗いものだと分かっているのならば、たとえ小学生以下の発想でも、明るいものに変えようとする手段を考えることくらい、できるはずだ」
実際にできたのを、わたしは見届けている。
たった一人の「普通」の少女が──否、
色んな道筋を辿り、数多の縁と、微かな繋がりを手繰り寄せて生まれたもの。
今こそ立ち上がれと言わんばかりに、多くの人々が手を取り合ってできた奇跡。
曇天を天晴にまで覆す、その瞬間を。
少女が代表して、宣言する。
"わたし"は、あの日から綴られた『物語』を──
「……すみません、出過ぎた真似をしました」
──矛盾している。
過去を証明できないと囀りながら、"記憶"から引っ張り出した筋書きを信頼しているなど。
それこそ、未来予知を絶対としていた、百合園セイアと何が違うのか。
そう気付いて頭を下げた時には、おそらく全てが遅かったのだろう。
百合園セイアは、ただ興味深く、どこか関心したかのように、わたしを見つめていたのだから。
「田舎者の、
「いや、素直に感心したよ」
頭を下げているために、表情は見えない。だが、ニヤニヤとした表情を浮かべているが、何故か手に取るように分かってしまう。
「確かな未来を知り得ているというのなら、希望的観測の方が心地いいだろう。同類として羨ましいよ」
だからちげぇって……
頭は上げられない。というか、ここで上げたくないし、今のセイアさんの顔を見たくはない。
「君が何故あの時、嘔吐をしたのか……その過程が変数的だからか?」
…………
コイツ、まさかもう
「だとすれば、君も、私も、その『変数』に頼らざるを得ないわけか」
「……お、仰ってるいいい意味がわかっわっわわ分かり分かりかねかね金くれ金金金」
「落ち着きたまえよ」
「誰のせいだと思ってんねん」
「だからと言ってすぐに落ち着くんじゃあない」
もう顔を上げることにした。
まるで憑き物が無くなったかのように、柔らかな笑みを取り戻した彼女。
わたしはただ、彼女に頬を突かれながら、通学路を歩くことしかできなかった。
……やったかもしれない、コレ。
まあでも、あそこに至るまでの過程は変わらないはずだろ。多分、きっと。
ゲロ子「希望有?」
セイア「無! 前途多難! 全絶望!」
ゲロ子「否! 我観測済! 道筋希望大団円!」
セイア「不可! 誇張希望的観測!」
ゲロ子「其否! 汝絶望的観測、我希望的観測、如何証明可?」
セイア「夢夢夢……」
ゲロ子「我希望抱負。如何絶望不敗」
セイア「本当? 勝利最終回?」
ゲロ子「絶対勝利! 了承?」
セイア「勝利希望了承……」
ゲロ子「嗚呼、『先生』招来待機……」