ゾンビものの世界で、モブがこの先生きのこれるわけwww 作:KNa\
とある海沿いにほど近い二階建ての一軒家でフジオは休んでいた。ただ、自身の拠点の一つとしたわけではなく、疲労を見かねて招いて貰ったというのが正しい。
家の中は中々に広く、家主は人の休める寝室が三つもあるという。そのうちの一室にフジオはいるのであった。
「さっきは助かった、まさかあんなに変異種がいるとは」
清潔で真っ白なベッドの上に腰掛けるフジオは、飲み終わったコップを置いてからそう言って頭を下げた。
「いえいえ、声掛けが間に合ってよかったです。あそこはアレの住処になっていまして……それとこれを。勝手かもしれませんが、洗っておきましたので」
人好きのする爽やかな顔の男性が、フジオにそう返した。太い黒淵の眼鏡と少し癖のある黒毛の彼は、手に持った厚手のマフラーと指先の空いたグローブをフジオの居るベッドの縁へと置いた。身に着けていた他の衣類は明日には乾くそうだ。
「いや、重ねて助かる。しかしいいのか?他人にこんなに良くして?」
「人助けは遠慮されてでもしろ。というのが親の口癖だったので。心配なさらずとも、負担になるほどでは無いですよ」
「そうかい。随分余裕があるらしい。海を選んだのは正解だったかな」
受け取った装備の具合を確かめたフジオがそう擦れた笑みで言うと、男性は「街にくらべれば、アレも少ないですからね」と、軽く笑ってそう返した。
ふ、と一呼吸の間が空いた。フジオはその隙を利用して目線を男性から逸らして窓の外へと向ける。会話の打ち切りを察したらしい男性は夕食時に呼びに来る事を告げて、部屋の外へと出て行った。
「……運がよかった……いや、油断か。道中にヤツらが居なかったからと、気が緩んでた」
じぃ、と頑丈なはめ殺し窓の外に向かうフジオの視線は、暗くなり始めた海の風景ではなく、ここの対岸にある港倉庫へと忌々し気にそそがれている。倉庫はボロボロで明かりはなく何かが動く様子は見えない。しかし其処に潜むモノが居ることを、フジオは知っている。
「変異種。虫に似たやつだったな……海に出るには、アレらを何とかしないと。か」
面白くなさそうに鼻を鳴らすフジオ。海を確かめようと港に向かう途中、その倉庫から這い出てきた虫型の変異種、通称ディッパー共に襲われたことを思い出していたのだ。土地鑑も碌に無い中で七匹のディッパーから逃げきれたのは、偏にあのお人よしの男性のおかげである。
「だからって大声で呼びかけるか、普通。赤の他人だっていうのに」
自らの失態と、他人の好意で助かった事実が綯い交ぜになって、フジオは何とも言えない気持ちになっていた。
世の中がこうなってから、最初に世間から失われたのがモラルと秩序であった。その二つの中身の大半を早々に投げ捨てた側のフジオからすれば、スタンス違いの相手に恩が出来てしまった気になっていたのだ。まぁ、どれだけこねくり回しても安いプライドと気恥ずかしさの話であるからして、放っておけばそのうち解ける程度ものである。
「……明日に手伝いを数個、申し出るか。ついでに海に出る話にうまく巻き込めれば、後腐れも消えるだろ」
自分の中で着地点という名の言い訳を済ませたフジオは、かぶりを振ってからベッドへ背中を押し付けて瞼を閉じた。眠る気はない。助けられたとはいえ、他人の家の中で気を抜ききれるほどフジオはあの男性を信頼しきってはいない。今は身に着けていないが、自身の得物もすぐ手の届く位置。ベッド横のテーブルに全て置かれている。
「くぁ……ぐぅ、ぐぅ……」
常に聴覚は鋭敏に研ぎ澄まされている。危機を感じ取ればすぐに飛び起きれるような人間だけが生き残れる世界なのだ。それが出来ない者は淘汰されている。しかし。
しかしである。フジオがこうしてちゃんとした寝具に横たわるのは久しぶりのことだった。普段はヤツらの侵入に反応・対処しやすいよう、固い床や埃っぽい狭い場所でフル装備で眠っている。体は常に緊張し、開放感とは無縁な生活を送っていた人間が、清潔で快適で開放的な環境に身を置けることは稀だ。
だから、フジオが次に目を覚ましたのが、夕食を誘いに来た男性が体を揺り動かしてから数秒後だったことは、仕方のない事だろう。
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「ご馳走様」
「お粗末様です。すいませんが食器は食洗器までお願いしますね」
「わかった」
男性と二人きりの食事を終えたフジオは空になった食器を重ねて持ち上げて、流しへと向かう。言われた通りに食洗器へと手のものをセットした。動かすのはあの男性が行うらしい。
水も電気も余裕で利用できている理由は、この家に取り付けられたソーラーパネルと貯水タンクにあると聞いている。フジオは拠点は防衛と脱出のしやすさで選ぶ質だが、こういった暮らしに特化した拠点も悪くないと、贅沢に水を使った歯磨きを終えた今、感じ始めていた。
「さて、ではフジオさん。何かお話があるとのことでしたが?」
口腔内がすっきりとして仮眠によって目も冴えたフジオが、上階で見張りをしようと階段へ向かっている所で、寝間着姿の男性が話しかけてきた。フジオは呆れるばかりになる。
「……余裕がある時って、言わなかったか?」
「ええ、今は余裕がありますから」
「夜だぞ?ヤツらの時間だ。見張りは俺がやるから、休んでくれ」
一宿一飯どころか、風呂に着替えに洗濯まで世話になっている命の恩人である。最後の恩が一番重い。夕暮れのベッドで考えていた手伝い数個程度では賄えない恩義をフジオは受けている。ここから更に休む時間すら奪うような真似をフジオは望まない。というかこの恩返しをどうすればいいかと聞く腹積もりだったのだ。
しかし、気負ったフジオに対して男性はあっけからんとこう言い放った。
「ああ、見張りはいらないんです。夜の間は監視用の機械が敷地を見てて、異変があったら知らせてくれますし、扉や窓、通気口は自動的に朝まで塞がれるので」
「は?」
怪訝な顔を通り越してぽかんとした表情をフジオは晒した。聞いた言葉に口が塞がらない。つまりはそれは、考えうる限り理想的な拠点ということではないか。そんな家がなぜこんな海沿いのにあるのかと、フジオはそうやって首を捻った。
「嘘じゃないですよ?そのおかげで今日までこうして無事に生きてられましたから」
「いや……はぁ?凄腕の機械工学のエンジニアか何かだったのか?だから一人で生きてこれたってわけか」
「はは、ここまでしたのはカナちゃ……いえ、とある子の為だったんです……今は、数か月ほど、空けてるんですが」
フジオの問いに男性はそういって答えるが、その顔には影が薄くあった。他人の機微には興味の薄いフジオでもわかる。どうやらそのカナ何某という子は、男性にとって大事な人だったらしい。
そしてここでフジオに天啓が降りる。貰ってばかりだった恩に対して、一挙に返せる機会こそ今であると。
「……その子を、探しには行かないのか?」
「っ、行け、ないんです……それにもうその資格なんて……はは、臆病だって笑ってください」
フジオは男性の声に混じる後悔の音に気付く。そしてここに至って男性の己が身を顧みない献身にも心当たりがついた。臆病、といえばそうなのだろう。こんな世界で数か月帰っていないということは、つまりはそういうこと。そして探しに行けないというのは、見つけてしまえば帰ってくる希望も消えるからだろう。
ならやはりここで自分が動くべきだとフジオは考えた。
「なら、俺が探しに行こう」
「……いえ、大丈夫です。迷惑をかける訳には行きませんから」
「それを言うなら、俺はアナタに迷惑をかけっぱなしだ。少しくらい返させてくれ」
「っ、フジオさんだって分かってるでしょう!?ア……あの子はきっと、もう……!」
男性はフジオの言葉に顔を歪めて言葉を吐き出す。口ははくはくと空気を噛み、黒縁に囲まれた瞳からは困惑の混ざった怒りの色が見えている。しかしフジオはそんな男性に真っ直ぐ目を合わせて続ける。
「だから確かめるんだよ。そうじゃなきゃアンタ、いつか死んじまうだろ」
「……だから、なんだっていうんです。あの子がいない今、生きていたって……」
「その子がアンタにとって大切なら、アンタがちゃんと見つけてやるんだ。そうじゃなきゃ進めないだろうアンタも、その子も」
「あ……」
思い至らなかった、という風に男性が頭を下した。見つけてやることで前に進むという選択肢は、きっと今の今まで彼の中にはなかったのだ。見ず知らずの通りすがりのフジオが諭すまで。
「それに、もしかしたらその子だって生きてるかもしれないだろう。俺やアンタが生きてるみたいに」
「そう……ですね。ええ、そうでした……諦めていました……こんな世界だから希望なんて無いと……でも、違うんですねフジオさん」
男性は震える声を出しながらもその胸の前で強くこぶしを握りしめ、バッと顔を上げた。人好きのする爽やかな顔。と評していた彼の顔は今、燃えるような決意が宿る顔へと変わっていた。
「ありがとうございます。フジオさん……決めました、もう一度探しに行きます……諦めずに!」
「その意気だ、ならやっぱりアンタはもう休みな。俺は仮眠はとれてっからよ。明日の朝改めて話し合おうじゃねえか」
「っ、はい。お言葉に甘えます。ではおやすみなさいフジオさん」
フジオがおやすみと手を振るのを見届けて、男性は勇み足気味に去っていった。気負うのはいいが寝れるのかね。フジオはそう零しながら、上階への階段を上っていくのであった。
Tips
ディッパー
虫の特徴を持ったゾンビの変異種。見た目は肉々しい肉腫が頭部から胸部を覆っている1~1.3m程度の大きさのノミに似ている。発達した脚は常にしゃがみ込むような姿勢になっており、指が太く長くなったような三対の前足で獲物を捕らえ、吻のようになっている口を突き刺して捕食する。
直線的な移動が速く、粘着質な分泌液を吻から吐き出して足止めに使う。捕食対象が逃げないよう、捕獲後に分泌液に浸して固定することがある。
ディッパーは未成熟な体の人間が、泥や土等の何かに埋もれた状態で死にかけた場合に変異する事が多い。
本名が出ないキャラはモブとして死にます。