パウロ転生 ー家族のために本気だすー 作:パウロ大好きマン
コロシアムの空気は、一日目よりもさらに張り詰めていた。
『皆様、本日より本格的なトーナメント戦に入ります。改めて、大会のルールを確認いたします』
実況の声が、朝一番の静けさの中に響く。
『勝敗は、相手の戦闘不能、または降参によって決定します。故意による殺害行為は禁止。使用できる武器は、大会側が支給した武器のみ。追加の武器・道具の使用は、一人一つまでとさせていただきます』
控室の中、俺は壁にもたれて体をほぐしていた。今日から先は、昨日みたいな魔物相手の前座とは違う。相手は全員、生身の人間だ──ちょっと緊張する。
『東ブロック。第一試合、ロック・バルガス選手 対 ディラン・ハース選手試合──試合、開始!』
控え室の窓から、試合の様子がちらりと見える。剣を振り回すロックに対し、ディランと呼ばれる男は盾で受け止めながら、丁寧に隙を突いていった。
『勝者、ディラン・ハース選手!』
思ったより、あっさりと決着がついた。盾と剣を使う正統派の戦い方、という印象だ。
────
『続いて第二試合──ガンド・メルゼン選手 対 パウロ・ノトス・グレイラット選手!』
呼ばれて、俺は立ち上がった。控室を出て、コロシアムの中央へ歩いていく。向かい側から現れたのは、見上げるほどの大男だった。両手には、俺の背丈ほどもある大剣を提げている。
「でか……」
「坊主が噂の天才か。見た目はただのガキなんだがなぁ……」
「え、まあ、俺は普通の子どもですよ?」
「ハッ!普通のガキは、魔物をスパスパ解体しねぇよ!」
ガンドは大剣を軽々と肩に担ぎ直した。あの一振りをまとも受けたら、潰されて終わりだろう。
『それでは──試合、開始!』
合図と同時に、ガンドが踏み込んできた。重い一撃が、唸りを上げて振り下ろされる。
受けるのは論外だ。俺は真横に跳んで回避した。
地面に大剣が叩きつけられ、石畳が砕け散る。
『おっと、パウロ選手、余裕の回避! さすがです!』
「ちょこまかと!」
ガンドは怒鳴りながら、横薙ぎに振るう。速度は決して速くない。でも、一撃一撃の重さが尋常じゃない。当たれば、まず無事では済まない。
俺は低く身を沈めて潜り込んだ。水神流の「流」で勢いを逃がしながら、懐へ入り込む。
「近づきすぎだぜ、坊主!」
予想通り、ガンドは大剣の柄で殴りかかってきた。咄嗟に剣で受け止める。重い衝撃が、腕全体に響いた。
「っ……!」
押し負けそうになるのを、足を踏ん張って堪える。このままじゃ力比べになる。力比べじゃ、まだ勝ち目はない。
体を回転させて、力を受け流しながら横に抜ける。柄を弾かれたガンドの体勢が、一瞬崩れた。
『これは好機! パウロ選手、動きます!』
剣神流の速さで、一気に間合いを詰める。銅を狙った必殺の一撃。
──無音の太刀。
「がはっ……!」
膝から崩れ落ちるガンド。大剣が、音を立てて地面に転がる。
『勝負あり! 勝者、パウロ選手!』
観客席から、昨日とは比べ物にならないほどの歓声が沸き起こった。
俺は剣を収めながら、倒れているガンドに手を差し出す。
「大丈夫ですか?あの一撃は、俺もちょっとヒヤッとしました」
「……ハッ。ガキにそう気遣われるとはな、自分が情けない。修業不足かもな」
ガンドは苦笑いしながら、俺の手を借りて立ち上がった。
────
『第三試合、アルバン・ローディス選手 対 フェルド・グランツ選手──試合、開始!』
控室に戻ると、次の試合が始まっていた。長剣を使うアルバンに対して、フェルドはレイピアで正確に急所を突いていく。見ていてひやりとする試合展開だったが、最終的にはフェルドが勝利を収めた。
『勝者、フェルド・グランツ選手!』
────
『第四試合、ギレーヌ・デドルディア選手 対 バルド・シュナイダー選手──試合、開始!』
バルドは長剣を構えて、慎重に距離を詰めていく。そのすべての動きを、ギレーヌはまるで最初から知っていたかのように見切っていた。
「はァ!!」
バルドの踏み込みに合わせて、ギレーヌの剣が一閃する。それだけで、勝負は決まっていた。
『これは一瞬の出来事でした……!勝者、ギレーヌ・デドルディア選手!』
昨日のイブリーリザード戦と同じ、あっけないほどの決着。控室の空気が、ぴりっと張り詰めるのが分かった。
『これにて、東ブロックの予選が終了しました! 一時間後に西ブロックの予選が開始されますので、それまでは観客の皆様も休憩して下さい!』
────
『──東と西の予選が終わり、午後からは準々決勝を開始します!まずは、東ブロック準々決勝──第一試合!ディラン・ハース選手 対 パウロ選手!』
コロシアムの中央で向かい合うと、ディランは盾を構えたまま、静かにこちらを見据えた。
「学生枠と聞いて侮っていたが、昨日今日の戦いを見て考えを改めた。正々堂々、よろしく頼むよ」
「あ、はい!よろしくお願いします!」
まっすぐな物言いに、少し背筋が伸びた。こういう真面目な人は嫌いじゃない。
『それでは──試合、開始!』
ディランは、盾を前面に構えたまま、じりじりと距離を詰めてくる。隙がない。守りを固めた上で、確実に一撃を狙ってくるタイプだろう。
真正面からぶつかっても盾に阻まれる。そう判断した俺は剣を口に咥え、両手を地面についた。
「……は?」
四足の姿勢から、低く、獣のように踏み込む。北神流──四足の型。北神流らしい奇抜な動き。
『おお、これは珍しい構え!パウロ選手、一体何を……!?』
盾の死角、足元から潜り込む。ディランが咄嗟に盾を下げようとした、その一瞬の遅れを突いて、横合いから足を払った。
「なっ……!」
体勢を崩したディランへ、そのまま低い姿勢を保ったまま回り込む。盾も剣も、低い位置からの攻撃には対応しづらい。
『足元を徹底的に狙う、変則的な攻め!ディラン選手、対応できていません!』
何度も、同じ動きを繰り返す。盾を構え直せば足元へ、剣を構え直せば死角へ。地を這うような動きで、ディランの正統派の構えを、少しずつ崩していく。
「くそ、どこを見ればいい……!」
苛立った声。ついに、大きく体勢を崩したところへ、俺は跳び上がりざまに剣を叩き込んだ。
「かはっ……!」
ディランの盾が弾き飛ばされ、剣が手から離れる。喉元に切っ先を突きつけると、彼は静かに両手を上げた。
「……参った」
『決着!勝者、パウロ選手!準決勝進出です!』
ディランと握手を交わしながら、俺は少しだけ息を整えた。正面から来られたら厄介な相手だっただけに、やりがいのある一戦だった。
「正々堂々って約束、守れてなかったかもしれないです。すみません」
「いや……君のその戦い方も含めて、正々堂々だったと思うよ。見事だった」
そう言ってもらえて、少しほっとした。
────
『続いて、東ブロック準々決勝、第二試合!フェルド・グランツ選手 対 ギレーヌ・デドルディア選手──試合、開始!』
控室の窓から見ていると、フェルドのレイピアが、鋭くギレーヌへ迫る。
『おおっと、フェルド選手!鋭い連続突きだ!』
だが、それもほんの数合。短い気合いと共に、ギレーヌの剣が一閃した。
『勝負あり!勝者、ギレーヌ・デドルディア選手!』
これで、東ブロックの準決勝進出者が確定した俺とギレーヌが、三日目に戦うことになる。
窓の外、剣を鞘に収めるギレーヌの横顔を見ながら、俺は剣の柄を、強く握り直した。
────
『これより、東ブロック準決勝を開始いたします!』
実況の声が、割れんばかりの歓声を切り裂くように響く。
『片や、学生枠から勝ち上がってきた異例の存在! 齢六歳にして、初日の魔物討伐では巨大なB級モンスターを瞬く間に解体! 本戦でも三大流派を自在に使い分け、数々の強敵を多彩な技で圧倒してきた、若き天才──パウロ・ノトス・グレイラット選手!』
名前が呼ばれた瞬間、観客席から地鳴りのような歓声が沸き起こる。
『対するは、かの剣神ガル・ファリオン様が直々に見出した逸材!十メートル級の魔物を一刀のもとに両断!さらに本戦では、二人の選手をわずか一太刀で撃破!恐るべき剣の申し子──ギレーヌ・デドルディア選手!』
もう一つの歓声が、負けじと重なる。コロシアム全体が、二つの名前を交互に叫ぶような騒がしさに包まれた。
『皆様、お聞きください!このどよめき、この熱気! 本大会一、二を争う若き剣豪同士の激突が、今まさに実現しようとしているのです!』
コロシアムの中央で向かい合うと、ギレーヌは爪先で地面を掻くようにしながら、剣を無造作に肩へ担いでいた。
「なぁ……俺たちって会ったことがあるか?」
「知ラン。……お前は、強イ?」
「……まぁな」
それだけ言って、ギレーヌは口の端を持ち上げた。歯を剥き出しにするような、獣じみた笑い方だった。
『両者、すでに火花を散らしています!観客の皆様、固唾を飲んで見守る中──試合、開始!』
合図と同時に、ギレーヌが地を蹴った。
姿勢が低い。獣じみた踏み込みで、一気に間合いを詰めてくる。剣神流の技というより、本能で振るっているような荒々しさだった。
「ハアッ!!」
「──ッ!?」
剣が、唸りを上げて迫る。流──いや速すぎる。俺は咄嗟に剣で受けた。腕全体に、重い痺れが走る。
『なんとッ、受け止めた!パウロ選手、受けましたがこの衝撃、足元の石畳が割れています! これが剣神直伝の一撃か!』
「ぐっ……軽いな、おい!」
「まだまだァ!!」
短く返して、ギレーヌはすぐに追ってきた。息継ぎの間も与えない、連続した斬撃。
剣神流の速さに、水神流の「流」で応じる。しかし、完全には受け流せずに刃が頬や腕をかすめた。熱い感触のあと、遅れて血が滲む。
『なんだこの攻防は!?観客の皆様、これが昨日までとは次元の違う戦いです!息もできないとはまさにこのこと!』
一瞬の隙を見つけて、こちらから踏み込む。剣先が、ギレーヌの肩口を浅く裂いた。
「っ……イイぞ!」
ギレーヌは痛みを気にする素振りも見せず、ただ目を輝かせて笑った。言葉はいらない、とでも言うように。
『おおっと、ここでパウロ選手、反撃の一太刀!しかしギレーヌ選手、まるで応える様子なし!恐るべき闘争心です!』
そこから先は、互いに言葉を交わす余裕もなくなった。
打ち合うたびに、剣筋が互いの体に刻まれていく。防いだ形、躱した角度、踏み込みの癖――すべてが、戦いながら相手の中に積み重なっていく。
息が上がる。腕が重い。何度も血を流した。
観客席の歓声は、いつの間にか言葉にならない唸りに変わっていた。誰も彼も、立ち上がって拳を握りしめている。
「──あたしが、勝ツ!!」
「──勝つのは、俺だ!!」
『これは──歴史に残る一戦になるやもしれません!両者、満身創痍!それでも、互いに退く気配、一切なし!』
剣を打ち合うたび、体の奥底で、何かが研ぎ澄まされていく感覚があった。
──もっと速く。さらに速く。
ギレーヌも、同じことを感じているのが分かった。彼女の剣が、一撃ごとに鋭さを増していく。荒々しかった動きが、徐々に一点へ、一つの形へと収束していくのが、肌で感じる。
「「…………」」
どちらからともなく、剣を引いた。互いに肩で息をしながら、剣を両腕で構え直す。全身を巡っていた力が、刀身の先へと、静かに集まっていくのが分かった。いまなら、できる気がする。あれを──
『ま、まさか……!両者、同時に、同じ構えを……!実況の私も、この光景は初めて目にします!』
実況の声が、わずかに上擦った。観客席から、どよめきと悲鳴にも似た歓声が入り混じる。
互いの剣先に、闘気が宿っていく。コロシアム全体が、息を呑むように静まり返った。嵐の前のような、重い沈黙だった。
………。
………。
………。
「「────光の太刀ッ!!」」
同時に、地を蹴った。
世界が、一瞬だけ引き伸ばされたように感じた。二つの剣が、互いの間合いで交差する。
──ほんのわずか。
「がっ……!」
まばたき一つにも満たない、わずかな差。俺の剣が、先にギレーヌの胴体を捉えた。どさり、と彼女の体が片膝をつく音が、やけに大きく響いた。
ギレーヌの剣が、俺の頬すれすれを通り過ぎる。生温かい感触が、遅れて頬を伝った。
コロシアムが、静まり返る。
そして──
『しょ、勝者!!パウロ・ノトス・グレイラット選手!!決勝戦進出です!!』
「「うおおおおッ!!!」」
割れんばかりの歓声が、津波のようにコロシアム全体を飲み込んだ。だが俺は、それどころじゃなかった。
膝をついたまま、荒い息を吐くギレーヌの前に、剣を鞘に収めながら手を差し出した。
「……負けタ。強い、お前。次、見てル!」
「あぁ!またやろうな!」
ギレーヌは血の滲んだ口元を拭いながらニッと笑い、手を握り返した。
────
控室で治療を受けながら、俺は西ブロックの準決勝を見守っていた。上級治癒魔術ってすごいな。
『西ブロック準決勝!勝者──オーベール・コルベット選手!』
窓越しに見える戦いぶりは、あまりにも一方的だった。その男は、涼しい顔のまま、相手を圧倒していた。二本の剣を自在に操り、相手の反応速度を、まるで赤子をあしらうように上回っている。
「あれが、"北王"オーベール・コルベットか……」
『さあ、ついに決勝戦の組み合わせが決定しました!』
実況の声が、コロシアム全体に響き渡る。
『東の神童、パウロ・ノトス・グレイラット選手!対する西の絶対王者、オーベール・コルベット選手!皆様、本日この後の夜のコロシアムで、ついに頂点が決まります!』
観客席から、割れんばかりの歓声が沸き起こる。
『果たして、今大会最大の話題を攫うのは、東の神童か、西の絶対王者か!皆様、どうぞ会場で、あるいは固唾を飲んで、この瞬間をお待ちください!』
治療を受けた体に、まだ鋭い痛みが残っている。それでも、俺は湧き上がる何かを抑えられなかった。
北神流の王級剣士──オーベール・コルベット。
「誰が相手だろうと、勝つ。俺は強くなる……!!」