パウロ転生 ー家族のために本気だすー 作:パウロ大好きマン
窓の外を流れる景色が、見覚えのあるものに変わってきた。畑、川沿いの道、遠くに見える屋敷の屋根。
やっと帰って来れた。
長期休暇。学校に入って初めての、まとまった帰省だ。正直、こんなに待ち遠しいとは思っていなかった。
馬車が屋敷の前で止まると、俺は荷物を担いで真っ先に飛び降りた。
「坊ちゃま、お帰りなさいませ」
「ただいま」
出迎えの使用人たちに片手を振りながら、玄関をくぐる。見慣れた廊下、見慣れた匂い。学校の寮とは違う、屋敷の空気だ。
母様はどこだろう。真っ先にそう思ったところで、
「パウロ」
低い声に足を止められた。書斎の扉の前に、父様──アマランドが立っている。腕を組んで、こちらをじっと見ていた。
うわ、いきなりかよ。
「はい、なんでしょう」
「学校から成績表が届いている。少し話そう、こっちに来なさい」
断れる空気じゃない。俺は諦めて書斎に入った。机の上に広げられた紙を、父様が指でなぞる。
「剣術、運動──どちらも満点に近い。担当教師の所見にも、同学年で頭一つ抜けている、とある」
「まあ、そこは自信ありますよ」
「魔術の実技は、お世辞にも高い評価じゃないな。才能がある方じゃないんだろう」
「……そうですね。魔術はあんまり得意じゃないです」
素直に認めると、父様は紙をめくった。
「だが、それにしては初級魔術を全属性習得している。適性の低さを考えれば、これは頑張った方だと教師も書いている」
「頑張ったというか、なんか、気になるから練習してただけですけど」
「魔術理論の座学は、かなりいい。特に解毒魔術に関しては、学年でも上位だそうだな」
「そこはよく分からないんですけど、なんか覚えたくなるんですよね」
自分で言いながら、へんな答えだと思う。父様も少し眉を寄せたが、それ以上は突っ込んでこなかった。
「貴族としての教養はよくないな。座学も礼儀作法も、及第点ギリギリだ」
「……そこは、まあ」
「出席率も八割。完全に問題があるとまでは言わないが、褒められた数字でもない」
うっ、と喉の奥で声が詰まる。剣を振りたくて授業をサボった回数、思ったより多かったんだな。
父様はしばらく、成績表を眺めていた。俺は背筋を伸ばして待つ。怒鳴られる覚悟はしていた。剣ばっかり振ってないで、もっと真面目にやれ──そういう説教が来るんだろうと。
「……総合すると、上級貴族の長男として物足りない部分は多い」
「……そう、ですか。申し訳──」
「だが」
父様は、成績表を机の上に置いた。
「剣術は非の打ち所がない。魔術も、才能を考えれば十分すぎるほど努力している。叱るような結果ではない」
──え。
想像していた展開と違って、俺は間の抜けた声を出しそうになった。
「もっと教養を身につけろ、それだけは言っておく。だが、今のお前を怒鳴るつもりはない。話は以上だ」
「……は、はい」
あっさりとそう言われて、俺は書斎を出た。廊下を歩きながら、なんだか拍子抜けした気分になる。
さて、母様に会いに行こう。
俺は廊下の角を曲がって、足を速めた。すれ違ったメイドの尻を撫でつつ、庭に面した部屋の扉を開けると、窓辺の椅子に座る人影が見えた。刺繍か何かをしていたらしい母様が、扉の音に顔を上げる。
「あら」
その顔が、ふわりと綻んだ。
「母様!」
俺は駆け出した。椅子に座ったままの母様に、勢いよく抱きつく。
「パウロ!よく帰ってきたわね! 一刻も早く会いたかったのだけれど、旦那様がお話があるとおっしゃっていたから……。さぁ、顔をよく見せて」
背中に回された腕が、俺をぎゅっと抱きしめる。柔らかい声と、屋敷にいた頃から変わらない、優しい匂い。顔を上げると、母様は俺の頭を撫でながら笑っていた。
「ふふふ、少し見ないうちに大きくなったみたいね。子どもの成長は早いわ……」
「母様は変わりませんね。あたたかくて、優しくて、いい匂いがします」
「まあ!成長したと思ったけれど、まだまだ甘えん坊さんね」
母様の腕の中で、目を閉じる。
「ずっと、会いたかったんです。ちゃんとお別れも言えませんでしたし……。母様……ただいま戻りました」
「パウロ……おかえりなさい。わたくしの可愛い子……」
母様の手が、俺の頬を包む。柔らかくて、温かい手だ。
「さあ、こっちに座って。学校のお話、たくさん聞かせてちょうだい」
俺は椅子の隣に腰かけながら、さっそく口を開いた。
「あのね、剣術の授業で、リーシェ先生っていうのがいてさ。この間、模擬戦やったんだけど──」
話したいことが、次から次に出てくる。剣のこと。魔術の授業のこと。友達のこと。学校の飯が物足りないこと。
母様は、俺が話すたびに「まあ」「それで?」と相槌を打ちながら、楽しそうに耳を傾けてくれる。
母様といる時間が、一番好きだ。剣を振ったりメイドのスカートに入るのとは、また別の嬉しさが胸の中にある。
────
しばらく話し込んでいるうちに、母様がふと咳き込んだ。
「あら、ごめんなさいね」
「大丈夫?風邪でも引いてるの?」
「平気よ、ちょっと喉が乾燥してるだけ。最近、空気が乾いているでしょう」
母様は笑いながら手を振った。それでも俺は、気づけばその手を取っていた。
「ん?どうしたの、パウロ」
「……いや、なんとなく」
握った手のひらから、脈の速さが伝わってくる。とん、とん、とん──思っていたより、少し速い。
なんだこれ。
よく分からないまま、母様の手を両手でそっと包み込んだ。脈は速いし、息の音もどこか浅い。手のひらを通して伝わってくる感覚は、いつもよりずっと頼りなかった。
「パウロ?手なんて握って、どうしたの」
「あ、ごめん。手が冷たそうだったから」
適当に誤魔化したけど、胸の奥はざわついたままだった。うまく言葉にできない。ただ、何かしてあげなきゃという気持ちだけが、腹の底からじわじわとせり上がってくる。
学校で覚えた呪文が、頭の中に勝手に浮かんでくる。何度も何度も練習した、あの詠唱だ。
「……ねえ、母様」
「なあに?」
「解毒魔術を母様に使ってもいいかな?学校で習ったやつなんだけど、俺、それだけはなんでか得意でさ」
「あら。パウロが魔術を?しかも、わたくしに?」
「うん。母様がすごい毒にやられてるとか病気とか、そういうんじゃないんだけど……なんとなく、使ってあげたいなって思って」
「ふふ、なんとなく、なのね。じゃあ、お願いしようかしら。パウロが頑張って覚えたものなら、母様、見てみたいわ」
母様は少し困ったように笑ったけど、嫌がっている様子はなかった。座り直して、両手を差し出してくれた。
「これでいい?」
「うん、それでいいよ」
俺は母様の手を、自分の両手でそっと包み込む。少し緊張しながら、目を閉じた。
「清浄なる御手よ 蝕みし穢れを払い 巡りし血より厄を断て──ディトックス」
手のひらから、白い光がふわりと広がる。母様の腕を伝って、光がゆっくりと吸い込まれていくのが見えた。数秒後、光は消えた。
「……あら」
母様が、自分の胸のあたりに手を当てる。何度か、確かめるように深く息を吸っては吐いた。
「どうしたの?何か変わった?」
「なんだか……少し、体が軽くなった気がするわ。息を吸うのが、さっきより楽な感じ」
母様は不思議そうに、自分の手のひらを開いたり閉じたりしている。
「本当に良くなった?」
「ええ、本当よ。大袈裟に言ってるわけじゃなくて――こんなにはっきり分かるものなのね、不思議」
「……よかった」
「パウロ、ありがとう。まさか、あなたが魔術でこんなことをしてくれるなんて、思ってもみなかったわ」
母様が頭を撫でてくれる。褒められて、なんだか顔が熱くなった。
「別に、そんな大したことじゃないよ。ちょっと軽くなった程度だし」
「そんなことないわ。パウロが、わたくしのために覚えてくれた魔術なんでしょう?」
「……まあ、そう、なのかな」
正直、自分でもよく分かっていない。なんとなく覚えたかった、それだけだったはずなのに。母様にそう言われると、胸の奥がくすぐったくなる。
「ねえ、母様……また、使ってもいい?毎日じゃなくてもいいけど」
「ふふ、もちろんよ。パウロがしてくれるなら、いつでも嬉しいわ」
「じゃあ、明日もやるから」
「無理しなくていいのよ、宿題とかたくさんあるんでしょう?」
「無理してないよ。俺がやりたいだけだから」
自分で言っておいて、少し照れくさくなった。でも、嘘じゃない。
それから、休暇中の毎日に、ひとつの日課が増えた。
朝は母様の部屋を覗いて、今日の予定を話す。昼は庭で剣を振りながら、時々顔を出す母様に手を振る。そして夕方になると、決まって母様の隣に座り、両手を重ねて解毒魔術を使う。
「ありがとう、パウロ」
毎回、母様はそう言って笑う。その一言が、なぜだかいつも、剣の稽古で褒められるよりも胸の奥に残った。
どうしてこんなに嬉しいのか、うまく説明できない。ただ、母様が少しでも楽になるなら、それでいい。
────
剣を振り終えて、額の汗を拭う。
母様に解毒魔術をかけ始めて、もう一年経ったのか。相変わらず、剣を振ってる時が一番落ち着く。
「──パウロ、ちょっといい?」
空き地に顔を出したのはリーシェ先生だった。相変わらず涼しい顔で、木剣を肩に担いでいる。
「先生、どうしたんですか? 今日は授業ないですよね」
「授業とは別件。ちょっと面白い話を持ってきたんだ」
彼女は切り株に腰かけながら続けた。
「今度、ミルボッツ領で大規模な剣術大会があるんだ。この地域だと、三本の指に入るくらいの規模の祭り事でね。アスラ王国中から剣士や戦士が集まってくる。……って言っても、知らなかったでしょ」
「初耳ですね。そんな大会があったとは……」
「だと思った。君の頭の中、剣と可愛い女の子のことしか入ってないもんね。地域の行事なんて、興味の範囲外なんだろうなって」
「うっ……否定できないです」
「自覚あるだけマシかな」
リーシェ先生はくすくす笑いながら、木剣の先で軽く地面をつついた。
「それでね、学校側から、学生枠として君を推薦したいって話が出てるんだ。剣術の成績も、教師陣の評価も、学年で断トツだからね。教師会でも、君の名前がすぐに挙がったよ」
「俺が、大会に出るってことですか?」
思わず聞き返す。胸の奥が、じわじわと熱くなってきた。なんだよそれ、めちゃくちゃ──
リーシェ先生が、こちらをまっすぐ見る。
「君なら、思っているよりずっと面白いところまで行けると思うよ。私が保証する」
「出ます。やります。迷う理由がないです」
「食い気味だね、相変わらず」
「そりゃそうですよ。強い人とちゃんと戦えるチャンスなんて、そうそう転がってないですし」
リーシェ先生は、やれやれといった様子で肩をすくめた。
「気持ちはよく分かるけど、まずはご両親の許可を取ること。六歳になったばかりだよね?未成年の大会参加だからね、そこは絶対条件だよ」
「……ですよね。内緒で参加なんてできないか」
急に現実的な話になって、俺は少しだけ顔をしかめた。父様が、素直に頷くとは思えない。
──というわけで。
学校から一時的な帰宅の許可をもらって、俺は久しぶりに実家の門をくぐった。
「父様、母様、ちょっと話があるんですけど、いいですか」
夕食の席で、俺は切り出した。父様が眉を上げる。
「珍しいな、お前がそんな改まった顔をするのは。何かあったのか」
「ミルボッツ領で、大きな剣術大会があるらしいんです。学校の推薦で、学生枠として出場できるって話が来てて。それで、二人に相談しようと思って」
父様の表情が、みるみる曇っていく。
「あの剣術大会か……駄目に決まっているだろう」
食器を置く音が、思ったより大きく響いた。
「父様、まだ何も説明してないのに」
「説明されなくても分かる。パウロ、お前はまだ六歳だぞ。大人も参加する大会に、なぜお前が出る必要がある。怪我だけで済むならまだいい、命に関わることだってあるんだ」
「でも、俺なら大丈夫です!」
「グレイラット家の跡取りに万が一のことがあってみろ、家全体の問題になる。お前一人の話じゃ済まないんだぞ」
父様の口調は、いつもより固かった。心配してくれているのは分かる。分かるんだけど──
「俺、強くなりたいんです。学校の中で教わるだけじゃなくて、本物の強い人たちと本気でぶつかって、自分がどこまでやれるのか、ちゃんと知りたいんです」
「その気持ちは立派だが、学校の中で満足していればいい話だろう」
「学校の中には、もう俺より強い相手がいないんですよ。剣の先生にだって、この間『もう教えられることがない』って言われたくらいで」
父様は、しばらく黙り込んだ。反論の言葉を探しているような、そんな沈黙だった。
そこで、それまで黙って聞いていた母様が口を開いた。
「わたくしは、賛成よ。この子に、その大会へ出させてあげたいわ」
「なっ……!?お前まで何を言い出すんだ!?」
父様が、驚いたように母様を見る。俺自身も、まさか母様の方から賛成の声が出るとは思っていなかった。
「危険だという、あなたの気持ちも分かるわ。でも、この子の目を見てご覧なさいな」
母様は、俺の方に視線を向ける。
「剣の話をするときの、この子の目。あんなに生き生きした顔、他の何をしているときも見たことがないもの」
「しかし……」
「それに、パウロは日々真面目に鍛錬を積んでいます。手を抜いたことなんて、一度もない。そんな子の望みを、頭ごなしに止めるのは、わたくしは反対よ」
母様の言葉に、父様は困ったように額を押さえた。
「お前まで、そんなことを言うとはな……」
「あなたが心配しているのは、わたくしにもよく分かっているの。でも、たまには、この子を信じて、送り出してあげてもいいんじゃないかしら」
しばらく、食卓に重い沈黙が落ちた。父様は、何度か口を開きかけては、また閉じる。そんなことを繰り返していた。やがて、父様が重い口を開いた。
「……分かった。なら、一つだけ条件を出す。それを呑めるなら、参加を認めよう。私が用意した剣士と戦い、勝てたなら大会への参加を許す」
「本当ですか!」
思わず身を乗り出す。父様は、腕を組んだままこちらを睨むように見た。
「言っておくが、生半可な相手は用意しないぞ。お前の実力と覚悟があるかどうか、私自身の目で確かめさせてもらう」
「望むところです。誰が相手でも、負ける気はしません」
俺は迷わず頷いた。胸の奥が、久しぶりに高鳴っている。
「ありがとうございます、母様!」
小声でそう伝えると、母様は微笑んで、俺の頭をそっと撫でてくれた。
「頑張ってね、パウロ。わたくしは、いつでもあなたの味方だから」
その一言だけで、なんでもできる気がした。父様の用意する剣士が誰なのか。それは、まだ分からない。
でも──負ける気は、微塵もしなかった。
────
二日後、屋敷の裏手にある鍛錬場。父様に連れられてそこへ行くと、すでに一人の男が待っていた。
歳の頃は三十代半ばくらいだろうか。がっしりとした体格で、腰に提げた剣の柄には、かなり使い込まれた跡がある。只者じゃない、というのは、構えを見るまでもなく分かった。
「初めまして、坊ちゃん。私はドルガという者です。剣神流の上級剣士をしております」
「パウロです。よろしくお願いします」
軽く頭を下げると、ドルガと名乗った男も、同じように会釈を返してきた。
「アマラント様から話は伺っております。坊ちゃんの腕前、しっかり見させていただきますよ」
「手加減なしでお願いします」
「ふ、威勢がいいですね。もちろん、そのつもりです」
鍛錬場の端に、父様と母様が並んで立っている。父様は腕を組んで、こちらを厳しい目で見ていた。母様はいつも通り、にこにこと呑気な顔で手を振っている。
「頑張ってね、パウロ!」
母様に応援されたとなれば、無様な姿は見せられない。俺は木剣を構えた。ドルガも、正眼に剣を構える。
「では──始め!」
父様の合図と同時に、俺たちは動いた。
最初は、お互い様子見だ。一撃、二撃。軽く打ち合って、間合いと反応速度を測る。ドルガの剣筋は綺麗だった。無駄がなく、基本に忠実で、それでいて重い。さすが上級と呼ばれるだけはある。
少しずつ、打ち合いのペースが上がっていく。剣と剣がぶつかる音が、だんだんと短く、鋭くなっていった。
「……ほう」
ドルガの声色が変わった。最初の余裕から一転、警戒するような響きになっている。
「坊ちゃん、あなた──」
ドルガの言葉が途中で止まる。代わりに、剣を握る手に力がこもるのが分かった。次の瞬間、ドルガの気配が変わった。
「悪いが、少し本気を出させてもらいます」
──無音の太刀。
踏み込みと同時に、剣が消える。
いや、消えたわけじゃない。速すぎて、目が追いつかないだけだ。音もなく振り下ろされる、無音の太刀。剣神流の技の一つだと、頭のどこかが理解していた。
だが──
見える。
体は、もう動いていた。剣を斜めに滑らせ、力に逆らわず受け流す。水神流の「流」。自分自身が水になったみたいに、相手の勢いをそのまま横へ流していく。
「なっ……!?」
ドルガの目が、大きく見開かれた。狙いを外された剣が、空を切る。
その隙を、逃す理由がない。
剣を腰だめに構え直す。踏み込みはしない。その場に立ったまま、力を溜める。
「孤月の太刀」
剣神流の技の一つ。多くの剣神流の技が、瞬時に間合いを詰めて斬りかかるのに対して──無音の太刀や光の太刀のように──孤月の太刀は、その場から一歩も動かない。ただ、腰の据わった一閃で、間合いに入った相手を斬り抜ける居合の技だ。
剣速だけなら、光の太刀には及ばない。それでも、無音の太刀よりは速い。
鞘から抜き放つような、一瞬の斬撃。ドルガの木剣を、下から弾き飛ばした。地面に落ちる音が、静まり返った鍛錬場に響いた。
ドルガは、自分の空になった手のひらを、しばらく呆然と見つめていた。やがて、膝をつく。
「……参りました。見事です、坊ちゃん──いや、パウロ様。完敗しました」
「ありがとうございました」
俺は木剣を下ろして、頭を下げた。全力を出させてくれた相手に対する、最低限の礼儀だ。
振り返ると、父様が固まっていた。
「……父様?」
「…………」
声をかけても、返事がない。目を見開いたまま、俺とドルガを交互に見ている。
「あなた、大丈夫ですか?」
母様が、父様の顔を覗き込む。
「あ、ああ……いや、その」
「まあ、すごいわねえ、パウロ」
母様は、のんびりとした調子で拍手をしていた。緊張感のかけらもない、いつも通りの反応だ。おかげで、ぴりついていた空気が、少しだけ和らいだ気がする。
ようやく我に返ったらしい父様が、声を絞り出した。
「……ドルガ。お前が、手を抜いたわけじゃないな」
「滅相もない。本気で勝ちにいって、あの結果です。……いやはや、末恐ろしい」
ドルガは、まだ信じられないという顔で頭を振っている。
父様は、しばらく黙って俺を見つめていた。何かを確かめるような、探るような目だった。
「……パウロ。大会への参加を認める」
その一言に、俺は思わず拳を握った。
「本当ですか!」
「ああ。ここまでの実力があるなら、止める理由がない。ただし──油断だけはするな。今日の相手より強い人間はいくらでもいる。それを忘れるなよ」
「はい!分かってます!」
勢いよく頷くと、父様は小さくため息をついて、それでもどこか誇らしげに笑った。
「まったく……お前は、本当に誰に似たんだか」
その隣で、母様が「ふふ」と楽しそうに笑っている。
剣を握る手に、まだ痺れが残っている。それでも、胸の中は、これ以上ないくらい高鳴っていた。
大会まで、あとどれくらいだろう。
もっと、強い相手と戦いたい。
その一心で、俺は木剣を強く握り直した。