パウロ転生 ー家族のために本気だすー 作:パウロ大好きマン
決闘場──コロシアムへ向かう大通りは、朝から異様な熱気に包まれていた。
屋台から立ち上る煙と匂い。串焼き肉、焼き菓子、果実水を売る声。大道芸人が火を吹き、その周りで子供たちが歓声を上げている。道の端では、サーカス団らしき一団が綱渡りの準備をしていた。
「すごいや、こんなに人がいるの初めて見た」
屋敷の周りとも、学校の周りとも違う、お祭りの空気そのものだ。
「この剣術大会は、アスラ王国でも指折りの祭典だからな。もはや一つの行事だ」
父様が、周囲を見回しながら言う。いつもより少し声が弾んでいるように聞こえるのは、気のせいじゃないと思う。
母様は楽しそうに屋台を覗き込んでいる。試合に出るのは俺なのに、誰よりも祭り気分なのは母様だった。
「あら、見てパウロ。あそこに綺麗な布を売っているわ。買っていきましょう!」
「母様、試合前にお土産ですか」
「いいじゃない、せっかく来たんだもの!」
付き添いで来ていたメイドが、串を一本差し出してくる。大きい肉がたくさんあって美味しそうだ
「坊ちゃま、あちらの屋台の串焼きどうですか。腹ごしらえも大事ですよ」
「お、いいね。もらうよ──美味しい!」
受け取って齧り付くと、香ばしい匂いが口いっぱいに広がった。体に力がみなぎってくる気がする。
「腹が減っては戦ができない、と偉い人が言ってた気がする。だから、もっと沢山持って来て!」
得意げに言うと、父様が呆れたような顔をした。
「その緊張感のなさは、いっそ尊敬に値するな」
「緊張してたら、実力を発揮できないじゃないですか。俺なりの準備運動ですよ!」
軽口を叩きながら、串を食べ終えた手のひらを、ズボンの裾でこすった。少し汗ばんでいた。
道の途中、占い師の屋台の前で、母様が急に足を止めた。目をキラキラさせている。占いに興味深々な様子だ。
「ねえパウロ、占ってもらいましょうよ。勝負運とか」
「母様、そういうの信じるタイプでしたっけ」
「信じるとか信じないとかじゃなくて、楽しむものでしょう、これは」
結局、母様に押し切られる形で、簡単な運勢占いをしてもらった。占い師のおばあさんは、俺の手相を見て「ふーむ……運は悪くない。たぶん」と言ってくれて、母様は手を叩いて喜んでいた。父様は後ろで、腕を組んだまま苦笑いしている。
そんなふうに、家族三人で屋台を冷やかしながら歩いているうちに、コロシアムの巨大な外壁が、目の前にそびえ立っていた。
「……でっか」
学校の校舎なんて比べ物にならない、とんでもない規模だ。壁の向こうから、すでに観客のざわめきが、地鳴りのように伝わってくる。
案内役の係員が、控室の方向を指し示す。俺はそちらに向き直った。
「選手の集合時間が近いですね。……そろそろ、行きますね」
返事をする声が、自分でも思ったより硬かった。
「パウロ。相手がどんな奴だろうと、お前の積み上げてきたものを信じろ。それだけでいい」
父様が、俺の肩に手を置いた。らしくない、真っ直ぐな言葉だった。思わず、何も言い返せなくなる。
「あと、油断と調子に乗りすぎることだけは禁止だ。分かったな」
「やっぱり、いつも通りの父様なんですね……」
肩に置かれた手の重みが、少しだけ軽くなった気がした。今度は母様が、両手で俺の頬を包み込む。
「パウロ……怪我だけは、しないようにね。勝っても負けても、母様はあなたが大好きだから」
「……うん。行ってきます! 父様、母様!」
「ああ、行ってこい」
「頑張ってね、パウロ! 母様たち、ちゃんと観てるから!」
二人に背を向けて、控室へ向かう通路を歩き出す。
遠くから響いてくる観客のざわめきが、歩くたびに大きくなっていく。コロシアムの入り口が見えてきた。眩しいくらいの光が、通路の先から差し込んでいる。
「……よし」
一度だけ、深く息を吸う。剣を強く握り直して、俺は光の中へ足を踏み出した。
────
コロシアムの観客席に設けられた高い台の上に、派手な衣装を着た男が姿を現した。恰幅のいい、よく通る声の持ち主だ。
『さあさあ皆さん、お待たせいたしました! 本日より三日間、ミルボッツの空に剣の華が咲き誇ります! 剣術大会、開幕です!』
実況席からの声が、コロシアム全体に響き渡る。それに応えるように、観客席から地鳴りのような歓声が沸き起こった。
同時に、楽団による演奏が始まる。太鼓の重低音に合わせて、空中でサーカス団員たちが宙返りを披露し、火を吹く芸人が大きな炎の輪を作り出した。選手の紹介が始まる前から、もう一つの見世物として会場全体が沸いている。
『今大会には、アスラ王国各地からえりすぐりの猛者たちが集結!! その数、全十六名!』
わっと、さらに歓声が高まる。
『そして本大会は、東西二つのブロックに分かれての勝ち抜き戦! それぞれのブロックを勝ち上がった者が、最後の決勝戦で雌雄を決します!』
俺は目を細めて、自分の名前を探す。──西ブロックではないな。
──東ブロック──
ロック・バルガス
ディラン・ハース
ガンド・メルゼン
パウロ・ノトス・グレイラット
アルバン・ローディス
フェルド・グランツ
ギレーヌ・デドルディア
バルド・シュナイダー
「……あった」
東ブロックに、自分の名が記されている。上から順に目で追っていくと、見覚えのない名前が並ぶ中に、ふと引っかかるものがあった。
「ギレーヌ・デドルディア……?」
初めて聞く名前なのに、なぜか聞き覚えのあるような気がする。会ったことがある、のか?
『それでは続きまして、本大会に挑む十六名の猛者たちを、一人ずつご紹介いたしましょう!』
実況の声が、ひときわ大きく響く。観客席のざわめきが、期待に満ちたものに変わっていった。
いよいよだ。
俺は列の中で、自分の番が回ってくるのを、静かに待った。
────
選手紹介は、延々と続いた。
冒険者上がりの大男が、巨大な鳥の魔物を叩き伏せる。重装の戦士が、角の生えた猪型の魔物を盾で受け止めて組み伏せる。涼しい顔の剣士は、優雅に狼の群れを斬り伏せた。
そのたびに、観客席がどよめき、歓声が上がる。
十四人目の紹介が終わる頃には、太陽も沈みかけていた。
『さあ、続いてご紹介するのは──本大会、最年少選手です!』
実況の声が、ひときわ大きく響く。
『なんと、年齢わずか六歳! 上級貴族ノトス・グレイラット家の長男、パウロ・ノトス・グレイラット選手! 彼は学校からの推薦という形で、学生枠として今大会に出場! 剣術において並ぶ者なしという評価を受けている、今大会一番の若き剣士です!』
どよめきと、失笑の入り混じったようなざわめきが、観客席から起こる。
「六歳……?」
「嘘だろ、冗談キツいって」
あちこちから聞こえる疑いの声。俺は口角を上げたまま、胸を張ってコロシアムの中央へ向かって歩き出した。
外周の通路から一歩出た瞬間、観客席からの視線が、一斉にこちらへ突き刺さる。大人たちの体格と並ぶと、自分がどれだけ小さいか、嫌でも実感する。
「坊や、そっちは危ないよ! 帰った方がいいじゃないか!?」
野次を飛ばす観客もいる。俺は足を止めて、その方向へ軽く手を振ってやった。
『それでは、パウロ選手の相手となる魔物をご紹介しましょう!』
実況の声に合わせて、コロシアムの一角、巨大な鉄格子が組まれた檻に、照明が当たる。
『パウロ選手に用意されたのは──ラスターグリズリー! B級に指定される、獰猛な魔物です!』
檻の奥、鉄格子の向こうで、ずしん、ずしん、と重い足音が響く。姿を見せたのは、体長五メートルはありそうな、巨大な熊だった。白い体毛に覆われた背中には、背骨に沿うように、一筋の漆黒のラインが走っている。
「グルルルルッ……!」
低い唸り声が、腹の底まで響いてくる。会場の空気が、一瞬だけ張り詰める。
俺は鋼の剣を握り直し、中段に構えた。
『それでは──開始!』
合図と同時に、檻の扉が跳ね上がった。
解き放たれたラスターグリズリーが、ほとんど間を置かずに突進してくる。地面が揺れるほどの重い足音。巨体に似合わない速さだ。
でも──
「おそい!」
俺は真上に跳んだ。巨体がすぐ目の前を通り過ぎ、さっきまで俺が立っていた場所に、太い爪が土を抉る。
観客席から、小さなどよめきが起こった。
ラスターグリズリーは、すぐに方向を変えてこちらを向く。鼻先に皺を寄せ、二本の後ろ足だけで立ち上がった。
「グオオオオッ!!」
振り下ろされる右の前脚。巨大な爪が、空気を唸らせて迫ってくる。
剣を斜めに構え、力に逆らわず受け流す。狙いを外された爪が、俺のすぐ脇を通り過ぎていった。
その流れのまま、半歩踏み込む。
返す剣で、肩関節部分を狙う。重い手応え。熊の右腕が、根元から宙に舞った。
「グぎゃあアアッ!?」
熊は体勢を崩しながらも、怯んだ様子を見せる。
体を低く落として、熊の開いた足の間へ滑り込む。土埃を巻き上げながらのスライディング。真下から見上げる形で、両方の後ろ足を、根元から薙ぎ払うように斬りつけた。
「ぐ、ぐるあ……!?」
支えを失った巨体が、どさりと地面に崩れ落ちる。
俺はすかさず体を起こし、崩れた熊の首元へ回り込んだ。最後に、剣を大きく振りかぶる。一拍だけ間を置いてから──
「終わりだ」
一閃。
分厚い毛皮と肉を断ち、刃がラスターグリズリーの首を斬り落とす。どさり、という重い音とともに、巨体が地面に沈んだ。
コロシアム全体が、しんと静まり返る。
──数秒後。
「「うおおおおおおッ!!!」」
割れんばかりの歓声が、一気に会場を包み込んだ。
『こ、これは……! 六歳の少年とは思えない、恐るべき戦いぶりです! B級指定のラスターグリズリーを、見事に解体したァ!!』
実況の絶叫が響く中、俺は剣を鞘に収めて、観客席に向かって小さく手を振った。
さっきまで疑いの目を向けていた連中が、今は拍手喝采を送ってくる。
控室に戻る通路の途中、特別席に座る父様と母様の姿が、ちらりと見えた。
父様は口を半開きにしたまま固まっていて、母様は立ち上がって、誰よりも大きく手を振っている。俺はその方向に向かって、剣を軽く掲げてみせた。
────
控室に戻って一息ついていると、コロシアムの中央が、窓越しに見えた。ちょうど、次の選手紹介が始まるところだった。
『続きまして、本日最後の選手紹介です!』
実況の声のトーンが、心なしか一段上がった気がする。
『なんと、この選手──剣神ガル・ファリオン様から直々の推薦を受けての出場です!』
剣神。
その単語だけで、控室の空気がざわついた。周りにいた他の選手たちも、窓の外に視線を向けている。
『年齢は七歳! 若干七歳にして、剣神流の上級に到達していると噂される逸材! ギレーヌ・デドルディア選手です!』
窓越しに見えたのは、俺と大して変わらない年頃の獣人の少女だった。褐色の肌、短く切り揃えられた髪、鋭い目つき。
「………」
『それでは、相手となる魔物の紹介です! B級指定──イブリーリザード!』
檻の扉が開くと同時に、巨体が姿を現す。全長十メートルはあろうかという、赤紫色の巨大なトカゲ。地面を叩く尾だけで、土埃が派手に舞い上がっている。さっきの熊より、明らかに一回り以上でかい。
『それでは──開始!』
合図と同時に、イブリーリザードが地を這うような低い姿勢から、猛烈な速度で突っ込んでいく。
避ける──そう思った瞬間だった。
ギレーヌは、避けなかった。むしろ、トカゲの突進に合わせるように、自分からも地を蹴って真正面に突っ込んでいく。
「え」
声が漏れた。
剣を両手で構えたまま、ギレーヌの体が、トカゲの巨体とすれ違う。
次の瞬間、イブリーリザードの巨体が、頭からぴたりと真っ二つに裂けた。
頭から尻尾まで、一刀両断。
巨体が左右に分かれて、どさり、どさりと地面に沈んでいく。
コロシアムの歓声が、控室の壁を震わせるくらいの大音量で響いた。
『こ、これはァ!! 一刀のもとに、全長十メートルの魔物を瞬殺ゥゥ!! さすが、剣神からの推薦を受けた逸材です!!』
控室の窓の前で、俺はしばらく、固まっていた。
「……は?」
向こうは真っ正面から突っ込んで、頭から尻尾まで真っ二つにしてる。熊相手に小細工した自分の試合が、急にちっぽけなものに思えてくる。
「あれで、剣神流上級……?詐欺でしょ」
屋敷で戦ったドルガの顔が浮かぶ。あの人も、確かに上級と呼ばれていたはずだ。しかし、ギレーヌとドルガが同じ領域にいるとは思えない。
東ブロックを勝ち上がれば、どこかで当たることになる相手だ。
──望むところだ。
十六名全員の紹介とモンスター戦を終え、実況の声がコロシアム全体に響く。
『さあ、これにて選手紹介、終了です! 本日はここまで! 皆様、いかがでしたでしょうか!』
観客席から、惜しみない拍手が送られる。
『明日の二日目は、いよいよ本格的なトーナメント戦の開始です! 東西各ブロックで、勝ち抜き戦が行われ、二日目の終わりまでに、両ブロックの準決勝進出者が決定いたします!』
実況が、掲示されたトーナメント表を指し示しながら続ける。
『そして三日目、昼には準決勝、夜には──ついに優勝者を決める決勝戦が開催されます! 果たして、どの選手が頂点に立つのか! 皆様、どうぞお楽しみに!』
割れんばかりの拍手とともに、大会一日目が幕を閉じた。
控室を出て、家族の待つ場所へ向かいながら、俺はさっきの光景を何度も思い出していた。
頭から尻尾まで、一刀両断。
握った拳の中、まだ少し汗が滲んでいる。