パウロ転生 ー家族のために本気だすー 作:パウロ大好きマン
アスラ王国、ミルボッツ領を出発してから、約一ヶ月。
馬車に揺られ、町や村に泊まり、途中からは船で海を渡り、長い旅路の果てに、ようやく目的地が見えてきた。
「……あれが」
馬車の窓から身を乗り出して、俺は思わず息を呑んだ。
湖の中央に、純白の城が浮かぶように建っている。街を囲む七つの塔と、金色の大聖堂。これまで見たどの街とも違う、格の違う美しさだった。
「ここが、ミリシオン……」
ミリス神聖国の首都。世界中の信者が聖地として崇める、文字通りの聖都。
馬車が進むにつれて、街の輪郭がどんどん鮮明になっていく。胸の奥が、自然と高鳴ってきた。
門に到着すると、白い鎧に身を包んだ一団が、馬車の前に整列して待っていた。陽の光を反射して輝く鎧は、どれも傷一つなく手入れが行き届いている。
その先頭に立つ男を見た瞬間、俺は思わず息を詰めた。
──強い。
歳の頃は二十代後半だろうか。やや青みがかった黒髪に、落ち着いた佇まい。構えているわけでもないのに、ギレーヌやオーベールと対峙した時と同じような圧を感じる。
──いや、それ以上かもしれない。
「ようこそおいでくださいました、パウロ・ノトス・グレイラット様」
その男が、前に進み出て深々と頭を下げた。
「私、聖堂騎士団団長を務めております、カームと申します。本日は、我が国へのご留学、誠にようこそおいでくださいました」
「初めまして。パウロ・ノトス・グレイラットです。この度はお出迎え、ありがとうございます」
俺は馬車を降りて、貴族として教わった通りの礼を返す。普段はあまり堅苦しいのは好きじゃないけど、さすがにこの場で崩すわけにはいかない。それに、今は礼儀どうこうより、目の前の男から視線が外せなかった。
「噂はかねがね伺っております。齢六歳にして、ミルボッツ領の剣術大会を制した剣の天才、と」
「ありがとうございます。でも、天才って言われるとちょっと照れますね」
「謙遜なさらずとも。我々騎士団の間でも、【剣才】はちょっとした話題になっておりましたよ」
カームは柔らかく笑いながら言う。その笑顔からは、さっき感じた圧がまるで消えていた。
「学校へご案内する前に、少しだけ街を見ていただこうと思います。せっかくの機会ですから」
用意された馬に乗り、カームと並んで街の大通りを進んでいく。
「大きい塔ですね。街の四方を囲むみたいに立ってますけど」
「あの七つの塔は、街全体に結界を張る役割を担っているのです。おかげでこの街は、長らく大きな災害や疫病に見舞われたことがないのです。仕組みとしては──」
「……ほへぇ、便利ですね」
「ははは、便利で済ませてよいものかどうかは分かりませんが……まあ、住んでいる者としては、ありがたい限りですよ」
カームは苦笑しながら、馬を進める方向を変えた。
「街は、四つの区画に分かれています。北は貴族や市民の暮らす居住区、東は商会が立ち並ぶ商業区、南は冒険者ギルドのある冒険者区。そして、これから向かう西側は、ミリス教団の本部や、我々聖堂騎士団の本部がある神聖区です」
「学校も、その神聖区にあるんですか?」
「ええ。学問と信仰は、この国では切り離せないものですから」
通りを歩く人々は皆、どこか穏やかな顔をしていた。すれ違う市民の何人かが、カームに気づくと、親しげに手を振ったり、声をかけたりしてくる。
「おっ、カーム様じゃねぇか。うちの店に寄ってくれよ! サービスするよ!」
「カーム団長、今度また稽古をつけてくださいよ!」
「ああ、時間を見つけてな」
気軽なやり取りを交わしながら、カームは一人ひとりに丁寧に応えていた。騎士団長という立場にしては、ずいぶんと庶民的な接し方だ。
「カーム団長って、とても慕われているんですね」
「いやいや、そんな大層なものでは。たまたま、街の者たちと話す機会が多いだけですよ」
カームは照れたように、首の後ろを掻いた。すると、並走していた別の騎士が、横から口を挟んできた。
「団長は、謙遜しすぎなんですよ」
「え?」
「団長はですね、歴代最年少で団長職に就かれた方なんです。しかも、水神流では帝級の腕前をお持ちで。それでいて、暇を見つけては街に出て、子供たちに剣を教えたり、困っている人を助けたりと、市民にとても慕われているのです」
「帝級……!」
やっぱりか。さっき感じた圧の正体に、妙に納得する。帝級剣士には初めて会うな。
「おい、やめんか。恥ずかしいだろう」
カームが苦笑いしながら制止するが、騎士はお構いなしに続けた。
「パウロ様も、せっかくですから団長に稽古をつけてもらってはいかがですか?」
「え、本当ですか? ぜひお願いしたいです!」
思わず身を乗り出すと、カームは少し驚いたような顔をした。
「それは、構いませんが……よろしいのですか? 相手は三十路手前のおじさんですよ」
「むしろ望むところです。強い人と戦える機会は、逃したくないので」
「いやはや、素晴らしい向上心ですね。承知しました、学校の都合がつく日に稽古をつけましょう」
「約束ですよ、団長」
「はい、約束しましょう」
そんなやり取りを交わしながら、馬は街の中を進んでいく。見慣れない建物、見慣れない空気。異国に来たことを、肌で実感する時間だった。
街の案内を一通り終えたあと、俺はいよいよ、留学先となる学校へと案内された。
────
それから始まったミリスでの学校生活は、これまでとはまるで違う色をしていた。
朝は、まず祈りの時間から始まる。全校生徒が礼拝堂に集まり、ミリス教の教えに則った祈祷を捧げる。慣れない所作に、最初は戸惑うことも多かった。
授業には、剣術や魔術の時間に加えて、ミリス教の教義を学ぶ時間が組み込まれている。治癒や解毒を「神の恵み」として扱う考え方は、アスラ王国の学校とはまったく違う角度からの教育だった。
それでも、解毒魔術に関する座学は、想像以上に充実していて、俺にとっては願ったり叶ったりの環境だった。
校内では、アスラ王国から来た留学生という珍しさもあって、俺の名前はあっという間に広まった。
「ねえ、知ってる? あの子、剣術大会を優勝したんだって」
「しかも、アスラ王国の領主の長男らしいよ」
「それに、顔もかっこいいし……」
あちこちから聞こえてくる噂話に、俺は毎度、曖昧な笑みを返すしかなかった。
慣れない国、慣れない文化。それでも、注目を浴びる感覚だけは、どこへ行っても変わらないらしい。
「……カーム団長の稽古はまだかなぁ」
礼拝堂の鐘の音が響く中、俺は小さく呟いた。
ミリシオンでの日々は、こうして静かに始まっていった。
────
学校生活にも慣れてきた頃、ようやくカームとの稽古の約束が実現した。
放課後、聖堂騎士団本部に併設された練習場に案内される。白い石畳の上、カームはすでに木剣と木の盾を手に、待っていた。
「お待たせしました、パウロ様」
「今日はよろしくお願いします!」
俺は、両手にそれぞれ木剣を構える。二刀流は、あのオーベール戦以来、すっかり自分のスタイルに馴染んでいた。
「ほう、二刀流ですか。面白い」
「カーム団長は、剣と盾なんですね」
「ええ。私の流派は、水神流の中でも少し変わっていましてね。剣と盾を使うので『護剣派』と呼んでいます」
通常の水神流は、一本の剣だけで相手の攻撃を受け流し、隙を突く──それが基本だ。でも、目の前のカームは、剣と盾、両方を自在に操るつもりらしい。
未知の流派。しかも、相手は帝級剣士。これまで対峙したどの相手とも違う戦い方になるはずだ。胸の奥が、自然と高鳴ってくる。
「それでは──始めましょう」
合図もなく、カームが静かに間合いを詰めてくる。先手必勝だと思い、右の剣で斬りかかると、乾いた音とともに盾に弾かれた。
「くっ──!?」
かん、という乾いた音とともに、剣先が盾に弾かれる。想像していたよりずっと重い手応えだった。
間髪入れず、左の剣で追撃する。でも、その軌道は、すでに盾の陰に回り込まれていた。
「水の流れは、受けるだけではありません、よ!」
カームの剣が、下から掬い上げるように俺の体勢を崩しにかかる。咄嗟に飛び退いたが、足元がふらついた。
流石は帝級剣士だ。想像以上に強いし巧い。
「っ……! こっちも、まだだ!」
体勢を立て直して、再び踏み込む。右で斬り、左で払う。何度も流され弾かれても、食い下がる。
──無音の太刀・弍閃。
カームの盾がこちらの剣を受けた、その直後──盾で押し返そうとしたカームの頬を、もう一本の剣先が、浅く掠めた。
「ほう……お見事です」
「まだまだ行きます、よッ!」
「二刀流は伊達ではないようですね。私も少し本気を出しましょう」
称賛の言葉とは裏腹に、彼の動きは止まらない。盾を素早く構え直して攻撃を防ぎながら、剣を鞘へ収める。
「力を失いしかのものに 力を与えん──ヒーリング」
「治癒魔術……!?」
短く省略された詠唱とともに、淡い光が頬の傷を塞いでいく。防御と治癒を同時にこなす、無駄のない動きだった。
「短縮詠唱、というやつですか?」
「ええ。実戦では、長々と呪文を唱えている余裕なんてそうそうありませんから。これが『護剣派』の戦い方です」
そこから先も、一方的な展開が続いた。二刀流の機動力で何度か攻め手を変えても、剣と盾で受け流され、防がれ、隙を突かれ、時には治癒魔術を挟まれながら押し返される。
どれぐらいの時間が経ったのだろうか。気づけば全身に打撲と浅い傷が増えていた。
「──ここまで、差があるなんて……!」
「最後の一合で終わりにしましょうか。いいものをお見せします。どうぞ来てください」
「……わかりました。本気で行きます」
左の剣は腰に納めて、右の剣を両腕で握り締める。そして、剣を引いて体勢を低くし、両腕に全ての闘気を集め、放つ。
「剣神流奥義──光の太刀!!」
「水神流奥義──
カームが、消えた。
「えっ……?」
狙いを見失った剣が、空を切る。踏み込みの勢いだけが残り、体勢が大きく崩れた。その瞬間に首筋に痛みが走った。気づけば、俺は剣を手放して、地面に伏していた。
顔を上げると、何事もなかったかのように、カームが立っていた。
「……参り、ました」
「はい、ありがとうございました」
差し出された手を取って、立ち上がる。全身に残る痛みに、カームはすぐ治癒魔術をかけてくれた。じんわりと傷口が塞がっていく。ありがたい。
「……今の、何だったんですか? 突然、消えたように見えました」
「水神流の奥義『
要するに、透明になったようなものらしい。相手が自分に集中するほどに、情報がなくなった時の落差で消えたように見えるのだとか。
「──これが、水神流の奥義か。すごいな……」
「パウロ様。もしよければ、これからは本格的に水神流を教えようと思います。奥義まで含めて、水神流の全てをね」
「……え。願ってもないことですけど、いいんですか? 俺は、別に水神流の門下生ってわけでもないですよ」
当然の疑問だった。ただの留学生の稽古相手にしては、随分と踏み込んだ話だ。
「実は、とある人物に言われていましてね。あなたに水神流を教えるように、と」
「とある人物?」
心当たりがまったくない。アスラ王国で水神流に縁のある人物なんて、リーシェ先生くらいしか思いつかなかった。
「『水神』レイダ──私の母親です」
「……えええ!?」
「驚かれましたか? 私は、水神の息子なんですよ」
思わず、言葉を失った。只者ではないとは思っていたけど、まさかあの水神と血縁関係だとは想像もしていなかった。
「どうして、水神様が俺のことを……」
「さあ、詳しくは私もわかりません。ただ、剣術大会の話は、アスラ王国中に広まっていましたから、母の耳にも入ったのでしょう。パウロ様が来る数日前に手紙が届いたのです」
カームは、淡々とそう言って、剣を鞘に収めた。そして、こちらに手を差し伸ばしてきた。
「というわけで、これからは本腰を入れて教えます。覚悟しておいてくださいね」
「……望むところです」
差し出された手を、しっかりと握り返す。全身はまだ痛むのに、自然と笑みがこぼれた。
水神の息子であり、水帝の名を背負う師匠から、直々に教わる機会。願ってもない話だった。
「楽しくなってきた……!」
────
稽古を終え、帰路につく。石畳の道を歩きながら、俺はさっきのカームの言葉を思い返していた。
『水神流の練度が他の流派と比べて、少し低いようですね……なんか、腹が立ちます』
『パウロ様は戦意が強いので、動きが読みやすいです。水王級以上の剣士相手だと、厳しい戦いになるかもしれません』
『奥義を一つ習得すると水王、二つだと水帝、三つだと水神になれます。つまり、私はもう一つ使えるというわけですね。今度教えてあげましょう』
「……まだ奥義を隠し持ってたのか」
思わず独り言が漏れる。あの飄々とした顔で、まだ上がいるというのだから恐ろしい。それでも、不思議と気分は悪くなかった。むしろ、早く続きを教わりたくて仕方ない。
上機嫌のまま、神聖区の通りを歩いていると、ふと、道の端にうずくまる小さな影が目に入った。
「……?」
フード付きのマントを深く被っていて、顔はよく見えない。小柄な体を丸めて、肩を小刻みに震わせている。
近づくと、すすり泣くような声が聞こえてきた。
「……うっ、ぐす……」
「えーっと、大丈夫?」
膝を折って、目線を合わせる。フードの奥から、濡れた瞳がこちらを見上げた。
「お兄ちゃん、誰……」
「通りすがりの者だよ。何かあったのかな?」
「……お父様と、はぐれちゃって……どこにいるか分かんなくて……」
迷子、か。
正直、困った。俺もついこの間この街に来たばかりで、どこに案内所や神殿があるのかも、まともに把握していない。
「……うーん」
どうしたもんかと考えながら、ふと視線を下げると、その子の膝が擦りむけているのに気づいた。血は止まっているけど、痛々しい。
「君、膝を怪我してるじゃん。転んだのか?」
「……うん。走ってたら、転んじゃって」
「痛い?」
「ちょっとだけ……」
強がっているのが、見ていて分かった。できるだけ怖がらせないように、優しい声を心がける。
「なら、治してあげようか?これでも、治癒魔術はそこそこ得意なんだ」
「……ちゆ、まじゅちゅ?」
「痛いことはしないから安心して。すぐに終わるから」
その子どもは、少し戸惑ったように目を瞬かせたあと、おずおずと頷いた。
「……うん、お願い」
俺は膝の傷にそっと手をかざし、詠唱する。
「神なる力は芳醇なる糧 力失いしかの者に 再び立ち上がる力を与えん──ヒーリング」
手のひらから、黄緑色の光が、ふわりと溢れ出す。淡く輝く粒子が、まるで小さな蛍が舞うように、傷口の周りをきらきらと漂った。光に触れた皮膚が、見る間に塞がっていき、何事もなかったかのように消えていった。
「わあ……!綺麗……!痛くない!ぜんぜん、痛くないよ!」
「はははっ、魔術は初めて見たの?」
「うん!すごい、すごいよ!キラキラしてて、お花畑みたい!」
膝を触ったり、光の消えた場所を何度も確かめたりしながら、はしゃいでいる。
その無邪気な反応に、俺の方まで、じんわりと嬉しくなった。安堵感と、それ以上の何か、くすぐったいような満足感が胸に広がる。
「気に入ってくれたなら、よかった」
「うん!お兄ちゃん、すごい!」
ひとしきりはしゃいだあと、ふと我に返ったように、自分の格好を見下ろした。
「……あ、そうだ。お兄ちゃん、ありがとう!」
深々と頭を下げて、お礼を言ってくる。律儀でいい子だ。
「どういたしまして。俺の名前はパウロ。君の名前を聞いてもいいかな?」
「うん!いいよ!」
その瞬間。
街の通りを、一陣の強い風が吹き抜けた。
風に煽られて、深く被っていたフードが、ふわりとめくれる。
露わになったその顔を見て、俺は思わず、息を止めた。
「わたしは──」
「ゼニス!」