授業風景は、前世と違う部分が多かった。
というか多すぎて、最初は「なんやこの学校生活ゥ!!」と叫んだまである。
まず教師がいない。『先生』のポジションたる人が存在しないのだ。
教職員は存在している。だが、それは授業の最初と最後だけ。教室にある映写機、あるいはモニターに、授業で使うブルーレイディスクを読み取らせるためだけにいる。
流れるのは、まさに教育ビデオ。高校生が学ぶ授業内容を、
授業中の教室の様相は、さながらオンライン講習を受けている生徒たちといったところ。イヤホン、あるいはヘッドフォンを被り、教科書とビデオを見比べながらノートを取る。授業中にスマホを触ったり、隣同士と会話をし始めたら、教職員がそれを注意する……そんな感じ。
『先生』が身近にいた学生生活を送ってきたわたしにとって、あまりにもカルチャーショックだった。質問とかどうするんだよ、と言いたかったが、そういう
……まあ、こんな説明など、分かりやすい現実逃避というか、分かりやすい言い訳なのは目に見えているだろう。
「たすけてください…………」
「うーん……重症だね」
「ゲロ子、また分かんないところできたんだ」
もうさァッ! 無理だよ中学過程の内容もほぼ忘れてるのにいきなりお嬢様学校ランクの高等課程の勉強やらされるのさァッ!!
上の叫びの通りだった。もう、何もついて行けない…………なんで"わたし"が、こんな難易度が合っていないものを。
これも前世の記憶とやらが、かなり足を引っ張っていた。
お世辞にも、"わたし"はできる人間ではなかった。学校の授業についていけはすれど、テストの結果はまあ散々とは言わずとも、自慢できるほどでもない。授業を通じて学んだ内容は、前世の人生を参照すれば約十年前くらいだ。何もかも、完璧に覚えてるわけがない。
そのような、「今までやったことがある科目」に対しては、本当にダメダメだった。国語は至って普通の日本語教育なのだが、読んだことのあるはずの作品の内容が、微妙に記憶と違っていたり。数学は大学生になった頃に学んできたような内容が、平然と高校入学後のタイミングでやってきていたり。
歴史は誰だよお前の連続であり、しかも日本ではなくキヴォトスの歴史だというのだから、ついて行けるはずがない。
なんとか頑張ってついて行けるのは、科学と経済くらいだ。キヴォトスは学園ごとの特色が強いので、どういう雰囲気でどんな産業を担っているのか、案外分かりやすい。
英語、お前筆記体が八割の教科書とか読めるわけねーだろ。聖書のノリで作るな教科書を。*1
「ゲロ子、今日はどこからどこまでわかんなかった?」
「え~~~……この範囲」
「もう全部じゃん」
「全部はちょっと、話になんないかな……」
(最近分かったけどアイリちゃん普通に毒吐くよね……)
(まあ毎日こんなことしてたら、うん……)
こんな体たらくなおかげで、授業終わりにはアイリとモブ子の三人で、授業内容の見直しをやってたりするのが、既にこの教室の日常風景になっている。
実際のところ、わたしの知力が底辺なだけで、アイリもモブ子も、学力は至って「普通」だ。ただ、トリニティにおける学力の普通は「上の下」くらいではあるので、お嬢様学校の平均がいかに高いかがよくわかる。
ただ、二人も教え合うことが勉強になることも理解している。だから、こうやっておさらいしているわけだ。
こんなんじゃ、マジで
「これは?」
「教科書には無いね。けどBDで見たところだから」
「ほら、コレ。ウィキペディア」
「モブ子、ウィキペディアはあんまり信用しない方がいいと思う」
「え? ゲロ子もそっち派なの?」
「だって複数人が内容を弄れる百科事典だからなぁ。そういう意味だと、ナチュラルに確度の低い情報混ぜ込んでくるAIよりタチ悪い」
「なんか聞いたことあるなぁ。ミレニアムで、そういう「騙された」って事案が多いの」
他愛もない会話を交えつつ、授業の復習をやっている時、徐に教室の扉が開かれた音がした。
モブ子──は隣にいる。が、扉を開けたのもまた、「モブ子」であった。“わたし”にはそう見えるだけで、実際は別人だ。
「__さん、はいらっしゃいますね。今、よろしいでしょうか?」
「ん?」
わたし? 名前を呼ばれたはいいが、相手は知らない「モブ子」だ。アイリも、モブ子も「知らない」と首を振って示す。
「モブ子」は教室に入ることはなく、わたしを見つめたまま、手招きした。
「お忙しいところすみません。少し、お時間よろしいでしょうか」
「えーと、ごめんいい?」
「いいよ」
「おっけー」
用事は、何だ?
知らない相手に呼ばれる心当たりなど、その時は全く無かった。アイリもモブ子も、相手を知らないし、何か前兆を感じるたちでもなかった。
だからこそ、「気付けなかった」と、今は言える。
教室を出て、「モブ子」の後をついていく。
終始無言。しかも、歩く時間は長かった。一年生用の教室棟を抜け、トリニティが誇る庭園の間を、ただひたすら歩く。
友達が相手なら、何か一つ会話でも挟んだだろう。お互い初対面でもあったから、わたしは挨拶がてら何か言葉を交わそうかとも思った。
そうする気になれなかったのは、何かを察知していたからか。けれど、察知したところで、
今は使用されていない、教室棟に入る。掃除は行き届いているが、人の気配は無い。いつか、誰かが使うことを望んでいたはずの一室。その扉の前に、「入って」と言わんばかりに「モブ子」はそこを退いた。
素直に、何も分からないまま、わたしが扉を開いた。
ジッ
「ん?」
小部屋。そこに、更に知らない「モブ子」が三人。同時に、後頭部に違和感。
小さな粒が頭に当たったかのような。アレだ。エアガンのBB弾が、頭に当たった時みたいな。
ドンッ!
「うわっ!?」
一秒して、強い衝撃が来た。今度は背中から。
さっきの不思議な感触のせいで、完璧に不意打ちを喰らってしまった。
顔から倒れ、流れで小部屋の中に入ってしまう。受け身も取れずに床を舐め、痛みに悶えていると、扉が閉まる音がした。
罠だ。今になって悟った瞬間、頭に強い力が降りかかった。
「ぐっ!?」
「はぁ、何でこんなゲロメガネが」
ぐり、ぐり、と。全然痛くはないが、不快な感触が頭皮から伝わる。
押さえ付けられているせいで見えない。ただ、相手が「モブ子」三人、いや四人か。誘い込まれたのは、どういう意図か。
「よりにもよって、悪魔擬きがトリニティに来るなんて」
「
──託宣者。預言者を指す、別の言い回し。つまりコイツら、サンクトゥム派の一端か!
恐らくコイツら、少し前にあった百合園セイア襲撃イベントを見ていたのだろうか。それで、わたし自身がセイアさん気に入られたと見たのか?
だったら短絡過ぎるだろ──いや、そういえば
今まで住んでいた世界とは、全然違うんだった。
「っ、あ、あれ」
スマホを取ろうとポケットに手を回しても、何故かスマホの感触がない。
代わりに、わたしの見える位置にコトンと何か硬いものが置かれる。
「ッ」
「お友達と買ったものでしょう?」
ソレに突き付けられるのは、黒い筒状のもの。
今、理解した。部屋に突き飛ばされる前に、そのサプレッサーで撃たれたんだ。
思った以上にダメージを感じなかったということは、わたし案外神秘が高かったり……いやそんな場合じゃない。わたしがいくら頑丈でも、スマホは流石に別だ!
「私としても、流石にこんなことはしたくないので」
「そうだよね~? コレ書いたら、素直に手を引いてあげる」
わたしの内心を知らず、いや知っていて、愉しみながら紙を差し出す。
行先に、『ゲヘナ学園』と記された転校届だった。
無茶言うなボケが。と吐き捨てたかった。が、わたしは思った以上に冷や汗をかいていたことに気付く。自分の手が、触ってもいないのに、氷のように冷たい。
どうする。どうすればいい? こんなの初めて過ぎる。どうして。
「ほら、早く」
こんな状況でこれを書けと? そもそもペンはどこだよ。頭の上に足載せられてるせいで、全然顔が動かない。そういえば、銃もまだ自分のものを決めてなかった。
どうすればいい。どうすればいい? 反撃手段は。今から入れる保険はどこ? ねぇ、誰か。
「ぁ、アイリぃ゛ッ!?」
ぐりッ!
「早くしろってんだよ!」
「ちょっと、ペン無いじゃない。しょうがないから……」
「いやいや待てって。ここに、ちょうどいいペン先があるじゃん」
痛い。痛い! 見えないけど、角に、何か糸みたいなのが。いやだ、やだ。怖い。
誰か。誰か!!
「そんなにトリニティに居たいなら、まずはこのキモい角を」
「あのさ」
──空気まで、冷えた感覚がした。
この部屋の中の、誰が発した声でもない。けれど、わたしには
振り返ることはできない。動くことも。だけど、誰かがこの中の様子を見て、声をかけたのはわかる。
ただ、相手がよりにもよって、彼女だったのが、全然わからない。
「今、授業中のはずなんだけど」
元気
何もわからないけど、多分何が起きているのかが察せたまま、状況は無慈悲にも彼女が支配した。
「寄ってたかって、何してるの?」
わたしには理解できなかった。
ちょっとショッキングな描写が流れます。
ゲロ子はデカ丸メガネで角あり尻尾ありです。詳細は次回。