追放ニート侍~もしもパーティーを追放されたのが本当に最低の屑だったら~ 作:RYUZEN(孔明)
偽クベーラ――――その正体はヘイザが看破した通り、弟子のウィステリアであった。ウィステリアはクベーラから叩き込まれた構えをとる。奇しくも、いや当然のようにヘイザがとった構えも同一のものだった。
じりじりとした緊張感。
先に仕掛けたのはウィステリアだった。初速にして全速力を出す縮地と呼ばれる技術を用いて距離を詰めると、狙ったのはヘイザの首だった。
サー・クベーラから叩き込まれた剣術は生粋の殺人剣。ありとあらゆる技が、最終的に相手を殺すことを目的とされている。相手が師匠かもしれない相手だろうと容赦はなかった。
『いい踏み込みだ、速さをあげたな』
「っ!」
並の相手なら反応すらできずに首と胴体が泣き別れしていたであろう一撃を、ヘイザは当たり前のように受け流すと刀を返して峰で足首を狙ってきた。ウィステリアは後ろへ跳躍しつつそれを躱すと、今度は高速の連続突きを放った。だがただの連続突きではない。黒の魔法による『影分身』を組み合わせた本当に分裂した突きだった。
クベーラのこの技を純粋な剣術で相殺してみせたのは、彼の白騎士リチャードだけである。
ヘイザはリチャードに倣おうとはしなかった。ウィステリアに見せつけるように、まったく同じ技を繰り出してくる。
ぶつかり合う刀と刀。技の威力はまったくの互角。だが、
『
ウィステリアは技を放つのに全神経を集中させていたのに対して、ヘイザは技を放ちながら同時に魔法を唱えてみせた。ウィステリア自身の影から、二つの手が伸びてきてウィステリアを拘束しようとする。
「くっ!」
正面の突きの対応を疎かにすれば串刺し。かといって影から延びる手を無視すれば、動きを止められどのみち串刺し。どちらも待っているのは死だけだ。ウィステリアはヘイザの連続突きのうち急所にくるものだけを死ぬ気で迎撃しながら、魔力を総動員してどうにか詠唱を唱える。
「
シャドー・ボムと呼ばれることもある、黒属性の魔力を球体状に込めて炸裂させるだけの初歩的攻撃魔法。それをウィステリアは自らの目の前で起爆させた。
ヘイザは余裕をもって後ろへ飛びのいて躱すが、ウィステリアは自らの魔法を自分で浴びてダメージを負う羽目になった。
「はぁはぁ……」
しかし自爆ダメージを負い、幾つかの刀傷を負ったが安い代償である。なにせそうしていなければ死んでいたのだから。
『そんなものか?』
「――――! まだ、まだ!」
挑発するように指をクイクイと動かすヘイザに、ウィステリアは悔しさを滲ませつつも、口元に僅かな笑みを浮かべたまま斬りかかっていった。
「すげぇ……ご主人、あのクベーラを圧倒してるぜ……」
二人の激しい戦いを間近で見ていたジャックは、感嘆したように呟く。
一騎打ちが始まって既に三十分が経過していたが、戦いはヘイザ優位に進んでいた。この事態にクベーラの下に集まった数千の兵士たちは動揺を隠せないでいる。彼らからすれば自分たちのボスと互角に戦えるのは、死んだハルノを除けば白騎士リチャードだけだと思っていたのが、訳のわからないぽっと出の侍に上回られているのだから当然だろう。
「圧倒? いや確かに力量でヘイザのそれが上回っているのは確かだが、それだけじゃない」
「ノーマンさん、それだけじゃないってどういうことですか?」
「あの二人、動きの型というものがまったく一緒だ。それでいて全ての動きにおいてヘイザが一回り上回っている! そのせいでクベーラの技が、全て無効化されているんだ」
「――――!」
ジャックはもう一度、集中してヘイザとクベーラを凝視する。
剣術はさっぱりなジャックだが、そう言われてから見ると確かにヘイザとクベーラの動きは非常に似通っているような気がした。
「ご主人の戦い方が、クベーラと同じ……?」
ジャックの呟きにキクコがなにか気づいたような顔をした。
キクコがなにかに気づいたのと殆ど同じタイミングで、ヘイザの肩を刃が掠める。これに激昂したのはウィステリアだった。
「ふざけるな。なぜこの程度の攻撃が当たる? 手を抜いているのか!」
『手を抜いている?』
怒り任せに振り下ろされた黒い刃を、これまた力任せに吹っ飛ばしながらヘイザが言う。
『己を過小評価するな。お前の腕が良いだけだ。いや、腕を上げたのか?』
「っ!」
技量というより刃にありったけの黒属性の魔力を込めた力任せの一撃に、ウィステリアは数メートルほど吹っ飛ばされた。
「この強さ……やはり本物……」
そして事ここに至りウィステリアは目の前の相手が、本物のサー・クベーラその人であると確信した。それはこの戦いを間近で見極めていたロス中尉も同じだった。
『ここで終わらせるか?』
目的は遂げたのだから十分ではないか、とヘイザが訊いてきた。
しかしウィステリアは首を横に振る。
「いいえ、続けます」
なにせウィステリアにとって、これは五年ぶりの敬愛する師との交流なのだ。
半端に終わらせるくらいなら、死んだほうがマシだった。
『いいだろう。では続けよう』
そうして戦いを終わらせるべくヘイザが奥義の構えをとる。ウィステリアもまったく同じ構えをとった。
戦いを固唾をのんで見守っていたキクコが、ジャックを小突こうとして、指がすり抜けてしまったので囁くように言う。
「(ジャックさん、あのヴァシリッサ・ウィロウの洞窟の冒険を覚えてますか?)」
「(どうしたんだ? 内緒話なんかして? そりゃ覚えてるけど)」
ヴァシリッサ・ウィロウの洞窟。
それは依頼人に洞窟の調査を命じられたら、七雄の遺産を探す者たちと遭遇し、すったもんだの末にその遺産を手に入れてしまった一件だった。ヘイザによればあの時に手に入れた遺産――――ハルノと七雄が描かれた肖像画は緋桜に預けてるらしい。
「(あの時、ヘイさんは七雄はもう四人死んでいるって言ってました。でも実際には生き残ったとされる七雄はドン・ルチアーノとリチャードの二人だけ。五人死んでいたんです)」
「(単純に間違えたんじゃねえか?)」
「(もし間違いじゃないとしたら?)」
「(へ?)」
「(死んでいるとされている七雄の一人が、実は生きていることを身をもって知ってたから、うっかり生存者に自分を含めてしまった。そう考えることはできませんか?)」
「!」
そこまで言われたら鈍いジャックでも、キクコがなにを言わんとしているか理解してしまった。
「(よく見ているじゃないか。正解だよ)」
そしてそのキクコの推理にお墨付きを与えたのは、さっきから唯一ヘイザ達の会話を盗み聞いているルサルカだった。
ジャックとキクコはサー・クベーラの正体であると言われたヘイザを見る。偽のクベーラと相対する顔は、普段の不真面目さを欠片も感じさせない真剣そのものの表情で、これが英雄の眼差しだと言われたら納得するしかないものだった。
ヘイザとウィステリアが同時に動く。
互いに同じ奥義の応酬。膝をついたのはウィステリアの方だった。
「お見事、です」
その時、兜に入った一撃から徐々に皹が広がっていきパキン、と音をたてて割れた。
露になった素顔は、朝露をまとったような少女のそれだった。戦いを見守っていた者たちが、サー・クベーラの素顔なんてことを忘れ、敵味方の区別なく見惚れてしまう。
「サー・クベーラの正体が……女だと?」
少し遅れてノーマンが呟くと、やっとその衝撃的な事態に思考が追いついたのかざわめきが広がり始めた。
「そこまで! 勝負あり! この勝負、サー・クベーラ改め……サー・クベーラが弟子! ウィステリアの敗北!」
ロス中尉の言葉に事情を知らされていなかったであろう半数の兵士たちが動揺し始めた。
「拙者の勝ちなら、約束通り軍を引くでござるよ」
「はい、師しょ――――」
「ウィステリア!!」
思わず師匠と言いかけたウィステリアをロス中尉が制した。ウィステリアは師と呼びかけたいのを吞み込むと、
「貴方とは……話したいことがあります……。私たちと一緒に来ては、いただけませんか?」
「断る」
「残念です。ですが我々は諦めませんぞ。我々の戦争は、まだ終わってはいないのです。――――戦いは終わりだ! 全軍退却だ!」
ロス中尉が号令すると数千の兵士たちが一斉に退いていく。
たかだか三十のヘイザ達にそれを追撃できるはずがなく、それを黙ってみているしかなかった。