パウロ転生 ー家族のために本気だすー 作:パウロ大好きマン
「野郎どもォ!!やっちまええェッ!!」
『おおおおおおおォッ!!』
船員たちの怒声と、骸骨たちの乾いた咆哮が、嵐の中に入り混じる。甲板は、あっという間に乱戦の渦に呑み込まれた。
俺は剣の腹で、横薙ぎに骸骨の胴体を薙ぎ払う。骸骨には、斬撃よりも打撃で砕いた方が効果的だからだ。
「せぇい!」
ごきん、と骨が砕ける鈍い音。隣では、シャンドルが戦杖を振るうたびに、二体、三体とまとめて吹き飛ばしていく。
「数は多いですが、個々の力はそれほどでもないですね」
「師匠、呑気ですね……!」
「こういう時こそ、落ち着くのが肝心ですよ」
荒れ狂う嵐の中、船体が大きく傾ぐ。雨と風が容赦なく叩きつけ、まともに立っているだけでも一苦労だった。
「うわあああっ!助け、助けてくれえっ!」
甲板の端で、足を滑らせた船員が、海へ投げ出されそうになっている。
「──っ」
俺は骸骨の群れを蹴り飛ばしながら、甲板を駆け出した。荒れる甲板の上を、まるで平地を走るように自在に駆け抜ける。崖走りで培った脚力と平衡感覚は、揺れる船上でも崩れない。
「っ、捕まれ!」
「は、はえぇ……!あ、ありがとな、坊主!」
「礼はあとで!まだ終わってないぞ!」
海へ落ちかけた船員の腕を、すんでのところで掴む。船員を甲板の安全な場所へ放り投げると、俺はすぐに次の骸骨の群れへ向き直った。
幸い、一体一体の強さはそれほどでもない。何体でも、叩き伏せることはできる。でも──
「……こいつら、全然減らないんだけど」
砕いても砕いても、幽霊船の方から、次から次へと骸骨が湧いて出てくる。まるで、無限に供給される兵隊みたいだった。
シャンドルが、骸骨の一体を叩き潰しながら、何かを考えるような顔をした。
「おそらく、あの幽霊船のどこかに、骸骨を召喚している存在──
「
なるほど、と思いながらも、頭の中で状況を整理する。水聖級の術者、骸骨を召喚する幽霊。このまま甲板で戦い続けていても、ジリ貧になるのは目に見えていた。
「……師匠、幽霊船に乗り込みませんか。本体を叩きに行きましょう」
シャンドルは、少し意外そうな顔をしたあと、すぐに楽しげに頷いた。
「いいですね。では、行きましょうか」
二人、同時に地を蹴る。
激しく揺れる甲板から、隣に突き刺さった幽霊船の甲板へ、一気に飛び移った。
「っ!」
赤く光る眼窩たちが、雨の中で不気味に輝いた。
幽霊船の甲板には、こちらの船以上の数の骸骨がひしめいていた。俺たちが乗り込んだことで、周囲の骸骨たちが一斉にこちらへ向き直る。
──カタカタカタカタ
「はああァッ!!」
幽霊船の中から、絶え間なく骸骨が湧き出してくる。それを蹴散らしながら、流れに逆らうようにして、船内へと突入していく。
扉をくぐった瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
「……え、広っ!?」
「おや、これは」
外から見た幽霊船は、せいぜい普通の大型船程度の大きさだった。それなのに、船内に広がる空間は、その常識を明らかに超えていた。
朽ちた廊下が、どこまでも奥へと続いている。曲がり角のたびに、また新しい通路が広がり、とても一隻の船に収まる広さではなかった。
「……どうなってるんですか、これ」
「……これは迷宮のようなものかもしれません。長い年月をかけて、普通の船が、迷宮化してしまったのではないかと」
迷宮──魔力が長期間一箇所に滞留することで、空間そのものが歪み、内部が外側の物理法則から独立していく現象。
迷宮の内部は複雑に入り組んでおり、強力な魔物や悪辣な罠があり、攻略には十分な準備と実力が求められる。
自然に形成された洞窟が迷宮となる場合もあれば、古代の遺跡が迷宮化している場合もある。
「船が迷宮になるなんて、聞いたことないですよ」
「私もです。長く生きていますが、こういう事例は初めてですね」
呑気な口調だったけど、その言葉で背筋が少し冷える。それでも、ここで立ち止まっているわけにはいかない。船員たちは、今も甲板で戦っている。時間をかければかけるほど、犠牲が増えていく。
「行きましょうか」
「はい」
俺たちは、揺れ続ける船内を、猛スピードで進んでいった。
襲いかかってくる骸骨を蹴散らしながら、迷路のような廊下を駆け抜ける。いくつもの部屋の扉を確認しては、通り過ぎていく。壁には、乾いて黒ずんだ染みがいくつも残っていた。血の跡だと、分かりたくもないのに分かってしまう。
「……本当は、もう少しゆっくり探索したかったんですけどね」
「……まあ、師匠の気持ちも分からなくはないですけど。今は、船員さんたちと船のために急ぎましょう」
「それもそうですね」
進めば進むほど、骸骨たちの強さが上がっていった。骨は硬くなり、動きも速くなっていく。手にする武器も、最初は錆びた剣だったのが、次第に鎧や槍を身につけた、より洗練された装備へと変わっていった。
それでも──問題なく倒せる。
シャンドルの戦杖が唸るたびに、何体もの骸骨がまとめて砕け散る。俺の剣も、以前よりずっと鋭く、重く、相手を確実に仕留めていく。
どれだけ進んだだろう。ようやく、俺たちは一つの大きな扉の前に辿り着いた。
これまで見てきた、朽ちた船内の光景とはまるで違う、豪奢な装飾が施された扉だった。金細工の縁取りと、見たこともない紋様が刻まれている。
「……ここですね。十中八九、この先に迷宮の主がいるでしょう」
シャンドルの声が、珍しく、どこか引き締まっていた。
初めて挑む迷宮。しかも、動く迷宮という、前例のない代物。その最奥で待つ存在がどれほどのものか、想像するだけで自然と喉が渇いた。
でも──退く理由はない。
俺は、剣の柄を強く握り直した。
「行きます」
──ギィィィィ……
扉に手をかけ、ゆっくりと押し開く。
重い音を立てて開いていく扉の隙間から、冷たい、異質な気配が、静かに漏れ出してきた。
────
扉の先に広がっていたのは、俺が想像していたのとは、まるで違う光景だった。
壁には、年代物らしき絵画が何枚も飾られ、テーブルの上には、精巧な細工が施された壺が並んでいる。まるで貴族の屋敷の一室を、そのまま切り取ってきたような空間だった。
その中央に、二つの人影──いや、二体の魔物が立っていた。海賊装束を纏った黄金色の骸骨。もう一体は、ローブを着た半透明の幽霊。
俺たちが警戒を解かずにいると、海賊姿の骸骨が、カタカタと顎を鳴らした。
「ほう!鼠が二匹、俺様の船に入り込んだと思えば……。まさか、ここまで辿り着くとはな!」
「喋った!?」
「よく聞け、鼠ども!俺様の名はゴールデン! この海賊船を統べる船長にして、海の支配者よ! そして、こっちにいるのが──」
「副船長のシルバーだ」
魔物に名前があり、さらに喋るとは想像にしていなかった。迷宮の主ってこんなものなのか?
「まさか密航者の分際で、船長室にまで踏み込んでくるとはな!よほどの命知らずとみえる!」
「……は?いや、襲ってきたのはそっちだろ」
「………」
隣で、シャンドルが何かを考え込むような表情をしている。普段の飄々とした態度とは、少し違う様子だった。
それにしても──改めて、目の前の二体を観察する。
ゴールデンは、見るからに海賊といった格好だ。腰には、使い込まれたサーベル。頭には羽根飾りのついた帽子。何より目を引くのは、骨だけの顔に、誇らしげに蓄えられた、立派な口髭だった。骨なのに、どうやって生やしているのか、純粋に謎だった。
一方のシルバーは、落ち着いた青のローブを身にまとい、丸眼鏡をかけている。白髪を長く伸ばした、渋みのある風貌の幽霊だった。佇まいからして、理知的な印象を受ける。
「よしっ!貴様ら!俺様たちの仲間にならんか!」
「……なりません」
ゴールデンは一瞬だけ黙り込むと、次の瞬間、腹の底から響くような笑い声を上げた。
「おお、そうか!断るか!ガハハハハハ!いいぞ、いいぞ!そのくらい気概がなくては、海賊など務まらん!」
「いやいや!だから、ならないって!」
「細かいことは気にするな!海賊とは自由なものよ!強ェ奴は何をしても良い!奪い、壊し、犯す!こんな楽しいことがあるか!?俺様と海賊をやろうぜ!!」
「……まったく、気に入った奴はすぐに勧誘する癖。何百年経っても、お前は変わらんな」
シルバーが、やれやれといった様子で、口を開いた。呆れながらも、どこか楽しそうな響きがある。
「……」
シャンドルは、相変わらず無言で、二体を見つめていた。
あまりに友好的な態度に、俺はどう対応すればいいのか戸惑っていた。殺気立つわけでも、本気で襲ってくるわけでもない。拍子抜けするような空気だった。その時だった。ようやく、シャンドルが口を開いた。
「お二方。昔、私たちはお会いしたことはありませんでしたか?」
ゴールデンが、ゆっくりとこちらへ顔を向ける。
シルバーも眼鏡の奥の目を細め、シャンドルの顔をじっと見つめた。その直後──
「っ!」
肌が、ぞくりと粟立つほどの、凄まじい殺気が放たれた。ゴールデンの眼窩の奥に、赤い光が、一段と強く灯る。
「その赤い瞳……その闘気……。まさか、貴様は……!北神カールマン二世ェェェ!!」
先ほどまでの陽気な海賊とは、まるで別人だった。ゴールデンの全身から噴き出す殺意は、骨だけの身体であることを忘れさせるほど生々しい。
隣のシルバーも、杖を握る手に力を込めていた。眼鏡の奥の目から、先ほどまでの穏やかさは消えている。
「その姿では、すぐには分かりませんでした。ですが、声を聞いてようやく思い出しましたよ」
「コイツらと知り合いなんですか!?」
「知り合いというか……まあ、話せば長くなりますが」
シャンドルは、軽い口調で説明を始めた。
この二人は、大昔にシャンドルが討伐した海賊らしい。
当時、この海域はコイツらの縄張りだった。商船を襲い、積み荷を奪うだけでは飽き足らず、抵抗した船員や乗客を皆殺しにする。港町を襲撃しては、街を焼き払い、財宝を根こそぎ奪っていく……。その悪行は、数え上げればきりがないほど。
当時Sランクの賞金首に指定され、数々の海賊団を従えたことで、海賊の王様と呼ばれた男。
──"海賊王"ゴールデン。
「……海賊王か。たしかに、すごい覇気を感じる……!」
「そうだ!俺様は海賊王ゴールデン!富、名声、力、この世の全てを手に入れた男よ!だが──」
「我々は、カールマン二世に敗れた。しかし、死してなお、我々は消えなかった。この船とともに長い年月を漂い続けるうちに、いつしか魔物へと変じていたのだ」
ゴールデンとシルバーの声が、低く、恨みのこもった響きに変わっている。自分たちの変貌した手を見下ろした。
「……なるほど、そういうことでしたか。自業自得とはいえ、魔物になってしまうとは、少し哀れに感じますね」
「黙れェッ!!貴様に何が分かる!俺様が、どれほどの屈辱を味わってきたか!死んだ後も、この船に縛りつけられ、海を漂い続けるしかなかった苦しみが!」
「……もう俺、関係なくない?」
ゴールデンは懐へ手を入れた。
そして、取り出したのは奇妙な笛だった。
黄金で作られた、細長い笛。表面には波を思わせる模様が刻まれ、吹き口には青い宝石が埋め込まれている。
「だが、ようやく機会が巡ってきた!北神カールマン二世!貴様をこの手で葬り去る機会がなァ!」
そのまま、口元に当てて、強く吹き鳴らす。
──ピィイイイイイイイイイイイン!!
耳をつんざくような高音が、辺り一帯に響き渡った。とんでもない音に、思わず耳を塞ぐ。
「ガハハ!これは、海竜を呼び、操ることができる秘宝よ!貴様には、正面から挑んでも勝てぬことは分かっている。ならば──これを使い、必ず仕留めてやろう!」
海竜といえば、海に生息する最強の魔物だ。船を一隻丸ごと、容易く沈めるほどの力を持つ個体だっている。
「不死身のお前とて、海竜に喰われるか、海の底へ沈めてしまえば、死ぬだろう。まずは手始めに、お前たちが逃げられないよう、船を壊させてもらうか」
「……うわ、最悪だ。もう師匠の身柄だけで、勘弁してくれないかな」
思わず、本音が漏れた。師匠の過去の因縁に巻き込まれて、こんなことになるとは。
『グオォォォ……!』
遠くの海から。何かが応えるように、低い咆哮が響いた。俺が顔を引きつらせていると、シャンドルが静かに口を開いた。
「さて、私は船を守りに向かいます。あとは、お二人をお願いできますか」
「え!?師匠が相手にするんじゃないの?なんで俺に丸投げするんですか!」
「別に私でもいいですよ。では、その代わりに――」
シャンドルは、にっこりと笑った。俺には悪魔の笑みに見えた。
「海の中で、海竜と戦いますか?」
「ここは俺に任せて、船をお願いします!!」
考えるより先に、そう答えていた。海竜と師匠の因縁、どちらがマシかと言われれば、ここで海賊二人を相手にする方が安全だと思ったからだ。
シャンドルは、背を向けて部屋の外へ走り出す。
「──そうはさせん!」
シルバーが、その背中へ向けて、素早く魔術を放った。鋭く収束した氷の刃が、シャンドルを狙って飛ぶ。
俺は、割り込むように剣を振るい、その一撃を斬り払った。剣を構え直しながら、俺は二体を見据える。
「お前らの相手は、弟子の俺がする」
「貴様は、北神の弟子だったのか……!ならば──まずは、その首を頂戴しようか!!」
────
「──行くぞ、鼠がァ!!」
ゴールデンが、黄金のサーベルを構えて踏み込んでくる。俺は左右の剣を構え直し、それを迎え撃った。
剣神流の鋭さに、北神流の変則的な動き。意外にも、こいつの剣筋は多彩だった。正面からの速い斬り込みかと思えば、次は低く沈んでの変則的な斬り上げ。
でも──技術では、こっちが上だ。
「遅い!」
左の剣で受け流し、右の剣で斬り返す。何合か打ち合ううちに、ゴールデンの太刀筋が、徐々に崩れ始めているのが分かった。
「くっ、小癪な……!」
「もらった!光の太刀!」
右腕に、全身の闘気を集中させる。
光速の一閃が、ゴールデンの腹部を正確に捉えた。でも──
「……っ!?」
刃が、通らない。
確かな手応えとともに、黄金の体表に浅い傷を刻んだだけで、斬撃はそこで止まっていた。
「ガハハハハ!俺様は、ただの骸骨ではないぞ!復活の時に、俺様が集めた金銀財宝──それを己の骨へと取り込んだのだ!この防御力、並の威力では傷一つつけられん!」
ゴールデンが、愉快そうに笑い声を上げる。堂々と胸を張って、挑発するようにサーベルを振る。
「さあ、どうした!もっと来い!」
「くそ……!」
連続で斬撃を叩き込む。何度も、何度も。でも、火花が散るばかりで、致命的な傷にはならない。
「勇壮なる氷剣にて 彼の者に断罪を──
背後から、冷ややかな声が響いた。
振り返ると同時に、鋭い氷の刃が、俺の背中を狙って飛んでくる。
「っ!」
咄嗟に剣を振るい、それを砕いた。でも、意識をそちらへ向けた一瞬の隙に、黄金の残像が目の前を駆け抜ける。
「食らえ、光の太刀ィ!!」
「くっ……!」
俺は咄嗟に二本の剣を交差させた。
不意を突かれ、完全には躱しきれない。辛うじて剣で受け止めるが、重い衝撃に体勢が崩れた。
「天より舞い降りし蒼き女神よ その錫杖を振るいて世界を凍りつかせん──
シルバーの詠唱が、さらに続く。
正面から、瞬く間に冷気が襲いかかってくる。
肌を刺すような冷気が、全身を這い回る。体の自由が、急速に奪われていく。
──まずい。
腕を咄嗟に顔の前にかざし、せめて口と鼻だけは凍らせまいとする。
震える唇を、必死に動かす。
「汝の求める所に大いなる炎の加護あらん 勇猛なる灯火の熱さを今ここに──
目の前に浮かんだ火球が弾け、俺の体を包む氷を溶かしていく。凍りついた腕が動いた。俺は氷を振り払い、体を無理やり動かして後方へ飛び退く。
「ふぅ……。厄介だな……」
改めて、二体の厄介さを実感する。
ゴールデンには、生半可な斬撃は通らない。黄金の骨は、並の剣では表面を傷つけることしかできない。
シルバーは、半透明の霊体だ。剣で斬りつけたところで、そもそも実体を捉えられているのか怪しい。
──破壊力。
頭に浮かんだのは、シャンドルから教わった、あの流派だった。斬ることじゃなく、砕くこと。貫くことじゃなく、消し飛ばすこと。
シャンドルは、こうも言っていた。不治瑕北神流は、実体のない幽霊にも同じように通じると。
奥義「破断」までは、まだ無理だ。この一ヶ月で覚えたのは、ほんの入り口に過ぎない。
それでも──コツくらいは、掴んでみせる。
俺は、二刀のうち一本を鞘に収め、残る一振りを、上段に構え直した。心臓の奥に、ゆっくりと魔力を集中させていく感覚。
「"北聖"パウロ・ノトス・グレイラット、参る!」