パウロ転生 ー家族のために本気だすー 作:パウロ大好きマン
七歳になった俺は、相変わらず学校の廊下を歩いていた。
「ねえ見て、パウロ様よ!」
「きゃー、今日もかっこいい……!」
すれ違いざまに、黄色い声がいくつも飛んでくる。大会で優勝してからというもの、この手の視線が一気に増えた。
まあ、最初は最高な気分だった。注目されるのは嫌いじゃないし、可愛い子に騒がれて喜ばない男はいない。正直、今でも悪い気はしてない。
「パウロ様、お手紙受け取っていただけますか!」
「あの、今度お茶会があって……」
「ごめん、また今度な!今は修行中の身なんだ」
気障ったらしく片目を瞑ってみせると、黄色い悲鳴がさらに大きくなった。悪くない反応だ。
──でも、さすがに毎日となると話は別だ。囲まれかけたところを、軽く手を振っていなす。女の子たちの間をすり抜けて、足早に廊下を進む。角を曲がり、人気のない裏庭へ出たところで、ようやく息をついた。
「はぁ……モテる男も大変だな」
誰にともなく呟いて、木剣を持ちいつもの場所へ向かう。校舎の裏手、誰も寄りつかない空き地が俺の修行場だった。
「……よし」
構えて、振る。一回、二回、三回。
剣術大会から数ヶ月ほど経つけど、体の感覚は明らかに変わっていた。一振りごとの太刀筋が、以前より格段に鋭い。踏み込みの速さ、重心の移動、剣先の走り方──すべてが、以前よりずっと滑らかになっている。
オーベールとの死闘で引き出したあの闘気も、今では当たり前のように扱えるようになっていた。以前なら全力を振り絞ってようやく届いた領域に、今は普通に足を踏み入れられる。
まるで、あの一戦を境に、体の中の何かが一段階上に押し上げられたみたいだった。剣を振るたび、満足感が胸を満たしていく。
──それなのに。ふと、腕が止まった。
「……ピレモン、か」
先月、弟が生まれた。父様と母様の、二人目の子ども。屋敷は、ちょっとしたお祭り騒ぎだった。使用人たちも喜んでいたし、母様は幸せそうに赤ん坊を抱いていた。俺も嬉しかった。弟ができるのは、単純にめでたいことだ。
「……なんか、胸がざわつくんだよな」
考えても、答えは出てこない。仕方なく、もう一度剣を構え直そうとした時──
「ふー……」
「うわっ!?」
耳に息を吹きかけられ振り返ると、リーシェ先生がいつもの涼しい顔で立っていた。
「先生、脅かさないでくださいよ!」
「考えすぎて注意散漫になるのが、君の欠点なのかもね」
彼女はくすりと笑いながら、空き地に入ってくる。
「それにしても、また一段と腕が上がったみたいだね」
「自分でも、ちょっとびっくりしてます。なんか、前よりずっと体が軽いっていうか」
「それだけの修羅場をくぐってきたんだ、当然だよ」
リーシェ先生は、木剣の先で軽く地面をつつきながら、話を続けた。
「ところで、今日は雑談しに来たわけじゃないんだ。学長が君を呼んでるから、すぐに学長室へ行きなさい」
「学長が、俺を……また何かやらかしましたっけ」
「さあね。でも、怒られる話じゃないと思うよ。多分ね」
意味深な言い方をされて、俺は首を傾げながら木剣を片付けた。
学長室の扉をノックすると、落ち着いた声が返ってきた。
「──入りなさい」
中に入ると、白髪交じりの学長が、机の向こうで俺を待っていた。
「失礼します。パウロ・ノトス・グレイラットです」
「ええ、よく来ました。座りなさい」
勧められた椅子に腰掛けると、学長は少し前置きをするように、何かの書類を机の上に置いた。
「単刀直入に言おう、パウロ君。ミリス神聖国の学校へ留学する気はありませんか?」
「……ミリス神聖国って、あの?」
思ってもみなかった単語に、思わず聞き返す。
「そうです。世界最大の宗教、ミリス教団の本拠地がある大国ですよ。世界でもアスラ王国に次ぐ規模を誇る、ミリス神聖国です」
学長は、俺の方をまっすぐ見た。
「君の学業成績は、剣術・運動に大きく偏っています。しかし、中でも解毒魔術に関しては、我が校でも頭一つ抜けた成績を残しています。自分でも、自覚はあるでしょう?」
「まあ……なんか、覚えたくて仕方なくなるんですよね、あれだけは」
「理由はどうあれ、才能と呼べるものがそこにある。それを、もっと専門的な場所で伸ばしてみないか、という話です」
剣だけじゃなくて、そっちも、か。正直、意外だった。魔術はあくまで剣のついでくらいにしか考えていなかった。
「それと、もう一つ理由があります」
「もう一つ?」
「君は、大会で優勝して以来、各方面から注目を集めています。君を迎え入れたいという剣術道場や、留学を受け入れたいという他の学校、さらには騎士団や様々なギルドからの勧誘まで──数え上げればきりがない」
「あー……まあ、確かに、最近やたら手紙とか届いてますね」
「その手の誘いを、うちの学校はすべて断っています。しかし、断り続けるというのも実は厄介でね」
学長は、少し困ったような顔をして顎髭を撫でた。
「貴族の学校としては、特定の勢力との繋がりを避けつつ、ある程度の体面を保つ必要がある。ずっと誘いを無碍にし続ければ、どこかで角が立つ。そこで──」
「ミリス神聖国なら、角が立ちにくい、と」
「その通り。そこへの留学という形であれば、他の誘いを断る名目としても使いやすいし、何より君自身のためになる。剣術だけでなく、魔術面でも、一流の環境で学べる。悪い話ではないと思いますが、どうですか?」
なるほど。建前も本音も、ちゃんと筋が通っている。少なくとも、俺を厄介払いしたいだけの話じゃなさそうだ。
「……少し、考えさせてもらっていいですか」
「もちろん。急かすつもりはありません」
一礼して、学長室を出る。廊下を歩きながら考えた。
剣の方は、正直、どこへ行ってもなんとかなる自信がある。でも、解毒魔術──あれだけは、自分でもよく分からない執着がある。もっと知りたい、覚えたい、そういう気持ちが、他の何よりも強い。
それに、ミリス神聖国か。
行ったことのない土地。知らない景色。そこで、自分がどこまでやれるのか。
「……行くか。ミリス神聖国!」
悩んだのは、そう長い時間じゃなかった。その数日後、俺は父様と母様に留学の話を伝えることにした。
────
「そんなの、ダメよ!!」
「──えっ?」
屋敷に戻り、夕食の席で事情を説明していく途中で、母様の表情がみるみる曇っていくのが見えた。そして、食器を置く手も忘れて、身を乗り出してきた。
「理由を聞いてもいいですか?」
「遠すぎるもの!今の学校だってたまにしか帰ってこられないのに、ミリス神聖国なんて馬車でどれだけかかると思っているの!?手紙だって、何ヶ月もかかるかもしれないのよ!!」
「あの、母様……」
「駄目なものは駄目!パウロがいないなんて、わたくし、考えられないわ!」
「バレンティナ、落ち着きなさい。この留学の話は悪いものじゃ──」
父様が、慌てて間に入ろうとする。
「あなたは黙っていて!!」
「えっ……」
珍しい母様の剣幕に、父様がたじろいで口を閉じた。いつもは冷静な父様が、一瞬で沈黙するあたり、母様の気迫がどれだけのものか分かる。
ちなみに、父様はというと──さっきから、何度も頷こうとしては、母様に睨まれて止めている。目を見れば分かる。完全に、賛成派の顔だ。
俺は、できるだけ落ち着いた声で続けた。
「母様、聞いてください。俺は、もっと広い世界で色んな経験をしてみたいんです。剣のことも、魔術のことも、もっと」
「……でも」
「寂しい思いさせるのは、分かってます。でも、行かせてほしいんです。母様の可愛い息子の、わがままだと思って」
「わが、まま……」
母様の目に、みるみる涙が浮かんでくる。しまった、ちょっとズルい言い方をしすぎたかもしれない。
「……ずるいわ、パウロ。そんな言い方されたら、断れないじゃない」
「えへへ」
母様は、涙を拭いながら、ぐっと何かを堪えるような顔をした。
「本当に……本当に、あなたって子は……。分かったわ……渋々だけれど、許します」
「母様、ありがとう!」
「ただし!手紙は毎週書くこと!休暇のたびに、必ず帰ってくること!寂しくなったら、いつでもわたくしを頼ること!いいわね!」
母様が、びしっと指を立てる。
「わ、分かりました」
「よろしい!」
母様は満足げに頷くと、次の瞬間、椅子から立ち上がって、勢いよく俺に抱きついてきた。
「もう、本当に、あなたは可愛いんだから!」
「ちょ……!?」
思い切り抱きしめられて、顔がそのまま母様の胸に埋もれる。柔らかい感触に包まれて、一瞬、何も見えなくなった。ああ、幸せだ──息ができない。
「んぐっ……!おかっ、ちょっ、うぶ……!」
「あら、ごめんなさいね!つい力が入っちゃって!」
慌てて離してもらったものの、しばらく呼吸が整わなかった。酸欠で視界がチカチカする。七歳にして、窒息しかけるとは思わなかった。
「……ちょっと本気で死ぬかと思いました」
「あらあら、大げさねえ」
母様は、けろっとした顔で笑っている。この溺愛っぷり、今に始まったことじゃないけど、毎回加減を知らない。
「まったく、お前たちは……」
父様が、呆れたようにため息をつきながらも、口元は緩んでいた。
「パウロ、留学の件しっかりやってこい。心配はしていない。お前なら、どこへ行ってもちゃんとやれるだろう」
「父様……」
「ただし!調子に乗って女関係で問題を起こすんじゃないぞ。最悪、国際問題になってしまうからな!」
「……………はいっ!!」
「今の間はなんだ!?本当に大丈夫なんだろな!?」
軽口を叩き合いながら、俺はなんだか、胸がじんわりと温かくなるのを感じていた。
心配性な母様と、信頼してくれる父様。二人とも、形は違うけど、ちゃんと俺のことを想ってくれている。
──ミリス神聖国、か。
新しい場所で、新しい自分を試す日が、もうすぐやってくる。
────
馬車の揺れに合わせて、膝の上に置いた剣の鞘が、こと、こと、と小さな音を立てる。
窓の外に流れる景色を眺めながら、俺は出発前の光景を思い出していた。
屋敷の前に、使用人たちがずらりと並んで見送ってくれた。
「坊ちゃま、どうかお気をつけて!」
「坊ちゃまがいないと、屋敷が静かになってしまいますね……」
口々にそう言われて、少し照れくさかった。
父様は、最後まで腕を組んだまま、でもどこか誇らしげな顔をしていた。母様に至っては、馬車が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた気がする。あれだけ渋っていたくせに、いざ出発となると誰よりうれしそうにしていたのが、母様らしいといえば母様らしい。
──さて。
俺は、膝の上の剣を手に取った。
鞘から、ゆっくりと抜く。刃に反射した光が、馬車の中でちらちらと揺れた。
「……ふふ。むふふ……うひひ」
布で丁寧に刃を拭いながら、我ながら気持ち悪い笑い方をしている自覚はあった。それでもニヤニヤが止められない。なぜなら、これはただの剣じゃないからだ。
──魔剣「
剣術大会で優勝した後、父様と母様が開いてくれた祝勝会で贈られた一振りだ。
効果は、剣の重量を自由に変化させられる。雲のように軽くもできれば、山のように重くもできる。元の重さに戻すためには、手を離すか鞘に収めればいい。ただし、重量を変化させている間は、絶えず闘気を消費し続ける
名工、ユリアン・ハリスコの四十八聖魔剣、その中の一振りらしい。
貰った当初の俺は、正直、浮かれすぎていた。
風呂に入る時も、傍らの椅子に立てかけて一緒に入っていたし、寝る時も、ベッドの中に抱えて眠っていた。授業中も腰に差したまま出席しようとして、さすがにリーシェ先生に止められた。
『パウロ、刃物を持ち込むのはやめなさい。事故の元だから』
『でも先生、雲岳と離れると寂しくて……。ほら、雲岳もすごく悲しそうです!』
『知らないよ、そんなの』
呆れた顔でそう言われて、渋々、寮の自室に置いていくようになった。今思うと、我ながらちょっとやんちゃが過ぎたと思う。
でも──
「……まだ、ちゃんと戦ったことないんだよな」
膝が、貧乏ゆすりし始めた。
大会では、支給品の剣しか使えなかった。屋敷での鍛錬でも、人を相手にする機会はそう多くない。せっかくの魔剣なのに、まだ本領を発揮させてやれていない。
「早く、斬ってみたい……」
呟いた、その時だった。
「──っ、何事だ!」
前方から、護衛の男の怒声が響いた。馬車が、急停止する。体が前のめりに揺れた。
「ブルルルルッ……!!」
窓の外、重い唸り声とともに、巨大な猪の魔物が姿を現す。全身を覆う鋼のような灰色の毛皮。口からは、人の腕ほどもある太い牙が突き出していた。
「ターミネートボア……! 取り巻きもいるぞ!」
猪の周囲を、何匹もの犬型の魔物──アサルトドッグが取り囲むように駆け回っている。牙を剥き出しにして、馬車へ向かって唸りを上げていた。
「坊ちゃま、お下がりください!」
「それを待ってましたっ!!」
「ぼ、坊ちゃま!?」
俺は、剣を鞘ごと掴んで、馬車の扉を蹴り開けた。護衛の制止の声を背中に聞きながら、地面に飛び降りる。
雲岳を抜き放つ。柄を握ったまま、闘気を一気に流し込んだ。
「悪いけど、これは俺の獲物だ!」
「グルァッ!!」
一番近くにいたアサルトドッグが、牙を剥いて飛びかかってくる。
「軽く、なれ──せぇい!」
「ギャンッ!?」
軽くなった剣を、思うままに振るう。一振り、二振り、三振り。まるで木の枝を振っているみたいな速さで、刃が次々とアサルトドッグの体を薙いでいく。
四匹、五匹。数の多さも、この軽さなら苦にならない。剣神流の速さに、北神流の変則的な動きを織り交ぜながら、次々と斬り伏せていく。
手応えすらほとんど感じないほどの軽快さで、残っていたアサルトドッグたちが、あっという間に地面に沈んでいった。
「ブルルルル……ッ!」
残るは、ターミネートボア本体のみ。
巨体が、地を揺らしながら突進してくる。これまでの犬型とは、重さも速さも段違いだった。
「……よし」
俺は、剣を軽いまま構えて大きく地を蹴っり、真上へ跳ぶ。
突進してきたターミネートボアの巨体が、俺のいた場所を通り過ぎる。その頭上を、俺は軽々と飛び越えていた。
「今だ──重く、なれ」
空中で剣を握る手に、さらに強く闘気を込める。魔剣が、一気にずしりと重みを増す。まるで、鉄塊そのものを握っているみたいな手応えだった。
落下の勢いと、剣そのものの重みを乗せて、俺はそのまま、ターミネートボアの背中めがけて剣を振り下ろした。
「──はああっ!!」
分厚い毛皮も、鋼のような皮膚も、重みを纏った刃には抗えなかった。
ずん、という重い手応えとともに、刃が巨体を頭から真っ二つに斬り裂く。どさり、と左右に分かれた巨体が、地面に沈んでいった。
辺りが、静かになる。
「──坊ちゃま!ご無事ですか!?」
護衛たちが、ようやく追いついて、安堵の息を吐いていた。
「ありがとう。でも大丈夫、もう終わったから」
俺は、手の中の雲岳から闘気を抜いた。重さが、すっと元に戻っていく。鞘に収めながら、刀身に浮かんだ雲と山の紋様を、もう一度眺めた。
「……やっぱり、お前は最高だな」
誰にも聞こえない声で呟いて、俺は馬車へ戻る足を速めた。
ミリス神聖国まで、まだ先は長い。