追放ニート侍~もしもパーティーを追放されたのが本当に最低の屑だったら~ 作:RYUZEN(孔明)
「あの、まやく、ってなんですか? やくそうの、なまえ?」
純真な目をした少女の疑問に、ジャックやキクコはたじろいでしまい答えられない。麻薬なんてこの年の子供に教えるようなものではないし、母親がその中毒者であるとなれば猶更である。
だがヘイザは膝をついて視線を少女に合わせると、敢えて包み隠さずに言う。
「よく聞け、娘。お前の母親が摂取していたのは薬ではなく毒で、母の具合が悪かったのはそれが原因だ」
「ちょっとヘイさん! 相手は四歳なんですよ!?」
「相手が四歳だから、お前の母親はじきによくなるなんてその場凌ぎの嘘で誤魔化せばいいのか? その方が余程残酷だろう」
「うっ」
ヘイザの何時になく真剣な反論に、キクコは黙り込んでしまった。
もしも少女に他にちゃんとした大人の親類がいるならそちらに事情を説明して、少女に対しては曖昧な言葉で誤魔化すこともそれはそれで良しだ。しかし見る限りアイラ・トンプソンという少女には薬物中毒の母親以外に身内はいないだろう。仮に父親がいたのだとしても、妻と娘をこんな状態で放置するような男など碌でもない人間に決まっている。
四歳だろうとなんだろうと、直ぐにでも向き合わなければならない問題なのだ。残酷極まる話だが。
「どく? じゃあいつもの、おくすりをとらなければ、かあさんは、もとどおりになるんですか?」
「……ルサルカ、どうなんだ?」
「隠していたってしょうがないから、はっきり言うよ。かなり重度の中毒症状が出ている。治るかどうかは分からない」
「そんな……」
ルサルカの診断にキクコが絶望的な顔をする。すると部屋を調べていたジャックが声をあげた。
「ご主人! 部屋のベッドの近くに怪しい袋が置いてありましたよ! もしかして薬物が入っていたんじゃないですかね」
ジャックが持ってきた袋をひっくり返して中身を調べる。
「独立戦争の切っ掛けとなったアスフォデルス麻薬かと思ったが、少し違うようだ。アイラ、この薬についてお前の母はなにか言っていたか?」
「え? このおくすりがあると、きぶんがいいとか。しあわせになれるとか。あと”だっぽう”だからだいじょうぶとか」
「――――脱法ドラッグか」
脱法ドラッグとは規制されている薬物の構造を少しだけ変えることで『法律上は麻薬ではなく』することで法の網の目を搔い潜った薬物である。しかし法律上麻薬でないから安全かというとまったくそんなことはなく、下手すれば既存の薬物よりも強い依存性やリスクがあることも多々ある。
今は規制されているがアスフォデルス麻薬が正にそれだ。麻薬伯と呼ばれたミゲル・フラスカーノは帝国政府と癒着し、極めて依存性が高いアスフォデルス麻薬を合法的に売りさばき巨万の富を得た。度重なる新大陸の民衆の抗議にも拘らず、麻薬伯とグルの帝国政府がアスフォデルス麻薬を一向に規制しようとしなかった事は、独立戦争が起きた最大の原因である。
「これが脱法ドラッグなら購入することは法的には合法だ。つまり……この女が逮捕されることはないが……」
「ま、待ってくださいよ! ということは逆に言うと、アイラちゃんのお母さんがこんなことになったのに、麻薬を売った人を退治したりできないってことですか!?」
「そういうことになるな」
ヘイザが首肯するとキクコが憤慨した。
「むずかしいおはなしは、わからないです。おかあさんに、やくそうをうってたおじさんは、わるいひとなんですか? わるいひとなのに、やっつけちゃ、だめなんですか?」
「…………」
ヘイザは沈黙する。理屈でいえばその通りだ。薬物がまだ合法である以上、それを買った母親だけではなく売った売人も無罪であり、よってその売人を法で裁くことはできない。勝手に私刑にすればこちらが犯罪者だ。
「――――嘗て似たようなことがあったね。このアメーリア大陸にのみに咲くアスフォデルスの花から、安価に作れるアスフォデルス麻薬。当時は脱法だったそれを使い巨万の富を築き、帝国の政治にすら干渉した麻薬伯ミゲル・フラスカーノ」
それは新大陸のみならず帝国本土においても、未だ最も忌むべきものとして知られる名前である。
当時、度重なる新大陸の民衆の抗議にも拘らず、麻薬伯とグルの帝国政府はアスフォデルス麻薬を一向に規制しようとしなかった。
そして正しい法的手続きで裁けぬ巨悪が現れた時、人々はどういう手段に訴えるかは歴史が証明している。
即ち、私刑だ。
「そのミゲル・フラスカーノのカルテルに対して攻撃を開始したのが、あのハルノが率いる冒険者パーティーの風林火山だった」
「そうだ。当時の冒険者ギルド本部はフラスカーノの麻薬カルテルへの攻撃を理由に、風林火山を冒険者パーティーから除名し犯罪者として指名手配をしたが、結果は冒険者ギルドの非主流派が冒険者を焚きつけてのクーデターだった」
この一件で当時冒険者ギルドの主流派だった者たちは、クーデター派によって皆殺しにされた後、新体制となったギルドは風林火山への処分を撤回して完全支持を表明。新大陸中の冒険者が風林火山に合流し、独立戦争へ発展していくことになるのだ。
「そんな歴史の話はいいですよ! それよりどうにかできないんですかヘイさん!」
「ご主人……」
二人は縋るような顔をするが、生憎とヘイザにそれに応えるつもりはなかった。いつものふざけた表情を作りつつヘイザはあっけからんと答えた。
「どうにもできねぇでござるな。拙者たちは冒険者であって復讐代行だの義賊ではないんでござるよ」
「べ、別に殺せなんて言ってませんよ! ただこのまま野放しになんかできないじゃないですか!」
「ふむ。では仮に法律云々は無視して希望通りドラッグの売人に然るべき報いを与えたとするでござる。で、それからどうするんでござる?」
「ど、どうするって、なにがですか?」
「この娘のことでござるよ。母親はこんな様で、財産のほうも薬物を買うのに使い切ってすっからかん。まあ生きてはいけぬだろうな」
新大陸はどんな生まれで身分の低い者でも、実力があれば成り上がる事のできるチャンスの地だ。その一方で弱者保護などの福祉分野では、帝国本土や東方の帝国と比べ遥かに劣っている。一文無しの借金持ちになれば容赦なく奴隷にされ、奴隷にする価値すらなければ捨て置かれるだけだ。
そして薬物中毒の女など、正に奴隷にする価値もない弱者である。
「べ、べスカトーレさんに頼めば、俺みたいに下宿させてくれるんじゃ?」
「体力のある成人の男を住み込みで働かせながら下宿させるのと、四歳の幼女を引き取るのは訳が違う」
ピシャリと言い切る。
「だがまあアイラのほうは、なんとかなるかもしれぬ。運が良ければ孤児院に入れるかもしれんし、四歳で読み書きができる頭があるなら、養女に欲しがる者もいるかもしれん。いっそ奴隷として身売りすれば、それなりの高値がつくだろう」
「けど母親のほうは、駄目だね。一文無しの薬物中毒者を無償で世話してくれる慈善家なんて、この大陸には存在しないよ」
ルサルカが続けて言う。そしてヘイザたち自身もまた慈善家ではないのは言うまでもない。
「じゃ、じゃあどうしろって言うんですか!」
「ギルドへ戻って事情を説明し、依頼を取り消して貰う他なかろう。まさか依頼を実行して、脱法ドラッグを入手するわけにもいくまい」
不真面目であることを信条としているヘイザだが、譲れぬ一線というものがある。特に麻薬というものは死ぬほど大嫌いだった。
「もし……わたしが、いっぱい、おかねを、かせぐことができれば、あなたは、おかあさんを、たすけてくれるんですか?」
黙って話を聞いていたアイラがおもむろに口を開いた。ジャックとキクコが驚いたようにアイラを見る。
「稼げぬだろう」
ヘイザが冷たく応えると、アイラは四歳とは思えないほど強い意思を瞳に輝かせながら言った。
「いまは、むりでも、いつか、かせげるようなります。おかあさんをたすけてくれたら、なんじゅうばいにしてぜったいに、かえします。だから、たすけてください」
「おかあさんを、か。わたしを、とは言わぬのだな」
「…………?」
心底から意味が分からないという顔をするアイラに、ヘイザの中でなにかが切れた。
「ジャック、キクコ、ルサルカ。拙者はこれから行くところができた。三人でギルドへ戻って、事情を報告してきてくれでござる」
「行くって、どこへ?」
「決まっているでござろう」
一人で出ていこうとしたヘイザが振り返ると、そこにはわざとらしいとぼけた表情があった。
「ムラムラしてきたので緋桜のところへ行ってくるでござる! 今日は帰らんでござるよ!」
キクコの存在しないはずの心臓が、凍り付く心地がした。