パウロ転生 ー家族のために本気だすー 作:パウロ大好きマン
控室のベッドに腰掛けて、巻かれた包帯に目を落とす。腕にも、脇腹にも、ギレーヌとの激闘の跡がくっきりと残っていた。
──コン、コン
ノックの音とともに、父様と母様が入ってきた。
「父様、母様……大丈夫ですか、こんな時間に」
「お前の方こそ、体は大丈夫なのか」
父様が、包帯だらけの腕を見て、僅かに眉を寄せる。
「治癒魔術師に診てもらいましたから。動くのに支障はないですよ。ちょっと痛むくらいで」
「そうか。無理に強がっているわけじゃないんだな」
「強がってないです、本当に」
父様は、椅子を引いて俺の前に座った。しばらく、何かを言いあぐねているような沈黙があって、それから、ゆっくりと口を開いた。
「ギレーヌとの試合を見たぞ。あれを見ている間、私は生きた心地がしなかった」
「……それは、心配かけました」
「明日は──いや、もう今日か。今日の決勝も、思うままにやってこい。怖気づくことなんて、お前には似合わん」
「はい。頑張ります」
「………」
一方、母様はさっきから、ずっと黙ったままだった。どうしたのだろうか?
声をかけると、顔を上げた母様の目に涙が浮かんでいるのが見えた。
「……ごめんなさいね、パウロ。大会に出るって聞いた時は、応援したいって気持ちの方が強かったの」
「うん」
「でも……今日の試合を見て、怖くなってしまったの。あんなに血を流して、傷だらけになって……。わたくし、あなたが死んでしまうんじゃないかって、何度も、何度も思ってしまった」
言葉の途中で、母様の声が詰まった。俺は、ベッドから立ち上がって、母様を抱きしめた。
「心配かけて、ごめんなさい」
「パウロ……」
母様も、俺の背中に腕を回す。震える手のひらから、本当の不安が伝わってくる気がした。
しばらくして、母様は顔を上げた。涙を拭いながら、無理やりのように笑みを作る。
「それでも、わたくしは、あなたを信じているわ。あなたがどれだけ努力してきたか、誰よりも近くで見てきたもの。だから──頑張って、パウロ」
「うん。絶対に、無事に戻ってくるから」
「約束よ」
「約束する」
母様は俺の頬に手を添えて、額に小さくキスをした。子供扱いされているみたいで、少し照れくさい。でも、嫌な気分じゃなかった。
────
夜のコロシアムは、昼とはまったく違う顔を見せていた。篝火と魔道具の光に照らされた観客席は、三日目の夜にして満席。立ち見すら出るほどの熱気が、会場全体を包んでいる。
『皆様、大変長らくお待たせいたしました!! いよいよこの瞬間がやって参りました、ミルボッツ剣術大会、決勝戦です!!』
実況の声が、割れんばかりの歓声に迎えられる。
『東ブロックを制したのは、六歳にして三大流派を操る若き天才! 準決勝ではギレーヌ選手との激闘を制し、決勝まで勝ち上がってきました! 今大会が生んだ剣の申し子──”剣才”パウロ・ノトス・グレイラット!!』
「剣才、って……」
入場口に立っている俺は思わず苦笑いを漏らす。誰が言い出したんだか知らないけど、妙な呼び名がついたものだ。
『そして対するは、西ブロックの絶対王者! 道具と奇策を得意とする北神流にありながら、純粋な剣技のみでブロックを制覇した王級剣士! ──”朱雀剣”オーベール・コルベット!』
もう片方の入場口から、ふらりと一人の奇抜な男が姿を現す。年齢は二十代前半くらいだろうか。虹色の上着に、膝までしかない下履。腰には二本の剣が携えられ、頬には孔雀の刺青が存在を示している。
『それでは──選手、入場!!』
二人、同時にコロシアムの中央へ向かって歩き出す。実況の声が、ひときわ大きく響いた。割れんばかりの大歓声。無数の視線が、一斉にこちらへ突き刺さる。
中央で、互いに剣を構える。
「某は、オーベール・コルベット」
「俺は、パウロ・ノトス・グレイラット」
『両者、構えました!! これより、本大会最後の試合──決勝戦、開始!!』
合図と同時に、俺は迷わず踏み込んで、全身の力を剣に集める。今の自分が繰り出せる最大の一撃放つ。
「──光の太刀!」
一閃。剣神流の奥義が、まっすぐオーベールへ向かう。だが──
「速い……! しかし、軽いっ!」
オーベールは、半歩ずれてその一撃を片手の剣で簡単に弾いた。衝撃を真正面から受け止めず、刃の角度と完璧なタイミングで力を弾く、無駄のない捌き方だった。
「っ……!?」
『な、なんと!! パウロ選手渾身の一太刀を、オーベール選手、最小限の動きで防ぎました!!』
観客席から、どよめきが上がる。信じられない。あのギレーヌとの戦いで、ようやく辿り着いた光の太刀が、こうも簡単に……!
「六歳にして聖級の域とは末恐ろしい他ないが、貴殿の欠点は膂力がないことである。まぁ……仕方ないやもしれぬが」
行くぞ、と呟くような声とともに、オーベールの姿勢がすっと沈み込んだ。
右の剣が、下から掬い上げるように迫る。かろうじて剣で受けた瞬間、死角から左の剣が追い打ちをかけてきた。
「くっ!」
一本を防げば、もう一本が来る。しかもその軌道が、毎回まったく読めない。正面から来たかと思えば、次は真横から。地を這うように低く構えたかと思えば、次の瞬間には跳び上がって上から振り下ろしてくる。
「かっ……!」
右腕を浅く裂かれる。体を捻ってかわした次の瞬間には、足元を払われかけて、慌てて跳び退いた。
剣神流の速さで先手を取ろうとしても、二本の剣のどちらに意識を向ければいいのか分からない。水神流で受け流しても、残るもう一本が容赦なく追ってくる。北神流の変則的な動きで死角を取ろうとしても、オーベールの方が一歩先に、こちらの死角を潰してくる。
『こ、これは……! パウロ選手、防戦一方です!! 三大流派を駆使しながらも、オーベール選手の北神流に、まったく手が出せていません!!』
観客席のどよめきが、悲鳴のような声に変わっていく。
体中に、傷が増えていく。息が上がる。足が、思うように動かなくなってくる。
「どうしたパウロ殿、まだまだこんなもんじゃないであろう?」
「……っ、まだ、だ!」
歯を食いしばって、剣を構え直す。
オーベールが、二本の剣をゆっくりと交差させるように構え直した。右の剣、左の剣。それぞれが、まるで独立した生き物のように、違う軌道を描いている。
その瞬間──
頭の奥に、理由の分からない疼きが走った。
「……なん、だ?」
知らないはずの光景が、頭のどこかをかすめる。二振りの剣を、自分が振るっている感覚。何かと対峙しながら、左右の剣を同時に操っていたような──
「隙だらけである」
「──しまっ」
考え込んだ、ほんの一瞬の隙。オーベールの体が、沈み込むように低くなった。交差した二本の剣が、十字を描くように振るわれる。防ぐ間も、避ける間もなかった。
「朧十文字」
「がっ……!」
衝撃が全身を貫く。視界が、大きく揺れた。足から力が抜けて、そのまま地面に崩れ落ちる。
『た、倒れたァ!! パウロ選手、倒れました!!』
鉄の匂いと、鋭い痛みの中で、俺はぼんやりと、自分の手を見つめていた。
なんだ、今の……? あぁ、いや、そんなことより、早く立ち上がらないと……ダメだ、意識が飛びそうだ。
「……負ける、わけには……勝つんだ。強くならなきゃ、強く、強くッ……!!」
「ふむ。手加減したとはいえ、某の奥義を受けてもなお、立ち上がろうとするのは見事である。しかし、わからぬな──」
膝に力を入れるけど、足が震えてまともに立てない。それでも、剣を支えにしながら、もう一度体を起こした。
オーベールは、剣を下げたまま、わずかに首を傾げた。ふらつきながらも立ち上がる俺の様子を、興味深そうに眺めている。
「なぜ、そこまでして戦おうとする? “強さ”とは、何かを叶えるための手段の一つ。ちなみに、某は金と名誉のためである」
「なぜ、って……それ、は………」
同じことを、何度も聞かれてきた。父様に、母様に、使用人に、学校の先生に、友達に。そのたびに、何かを答えようとして、結局、答えられたことは一度もない。
言葉が出てこなかった。
オーベールは、何かを見定めるように俺を見つめたあと、小さく息を吐いた。
「……哀れなり。もう、止まるがよい──」
「っ……!」
光を照り返す刃が、ゆっくりと、しかし確実に、頭上から迫ってくる。
──まあ、いいか。
ここで負けても、準優勝だ。それでも十分すぎる結果だろう。父様も母様も、きっと褒めてくれる。よくやった、頑張ったな、って。それだけで、満足すべきなんじゃないか。
そんな考えが、頭の中をじわりと満たしていく。体から力が抜けていくのが分かった。剣を握る手が、ゆっくりと緩む。
まぶたが、重たく落ちていった……。
────
「父様って、剣士としてどれくらい強いんですか?」
「もう、嘘をつかないでちょうだい! いつも調子の良い事を言うんだから」
「ボク、父様が本気で戦っているところを見てみたいです。魔術ほどじゃないけど、剣も好きなので」
「剣の腕だけはすごいのよ〜。ズバッ、ズバッ! って強い魔物を斬ってたんだから」
「え? 今度、見せてくれるんですか!」
「ふふふっ、頑張ってね──パウロ」
────
「……っ」
閉じていたまぶたを無理やり開き、声にならない呟きが喉の奥から絞り出された。
「理由なんて知らねェ……。けど──
叫びながら、剣を両手で握り直す。全身に、鈍い痛みが走った。それでも、剣を振り上げて、頭上から迫る刃を、真正面から受け止めた。
──ガギンッ!
鋼同士がぶつかる音が、コロシアム全体に響く。
「……! まだ動くのか!」
オーベールの声に、初めて驚きの色が混じった。
さっきまで、萎みかけていたはずの闘気が、胸の奥で急激に膨れ上がっていくのが分かった。腕と足に力が戻る。体の内側から、何かが沸騰するように湧き上がってくる。
「お、おぉぉぉ!!」
「ぬおっ……!」
受け止めた剣から、押し返す力が生まれる。オーベールの体が、後方へ大きく弾き飛ばされた。
距離を取りながら、オーベールが体勢を立て直す。これまでの飄々とした空気が、僅かに引き締まったように見えた。
『お、おお!? パウロ選手、ここで立ち上がりました!! そして、オーベール選手を吹っ飛ばしたァ!!』
実況の声が、驚愕とともに響く。観客席のどよめきが、再び熱を帯び始めた。
「パウロォォ!! 負けルナァ!!」
「ギレーヌ……?」
観客席から、聞き慣れた声が響いた。声のした方を見ると、観客席の最前列で、包帯を巻いたギレーヌが身を乗り出していた。すると、一振りの剣を、こちらへ向かって放り投げた。
咄嗟に、空いていた左手でそれを掴む。
「……っ」
右手の剣と、左手の剣。両方を構えた瞬間、何かが、がっちりと噛み合うような感覚があった。不思議としっくりくる。
『お、おおっと!? ここでパウロ選手、まさかの二刀流!? ルール的にはありですが、試合途中の武器追加は──』
「問題ない! 受けて立つ!!」
『──オーベール選手が良しとしたので、試合続行です! 二刀流同士の戦いが始まります!』
「ありがとうございます。そして、行きますッ!」
「ふふ、来いッ!」
右の剣で斬り込む。オーベールが片方の剣で受けた瞬間、左の剣で下から切り上げる。鋭い金属音が、二度、三度と連続して響く。
先ほどまでとは、明らかに違う感覚だった。剣神流、水神流。北神流。それぞれの流派が、二振りの剣を通して、滑らかに繋がっていく。
「膨れ上がった闘気で膂力不足を補いつつ、二刀になったおかげで本来の器用さが発揮されている」
分析しながらも、オーベールの剣は止まらない。右から薙ぎ払い、間を置かずに左から突き込んでくる。
一本なら受けきれなかったかもしれないが、今は違う。右の剣で受け流し、流れを殺さないまま、左の剣で反撃に転じる。
水神流で力をいなし、剣神流の速さで差し込み、北神流の変則さで次の軌道を崩す。三つの流派が、二本の剣の上で、休む間もなく入れ替わっていく。
「はああっ!」
「むっ!」
袈裟懸けに振るった右の剣を、オーベールが身を捻ってかわす。だが、その回避の軌道上に、既に左の剣を置いていた。
「っ、やるな!」
オーベールが、辛うじて体を反らしてそれを躱す。頬を、浅く掠めた感触があった。
「それでこそ、勝ち甲斐があるというものだ!!」
オーベールの口調には、もう最初の余裕はなかった。二本の剣の間合いを、互いに読み合う、純粋な斬り合いになっていた。
金属音が、途切れることなく響き続ける。火花が散るたび、お互いの得物が、確かな重みを伴ってぶつかり合っているのが分かった。
ただ──
「かっ……!」
脇腹に走った鋭い痛みに、思わず膝が揺れる。血が止まらない。これまでの傷の分も合わさって、体力の消耗が限界に近づいていた。足元がふらつく。視界が、端から暗くなりかける。
──負けるなー!! 剣才ー!!
──パウロ様ぁ!! 頑張ってぇー!!
──パウロ! パウロ! パウロ!
観客席から、無数の声援が降ってくる。その中に、ひときわ大きな声が混ざった。
「パウロ!! 頑張ってー!!」
「お前ならやれる! 行け、パウロォ!!」
母様と父様の声だった。声が届いた瞬間、意識が、一瞬だけはっきりとした。
「……っ」
考えろ。このまま斬り合っても、いずれ体力が尽きる。オーベールを倒すには──光の太刀しかない。でも、さっきと同じでは防がれるだろうし、両腕で構え直す時間もない。
なら──最短で、片手で放つ。
右の剣に、全身の闘気を一気に集中させる。通常なら、両腕を使って行うはずの集束を、片腕の中だけで完結させる速さで。
「光の太刀!!」
「なにっ!?」
オーベールの目が、初めて大きく見開かれた。咄嗟に、右の剣でそれを受け止める。
──パキン!!
甲高い音とともに、オーベールの剣が、根元から折れた。折れた剣を捨てると同時に、オーベールはもう片方の剣を振るった。隙だらけの、がら空きの胴へ向かって。
「終わりだ!!」
「まだだァ!!」
右へ集めていた闘気を、瞬時に左へ移す。逆手で持っていた左の剣を振る。
「──光の太刀・弍閃!」
「なっ……!?」
二度目の甲高い金属音と共に、残っていたもう一本の剣も根元から砕け飛んだ。それでも、刃は止まらずにオーベールの胸を切り裂いた。
────
コロシアム全体が、しんと静まり返った。
誰も、声を上げなかった。先ほどまでの激しい歓声が嘘みたいに消えて、水を打ったような沈黙が、場内を支配していた。
──数秒後。
「「うおおおおおおおおおおッ!!!」」
割れんばかりの大歓声が、堰を切ったように押し寄せる。
『こ、これはァ!! まさかの展開です!! 北王オーベール選手、正面から一太刀を受けました!! 両者、持てる力のすべてを出し切る、歴史的な死闘だ!!』
実況の声が、興奮のあまり上擦っている。
俺は、剣を握ることすらできなかった。両腕が、だらりと垂れ下がったまま、動いてくれない。片腕で光の太刀を放った反動で、両腕の骨が折れているのが分かった。全身は斬り傷だらけで、立っているだけでも、視界が何度も白く明滅する。
もう、限界だ。
「……っ」
膝から力が抜ける。意識が、ふっと遠のきかける。地面に崩れ落ちる──そう思った瞬間、体を、誰かの腕が支えた。
「無理をするな」
オーベールだった。胸から血を流しながらも、自分の剣を捨てて、俺の体を支えている。
「……え?」
「参った、である」
静かな声が、俺の耳元で告げられた。
『オ、オーベール選手、ここで降参!! 勝者──パウロ・ノトス・グレイラット選手!!』
実況の声が、ひときわ大きく響いた瞬間、コロシアムが爆発したような歓声に包まれた。
「……なんで、ですか。負けて、ないのに」
支えられたまま、俺はかすれた声で尋ねた。オーベールは、折れた剣の柄を一瞥してから、淡々と答える。
「六歳の子どもに、得物をすべて叩き折られ、しかも正面から一太刀を受けた。こんな醜態、これ以上晒して勝ったところで、何の得にもならぬ」
「……本気で言ってます?」
「無論である。ここで見苦しく勝ちに拘って評判を落とすより、潔く負けを認めて『強き子どもを認めた度量ある剣士』と語られる方が、よほど実入りがよい」
あまりにも現金な理由に、思わず乾いた笑いが漏れた。笑うと、全身の傷が痛んだ。
「……っ、は、ははっ……それは、傑作ですね」
「ほう、笑う余裕はあるようだな」
「ない、です。本当は……」
言い終わる前に、視界が大きく揺れる。意識が、今にも途切れそうだった。それでも、どうにか踏みとどまる。
「ほら、しっかりせい」
オーベールは呆れたように言いながら、俺の体をひょいと担ぎ上げた。
「担がれて優勝とは、情けない格好である」
「……それ、は、お互い様、じゃ……」
意識が朦朧とする中、観客席の方へ、なんとか片手を持ち上げて振ってみせる。
『──さあ、皆様!! 長きにわたる激戦も、ついに終幕です!!』
『数々の強豪を退け!! 剣神流の逸材を打ち破り!! そして決勝では、あの”北王”オーベール・コルベットをも下した!!』
『今大会、最も多くの観客を沸かせ!! 最も多くの剣士たちを驚かせ!! そして最後まで剣を握り続けた、この少年こそが──!!』
『第三十五回、ミルボッツ剣術大会!!』
『栄えある優勝者は──!!』
『“剣才”!!』
『パウロ・ノトス・グレイラットだァァァァァ!!』
──うおおおおおぉォォォォ!! 剣才ー!!!
──パウロッ! パウロッ! パウロッ! パウロッ!
──きゃー! パウロ様ぁ! こっち向いてー!!
──よっしゃー! 賭け金が二十倍に増えたぞ!!
──俺の全財産がァ!! 母ちゃんに殺される!!
どぉん、どぉん、と空に花火が打ち上がる。色とりどりの紙吹雪が、夜空から舞い降りてくる。観客席が、総立ちで拳を突き上げていた。
意識を手放すぎりぎりのところで、遠くに父様と母様の姿が見えた気がした。
「……勝った、ぞ……」
ふと、二人の隣に、知らない誰かが立っているように見えた。顔はぼやけてよく見えない。
一人は、俺と同じくらいの少年。
もう一人は、優しそうな女の人。
誰なんだろう。考えようとしても、頭がうまく働かない。ただ、無性に──うれしい、と思った。なぜか、涙が溢れてくる。
ぼやけたその輪郭に向かって、精一杯、胸を張ってみせた。
「……かっこ、よかった、だろ?」
それだけ呟いて、俺の意識は、そこで完全に途切れた。