パウロ転生 ー家族のために本気だすー 作:パウロ大好きマン
俺は師匠──シャンドルの背中に揺られていた。
ミリシオンを出発してから、ちょうど一ヶ月が経つ。この一ヶ月を振り返ると、我ながら、よくこんな生活に耐えられたものだと思う。
日中は、シャンドルの背中で移動する。最初は落ち着かなかった。でも、意外なことに、揺れがほとんどない。どれだけ地面が荒れていても、シャンドルの足運びは一定で、まるで平らな道を歩いているみたいに安定していた。
そして、日が暮れると──本番が始まる。
簡単な食事を済ませたあとは、休む間もなく朝方まで修行が続く。北神流の技を一つずつ叩き込まれながら、最後には毎回ボコボコにされた。
『今のは甘いですね』
『は、速すぎて反応できな……ぐはっ』
『まだまだ、いきますよ!』
容赦という言葉を知らないんじゃないかと思うくらい、シャンドルの稽古は厳しかった。しかし、叩きのめされるたびに、確実に何かが自分の中に積み上がっていく感覚がある。
そして、修行が終わる頃には、体力なんて一滴も残っていない。足腰が立たないくらい疲弊しきった状態のまま、シャンドルに背負われて移動を再開する。
『おやすみなさい』
『……お、やすみ、なさ……』
そう返す頃には、もう半分意識が落ちていた。
最初は、本当にこんな状態で眠れるのかと思った。でも、人間というのは案外どうにかなるものらしい。疲労が限界を超えると、揺れすら気にならなくなる。気づけば、シャンドルの背中の上で、ぐっすり眠りに落ちていた。
休みは、一日もなかった。
それでも、不思議と辛いと感じる暇がなかった。
理由は、母様のことが頭から離れないからだ。一刻も早く確かめたい。その焦りが、きつい修行の痛みすら、どこか遠いもののように感じさせていた。
それに――強くなっている実感があった。
オーベールとの死闘、カーム団長との激突、それらを経て積み上げてきたはずの自分が、ここに来て
さらに別の次元に押し上げられていく感覚。
不治瑕北神流の真髄は、対象を「破壊」することにある。
剣神流が速度と鋭さで、対象を「切断」するとすれば、不治瑕北神流は、その一撃に圧倒的な破壊力を宿す剣術だ。
その力の源となるのが、魔力の特殊な運用法である。
通常、魔力を身体にまとわせることで、筋力や反応速度、そして防御力を高めるために用いられる。それが闘気だ。
しかし、不治瑕北神流では違う。
全身に巡らせる魔力を、あえて心臓へと集中させるのだ。蓄えた魔力を技の発動と同時に一気に解放し、その爆発的な力を剣へと乗せる。
そうすることで、通常の剣術では到達できないほどの破壊力を生み出す。
ただし、この技術には大きな欠点がある。
一つ目は、隙の大きさだ。
魔力を心臓に集中させる間は、闘気の運用が不安定になる。さらに、技を放った直後も魔力の再配分が必要となるため、攻撃の前後に大きな隙が生じてしまう。
二つ目は、肉体への負担である。
心臓に過剰な魔力を集中させれば、当然ながら身体への負荷も増大する。制御を誤れば心臓そのものが耐えきれず、最悪の場合、破裂することさえある。
加えて、一度技を放てば、蓄えていた魔力の大半を失ってしまう。連発は難しく、外せばその代償はあまりにも大きい。
ゆえに、不治瑕北神流を極めるには、爆発的な負荷に耐えうる頑強な肉体と、心臓に集めた魔力を寸分違わず制御する緻密な技量。その両方が不可欠となる。
あまりにも難しい。でも、だからこそ学ぶ意味があった。どれだけ強くなっても、まだ足りない。強さへの渇望は、むしろこの一ヶ月で、さらに大きくなっていた。
「パウロ君、起きてください。見えてきましたよ」
シャンドルの声で、意識が浮上する。目を開けると、眼下に広がる景色に、思わず声が漏れた。
「……海、だ」
地平線の彼方まで続く、青い水平線。その手前に、石造りの港町が広がっている。
「ミリス大陸最西端の港町、ウェストポートです。ここから、船で海を渡ります。向こう側に着けば、あとは中央大陸──あなたの故郷まで、もうひと息ですよ」
「……やっと、ここまで」
呟きながら、胸の奥に、様々な感情が入り混じっているのを感じた。安堵と、焦りと、そして──この一ヶ月で得た、確かな手応え。
「母様……もう少しだけ、待っててください」
小さく呟いて、俺はもう一度、シャンドルの背中を強く握り直した。
────
ウェストポートに到着した俺たちは、港から少し離れた酒場へと足を運んだ。
潮の香りが漂う店内には、船乗りらしき男たちの笑い声が響いている。壁には魚の絵や古びた船の模型が飾られ、厨房からは食欲をそそる匂いが漂ってきた。
「んー、どれも美味しそうな料理ばかりですね」
「そ、そこのおねえさん。ここから、ここまで全部持ってきて……。は、早く……し、ぬ」
「は、はーい!」
注文したのは、焼き魚に貝のスープ、それから香草で味付けされた魚介の煮込み。大きな皿に盛られた料理が次々と運ばれてくると、シャンドルは満足そうに頷いた。
「うまい!うまい!うまい!」
俺も遠慮なくガツガツ食べ始める。涙が自然と溢れてきた。美味しすぎる。
久しぶりに、まともな食事にありつけた。この一ヶ月、食事といえば魔物肉や雑草ばかりだった。腹だけは満たせていたが、こうして温かい料理を落ち着いて食べられるのは本当にありがたい。
「しかし、なんだか申し訳ないですね。旅費だけではなく、食事まで奢っていただいて」
「別にいいですよ、お金には困ってませんし。それに師匠には世話になってますから」
「ふむ。弟子に食事を奢ってもらう師匠、ですか。なかなか新鮮な経験ですね。しかし、お金の心配をせずに旅ができるというのはいいものだ」
「そりゃそうでしょうけど。師匠なら、北神の名を出すだけでも、いくらでも稼げそうですけどね」
大英雄、北神カールマン二世。
アレックス・カールマン・ライバック。
北神流の頂点にして、王竜王カジャクトや大ベヒーモスを討伐するなど数々の武勇伝を重ねた大英雄。その正体は、目の前で貝をほじってパクパク食べている男──シャンドルだ。
この事実を本人から聞いたと時は、それはもう大変驚いた。シャンドルは只者じゃないと思っていたけども。
『そんな、まさか……』
『ふふっ、自分から名乗るのは少し恥ずかしいですね。ですが、その驚いた顔を見るのは──』
『嘘だっ!あの北神様が、こんな鬼畜おっさんな訳がない!俺の憧れを馬鹿にするなっ!!』
『えええ!?本物、本物なんです!あの大英雄が私なんです!信じてくださいよ!』
『うううう、うわぁぁぁ!!』
その名声だけで仕事の一つや二つ、簡単に舞い込んでくるだろう。少なくとも、金に困らないはずだ。まぁ、本人にその気が全く無さそうなのだが。
そんなことを考えていると、料理を運んできた店員の女性が、空いた皿を下げながら声をかけてきた。うーん、可愛い。
「わーすごい、これ全部食べたんだ。お兄さん達は中央大陸に行くの?」
「そうだけど、よくわかったね?」
「ここで働いたらなんとなくわかるのよ。それより、船に乗るんだったら気をつけた方がいいよ。なんでも──幽霊船、が出るんだって……」
「ゆ、幽霊船……?」
「その話を詳しく!」
「実は──」
店員のおねえさんの話を要約すると、こうだ。
最近、夜の海で、ボロボロになった大型船が目撃されているらしい。その船は、まるで長い間海を漂い続けていたかのように朽ち果てており、甲板には無数の骸骨が立っていたという。
そして、問題はここからだった。
幽霊船を目撃したという話が広まるのと同時期に、海で行方不明になる船が増え始めたのだ。
もちろん、夜の海は危険だ。嵐に巻き込まれたり、魔物に襲われた可能性もある。船乗りたちの見間違いや作り話なのかもしれない。
しかし、事態を重く見た海運ギルドは、大規模な調査を行ったらしい。それでも、幽霊船の正体はわからず、行方不明になった船の手掛かりもほとんど見つかっていないという。
「──幽霊船に骸骨の船員ですか。実に夢がありますね。ぜひ一度、この目で見てみたいものです」
「……俺たち、明日には船に乗るんですよ?」
「ええ。ですから、ちょうどいいではありませんか」
「ちょうどよくないです!」
何が悲しくて、母様の容態を確かめに帰る途中で幽霊船と遭遇しなきゃならないんだ。
しかも、隣にいる師匠は完全に乗り気である。いざ遭遇したら、真っ先に飛び乗っていきそうな顔をしている。
「まあまあ。出るかどうかもわからないんですから、そんなに心配しなくてもいいでしょう」
「……師匠がそう言うと、余計に不安になるんですけど」
この人の場合、面白そうだからという理由だけで、本当に幽霊船へ突撃しかねない。とういうか、する。
母様の容態が気がかりな今、できることなら余計な問題には巻き込まれたくない。
明日、船が出ること自体は問題なさそうだ。あとは無事に海を渡れればいい。
……頼むから、何事もなく着いてくれ。
そんな願いを胸に、俺は冷めないうちに残りの料理を口へ運んだ。
────
「──ゆ、幽霊船だァ!!」
見張り台から響いた叫び声に、俺は思わず天を仰ぎたくなった。
なんでだよ。なんで本当に出るんだよ。
酒場であれだけ「遭遇したくない」と願っていたのに、現実はいつも、こちらの願いなんて気にも留めてくれない。
「おお、本当に出るんですね!楽しみです!」
「師匠は、少しくらい不安がってくださいよ……」
「不安がる理由がどこに?むしろ胸が躍りますね」
この人には、母様の容態を気にして帰郷を急いでいる弟子の気持ちなんて、これっぽっちも伝わっていないらしい。
乗船して、ちょうど三日目の夜だった。
月明かりに照らされた水平線の向こうから、黒い影が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
ボロボロに朽ちた帆。ひび割れた船体。まとう空気からして、尋常じゃない不気味さが漂っていた。
「う、噂は、本当だったのか……!」
「み、見ろ、甲板に何か立ってるぞ……!」
船員たちが、口々に騒ぎ始める。目を凝らすと、朽ちた船の甲板に、白い人影のようなものが、いくつも立っているのが見えた。
骸骨だ。それも大量に。
護衛として乗り込んでいたSランク冒険者のパーティーも、すでに武器を手に、緊張した面持ちで甲板に展開している。
「全員、持ち場につけ!船長、指示を!」
「面舵いっぱい!距離を取るぞ!」
船長の怒声が響き、船全体が慌ただしく動き出す。帆が風を受けて膨らみ、船体が急速に加速していく。でも──
「……嘘だろ」
俺は、思わず目を疑った。
幽霊船は、恐ろしい速度でこちらへ迫っていた。こちらは追い風を受けているのに、距離が縮まる一方だった。
「あの帆、穴だらけですよね?なんで、あんなに速いんですか」
「ふむ……」
シャンドルは、顎に手を当てて、興味深そうに幽霊船を観察していた。
「おそらく、水魔術で海流を操っているのでしょう。小型船ならまだしも、あれだけの大型船を動かすほどの魔術となると──相当な使い手ですね。実に興味深い」
穏やかな口調とは裏腹に、その言葉には、はっきりとした重みがあった。
距離は、容赦なく詰まってくる。船内の空気が、目に見えて張り詰めていくのが分かった。
「こりゃあ、逃げれない!野郎共!戦闘準備だ!」
「おらぁ!びびってる暇はねえぞ!」
「俺たちの船は、俺たちで守る!」
船員や冒険者たちも、気合いの入った声を上げながら、それぞれの持ち場についていく。
その時だった。
「空が……」
突然、上空に黒い雲が渦を巻くように集まり始めた。轟、と風が唸りを上げる。大粒の雨が、瞬く間に降り注ぎ始めた。海面が、見る間に荒れていく。
「な、なんだこの天気!?さっきまで晴れてたのに!」
「風向きが変わった!舵が効かねえ!」
船員たちが、動揺した声を上げる。
俺は、空を見上げながら、違和感を覚えずにはいられなかった。
「水聖級魔術──
大量の水蒸気を集め、巨大な積乱雲を発生させる水聖級魔術。激しい雨と雷、そして強風を伴い、周囲の環境を一変させる。
あの船には、水聖級以上の術者が乗っている。海の上で相手にするには、あまりにも厄介な相手だ。
「おお、これはいい!」
「喜んでる場合じゃないですよ!」
叫んだ瞬間、船が大きく揺れた。
俺は慌てて手すりを掴む。足元を波しぶきが洗い、甲板にいた船員たちが悲鳴を上げた。
「………」
だが、シャンドルは微動だにしなかった。
むしろ、これから始まる戦いを待ちわびるように、幽霊船を見つめている。
……本当に、この人は。
「──ふ、ふふ、あはははっ!なんか楽しくなってきました!これが、冒険か!!」
「ええ、そうですとも!苦難上等!それを笑って打ち砕くものこそが、英雄と呼ばれるのです!!」
荒れる狂う波の向こう、幽霊船の姿が、はっきりと見えるところまで迫ってきていた。
朽ちた木材の継ぎ目から、不気味な緑色の燐光が漏れている。帆には、所々裂けた布に、何かの紋章らしきものが描かれていた。
甲板に並ぶ無数の骸骨は、錆びついた武器を手に、一様にこちらを見据えている。虚ろな眼窩の奥に赤い光が灯っているのが、やけに不気味だった。
「全員、伏せろォ!!」
──ドゴォンッ!!
船長の切迫した声が響いた、次の瞬間。
轟音とともに、幽霊船の船首が、こちらの船腹に突き刺さった。
木材が砕け散る音、悲鳴、そして──幽霊船の甲板から、無数の骸骨たちが雪崩れ込んできた。
「野郎どもォ!!やっちまええェッ!!」
『おおおおおおおォッ!!』