初めての妖怪不祥事案件を解決したオレたちは解散して次の日を向かえた。ウィスパーにはフミちゃんについていってもらった。フミちゃんに妖怪が寄り付きやすいのもそうだけど、人間が明確に味方と決めた妖怪がいると野良の妖怪が寄り付かなくなるとか。
唯フミちゃんはウィスパーと一緒に居るには生理的嫌悪感を感じるようで、
「ワタシの気が合う妖怪が居たらいいな。」
と口にしていた。ウィスパーは完全に防衛装置扱いで涙を流していた。とりあえず、野郎の涙は基本得をしないから泣き止ませた。でも効果は絶大なようで、
「すっごく眠れた!ウィスパーを枕にしたくなる。」
と満面の笑みで言いきった。ウィスパーは照れているけどその修飾語に物言わないがつくから勘違いしないでよ?
そんなこんなでフミちゃんの睡眠が安定するようになって一息ついたオレたちは魚屋の交差点に居た。
「ここの交差点、最近おかしな事が起きているんだ。」
それは寸止め事故。人が車に弾かれそうなギリギリのタイミングで止まるから寸止め事故と呼ばれている。そしてフミちゃん曰くこの事故が発生したタイミングで妖怪の気配がし始めたというのだ。
「危険すぎたからこの交差点は回避していたけど、今のワタシ達なら解決できるかも。」
そう言ってフミちゃんは交差点に行こうと行ったのだ。オレとしても賛成だ。この事故は下手をすれば死人が出る。手遅れになる前に何とかするのが一番だ。
「成る程、お二人の意向は理解しました。ですがお気をつけください。妖怪は妖怪でも今回は地縛霊の仕業かもしれません。」
そう言うとウィスパーは地縛霊の説明をしだした。
「地縛霊とは死んだ場所から離れずにいる霊のこと。多くの場合は死んだことをうる、いやうけうやられず……」
……例のパッドを使いながら。ドンヨリーヌの時といいこいつ妖怪なのに妖怪に詳しくないの?フミちゃんが言うにはあれは妖怪ウキウキペディアと言って妖怪の言語でかかれた百科辞典なのだそうだ。ウキ頼りの執事って本当に大丈夫なのかな?そう考えながらレンズを開いて辺りを見渡すと、
黄色い腹巻きを身につけた二又の尻尾が可愛らしい赤い猫が交差点の向こう側にいた。
「ニャ~、ン、ゴロゴロ……」
「何か、イメージと全然違う……」
フミちゃんはウィスパーと初めて会ったときの反応をしていた。オレもあの見た目の妖怪が寸止め事故を起こしていると言われたら嘘だと言いたくなる。
「あれはジバニャン。地縛霊の猫だからジバニャンというマンマなネーミングの妖怪です。」
それを言うならドンヨリーヌとホノボーノも同類だよ。違いは見た目と能力なだけでマンマなネーミングなのは変わらないって。
そんなことを考えていると、ジバニャンがいる側の横断歩道にサラリーマンが現れた。そして遠くから車の音が聞こえると、ジバニャンがサラリーマンに取り憑いて横断歩道を歩き始めた!
「んなっ!?」
「えっ!?」
「うぃっす!?」
現在の信号は赤色。それなのにおぼつかない足取りでサラリーマンが横断歩道の中心に立つ。そしてトラックが向こうから迫ってくると、
「食らえ車めぇー!」
ジバニャンがサラリーマンからとびだしてトラックに立ち向かった!
「必殺、ひゃくれつ肉球!ニャニャニャニャ……」
ジバニャンの必殺技?である連続殴打をトラックに浴びせる。ただ元が猫の殴打にトラックが敵う筈もなく、ドゴンッ!!と音を立ててジバニャンを弾き跳ばしたのだ。
「何をやっているんだお前は!」
「違う!?足が勝手に~!?」
あの人たちは無事なようだ。でもこれで確信した。ジバニャンが寸止め事故の犯人だ。何とかしてやめさせないと……。その方法を考えようと思ったときジバニャンがふらつきながらこちらに戻ってきた。
「にゃっふふ、やっぱ車は強い……」
そう声を出すがどこか力無い。妖怪でもトラックにひかれたんだ。相当なショックを受けているのが自然なことだ。オレたちはジバニャンを見つめていると、見えている事に気付いた。ジバニャンはその事に驚きつつオレたちに質問した。
「オマエ達エミちゃんを知らないかニャン?」
エミちゃん?という感じで首を傾げるとしょんぼりした。オレたちはエミちゃんを知らない。それからジバニャンがどうしてこんなことをするのか聞けると思ったオレたちはジバニャンに質問することにした。
ジバニャンはかつてエミちゃんという女の子に飼われていた猫だったそうだ。エミちゃんからどのように呼ばれていたかは忘れてしまったがとても幸せな日々を送っていた。だがある日この交差点で生前のジバニャンはひかれて死んでしまった。その時エミちゃんにこう言われたらしい。
『車にはねられて死んじゃうなんて』
『ダサッ……』
「「「ええーーー!?!」」」
「はっ薄情過ぎない!?飼ってた猫の最期なんだよ!?」
「そんなことないニャン、全部車にひかれた程度で死んだオレっちが悪いニャン!だから車を倒せるよう特訓をしているんだニャン!」
だからといってそれに人間を巻き込むのは違うんじゃないとジバニャンに聞く。そう言うとジバニャンは暗い顔をしてこう言った。
「そんなこと解っているニャン。でもオレっちは元々飼い猫だから!人間に愛されてた存在だから!今の人間に見向きもされない日々が寂しくて仕方ないニャン!!」
寂しい。
その一言がオレとフミちゃんにある思い出を呼び覚ました。それは人生で一番辛かった一年間、小学3年生の学校生活だ。
事の始まりはその年の始業式の日に見たクラス分けの掲示板の内容だった。小学1、2年生の時は一緒のクラスだったが、その年のオレたちはそれぞれ別のクラスへと振り分けられていた。
「……ぇ?」
その時に聞いたフミちゃんのかすれた声が今でも耳に残っている。オレはそのときどうしていたかは思い出せない。フミちゃんの隣で何を言っていたのか、いや言葉を発したのかどうかすら覚えていない。あまりのショックでその1日学校で起きた事が身に付かず、上の空だった記憶しかない。
明確に、鮮明にこれが事実なのだと実感したのが、その日帰り道さんかく公園で起きたフミちゃんとのやり取りだ。
「クラス、バラバラになっちゃったね。」
「うん。」
「クラスに馴染めそう?」
「……わからない。」
「……今日は楽しかった?」
「……」
フミちゃんからの会話をオレは生気のない返事で返す。そんな状態を打破したのはフミちゃんのある言葉だった。
「……ワタシ、嫌だ。」
さっきまでと違って感情を主軸とした言葉だった。
「ケータくんが居ない授業が嫌だ。ケータくんが居ない給食が嫌だ!ケータくんが居ない教室が嫌だ!!」
オレに響く嫌という言葉。オレはそれを聞いてある質問をする。
「それはナニカが出たとき誰も助けてくれないから?」
それを聞いたフミちゃんは怒った顔をしながら首を物凄く横に振ってオレに感情を爆発させた。
「違う!!!ナニカなんて関係ない!ケータくんが居ない教室に、大好きなあなたが居ない空間に一年間居なければならないんだよ!それがとても、寂しくて寂しくて仕方ないの!!」
だから嫌なのと、オレの胸で大泣きすると、オレの心がドクンと動く。
「……寂しい?」
オレの声が聞こえたのかフミちゃんはさっきの言葉の補足をする。
「ナニカが恐いのは本当だよ。でもそれが理由で教室を嫌と感じることは無いの……。ケータくんが居ない。この事がワタシを苦しめているの……。」
オレはその事を聞いて、自分の視界が濁るのを見た。その時オレは理解した。オレは今寂しいと、悲しいと叫んでいることに。
「──────ぁっぁあ!!!」
そう自覚したら早かった。涙が溢れて止まらず、フミちゃんの居ない教室を思った故の辛さで胸が一杯になる。
「フミちゃん、オレも寂しい。フミちゃんの笑顔が、声が、あの空間に無いこと、そばに居ない事がこんなに辛いことなんて思わなかった……!!」
オレたちは保育園の頃から一緒だった。それが普段の学校生活では一年間絶たれるだけで今生の別れじゃない。だけど一年という長い間ほぼ関わらないというのは、オレたちにとって相当な衝撃をもたらした。
涙を流しながら嗚咽混じりでお互いの名前を呼び合い、別のクラスになった事実を受け止めるまで約30分。一年間ちゃんと頑張ると約束してオレたちは帰路についた。両親にこの事を話すと最終的に褒めてくれた。頭を抱えてはいたけど。フミちゃんも同じような感じだったらしい。そうしてオレたちは約束通り一年間を走り抜けたわけだ。
さて、その記憶を思い出した後もう一度ジバニャンを見つめる。大好きであった飼い主に会うためにココまで自分の身を粉にすることができるのだろうか。何度弾かれても立ち上がり、自らの目標に向かって邁進できる存在がいったいどれ程存在しているのだろうか。それにエミちゃんが妖怪を見ることができるとは限らない。にも関わらず車に立ち向かい続けるのは、ひとえに大好きなエミちゃんに会うという一途な願いのため。そう思うとオレたちはその小さい赤色の体が、とてもかっこ良く見えたんだ。
「でも、人間の言うとおり迷惑をかけるわけにはいかニャイ……これからは1人で、ずっと独りぼっちで特訓するニャン……!」
ジバニャンは目から2本の滝を流し、横断歩道へと向かおうとした。その瞬間オレとフミちゃんにある思考が駆け巡る。このまま放置したらジバニャンが潰れちゃうと。目標に向かって邁進できるのは素晴らしいことだ。だけど心の安らぎが無い状態でそれを維持することが出きるのだろうか。
小学3年生の一年間ははっきりいって地獄のそれだった。でも休み時間や休日にフミちゃんと遊ぶことでささやかな安らぎを得ていたからこそ乗り越えられたんだ。
だけどジバニャンはそれが無い。愛されたい存在に愛されることができない存在となってしまった。それは元が飼い猫のジバニャンにとってどれ程辛いことだったのだろう。
安らぎの有無が目標達成に必要不可欠な事を知っているオレたちが、奈落の底に堕ちようとしている者を呼び戻そうとすることは必然だった!!
「「待ってよジバニャン!」」
オレはジバニャンを呼び止める。ジバニャンは驚いた様子でこちらに振り向いた。横目でフミちゃんの様子を見る。どうやらフミちゃんも同じことを考えていたようだ。
「そんなに寂しいなら、オレに取り憑いてよ!」
「ワタシも特訓に協力する!必要なら乗り移っても構わないよ!」
「にゃにゃ!?どうして……。」
ジバニャンはオレたちの言葉に驚愕する。自らトラックにひかれそうになっても構わないと言っているのと同義だからだ。だからオレたちは協力したいと思った理由をジバニャンに伝える。
「だってジバニャンはスゴいもん!自分が死ぬ原因となった車に立ち向かえるなんて普通じゃできないし、それを継続して頑張り続けることが本当にスゴい!」
「大好きなご主人に会うという願いのために立ち上がり続ける不屈の心。あなたにそこまで思われているエミちゃんはとても幸せ者だよ!」
ジバニャンは再度泣き出す。しかしそれは今までやってきた事を肯定された事による歓喜の涙のように見えた。
「これからはオレたちが一緒。だから、」
「ニャ~~!ンッニャン!!」
その時ジバニャンが光を放った!光は2つに別れて小さい円盤を形成する。光がオレとフミちゃんの手元に降り立ち、光が治まると、ジバニャンが描かれた丸い物体がそこにあった。
「それは[妖怪メダル]!妖怪とトモダチ契約をした証でうぃっす。」
妖怪メダルと呼ばれた物を軽く握るとどこか深いところでジバニャンの力を感じる。車を倒すという眉唾物の願い、しかしそれを本気で叶えようとする不屈の心。紛れもなくオレたちがトモダチになりたいと願ったジバニャンのものだった。
「ニャハハ♪ケータ、フミちゃ~ん!」
ジバニャンがオレたちに駆け寄る。オレたちはそれに応えようと両手を広げジバニャンの名前を呼ぶ。そしてオレたちに抱きつこうとジャンプしたその瞬間、横からトラックが突っ込んできた。
「「「あっ……」」」
不意の一撃に猫の妖怪が敵う筈もなく、ジバニャンは空の彼方へと消えていった。
「ボクは死にましぇ~~~~ん……」
星が煌めく擬音(気のせい)を背にオレたちは気まずい顔をした。果たしてジバニャンが車に勝つ日は来るのだろうか……。
悪いなセミまる、トホホギス、ドンヨリーヌ、ホノボーノ、そしてその他の妖怪達。あの2人の一番最初のトモダチ妖怪はジバニャンなんだ。どんな展開になってもこれは外せないんだ。許せ。
因みに小学4年生の時は一緒のクラスだったため、歓喜のあまりに帰り道のさんかく公園で30分位泣き合いました。バカップルぷりに拍車がかかりますね。
次回妖怪ウォッチ1第3章