追放ニート侍~もしもパーティーを追放されたのが本当に最低の屑だったら~ 作:RYUZEN(孔明)
仕事がある、とビアンカに言って家を出たカスパールだったが、その足の行く先は自分の会社とは反対方向だった。そうして人気のない路地裏まで来ると、手持ちの鞄を地面に置いて周囲をキョロキョロと見まわした。
「半径20mに生き者の臭いなし、大丈夫だな」
「(生きてなくてごめんなさい)」
実はカスパールの足元の地面に潜んでいたキクコが心の中で呟くが、カスパールがそれに気付くことはなかった。
そしてカスパールはおもむろに服を脱ぎだした。
シャツとズボンを脱ぐと露わになるのは赤黒い意匠が施されたタイツ。脱いだシャツとズボンを綺麗に畳むと、鞄の中から黒いマントと兜のようなマスクを取り出す。
「さあ、では今日も――――」
マントを羽織りマスクを被る。
若き実業家が一転して、夜に活躍するヒーローの出で立ちになった。
「食事をしつつ、街の平和を守らなくてはな! とう!」
使い魔である蝙蝠を街中に放ちながら、カスパールが跳躍する。
最近ヘスティア州において活躍する正体不明の覆面ヒーロー、ヴァンプマン。それがカスパールの裏の顔だった。
「ヘイさぁあああああああああああああああああん!」
正にヒーローの変身を間近で目撃したキクコは、興奮と困惑が入り混じった表情のままヘイザのところへ飛んできた。
「ヴァンプマンです! カスパール・バルベリーニはヴァンプマンでした!」
「あ、ああ……うむ。拙者もさっきカスパールが入っていった路地裏から、蝙蝠男が出てくるのを見てしまったでござる」
ヘイザはこの一件がただの浮気問題でないことは予想していた。カスパールの本性にきな臭いものを感じていた。しかし正体がヘスティア州を騒がす覆面ヒーローのヴァンプマンだったなんていう真相は斜め上である。
「と、とにかく追おうじゃないか! もし本物ならサインを貰いたいし!」
「ルサルカ……お主、もしやファンなのか?」
「当然じゃないかっ! 謎の覆面ヒーローに憧れるのは男の子の専売特許じゃないんだよ!」
いつもの色欲的なものとは違う興奮で顔を赤くするルサルカに急かされるように、ヘイザは俊足を飛ばしてカスパール――――もといヴァンプマンを追跡した。
街にある商店のドアが思いっきり蹴破られると、バンダナで顔を隠し旧式のマスケット銃を持った押し入ってくる。
「やい! 大人しくしろ、声をあげるな。金を出せ!」
「ご、強盗!?」
「声をあげるなっつってんだろうが! 死にてえのか!」
商店の娘が悲鳴を上げると、強盗が怒鳴りながらマスケット銃を突きつける。声をあげるなと言いつつ怒鳴り声もあげることからも察せられるように、この強盗はプロではなく金がなくなったので場当たり的に犯行を起こしたど素人だった。
「やめて! 助けて!」
「このアマ……ッ!」
故にパニックになった娘を、苛立ちのまま銃殺しようと引き金に手をかけたその時だった。
「オラァ!!」
「あべし!?」
いきなり現れた黒マントをはためかせた全身タイツ男が、有無を言わさず強盗の顔面を殴り飛ばした。
「こ、この名乗りもせず、いきなり現れての問答無用の顔面パンチは――――ヴァンプマン!!」
マスクで顔の上半分は分からないが、露わになっている口元が安心させるように弧を描く。
「怪我はないなお嬢さん? もし怪我をしているならこのポーションを飲むといい」
「あ、だ、大丈夫です! 直ぐに助けに来てくれたお陰で……」
「そうか、それは良かった。では私はこの血の気の多い男に罰として余分な血を抜いてから、自警団の屯所に放り込んでおこう」
そう言ってヴァンプマンは注射器で男から死なない程度に血を抜きとると、げっそりした男を担ぎ上げる。
「待ってください! せめてお礼になにか、うちの商品を好きに持って行ってください!」
「気持ちだけ受け取ろう。さらばだ! 戸締りは忘れるなよ!」
とう、とわざとらしく叫ぶとヴァンプマンは男を担いだまま跳躍する。
そしてメモ用紙に強盗犯の罪状やどの店を襲ったのかなど必要な情報を書き込むと、強盗犯の顔面に貼り付ける。
以前、ただふん縛って屯所に悪党を放り込んだところ、自警団がそれが本当に犯罪者なのか分からず面倒になったので、こうしてちゃんとメモ用紙を顔面に貼り付けてから放り込むようにしているのだ。
そうしてヴァンプマンは自警団の屯所前に強盗犯を放り投げると、再び屋根と屋根とを跳躍しながら夜の闇へ消えていく。
「さぁ我が使い魔の蝙蝠たちよ。次なる助けを求める声を…………む? 誰だ?」
背後の足音にヴァンプマンが振り返ると、そこには三人の男女がいた。ヘイザとルサルカとキクコである。
「もう隠してもややこしくなるからばらすが、冒険者の『紅の足音』でござる。依頼があって お主をずっと尾行していた。ヴァンプマン……いや、カスパール・バルベリーニ」
ヘイザが本名を告げると、ヴァンプマンことカスパールが観念したようにマスクを脱いだ。
「そうか。遂に俺がハーフ・ヴァンパイアのダンピールであることがばれて、討伐のための冒険者が送られてきたのか」
「そんな重大案件のつもりじゃありませんでしたよ!」
勘違いしているカスパールに、キクコが噴火したように叫んだ。