パウロ転生 ー家族のために本気だすー 作:パウロ大好きマン
「……ふう。これくらいでしょうか」
盗賊達を撃退した後、獲物である棒についた汚れを払いながら、シャンドルは焚き火の傍へ戻ってくる。
強い。動きだけ見れば分かる。でも、どこまで強いのかが見えてこない。底なしの井戸を覗き込んでいる気分だ。
「助かりました、ありがとうございます。俺はパウロといいます」
「いえいえ、気にしないでください。人助けは当然のことなので」
軽い調子でそう答えながら、シャンドルは焚き火の反対側に腰を下ろした。
「それにしても、パウロ君も大したものですね。その年で、よくもここまで剣を研ぎ澄ませている」
「いえ、俺なんてまだまだですよ」
「謙虚でとてもいい子だ。私の息子にも見習って欲しいくらいです」
シャンドルには息子がいるのか。まぁ、深くは聞くまい。あんまり興味もないし。
「ところで、パウロ君はこんな夜更けに一人で何を?」
「……故郷に、帰るところです。母が病気だと、ミリオンに手紙が来て。アスラ王国に急いで戻らないといけないのです」
「それは、心配なことですね」
声のトーンが、少し落ち着いたものに変わる。大げさに同情するでもなく、ただ静かに相槌を打つその態度に、妙な好感を覚えた。
「シャンドルさんは、どちらへ?」
「私ですか?魔大陸から、中央大陸の東へ向かう途中ですよ」
「魔大陸……」
「ちょうど、同じような方向ですね。ふむふむ」
シャンドルは顎に手を当てて、何かを考えるような顔をした後、にやりと笑った。
「パウロ君、私の弟子になりませんか?」
「……は?」
初対面の相手に、弟子になれと言われると思わなかった。とても怪しい、何が狙いだ?
にやりと笑うシャンドルの表情に、どこか試すような色が見えた
「聡明で才能ある人を、弟子にするのが趣味なんですよ。それに、私は旅慣れしてますから、同行すれば君の助けになれますよ」
「……お断りします。助けてもらったのは感謝してます。でも、それと旅を一緒にするのは別の話です。あなたのこと、何も知らないので」
「ごもっとも。警戒するのは、正しい判断です。ただ、君は私がどれだけ強いのか、気になっているのではないですか? 目を見ればわかる。君がどれだけ強さを渇望しているのか」
「……」
図星だった。盗賊たちを相手にした、あの無駄のない動き。どこまで強いのか知りたいという気持ちが確かにある。まぁ、剣を交えれば分かることか。
「……剣士に言葉は必要ない、ですよね?」
「ははっ、私が剣士だとよく気がつきましたね。とても良い目をしている……」
俺はゆっくりと立ち上がり、剣の柄に手をかけた。シャンドルは少し意外そうに眉を上げてから、楽しげに笑った
「では、お手合わせ願いましょうか」
焚き火の明かりが、二人の間に揺れる。
この人が、どれほどの強さを隠しているのか、わくわくしている自分がいる。つくづく俺は剣士だな。
────
焚き火の明かりが届かない、少し開けた空き地まで移動する。
シャンドルは、あの長い棒ではなく、俺が差し出したもう一本の剣を受け取った。剣士として戦うことを決めたようだ。
「私を殺すつもりで、来てください」
剣を軽く振って感触を確かめながら、シャンドルが静かに言った。
「それじゃあ、遠慮なく」
俺は雲岳を構えて、地を蹴る。
剣神流の速さで、最短の軌道を描き「無音の太刀・陸閃」を放つ。狙いは正確なはずだった。でも、刃は空を切る。シャンドルの体が、最小限の動きで軌道を次々と外していた。
すぐに、水神流へ切り替える。相手の反応を見ながら、受け流しを前提とした柔らかい斬撃。でも、シャンドルは踏み込んで、その柔らかさごと受け止めてしまう。力でねじ伏せられるわけでもなく、ただ耐えられる。
北神流の変則的な動きも試した。地を這うような踏み込み、予測不能な角度からの攻撃。しかし、何も通用しない。まるで最初から知っていたかのように、すべてが読まれている。
「ほぉ、素晴らしい剣技だ!息子と同じかそれ以上の才能を感じます。ですが、もう少し本気を出してみてください」
「っ……!」
挑発に乗る形で、さらに踏み込む。でも、何度剣を重ねても、同じだった。斬り込むたびに、淡々と、当たり前のように対応される。
今の俺なら、カームを相手にしても、簡単には負けない。そう思える程度には、剣技を磨いてきた。
シャンドルは、帝級剣士と同等以上だ。
直感的にそう悟った。背中に、冷たい汗が伝う。俺は、静かに呼吸を整えた。荒れかけていた心を、もう一度、凪がせる。
「雲岳"軽身"──光の太刀」
刀身が、羽根のように軽くなる。最高速度の踏み込みから、奇襲の一撃を放つ。目にも留まらぬ速さで、俺の切り札とも言える剣筋が、シャンドルの喉元へ奔った。
──届く。
そう確信した、次の瞬間。
「おおっ!いい速さですね」
「……え」
剣が、止められていた。
完璧なタイミングで、完璧な角度で、シャンドルの剣が俺の一撃を受け止めていた。力みも、無駄もない、あまりにも自然な防御。
自信のあった一撃が、まるで児戯のように止められている。その事実に、頭が一瞬、真っ白になった。
「隙あり」
「がっ……!?」
気づいた時には、腹部に衝撃が走っていた。
シャンドルの蹴りが、腹に深くめり込む。体が地面から浮き、そのまま後方へ吹き飛ばされた。
「ぐ、う……っ!」
背中から地面に叩きつけられる。息が詰まって、まともに声も出なかった。腹の奥が、燃えるように痛い。
「──動いたら、死にますよ」
静かな声が、頭上から降ってくる。
見上げると、シャンドルが、両手で剣を構えて掲げていた。
体が、動かない。痛みのせいだけじゃない。あの構えを見た瞬間、本能が、逃げることを許してくれなかった。
「右手に剣を、左手に剣を」
淡々とした詠唱。でも、その言葉とともに、剣に込められる気配が、桁違いに膨れ上がっていくのが分かった。
「両の腕で齎さん、有りと有る命を失わせ、一意の死を齎さん」
空気がガタガタと震える。木々が、風もないのに揺れている。
「……っ、何が」
体の芯から、震えが込み上げてくる。これが、恐怖なのか。
「不治瑕北神流奥義──破断!!」
振り下ろされた一撃が、空間そのものを引き裂くような衝撃波を放った。地面を抉りながら、強大な斬撃と衝撃が迫り来る。
──死んだ。
でも、次の瞬間、轟音とともに、斬撃は俺の体を大きく逸れて、背後の森へと突き進んでいった。
「……」
振り返る余裕すら、最初はなかった。
轟音が収まったあと、恐る恐る、背後を見る。
──森が、消えていた。
太い木々が立ち並んでいたはずの場所に、巨大な抉れた跡だけが、月明かりの下に広がっていた。あの一撃が、まともに俺を捉えていたらと思うと、背筋が凍りつく。
「……っ、は」
これが、剣で出せる破壊力なのかよ。人間に向けていい技じゃないって。いまのが直撃していたら、肉片も残らなかった。
「……参り、ました」
俺は、地面に手をついたまま、静かにそう言った。負け惜しみを言う気にもなれなかった。それくらい、圧倒的だった。
シャンドルは、剣を下ろしながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。穏やかな顔は、戦う前と、何も変わっていなかった。
「これはとてもいい剣ですね。魔剣と同等までは言わずとも、稀に見る名剣だ。もしもこれが鈍だったら、狙いがずれて、君に当たっていたかも知れません」
「えっ!?」
ありがとう、母様父様。誕生日に贈ってくれた剣のお陰で、俺は命拾いをしました。
────
地面に横になったまま、俺はまだ、荒い息を整えていた。シャンドルが、こちらに手を差し出してくる。その手を借りて、なんとか体を起こした。
「……完敗です。シャンドルさんって、何者でなんですか?」
「ただの傭兵ですよ。少しだけ、剣が得意なだけです」
シャンドルで少しなら、俺は何だろうか。謙遜もここまでくると、いっそ清々しいものだ。
「さっきの技──不治瑕北神流って、何なんですか? 普通の北神流とは違うものですよね」
「不治瑕とは、『その太刀にて負わされし疵、不治なり』を意味します。初代北神が不死魔王を倒すために編み出した剣術で、とにかく破壊力に特化した技が多いですね」
「初代北神って、あの三英雄の一人じゃ……!」
三英雄とは約四百年前の「ラプラス戦役」で人族を勝利に導いた三人の英雄のことだ。
ちなみに『破断』と言う技は、不治瑕北神流の奥義で、不死身の魔族や巨大な魔物を、一撃で絶命させる技らしい。
「──ん? シャンドルさんはその奥義を、俺に使ってきたってことですよね?」
「いや、ま、まぁそういうことですね。はは。つい、興が乗っちゃって」
「つい、じゃないですよ!俺、消し飛ぶところでしたよ!?」
「だって弟子候補に、かっこいい姿を見せたいんだもん!」
「おっさんが、可愛こぶるなよ!」
「私はおっさんと言われる年齢じゃない!まだまだ若い方なんです」
この人は何を言ってるんだろう。どう見ても中年のおっさんじゃないか。息子もいると言っているし。
「どうです?正式に、私の弟子になる気はありますか」
「……お願いします。弟子にしてください」
その言葉に、俺は少し考えてから頷いた。
俺の何十倍、いや何百倍も強い剣士だ。そんな人の元で学べる機会なんてそうそうない。
「よろしい。では、これからよろしくお願いしますね、パウロ君」
「はい。よろしくお願いします。シャンドルさん」
握手を交わしてから、ふと、気になっていたことを聞いてみた。
「あの、修行してくれるのは嬉しいんですけど、俺は急いで帰らないといけないんです。旅を続けながら、修行ってできるんですか?」
「……そうですねえ」
シャンドルは、顎に手を当てて、しばらく考え込んだ。何か案が思い浮かんだのか、手をポンと叩いた。
「日中は、私が君を背負って走ることにしましょう。私は君より脚が速いので、予定より遅れる心配はありませんよ」
「……はい?」
「そして、日が暮れたら修行です。朝方まで続けましょう。北神流には、数え切れないほど技がありますから、みっちり教えます」
「……え?」
「君が眠るときは、私の背中を使えばいい。移動中に寝ておけば、睡眠時間も無駄になりませんからね」
「いやいやいやいや!」
「大丈夫ですよ。人間、慣れればなんとかなる」
あまりにも適当な返事に、思わず頭を抱えた。でも、まったく悪びれる様子もなく、涼しい顔のままだった。
「嫌なら、断ってもいいんですよ。無理に弟子になれとは言いませんから」
その一言に、ぐっと言葉が詰まる。
確かに、無茶苦茶な提案だ。でも、さっきの手合わせで見せられた力を思い出すと、簡単に断る気にもなれなかった。それに、母様のことを考えれば、一刻も早く移動の速度を上げられるのは、素直にありがたい。
「……分かりました」
「おや、承諾してくれるんですか」
「背負われるのは、ちょっと嫌ですけど……母様のことが最優先なので。だから、やります」
「それは重畳。では、さっそく背負わせてもらいましょうか」
「え、今からですか?」
「善は急げ、です。それに、朝はもうそこまで来ている」
言われて空を見上げると、地平線から光が差していた。色々あったせいで、あっという間に時間が過ぎていたみたいだ。
「ほら、乗って。しっかり、掴まっていてくださいね」
差し出された背中に、俺はおそるおそる体を預けた。軽い口調とは裏腹に、背負われた瞬間、体がぐっと浮き上がる感覚があった。
「それでは──行きますよ」
「うわっ……!?」
次の瞬間、景色が猛烈な速さで流れ始めた。
思わず声が漏れる。これまで自分の足で走っていた時とは、比べ物にならない速度だった。
「ははは!子どもを背負うなんて、何年振りでしょう!」
風を切る音の中、シャンドルの楽しげな声が響く。とんでもない師匠を拾われた──そう思いながらも、俺はその背中に、しっかりとしがみついていた。
「ね、寝れる気がしないっ!!」
────
〜シャンドル先生の地獄修行〜
『基礎は出来ているので、とにかく実戦を経験していきましょう』
『はーいっ!』
『じゃあ、素手で魔物の群れを退治して下さい』
『へ? 素手?』
『剣は甘え』
『やば』
『今日は、この森で鬼ごっこをしましょう!私が君を捕まえたらボコボコにします。その次は、君が私を捕まえてください』
『……もしも、俺が捕まえられなかったら?』
『ボコボコにします』
『やば』
『今日は、この崖で修行しましょう!』
『ははん、分かりましたよ。崖を登る修行ですね?』
『いや、走るんですよ。剣を持って、垂直に』
『やば』
『この毒キノコを食べて下さい。頭痛、眩暈、吐き気、腹痛、に襲われるでしょう!』
『それは拷問といいます』
『絶不調での戦闘を経験してもらいますよ』
『やば』
『いやー、めきめきと強くなっていますね。師匠として鼻が高いですよ!』
『……し…ぬ……。誰か、たす……け、て』
『大丈夫!人はこれぐらいでは死にませんから!』
『や……ば……』