久しぶりに、機嫌が良さそうなセイアちゃんを見た。
その日は『ティーパーティー』の業務も空いていて、やることもそれほど無かった。のだけど、何故か三人が集まっちゃった。きっと、その時だけはみんな同じ気持ちだったと思う。
私、聖園ミカと、セイアちゃんと、ナギちゃん。ティーパーティーを支える三大分派の、それぞれのリーダーにして──昔からずっと縁が続いている、大切な幼馴染。
いつもの席でお茶会。小さな円卓を囲って、分派の子たちから貰ったお菓子と紅茶を交わす。そんな、穏やかなで、
『セイアさん、良いことでもあったのでしょうか?』
『ん? あぁ、そうだとも』
ふと会話を切り出したナギちゃん。セイアちゃんはいつも、偏屈な回答をして、のらりくらりと話を回す……はずなんだけど、想像以上に素直に、あの子は肯定した。
その時だけは、思わず私も、ナギちゃんもビックリした。
『この頃ずっと、眠りが浅くてね。だが、久しぶりに熟睡ができたよ。おかげで気分がいい』
透明だ……なんてキメ顔で呟くほど、セイアちゃんはスッキリした様子だった。
『それは……良かったです。私も、セイアさんのことは少し心配していたので』
『少しか。幼馴染という物差しがあるとはいえ、少しか……』
『あの、そういう訳では。はぁ……けど、心配は本当ですよ。今と前とで、比較できるほど顔に出てましたから』
『そうなのかい? だったら、心配をかけたね。けれど、もうこの通りさ』
確かに、ここ最近のセイアちゃんは、ずっと思い詰めてばかりみたいな、そんな様子だった。以前に聞いてみたことはあるけど、小難しいことを言って、突き放すばかり。悪夢ばっかり見る、って言ってたから、眠りが浅かったのは本当だと思うけど。ナギちゃんとの会話も、同じ感じだった。
けど、私にだけなんだか、
『ふーん。きっかけとかあるの?』
それとなく聞いてみる。
今のセイアちゃんなら、そのまま話してくれるかな。
『──花を見つけたんだ』
花……?
あ、ナギちゃんの顔が考えてる時の顔になった。
『アスファルトの隙間から茎を伸ばした、強かな花だった。それを見ていると、なんだか考えていることが、馬鹿馬鹿しくなってね』
透き通った空を見つめながら、セイアちゃんはそう答えた。
本当に、それだけ?
なんだか悟った雰囲気ばかり出してて、私もナギちゃんみたいな顔になりそうだった。
それ以降は、なーんにも情報は得られなかった。
ただ、セイアちゃんは何か、前を向ける理由を掴んだ。ナギちゃんも、私も、その「花」に興味を持った。
ナギちゃんはきっと、「自分の知らない人物」だの、「派閥のスパイに入れ込まれた」だの、「「花」は暗喩で何かしらの禁制品」だの、「他校生徒からのアプローチ」だの……色々陰謀論を考え込んでそう。
ここ最近、ナギちゃんは『エデン条約』で忙しそうにしてるもんね。内容が内容だし。
じゃあ私は? というと、素直に「花」を探してみることにした。
セイアちゃんが元気になるくらいの花。それが、どんな花だったのかは知らない。
見惚れるほど綺麗な花だったのか。思わず写真を撮りたくなるような、奇異な花だったのか。それとも、案外比喩暗喩っていうのは合っていて、特定人物のことを指しているのか。
見つけてみたくて、私はトリニティを散歩してみることにした。
『ぇ、あっみっミカ様!? お、おお、おはようございます!』
『やっほー☆ そんなに慌てなくても……この、花畑は?』
『花、ですか。こちらはパンジーです。今年は交配に成功しまして、綺麗にグラデーションが──』
トリニティの庭園に足を運ぶと、赤から青色に、鮮やかなグラデーションを描いた景色があった。中間色に黄色とオレンジが差し込まれているのに、繋ぎ目を感じさせない、虹色がそこにあった。
長らくトリニティに居たはずだったのに、初めて見た景色。こんなに綺麗に、花は咲くんだって、思わず見惚れてしまった。
『最初にお見せできたのか、ミカ様で光栄です……あの、ミカ様?』
『へ? あ……うん。すっごく綺麗。これ、写真撮ってもいい?』
『もちろんです!』
『オッケー♪ じゃあ、あなたも一緒にっ』
『ふぇあっ!?』
写真を撮りながら気付いたけど、最初にお見せできたってことは、セイアちゃんはこれを見て元気になった訳じゃないんだ。
じゃあ、何だろう?
『ところで、セイアちゃんはここに来たことあるの?』
『せ、セイア様ですか……? 申し訳ございません。私には全く』
『ふーん。あ、全然関係無いことだから、考えなくてもいいよ☆ 花畑、見せてくれてありがとね』
──後から分かったことだけど、ここ最近の間では、セイアちゃんはここには来てなかった。
花畑の管理をしてた生徒と別れて、別の道を歩く。その合間にも、花と呼べるものはいっぱい見つけることができた。
生垣を飾りつけるツツジ。百鬼夜行から取り寄せた桜の木。薔薇や、チューリップとか、自分でも分かる花もたくさん見つけた。
どれも綺麗で、可愛らしくて──けれど、「強か」というには、少し可憐なもの。
そうして歩いて、正午になりかけようとしてる時間になった。ここまで来れば、セイアちゃんが言っていた「花」は、そういう花じゃないというは察せれる。
「……授業サボっちゃった」
歩くの楽しくなっちゃって☆
と言っている場合じゃない。ナギちゃんが知ったら大目玉だ。普通に、普段は出歩かない場所まで足を踏み入れてしまった。一度来たことはあるから、迷子になった訳ではないけど。
今は使われなくなった、教室棟の中。私にとっては、一年生の時のクラスだった教室が、この棟にある。
「久しぶりに行ってみようかな」
モノは全部三年生教室に移したから、なーんにも無いはずだけど。
──なーんにも無いはずだったのに。
ドンッ
「ん?」
聞き間違いか。何かが落ちた、そんな音が聞こえた。
ここは今、私しかいないはず。けど、耳を澄ませば、微かに人の声が聞こえた。
教職員の機械的な声じゃなくて、普通の。学生の声。
「…………」
一瞬、無視してしまおうか。そう考えてしまう。
これを見れば、これを知ってしまえば、今までの気分が損なわれてしまうかもしれない。耳に届く声は、これまでのきらめいた「発見」に、泥をかけてしまうかのような。
悩んでいる間に、私は声の元までたどり着いた。
「ぁ、アイリぃ゛ッ!?」
ほら、聞きたくなかった。
見て見ぬふりをしていたはずの、トリニティの汚点が見えてしまった。
多分友達の名前だろう。助けを呼ぶ声を、誰かが踏みつぶす音が、妙に耳に残って、ここから逃がさないと両脚を縛りあげる。
立場か、現実逃避か、その時の私には分からなかった。ただ、無意識に地獄の蓋を開けた。
その時の後悔は、今後一生残った。
「あのさ」
何せ、助けての声を上げていた子は──
──私の大っ嫌いな、