追放ニート侍~もしもパーティーを追放されたのが本当に最低の屑だったら~ 作:RYUZEN(孔明)
その日、ヘイザはペスカトーレの宿屋の応接間で来客を迎えていた。
相手はバトラー伯爵家の次期当主であるというご令嬢である。
「伯爵家の次期当主である私が、ここまで足を運んだのは他でもない。ヴァルゴ・ハルファスを決闘で倒し、偽クベーラ決起など数々のクエストで活躍したとされる奴隷拳士ジャックを、買いたいからだ! 私の護衛としてな!」
偽クベーラ事件で大きく名を上げたのはヘイザだけではない。紅の足音の他のメンバーも相応に名を上げたのだ。特にジャックはあの大魔法使いファウスト・バルザードの息子で、一級冒険者のヴァルゴ・ハルファス相手に勝利した奴隷拳士ということで一躍有名人である。
キクコがヒソヒソ声でジャックに話しかけた。
「(ど、どうするんですジャックさん! あんなこと言ってますけど!)」
「(お貴族様のお嬢様の護衛って、面倒臭そうだな……礼儀作法とか五月蠅そう。今の自由で気楽なライフスタイルは嫌いじゃないし現状維持が一番ありがたいんだけど、こればっかりは決めるのはご主人だからなぁ)」
そう、たとえ名を上げようとジャックが奴隷であるという事実は変わらない。よってその身を売るも売らないも奴隷主のヘイザの自由なのだ。
「ジャックは貴重な戦力でござるから、買い取りとなると高いでござるよ~」
「金はある。言い値で買おう!」
「ならジャックに大金貨66兆2000億枚」
「……は?」
「ジャックに大金貨66兆2000億枚」」
「払えるかぁーーーーーーーーーーーーーーー!!」
伯爵令嬢が噴火した。大金貨66兆2000億枚なんて国家予算どころか帝国のありとあらゆる金貨を搔き集めても足りないだろう。
「払えぬならお引き取りを願うでござるよ」
「むむむ。ヴァルゴ・ハルファスを倒したと聞いてお父様を説得して、大金貨100枚用意してきたのに」
「ぶふぉぉ!」
大金貨66兆2000億枚とかいう荒唐無稽な額ではなく、現実的な超大金を提示されたことにジャックは噴き出してしまう。
「何度言われようと返答は変わらん。帰ってくれでござる」
「分かった。どうやら値を吊り上げようっていう駆け引きの気配もない完全な没交渉のようだからな。大人しく引き下がろう」
伯爵令嬢は残念そうに言うと、そのまま引き連れている従者や護衛の騎士と共にとぼとぼと帰っていった。
「良かった。ヘイさんのことだからお金に目をくらんでジャックさんを売っちゃうと思ってました」
「ついこの前までならそうしたが、クベーラのことを知られてしまった以上、手放すに手放せん」
サー・クベーラが実は生きて冒険者をやっているなんていう情報は世界にとって爆弾だ。特に帝国には新大陸以上にヘイザの正体はとんでもない意味を持つ。どれだけの金を積まれようと渡すわけにはいかなかった。
「安心しましたよ。俺もここでの暮らしに愛着湧いてきたところっすから」
「で、ここで僕から提案なんだけどジャックに鎧の一つでも買ってあげたらどうだい? ジャックっていつも皮の服一枚で戦ってたしね。前衛のジャックが強化されるのはパーティー全体にとっても良い話だろ。特に後衛の僕にとってはね」
「それもそうでござるなぁ」
ルサルカにしては真っ当な提案だったのでヘイザは考え込む。
伯爵令嬢が提示した大金貨100枚というのはあながち法外な額ではない。一級冒険者とも戦える拳士というのはそれくらいが相場だ。ヘイザが本気で彼女と商談をしていれば値段を大金貨200~300枚程度にまで吊り上げる自信はあった。今頃ヘイザに格安でジャックを売った奴隷商人は泣いて悔しがっているだろう。
そしてジャックに大金貨100枚以上の価値があるということは、ジャックがクエスト中に死んだらそれだけの損失があるということだ。
「よし、ではジャック用の武具と防具を一通り買いに行くとするでござるか」
そうして買い物の予定が決まった。
ヘイザ達がやって来たのはアダムズ市の馴染みの店ではなく、ヘスティア州の州都にある武器屋だった。
ルサルカがヘスティア州の州都に評判の店があるという話をしたので、折角ならばと遠出してきたのである。
店に入ると二十代そこそこの年若い男が一人いた。一見するとその若さから店番をしているバイトか、店主の弟子あたりと思うところだが、ヘイザは男のどこか神秘的な佇まいから彼が店主であり、この店の武具や防具を制作している鍛冶師であると直感した。
「いらっしゃい。見たところお侍だし、東洋の鎧甲冑がお目当てかな? それとも刀かい?」
「いや今日は拙者ではなくジャック――――奴隷の武具と防具を見繕いにきた」
「あの。俺は格闘戦メインっていうか格闘しかできないんですけど、こんな俺に合う鎧ってありますかね? できれば動きが阻害されない程度のやつがいいんですけど」
「あるぞ。金属じゃなくてドラゴンの鱗を加工したこの鎧なんかは、鉄製の鎧なんかよりずっと軽い」
そう言って店主は緑色の鱗で作られた鎧を持ってくる。
試しに持ってみると確かに軽い。それに出来栄えも見事だった。空を飛ぶドラゴンの鱗は鉄より頑丈な上に軽いという夢のような素材であるが、優秀な錬金術師でなければ加工が難しい。これほどの代物を作り上げるということは店主は腕のいい鍛冶屋であり錬金術師なのだろう。
「防具じゃなくて武器の方は、メリケンサックはどうだい? 黒魔法特攻の聖メリケンサック、白魔法特攻の魔メリケンサックに炎のメリケンサック、氷のメリケンサック、毒のメリケンサックなどなど。各種取り揃えてるぜ。状況に応じて素早くメリケンサックを交換することで、どんな相手にも対応できるぞ」
「でもお高いんでしょう?」
キクコが店主が並べたメリケンサックを見てそう尋ねた。
「ああ。勧めた商品を全部買うとざっと大金貨100枚だな」
「俺の命と同じ値段!?」
ジャックは自分の売値と同じ大金貨100枚のメリケンサックに仰天した。キクコが大金貨100枚ってどれくらいの大金なんですかね、と聞くとルサルカは短く「家が建つくらいだね」と簡潔に答えた。
「多少自画自賛になるけど、ここは高位冒険者御用達の店だから、どれも値ははるよ。でも高い金を払うだけの価値はあるってことは断言させてもらう」
店主の目は真っすぐで自分の腕への自負に満ちている。
ヘイザは少し悩んだが、最終的に命を預ける装備にはケチらない生来の性質が決断させた。
「……まあ下手な装備を買ってジャックが死んだりしたら、大損こくのは拙者でござるからな。全て買おう」
「まいどあり」
「こんな立派な装備買ってもらっちゃって、ありがとうございます」
「そのかわり死ぬのは許さんでござるよ。死んだ上に装備まで略奪されたりしたら、地獄まで追って行ってぶん殴るでござる」
「うっす!」
気合を入れながらジャックが頷いた。その時、新たな客が入ってきた。甲冑に身を包んだ女騎士の冒険者である。
「スミス! 装備の全点検をお願いします!」
「またかよ!? クエスト行くたびに持ってくるな……」
「半分は貴方に会いに来る口実です。――――おや? 貴方はいつぞやの?」
女冒険者はヘイザを見ると、驚いて目を見開いた。
それはヘイザも同じである。なにせ彼女はヘイザがマイケルから追放されて直ぐに受けた決闘代理人の依頼で戦った二級冒険者のイングリッドだったのだから。
このようなところで再会することになるとは思っていなかった。
「はいはい拙者たちは馬に蹴られる前に退散するでござるよ~。ごゆっくり」
だが別に積もる話なんてないので、挨拶もそこそこにヘイザは店を出て行った。
「どうやら高位冒険者御用達というのは本当だったみたいだね」
「あの人は明らかに別の目的で御用達にしてましたけどね」
一流の武具と防具が並ぶ店、ブラックトップ工房。
若いが確かな実力と、温和な人柄から贔屓する冒険者は多い。
そして後で聞いた話によれば、男前な店主にアプローチをかける女冒険者も多いということだった。