追放ニート侍~もしもパーティーを追放されたのが本当に最低の屑だったら~ 作:RYUZEN(孔明)
五年前、負のスパイラルの只中にいたデイリー・ペースは日銭を稼ぐために大規模キャラバンの護衛依頼を受けた。
言うまでもなく当時八級冒険者パーティーでしかなかったデイリー・ペースが、大規模キャラバンの護衛なんていう仕事を単独で引き受けられた筈がない。そのキャラバンは護衛のための冒険者を大勢かき集めていて、その中の護衛兼雑用全般という一番の下っ端仕事としてどうにか滑り込んだのだ。
流石に雑用担当でも九級や十級はいなかったので、八級のデイリー・ペースが護衛に加わった冒険者の中では一番の格下だった。デイリー・ペース以外には六級や五級の冒険者がちらほらいて四級の冒険者が数人と、三級の冒険者も一人だけいた。
内乱終結直後ということもあって高位冒険者が希少だった時代である。一人だけだったとはいえ三級冒険者を雇えたというところが、そのキャラバンの規模を示していた。
たった一人の三級冒険者は実力だけではなく人間的にもよく出来た人物で、護衛隊でぶっちぎり最下層のデイリー・ペースにも、
「そう畏まるな! 俺だって八年前に九級冒険者だった頃は遭遇したオーク相手に小便ちびって呆れられっちまうようなヘタレだったんだ! 他の奴らだって大抵似たようなもんさ。こうやって大勢の冒険者と仕事する機会なんてそう多くあるわけじゃないから、手が空いたら先輩冒険者に色々話を聞いてみるといいぞ」
このようにフランクに接してきて、アドバイスをくれる程だった。
逆に八級冒険者であるデイリー・ペースを露骨に見下す者には「お前だって昔は八級だっただろうが。こいつらを見下すのは過去のお前を見下すもんだぞ」と窘めた上で納得させる、とにかく人間のできた好漢だった。
マイケル達デイリー・ペースはその三級冒険者のアドバイスをしっかり聞いて、雑用をこなす傍らで積極的に先輩冒険者とコミュニケーションをとり、得難い経験談を多く聞くことができた。
依頼は順調で、たまに襲ってきた魔物もなんの犠牲もなく返り討ちにして、何事もなく終わる…………筈だったのだ。最後の最後、目的地まであと少しというところになって野生のドラゴンに襲われるまでは。
「ど、ドラゴン!? なんでドラゴンなんているの!?」
「お、おおお、落ち着けミラさん! き、きっとこれは夢だ。頬を抓れば……」
「馬鹿ジェイク! 現実逃避してる場合か!?」
ドラゴン。それは新大陸に数多く生息する魔物の中でも最上位に危険な存在である。三級以上の高位冒険者でも複数人掛かりでなければ討伐できない怪物だ。
そんなものと遭遇してしまったことでデイリー・ペースは完全に動揺しきっていたが、他の冒険者やキャラバンの商人達も似たり寄ったりであった。
だが一人だけ例外がいた。
「隊列を組め! デイリー・ペースは隊商の護衛に専念しろ! ドラゴンだからってビビることはねえぞ! これだけの冒険者が揃っているなら勝てない相手じゃない!」
急なドラゴンの襲来に竦みあがる中、三級冒険者の男は奮い立たせるように叫び自ら先陣をきってドラゴンへ向かっていった。その背中に勇気を貰った冒険者たちは彼に続いてドラゴンに立ち向かっていき、或いは魔法で援護射撃や回復魔法を飛ばしていった。
マイケルが村で聞かされていた冒険譚なら、この戦いは勝利で終わっていただろう。奇跡的に死亡者ゼロの完全勝利か、犠牲は出るものの討伐には成功というのがお決まりの流れだ。
しかし村に届くような冒険譚などというのは、生存者バイアスの塊のようなもの。華々しい冒険譚という成功例とは別に、語られない失敗例は山のようにあって、そしてその戦いは残念ながら後者だった。
冒険者たちはよく戦った。
家を片足で踏み潰せるような体躯と、頑丈な魔物だろうと一撃で灰も残さず焼き尽くすブレスを放つドラゴン相手に、個々の力は及ばないまでも連携で互角に渡り合っていた。
その均衡が崩れたのは、やはり冒険者たちを纏め上げていた三級冒険者がやられたからだろう。ドラゴンのブレスに対して防御魔法を唱えようとした女魔法使いが、詠唱を噛んで失敗するなんていう初歩的なミスのせいで失敗し、一瞬で消し炭になったのである。
だが誰も魔法を失敗した女魔法使いを責める事はなかった。十秒後に女魔法使いはドラゴンの右足に潰され、ミンチになったからである。
それからは酷いものだった。
連携もなにもない。ある者はただひたすらに魔法を唱えまくり、ある者は恐慌状態になりながら突撃して踏み殺され、ある者は背を向けて逃げ出したところをブレスで焼き払われた。
そしてドラゴンと戦った冒険者たちが全滅する中、最低ランクだったが故にキャラバンの護衛に回されたデイリー・ペースだけが最後に残ってしまった。
「あ……ああ……」
それは誰が漏らした呻き声だったか。
マイケルか他のデイリー・ペースの誰かだったか、それともキャラバンの商人たちか。
キャラバンの商人たちはマイケル達に自分たちを守れと助けを求めたりはしなかった。マイケルなんて八級冒険者に助けを求めても無駄という理性が残っていたのではなく、声を出す気力すらドラゴンの威圧に奪われていたのだろう。
ドラゴンの視線がこちらを向く。ドラゴンはにったりと笑うように赤い――――先輩冒険者たちの血で赤く滴った牙を覗かせた。
(俺たちの、冒険は、ここでおしまいかぁ)
せめて食い殺されるのではなく、ブレスで一瞬で痛みもなく焼き殺されますように。そんな風に祈りながらマイケルは全てを諦め、目を閉じようとして。
「――――パーティーのリーダーが真っ先に生還を諦めるな」
そんな声がしたかと思うと、マイケルの横をとんでもない速度で何かが通り過ぎた。
マイケルがそれが人影で侍の風貌をしていると認識した時、全ては終わっていた。
「うそ、だろ?」
一撃である。
侍は神速でドラゴンの懐に潜り込むと、そのまま真上に跳躍してドラゴンの首を一太刀で刎ねてしまったのである。
いとも容易く行われたそれが、まったく容易いものでないことをマイケルは一番良く分かっている。
これがマイケルとヘイザのファーストコンタクトだった。