パウロ転生 ー家族のために本気だすー 作:パウロ大好きマン
ミリス神聖国の首都、ミリシオン。俺がこの街に来てから、もう四年近くが経とうとしていた。
七歳でミリスにやってきた頃の俺は、今よりずっと未熟だった。剣を振るうことには自信があったけれど、知らないことも多く、自分の実力がどこまで通用するのかも分かっていなかった。
そんな俺が、八歳の時に大きな事件に巻き込まれた。ゼニスが拉致されたのだ。あの時のことは、今でもよく覚えている。
ゼニスを救い出すため、俺は聖堂騎士団の本部へ乗り込んだ。そこで待ち受けていたのは、俺に剣を教えてくれた師匠、カームだった。
水神流の帝級剣士。
正面から戦って勝てるような相手ではなかった。それでも、ゼニスを連れ戻すために、俺は剣を振るった。
あの戦いを経て、俺は少しだけ強くなれたと思う。……あの時は強くなることよりも、ゼニスを助けることしか頭になかったけど。
事件の後、俺とゼニスはミリシオンを離れた。
カームは聖堂騎士団の人間でありながら、俺たちの行動を追及しなかった。あれは、知らんぷりをしてくれたということなのだろう。
さらに、ラトレイア家からの援助もあったおかげで、俺たちは首都を離れ、別の街に身を隠すことができた。
その間に聖堂騎士団は事件の調査を進め、元凶となった司教を断罪した。実際は、そんな単純なことではなく、もっと複雑でドロドロとしたものだろう。だけど、この手の話は知らない方がいいこともある。ミリス神聖国の内部は、世界一汚い、と言われるほどだ。
こうして、ゼニスを巡る事件はようやく決着したのだった。
それからの俺たちは、ミリシオンに戻って生活を続けた。俺は剣の鍛錬を欠かさず、魔術の勉強にも取り組んだ。カームから教わった水神流はもちろん、ほかの流派の技術も研究し、自分なりの剣を磨き続けた。
強くなりたい。その気持ちは、以前にも増して強くなっていた。だから俺は、今日も剣を振るう。
そして、鍛錬ばかりの日々だったわけでもない。
ゼニスと一緒に遊び、食事をし、くだらない話をする。そんな時間も、俺にとっては大切なものになっていた。
出会った頃は、まだ小さな女の子だったゼニスも、今では八歳になった。
少しずつ淑女としての自覚が芽生えたのか、以前よりも言葉遣いが丁寧になり、身だしなみにも気を使うようになった。
といっても、まだまだ子どもだ。気に入らないことがあれば頬を膨らませるし、嬉しいことがあれば隠しきれないほど顔に出る。
そんなところも含めて、俺はゼニスと過ごす時間が好きだった。
気がつけば、俺も十一歳になっていた。
ここに来たばかりの頃と比べれば、剣の腕も、魔術の知識も、身体能力も大きく成長したと思う。
だが、まだまだ上を目指せる。そう思いながら、俺は今日も変わらない日々を送っていた。
……あの日、故郷から一通の手紙が届くまでは。
────
その日は、いつも通り、学校の授業を終えて寮に戻ったところだった。
「パウロ様、お手紙です」
寮の管理人から渡された封筒を見て、俺は思わず動きを止めた。見覚えのある家紋、間違いなくグレイラット家からの手紙だ。
「久しぶりに届いたな。母様も父様も忙しいのかな?」
封を切って、中身に目を通す。読み進めるうちに、心臓が、嫌な音を立て始めた。
『バレンティナ、病に倒れる』
その一文が、何度も頭の中で繰り返される。
「……嘘、だ。そんな……!」
十歳の誕生日の時は、母様は元気だった。いつも通り、窒息しかけるくらいに抱きしめてくれた。それなのに──
もう一度、手紙に書かれた日付を確認すると、血の気が引いた。
「……っ。なんで、こんなに遅れて……」
手紙が書かれたのは、今から、かなり前のことだった。母様が倒れたのは、半年以上前だ。
ありえない。貴族が出す手紙は普通よりも早く届く。定期的に母様が送ってくれる手紙は、二ヶ月くらいでミルボッツ領からミリシオンに届いていた。
なぜ、こんなに遅れているのかは分からない。それでも、こうして考えている間にも、時間は過ぎていく。
今すぐ、帰らなきゃ。
その夜、俺は地図を広げて、帰郷にかかる時間を計算していた。
貴族用の馬車を使えば、ミリシオンからミルボッツ領までは、半年近くかかる。でも、すでに手紙が届くまでにこれだけの時間が経っているんだ。今から半年もかけていたら、母様が倒れてから一年以上が経ってしまう。
「……そんなに、待てない」
馬車を使わず、自分の足で進めば、どうだ。
この数年の鍛錬で、普通の馬より速く、長く走れる体力はついている。海路を挟む部分はどうしようもないけど、陸路に関しては、護衛がいない分、身軽になりむしろ早いかもしれない。
ざっと計算して、三ヶ月程度。それも、かなり無理をしてだ。
「行くしかない」
そうと決まれば、明日はお世話になった人に挨拶を済ませて、明後日には出発しよう。
────
聖堂騎士団本部のいつもの鍛錬場。カームは、俺の話を聞くと静かに頷いた。
「──そうですか。母君が……」
「はい。なので、明日にも発とうと思ってます」
「……止めはしません。あなたなら、大丈夫でしょう」
その一言に、少しだけ驚いた。カームはこう見えても心配性で、無理をするといつも小言を言ってくる。
「意外ですね。もっとチクチク言われるかと思いました」
「以前のあなたは、冷静そうに見えて、実際はかなり短気でしたからね。しかし、ここ数年の鍛錬で精神面も大きく成長しました」
「……カーム団長」
カームの声が、わずかに真剣みを帯びる。
「ただし!無理だけはしないように。あなたがどれだけ強くなっても、旅の道中には、剣で解決できないことも多くあります。油断せず、慎重に進んでください」
「はい。肝に銘じます!」
「それと――」
懐から小さな布包みを取り出して、俺に差し出した。
「これを。道中、何かの役に立つかもしれません」
「これは?」
「上級治癒魔術のスクロールです。使う機会がないに越したことはありませんが、念のため」
「……ありがとうございます」
受け取った布包みを、大切に懐へしまう。
「パウロ様と過ごした、この数年間は、師匠としてとても誇らしく思っています。母君のこと、心配でしょうが──あなたなら、必ず力になれるはずです」
「……っ。ありがとうございます、カーム団長」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。深く、頭を下げる。これまでの礼儀作法とは違う、心からの感謝だ。
────
最後に、ゼニスのもとへ向かった。
ラトレイア家の屋敷。久しぶりに訪れた庭で、俺の話を聞くとしばらく黙り込んでいた。
「──大丈夫なの?護衛もつけないで……危ないよ!」
「うーん、俺はこう見えても強んだけどなぁ……カーム団長に水王の称号を貰ったし、大丈夫だって」
「水王って……剣のことはよくわからないもん。パウロがすごく強いのは知ってるけど」
ゼニスは、口をへの字に曲げて黙り込んだ。しばらく地面を見つめたまま、足元の小石をつま先で転がした。
「ねぇ、わたしも一緒に行っちゃダメ?中級治癒魔術も使えるようになったし、役に立てるよ?」
「……駄目だ。何が起こるか分からないし、家族だって心配するよ?」
「むぅ…!わ、分かっているわよ!それぐらいね!」
ムキになったように声を荒げる。それから、急に声が小さくなった。
「……だって、寂しいんだもん」
「俺もだよ……」
ゼニスが、口を尖らせながら、俺のシャツの裾を、きゅっと掴んできた。目には薄っすら涙が浮かんでいる。
「絶対、無事に帰ってきてね。約束、だよ?」
「うん。約束する」
やがて、ゼニスは、顔を上げて、無理やりのように笑ってみせた。
「……行ってらっしゃい、パウロ」
「行ってきます」
────
その後、俺は学校の学長をはじめ、世話になった人たちにも帰郷することを伝えた。突然の話に驚かれたものの、事情を説明すると、皆が理解を示してくれた。
必要な荷物をまとめ、旅に必要な道具を揃える。剣、着替え、食料、それから旅の途中で使うための道具。
準備を進めるうちに、少しずつ実感が湧いてきた。これから、長い旅に出るのだ。目的地は、故郷のミルボッツ領。
俺は窓の外を見た。
ミリシオンの街並みは、いつもと変わらない。この街で過ごした日々は、きっと忘れないだろう。カームとの修行も、ゼニスと過ごした時間も。
俺は荷物を背負い、剣を腰に差した。
「……よし」
準備はできた。あとは、帰るだけだ。
母様、どうか無事でいてくれ。
俺はそう願いながら、ミリシオンを出発した。
────
ミリシオンを出て、一週間が経った。
街道を外れ、草原を突っ切るように走る。遠くに見える森の輪郭、青々と広がる草原、街道をのんびりと進む行商人の馬車。鍛え上げた脚は、そうした景色を次々と置き去りにしていく。
「──っと。ごめんな!」
追い越しざまに、馬車の御者が目を丸くしてこちらを見る。
「……気のせいか?もう、今日は休んだ方がいいな」
声が、背中越しに聞こえた。気にせず、速度を緩めない。
母様のことを考えると、どうしても気が急く。少しでも早く。一刻でも早く。その一心で、足を前に進め続けていた。
途中、街道を塞ぐように、巨大な猪型の魔物が姿を現したこともあった。
「邪魔、だっ!」
速度を緩めず、雲岳を一閃。斬り伏せた巨体を飛び越えて、そのまま走り続ける。立ち止まる理由はなかった。
日が傾き、夜の帳が下りる頃、ようやく足を止めた。
街道脇の開けた場所で、小さく火を熾す。荷物から干し肉を取り出して齧りながら、地図を広げて、残りの道のりを確認した。
「……この調子なら、予定より早いか」
安堵するような、でもまだ足りないような、そんな気分で、火を見つめる。
──その時だった。
「……」
周囲の気配が、わずかに変わった。
反射的に、剣の柄に手をかける。闇の中、いくつもの人影が、音もなく近づいてくるのが分かった。
「──こんばんわァ」
下卑た笑い声とともに、一人の男が、焚き火の光の中に姿を現す。腰に、剣や斧を提げた荒くれ者たちが、ぞろぞろと周囲を囲んでいった。隠れている方も数えると、十人近くはいる。
「突然で悪いが、身ぐるみ置いてってもらうぜ。大人しくすれば、命はとらないでやるぜ?多分な」
「盗賊か……俺は今、生憎と忙しくてね。あんたらを相手にしてる暇はないんだよ」
何が命はとらないだよ。殺気がダダ漏れじゃないか。本当に俺の身ぐるみが目当てなのか?
「威勢がいいなァ、ガキのくせによ──」
男が手を振ると、矢が数本、同時に飛んできた。
風切り音を聞き分けて、体を低く沈める。頭上を矢が通り過ぎていった。
「くたばれ!」
接近してきた一人が、剣を振りかぶる。それを右の剣で受け流し、返す刃で斬り伏せる。すかさず、もう一人が横から斬りかかってきた。
「よっ、と」
左の剣で迎撃。相手の武器ごと弾き飛ばし、流れるように体を回転させながら、三人目、四人目を斬り捨てていく。
「汝の求める所に大いなる炎の加護あらん 勇猛なる灯火の熱さを今ここに──ファイアボール!」
「流」
「ぐあっ……!」
術者らしき男が、背後から火球を放ってきた。振り返りざまに、剣先で炎を絡め取るようにいなし、そのまま術者へ向けて返す。そして、術者は吹き飛ばされて倒れ込んだ。
「……こいつら、なんか強くないか?」
迫る斬撃を受け流しながら、違和感に気づいたのは、その頃だった。
ただの盗賊にしては、動きが揃いすぎている。誰かが倒れれば、すぐに連携を組み直して、こちらの死角を突こうとしてくる。個々の剣筋にも、訓練を受けたような鋭さがある。
「……あんたら、本当に盗賊か?」
「さぁなッ!」
質問には答えず、男の一人が斬りかかってくる。その動きを見切りながら、俺は内心で首を傾げていた。考える間もなく、次々と向かってくる相手を、一人、また一人と斬り伏せていく。
──残り、三人。
残りの盗賊が絶望したように後ずさった、その時だった。聞き覚えのない、飄々とした声が、闇の中から響いた。
「おやおや。子どもを大勢で囲むなんて、少し卑怯じゃないですか?」
「……っ、誰だ!」
全く気配に気づけなかった。剣を構えたまま、声のした方を見る。
焚き火の明かりの中に、ゆっくりと歩み出てきたのは、黒髪の中年男だった。旅装にしては、どこか洒落た身なりをしている。緊迫した状況のはずなのに、まるで散歩の途中であるかのような、落ち着いた足取りだった。
「これは失礼。名乗りもせずに、覗き見るような真似をして」
男は、軽く一礼してみせた。
「シャンドル・フォン・グランドールと申します。たまたま通りがかっただけなのですが……」
シャンドルと名乗った男は、残っていた盗賊たちを一瞥して、ゆったりと笑った。
「さて。私も、少し混ぜてもらってよろしいですか?」
穏やかな口調とは裏腹に、その体から滲み出る気配には、これまで戦ったどの相手とも違う、底の見えない何かがあった。
パウロ・ノトス・グレイラット(11)
称号:剣才、水王
武器:雲岳
──剣術──
剣神流:聖級
(光の太刀、無音の太刀、孤月の太刀)
水神流:王級
(流、剣界)
北神流:上級
(四足の型)
──魔術──
火魔術:初級
水魔術:初級
風魔術:初級
土魔術:初級
治癒魔術:初級(短縮詠唱)
解毒魔術:上級
結界魔術:初級