ゾンビものの世界で、モブがこの先生きのこれるわけwww 作:KNa\
太陽が真上から照らす正午過ぎに海の上を船が走っていた。空は快晴。片手側に陸地がしっかり見える程度の沖合まで出た状態で、スピードをそこそこに抑えて海面を割って進んでいる。
男性を謀って港を出、船旅を始めてからはや五日。道中補給や休息で陸に寄ったり海上で停泊したりした結果、船は目的としている海上拠点まで3/5程度の距離まで到達していた。理想通りならば既に辿り着いている頃だったが、生憎と船の旅は早々うまくいかないものだった。
「……うー……」
操縦室の後ろにあるソファベッドに寝ころんだ少女は気分の悪そうな声でうなり声をあげている。胸元には開封された酔い止めの箱が両手で抱えられていた。服用済ではあるもののあまり効果は出ていない。もっとも少女の症状に対して効きが悪いことは五日の間で分かっていたことである。そしてこれが船酔いではないこともなんとなく判明している。
というのも、少女が抱えている不調は胃腸の捻じれる気持ち悪さや耳目の揺れる平衡感覚の喪失、脳の締まるような鈍痛といった船酔いらしい症状を一切伴わず、嫌な気持と焦燥感が襲ってくるついでに脳裏に夜闇の中に浮かぶ女性のシルエットが瞬きよりも短い間隔でチラついてくる、というものである事が少女の申告で分かっていたからだ。気分が沈むが体は問題なく動くらしいので、船か海に関連する心因性のアレソレだ。というのがフジオの見立てである。
「もう少し耐えてろよ、この辺りならデカい街が近い。薬か漢方程度は探せるはずだ」
「わかったぁ……」
フジオは気休め程度の言葉を投げかけると、船の停められそうな場所を地図と肉眼で探しながらハンドルを握る。手持ちの薬は様々あるがその殆どは大人相手の交渉用であったりフジオ自身に使えるものばかりを選んである。子供用の眠剤や安定剤はストックには入っていなかった。
フジオは別にそのことを申し訳なく思うことはない。持てる荷物の限られる中では取捨選択が非常にシビアに生存に関わってくる。個人で生きる分にはそれで正しかったのだし、状況が変わってから行動を変える事はミスや不手際ではない。都度都度に行動を選択し直す事は臨機応変というのである。
「誰に言い訳してるんだか……お、あそこならいけそうだ」
「うぁー……!?」
フジオは停留できそうな場所を見つけるとハンドルを動かして船体の進行方向を捻じ曲げた。遠心力に負けた少女がソファベッドの上を転がっている。フジオは振り返ることも心配の声をかけることもなく彼女に降りる準備をするよう言いつけて、船の速度を多少上げた。心づかいの欠片もないが、この世界で生きていけるようになりたいから遠慮は無しでいいと三日目に言ってきたのは少女の選択だ。フジオはそれを尊重しているだけである。
「フジオのばかぁ……」
……尊重しているだけである
海を渡り、浅瀬を割いて。元は水上レジャーでも置いてあったのだろうビーチの桟橋へとフジオは船を停めた。停留所にはフジオの乗ってきた船以外の水上用の乗り物は見受けられない。そんなスカスカな桟橋へ先んじて船を降りたフジオはいつもの通りに完全装備。右手にクラブハンマー、左手にアイスピックを握りこんで一人で進む。少女には船での待機を言い渡してあった。
「やっぱ居るか……全部ノーマルだな」
桟橋の繋がる先、連なった屋台通りから声を上げてやってくるゾンビの姿があった。手首から先のない半裸ゾンビが一体。丈の長い服装の干物のようなゾンビが二体並んでこちらへやってくる。変異種ではなさそうだ。ゾンビからフジオまでの距離は半裸が2m弱、その後ろ1m程度に残りの二体が並んでいる。
フジオはハンマーを左肩の上まで体を捻りながら持ち上げて半歩だけ右足を進ませた。獲物を求めて先のない両手を必死に伸ばした半裸のゾンビがつんのめるような姿勢で前へ出てきた。
「まず
食らいつこうと差し出された頭へフジオはハンマーを躊躇無く振るった。狙う場所は顎や鼻ではない。ゾンビを仕留める為には顔の表面ではなく脳を破壊する必要がある。それでいけばハンマーは対ゾンビの武器としては扱いの楽な部類に入る。こめかみから奥、目玉から上の範囲を狙えば大体は斃せるからだ。
半裸ゾンビの頭部半ば。右目を超えて左眼窩奥まで破砕音を立てて金属塊が侵入した。破壊された頭部から暗緑色の脳を晒してぐらりと体を傾ける。
「よっ」
しかしフジオはゾンビがただ倒れることを許さなかった。前に出した右足を軸に腰を回転させ、右に流れる腕の動きを左足へと連動させる。振り上げた左足の裏で強く前へ押すようにして、フジオは半裸ゾンビの体を後方のゾンビへ向かってぶつけるように蹴り出した。
隣り合って並んでいたゾンビのうち一体は半裸ゾンビの死体に巻き込まれて空を向いて倒れたが、もう片方にはぶつからなかった。倒れた二体を無視して突っ込んできたゾンビに向かってフジオは左手のピックを逆手に握り直して迎え撃つ。
地に着けた左足を曲げ突き出された両腕の間を潜ってフジオはゾンビの腕の間に入り込んだ。そして左手に握ったピックをゾンビの眉間に勢いに任せて突き立てる。ずぐぶ。と音を立ててめり込んでいくが存外丈夫である。ピックの先端は5㎝半ばで動きを止めた。
「これで
しかし5㎝も刺さっていればフジオの目的は達成されている。半ばで止まってしまったピックの持ち手の底へ向けてくぎ打ちの要領でハンマーを叩きつける。残りが一気に押し込まれたピックはゾンビの眉間に持ち手がぶつかって止まったが、ゾンビもそれと時を同じくして動きを止めた。フジオは持ち手をスロットレバーよろしく握りこみ左奥方向へと強く押しのけた。
ずるり。ゾンビの自重で眉間からピックが引き抜かれ、先端からは半透明の液体が糸を引いた。フジオはその時には目線を残り一体のゾンビへと向けなおしていた。桟橋に仰向けに倒れていたゾンビはまだ上に半裸のゾンビを被ったままだ。
「最後、
フジオは右足で半裸ゾンビごと踏みつけてゾンビを地面に固定し、右手のハンマーを振り上げ、最後一体の額へ向けて勢いよく叩きつけた。
「……よし。クリア」
三つの死体が動かないこと。音を聞きつけた別のゾンビが出てこないことを確認し。フジオは左手のピックを腰へ戻し提げると船へ体を向き直す。そして左手を指先から肘までをピンと伸ばして手の甲を船へ向け、手首を曲げずに二度前後に振った。事前に決めておいた付いてきても問題なしの合図である。
様子を見ていた少女が、自転車を船から降ろしながらフジオの元までやってくる。ゾンビの死体を見ても何も言わないのは、五日間の間に慣れていたからだ。服装もきっちりと露出を減らし頭もメットで守られた現代基準になっている。小さいながらもリュックと武器は持っているし、フジオからの「長い髪の毛はやめとけ」というアドバイスで渋々切った髪にも慣れたらしい。
耳元の毛先をくるくる指でいじりながら、少女はフジオに今日はどうするのかと予定を問いかけてくる。海上での様子が嘘のように平然としていた。やはりここ五日と変わらず陸に近づいた時点で不調は解消されるようである。
「自転車で移動して周囲の探索。初日と一昨日みたいに薬や物資を見る感じだな。薬局かドラッグストアがあればそっち優先。選ぶのは俺のメモで判別つくモンだけだ」
「おっけー。探すお店の大きさも前と同じ?」
「そうだな。ホムセンや病院なんかはリスクのがでけぇ。探索するのは一階建てまで。階層がある場所は無視だ……そうだな、三時間以内に戻るぞ」
二人はそう話しながら自転車に跨った。フジオがサドルに跨り、少女は荷台に固定したフジオのリュックを座椅子代わりに使う形だ。三時間の時間制限はこの探索が必須ではないからである。食料や衣服の替えはこの五日の間に整えられており、使っている道具も壊れそうな様子もない。どれだけ備えても不足は出るので機会があれば探索するが、主目標は『海上拠点を見に行く』ことであって探索では無い。
今回は少女の精神ストレスを緩和するために小児用眠剤か安定剤を探せればよし。なくとも鎮痛剤やら抗生剤やらが残っていれば御の字といったところ。食料はどうなのか?と問われればこの規模の町だと望み薄である。知らないものに手を付けたがらない国民性である為に、薬は結構残っていたりするので優先するのは薬だ。
「しっかり掴んでろよ。落ちたら走って付いて来い」
「いやそこは戻ってきてよ流石にさ」
「めんどくさい」
「めんどくさい!?」
わやわやと話しながらもフジオは少女を乗せて自転車を進める。その様子の中に遠慮や強張りは見受けられない。どうやら二人の相性はそう悪くないようである。
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世界にゾンビの脅威が表れてからすでに三年近くが経っている。この国からガスや水道、電気といったインフラが消えてから久しい。
鬱蒼とした森の中が昼でも薄暗いように、電気の通らない建物中も薄暗いものだ。周囲に建物が多くある都会や大きな町などは特に明かりが入りにくい。
「んーコレとコレは?」
「そっちは使える。そっちは知らんから置いてけ」
「おっけー」
それは現在フジオと少女の入り込んだ薬局も同じことである。二人は片手に懐中電灯を携えて、カウンター向こうの探索を進めていた。ちなみに物色する建物はここで三件目だ。
「うーん、こっちはもう無いよフジオ」
「そうか、わかったそろそろ船に戻るとしよう」
「おっけー。結構色々見つかったね?」
「ああ、運がよかった」
二人のリュックはパンパン……というほどでもないが、船から持ち出した時よりは中身が増えていた。目当てであった小児用眠剤や安定剤。鎮痛剤や抗生剤に加えて、マイナーな心臓やら内臓用の薬も手に入れることが出来ている。後者の薬は効能がわかりやすく且つ効果が高い薬である。こういったものは他生存者との交換レートが高いのでフジオは名前と見た目をメモに残している。
二人は慎重に音を抑えてカウンターを乗り越えて外に出た。空を見上げれば太陽の傾きが目に見えてわかるほどになっている。そのまま荷物を自転車に固定して移動しようとしたところでズリ
「……一体、だな。他に何か聞こえるか?」
「アタシは何も……目の前の人のだけだよ」
「そうか」
「うん……ねぇ、フジオ」
音の方向。薬局とその隣の建物の隙間から這い出てきたのは一体の薄汚れた半裸のゾンビだった。普通の人の形をしてはいないが変異種でもない。その姿を見た少女はフジオの服の裾をそっと引っ張った。
「なんだ」
「なんでこの人……こんな……」
「
「…………そう」
少女はそう言ってフジオを見た後に口を噤んだ。フジオも何も言わない。言うことが無い。フジオは黙ったまま懐中電灯を仕舞って右腰からナイフを逆手で取り出してゾンビの方へ進む。赤子より動きの鈍い相手を待つ理由もない。
目の前までやってきたフジオに対して、地に伏せたゾンビはその背を仰け反らせて頭を向ける。両手足が捥がれ、胴体にドライバーや折れた木材が突き刺さり、股や臀部に割れたガラス瓶や束ねた電気コードを突き入れられた状態の、片目と口の縫われたゾンビにはそれしか出来ない。
ご愁傷様。フジオがそれだけ唱えてナイフをゾンビの頭頂部に深く突き刺すと、そのまま鈍いゾンビは活動を止めた。その間も少女は何も喋らなかった。フジオは何も言わず自転車まで戻って、少女が荷台に跨るのをゆっくりと待った。
「……」
「……」
とても静かな音で車輪を回してフジオと少女を乗せた自転車は車道を走る。なかなか大きな町の大通りだけあって放置された車両も多いが、密集というほど道を塞いではいない。周囲に動く車もなく、ゾンビがいたとしても中に閉じ込められているのが殆どの車道では、変な運転をしない限りは間を抜けることは難しいことではなかった。自転車の音も沢山の車体に阻まれて遠くまでは響かない為、叫んだりしなければ移動するには便利である。
「……」
「……」
無言、無音。少女はフジオに掴まりながらその背に頭を押し付けて俯いている。ゾンビへの仕打ちに心を痛め……というわけでは無かった。もちろん何も思っていない事はないが、どちらかというと少女はフジオの方に引っかかっていた。
見覚えがあった。気がしたのだ。記憶喪失中の感じ方は人によって所感が異なる為、これは少女の独特の感性ではあるのだろうが、あの時、止めを刺しに向かう前のフジオの顔が
そしてそれがそのまま失くした記憶の輪郭に重なったように感じたのだ。少女の語彙の中にそれ相応の文字が無かった為「どこかで見た気がする顔」という結論になっているし、やはりそれ以上の進展はなかったのでこういう顔をする人を知っている。程度で止まっているのだが。
「……ね、フジオ?」
「どうした」
「さっき、何であんな顔してたの?」
記憶に触れたその誰かが近しい人間だったのか、どうにも気になってしまう少女はフジオに問いかけた。
「は?何の話だ?」
しかし聞かれたフジオは疑問文に疑問文で返した。心当たりがなかったからである。
「なんか……こう、怒られた時と、悲しくなった時を同時に思い出しちゃったのを隠してる。みたいな顔してたじゃん?」
「?、いつの話だ?」
「帰る前の、薬局の路地から出てきた人を倒す時に」
「あぁ?……あー?……そんな顔してたか?」
「してたよ?」
「……うんん?」
言い切る少女に押されてフジオは何とか思い出そうと頭を捻る。すでに町中の車溜まりを抜けて、広い大通りから片側一車線の海沿いへ出る道へ差し掛かっていた。障害物が少ないので考え事は運転中でも可能だ。フジオは足を回す速度を多少早めながら、その時の自身が何を考えていたのかを考えてみる。
うんうんと心当たりを総当たりしながら自転車を漕ぎ進んで数分。フジオはついにその時考えていた事思い至った。が、そのあと直ぐに眉を顰めて胸のあたりを手で掻いた。
「どうかしたの?フジオ?」
しかし後ろにいる少女から前に座るフジオの顔は伺えない。考えながら出していた声をピタリと止めたフジオに少女は心配の声をかけた。
「あー……いや。なんでもねぇ」
「……もしかして変なこと聞いちゃった?」
「いいや。ちょっと前のことを思い出しただけだ。お前は悪かない」
「やっぱアタシのせいじゃん……言いにくかったら別にいいのに」
フジオを困らせたと思った少女に、フジオは本当に何でもないのだと重ねて言った。そのあとただの自己嫌悪だ。とも。
そうこうしていた所でフジオは自転車のブレーキをかけた。船のあるビーチの桟橋まで戻ってきたからである。無言のまましばらく走っていた分だけ想定より早く進んでいたようだ。
「ほら、船に上げるから一旦降りろ」
「わかった。……ね、ホントに気にしてない?」
「ああ、気にしてない気にしてない。……聞かれたことの理由はまぁ、荷物を整理してるときに話してやるよ」
「なんか暗い話な予感……怖い所とか無いよね?」
「別に聞きたくないなら言わねぇが」
「ヤダ。フジオあんまし自分のこと話さないんだもん。アタシが聞いたんだから全部聞く」
わちゃわちゃと騒ぐとは言えない程度に言い合って、フジオと少女は船に乗った。日は傾けど空はまだ明るい。二人は船の上で探索で得た物資を広げて整理を始める事にした。
TIPS
現在の二人の目的
少女:とりあえず生き抜く力を身に着けたいので態度に反してかなり甘いフジオに付いてくつもり。
記憶に関してはフジオと移動してるだけで掠ってる部分もある(思い出せてはない)ので現状維持予定。ただフジオが拒否ったら諦めて一人で頑張ってみようかな。
フジオ:海上拠点を見に行く。住めそうなら飽きるまでそこで暮らしてみる予定。
少女の選択の機会を無理しない程度に守る。それが少女を助けて着いてくることを了承した義務だと考えている。
少女が拒否ったら物資分配して去るつもり。
フジオは基本場当たり的で死んだら別にそれで。なスタンス。今は少女がいるので探索が慎重。