白の七分袖パーカーをインナーに、赤のベストを重ね着し、黒いクロップドパンツを履いて、オレは家を出る。*1
お母さんが選んでくれた、オレの魅力を底上げする為のいつもよりちょっと気合いを入れた格好だ。
「ケータくん。」
左を向くと、何時もの白いパーカーに水色のハーフパンツを身につけた、とってもかわいいポニーテールの女の子、フミちゃんこと木霊文花が居た。
「ごめん。待たせた?」
「ううん、ワタシが早く来ただけだから。」
そう笑うフミちゃんだがその表情に険しさが残っている。今日のデートを楽しみにしているのもそうだが、デートの切っ掛けが、オレが危ないことをしたからである。それ故に心配という形でこんなに早く来たのだろう。
いわば監視のそれだけどそうされても文句はいえない事をしたので大人しく受け入れる。
「じゃ、行こっか♪」
フミちゃんがさくら中央シティに続く道の方向へ体を向け、前に進む。オレはそれの隣を歩きながら、2人であの夜の話をする。
「これがのぼせトンマンかぁ~。」
「桶や巨体を活かした強力な打撃は勿論、石鹸を使って妖怪達をツルツルに滑らせたりと意外な攻撃もしたんだ。」
「ワタシが相手にしたスライムはワープと自動とりつきの触手攻撃のインパクトがスゴかったよ。」
ウィスパーが妖怪パッドで撮影した写真を見ながら互いの相手を語る。
オレが戦ったのぼせトンマンはミツマタノヅチよりちょっと強い程度の強さを持つ妖怪だった。それもその強さの原因は初見殺しのボルテージによる必殺技だろうから、肉体的な強さはどっこいどっこいだろう。
「……人を食った凶悪な妖怪と風呂好きのおっさん豚が同じくらいの強さなのなんで?」
「ふ、封印が効いていたんじゃないかな~?」
あ~とフミちゃんが納得する。のぼせトンマンは確かに強い。でもオレとトモダチ達で追い詰めていたからそんなものだろう。
そしてフミちゃんが相手にしたスライムは瞬間移動と高速広範囲のとりつきと同時攻撃を行う触手なんて初見なら厳しいところもあるだろう。実際それが一因となって団々坂にいる多くの妖怪は恐怖に怯え、中には死んだものもいたそうだ。
「完全に無事だったのはコマさんとコマじろうくらいで、他の妖怪は死に体の状態ばかり。助かったとしても障害が残ったのが大多数で、軽傷だとしてもトラウマを植え付けられて、此処に居たくないからどこか遠くに行くと言った妖怪もいたよ……。」
「それはちょっと……悲しくて寂しいな。ウォッチランクが上がったからいろんな妖怪の姿を見たいと思っていたけど、元気な姿を見せてほしい。だからそれがしばらくの間叶わなそうで悲しいし、居なくなった妖怪達を思うと寂しくなる。」
「そうだね……でもねケータくん、元気になったら会いに行くって言ってた子も居たの。だから一区切りつくまで、一緒に待っていようね。」
「そっか……うんそうだ。その時を楽しみにしよっか。」
団々坂に居る妖怪達の幸福を祈って、オレたちは横断歩道を渡りさくら中央シティと呼ばれるエリアに着く。ここから南下して、イルカが居る水槽を目指しながら、オレたちはパッドに記録された別の写真を見る。それは変異したスライムだった。
「スライムこわっ!フミちゃん怖くなかったの?」
「スライムからワタシやトモダチ妖怪、被害者の声が聞こえたときは怖かったよ。寒気が走って、頭の中がグワングワンした。あれが正気を失う寸前というんだなって今は思うよ。」
ナニソレ怖すぎる。さらにフミちゃんは体のいたるところにある楕円の模様が口のように動き、そこから音を出していたと話す。多分フミちゃんだから正気を失う寸前で済んだのであって、他の人なら発狂するんじゃないかな。
オレはギリギリアウトだと思う。小さい頃から不完全ながら妖怪と関わっていたフミちゃんだからできたとオレは考えた。
「あのまま何もなかったら正気を失っていたと思う。でも銭湯から来た急な熱気で正気に戻ったの。そこから先はトントンと戦闘が進んで、スライムが使うワープのメカニズムを看破したら呆気なくって感じかな。」
どうやらフミちゃんは後一歩で狂乱していたらしい。でもあの熱気で調子を取り戻し、勝利を掴んだならオレとしても嬉しいことだ。
「てことはほぼ同じタイミングで第2ラウンドが始まった感じか。」
イルカが居る水槽についたオレたちはパッドを操作し、強化されたのぼせトンマンの写真を全画面表示にする。
「断言する。今のオレ一人、フミちゃん一人というウォッチ使い一人分なら絶対勝てない。」
疑問を持ったフミちゃんに説明する。硬すぎるんだこいつ。それまでに通じた頭へそ頭という攻撃がオーラによる防御に阻まれて肉体に届かない。
それに加えて純粋に攻撃力を増した桶や巨体の打撃、燃やした石鹸による凶悪なとりつき、何より存在するだけで上がり続ける気温と何から何まで殺意を感じる。
速攻しようにも火力が足りず、長期戦になったら熱でのぼせてそのまま脱水状態になって倒れる。ゴーケツの陣で強化されたに相応しい完全無欠の要塞だった。
「だからかたのり小僧とぶようじん坊に頼んで、肩こりさせて桶のガードをできなくしようとした。でも大型妖怪に効きが悪くて、トモダチ妖怪達を命の危険にさらしてしまった。」
「そんなことあったんだ……気がつかなくてごめんねケータくん。」
「いやフミちゃんは悪くないよ。スライムの被害者を放っておけないし、悪いのは見通しの甘かったオレの方だ。」
実際火力があれば正攻法でも倒せたかもしれない。ガードが硬いだけで体力はオレのトモダチ達で削りきれたから。それにたらればだけど全員頭に集中していれば突破できたかもしれない。
でもあの時オレはそれじゃ時間がかかって町中の人が危ないと判断したから、肩こりさせる事にした。オレはこの選択に悔いはないけど、力不足を痛感した。
「だからこそあのコマ兄弟にはとても助かった。2人の必殺技がなければオレたちは勝てなかったといってもいい。そしてそのコマ兄弟が銭湯に来たのはフミちゃんのお陰っていうから、ジバニャンのいう通り助け合いのめぐり合わせが今この時を型どっているって感動しているよ。」
「そっか……なんか奇跡みたいな夜だったね。」
「うん。想像を超える大冒険だ。」
バシャンとイルカのはねる光景を前に、オレたちはあの夜を思い浮かべる。赤鬼に見つからないよう隠れながら小学校を目指し、
オレは銭湯に残ってのぼせトンマンと熱気極まる部屋の中で死闘を繰り広げ続け、
フミちゃんは恐怖の象形であるスライムと戦った後、猛暑の中負傷者達を助けに回った。
そして全てが終わった涼しい夜の時計屋で、妖怪ウォッチを強化してもらう。
これが昨日の夜に起きたこと。普通の小学生では絶対にできない経験。
「オレ、昨日のこと忘れたくない。悔しさも、達成感も全部。妖怪が見えなくなって、なんとなく染み付いているとかじゃなくて、何度も反芻して、ずっと噛み締めて生きていきたい。」
「ワタシもだよケータくん。こんな経験他では絶対にできないし、忘れたらもったいないもん。」
忘れたら寂しい。この前まではそうだった。でもオレたちはあの夜を経て強くこう思ったんだ。
忘れたくない。
妖怪との思い出を、何一つ失いたくないって。
この先辛いことや怖い思いをする事は必ず来る。
妖怪が見えなければと思うときはきっとある。
でも今は、それを含めて、まとめて抱き締めたいと思ったんだ。
「ねぇケータくん、ワタシ考えすぎて疲れちゃった。」
「そっか。じゃいこっか。」
オレたちはウッドデッキに立つオシャレな店に入る。
その名はカフェ・オ・シャレンヌ。
さくら中央シティでデートするなら外せないところ。そして生半可な覚悟では入ることすらできない楽園である。