追放ニート侍~もしもパーティーを追放されたのが本当に最低の屑だったら~ 作:RYUZEN(孔明)
ソロモン大陸の中心部である帝都シリウス。その宮殿の玉座に五年前から座るのは女帝ルシフェラ・アガレスである。廃愚帝シモンのせいで勃発した新大陸の内乱を即位後直ぐに治めてみせた手腕から、太祖女帝の再来であるとの呼び声も高い。
そんな彼女は秘密警察長官とその部下のマロウ・クロムウェルから不愉快な報告を受けていた。
「この報告は……まことか? 虚偽であれば一族皆殺しでも足りぬ大罪だぞ?」
「全て事実でございます。私自身で裏どりも済ませました」
ルシフェラの怒気の混ざった眼光を向けられた、秘密警察長官のジューダスが無表情のまま答える。
ジューダスは先帝派でありながらクーデター後に詰問を受けた際に一切の弁明をせず「道具はただ使われるのみです。陛下が凶器を罪人として裁きたいのでしたら、そうなさるが宜しいでしょう」と顔色一つ変えずに言い放ったことで、ルシフェラに逆に気に入られ、そのまま現職に留め置かれたという経緯を持つ男だった。今更ルシフェラに怒りを向けられたくらいで平静さを失うことはない。
「そうだな、マロウ」
「は、はぃ! その通りですとも! 偉大なる皇帝陛下と、我が先祖にかけて誓いまする!」
急に上司から話を振られたマロウは慌てて答える。
ジューダスが鋼の心臓を持っていても、部下のマロウまで同じものを持っているわけではない。マロウは緊張で冷や汗をダラダラと流しながら心臓をバクバクと言わせていた。
「ハーヴェイ……私のクーデターに協力し、頼りに思っていた腹心ですら、私を裏切るのか」
「我が部下ハーヴェイは軍人としての誇りと忠誠を見失いました。ですが陛下。全ての者が忘恩不義の輩ではございませぬ。この私をはじめ多くの帝国軍人は、陛下のお味方でございます」
落ち込むルシフェラに発言したのは、帝国軍最高司令官のルベウス・ハレー元帥だった。
「そう言うお前は私が廃嫡された時、どの陣営についた?」
「……先々帝陛下です」
「そこで先帝と言わぬあたり計算高いなルベウス。油断ならぬ我が元帥よ」
「…………」
ルシフェラの皮肉にルベウスは押し黙る。ルベウスはハーヴェイと同じくクーデターの時にルシフェラに味方したというのは同じだが、それ以前に彼女が廃嫡される時には敵対した過去があったため、全幅の信頼を得られてはいなかった。
「父の愛を失い廃嫡された私について最後まで戦ってくれたのは、ヴィルヘルム・ヴェラ・ウァレフォル侯爵とその一家だけだった」
ルシフェラは物憂げに今は亡きウァレフォル家について話し始める。
「別に優秀であれとなど高望みはすまい。ただ私を決して裏切らぬ者が、一人くらい側に欲しいというのは、それほどまでに贅沢な望みだというのか?」
「我々家臣一同、陛下に忠誠を尽くしております」
「私は陛下が帝位にある限り、決して裏切りはしません」
ルベウスとジューダスが其々言った。
「ハーヴェイも同じことを言っていたよ。私も奴ならば信じられると思ったから、新大陸を任せたのだ。結果はこの様だがな」
「そのハーヴェイのことですが、どのようにされますか?」
これ以上主君の愚痴を聞き続けるのは無用と判断したのか、ジューダスが強引に話を変えた。
「そうだな、殺すのは確定としてどう殺すかだな」
「はい」
ルシフェラも大事な時間を延々愚痴を続けて浪費するほど愚かではなかったので思考を切り替える。
ホムンクルスの研究開発だけでも死に値する大罪であるというのに、加えて反乱計画の立案まで加われば、それが功臣であろうと族滅は免れない。だがホムンクルス研究開発は表沙汰にできない以上、ハーヴェイとその一族を処断する場合、公にできる物証がないのだ。そのため事情を知らぬ者たちから『もしかして冤罪を被せられて粛清されたのでは』などという要らぬ勘繰りを抱かれかねない。
だとしたらハーヴェイの反乱未遂については公にせず、彼を表向きにはただの『病死』として処分するほうが無難ではあった。だがそれはそれでホムンクルス研究開発と反乱未遂という許されざる大罪を犯した男に、正当なる報いを与えられないということでもある。
ルシフェラがどうしたものかと形のいい顎に手をあて考えていると、慌てた様子の秘密警察が入ってきて報告する。
「陛下! アメーリア大陸より急報です! ディミトリ・ハーヴェイ大将閣下が、自宅にて首を吊って死んでいるところを発見されました!」
「ハーヴェイが自殺? なるほど、証拠が押さえられたことを感づいて観念したのでしょう」
ルベウスは報告を聞いて納得するが、ルシフェラは引っ掛かりを覚えた。
(あのハーヴェイが証拠を押さえられた程度で自殺するような、潔さがあるか? 奴なら自らの才能と帝国の情報を手土産に他国へ亡命するかしそうなものだが……)
「如何されますか、陛下」
ジューダスの冷たい眼光を受けながら、ルシフェラは決断した。
「……ハーヴェイは駐留軍司令官の立場を利用し大規模な横領をしていた。そしてその証拠が秘密警察に捕まれたため首を吊った。そういうことにせよ」
「御意」
それだけでルシフェラの意図を完全に悟ったジューダスが一礼する。ジューダスに任せておけば三日もすれば、ハーヴェイが大規模な横領をしていた偽の証拠が出来上がっているだろう。
「そしてハートフォード中将、そなたをハーヴェイに代わる駐留軍司令に命じる。その最初の仕事は分かっているな?」
「はっ。逆賊ハーヴェイに組していたあらゆる人間及び、奴の生み出した研究成果を全て抹殺し闇に葬ることです」
ルベウスの隣にいた彼より一回りほど若い軍人が、威勢よく答えるとルシフェラは満足気に頷いた。
「お待ちくだされ陛下。全てとは、今回の調査に雇った『紅の足音』も含めてでございますか?」
マロウが恐る恐る口を開いて聞いてきた。
「今回の一件で帝国の弱みを握ったと、ゆすってくるような愚か者であればそう命じましたが、そうでないならいいでしょう。中々道理が分かっているようですし、今後なにかあれば利用しても構いません。新大陸内のことは冒険者を動かすのが一番いい」
「は、ははー!」
安心したように平伏するマロウ。秘密警察の人員らしからぬ人の好さを持つマロウは、人死にを避けようとする傾向があった。
「ところでジューダス長官。新大陸へ国外追放されたウァレフォル侯ヴィルヘルムの息子の行方は?」
「新大陸へ追放となったウァレフォル侯は八年前に病死。そのご子息であるミハエル様もそのすぐ後に火事で亡くなられ遺体すら見つかりませんでした」
「そこまでは知っています。それで……――――続きを早く」
「……恐れ多くもハーヴェイは陛下のホムンクルスを作り出す計画を企てていたので、奴の保管していた『血液』についても調査を行いました。結果、陛下の血は存在しませんでした。が……その中から侯爵家の血を発見いたしました」
「では彼は生きているかもしれないのですね!」
「いえ。まだそうと決まったわけでは――――」
「ジューダス長官! 秘密警察の総力をあげてミハエルの行方を捜索しなさい。もし発見したら、その者が奴隷だろうと犯罪者だろうと、男爵の爵位をやってもよい」
「……承知しました」
ジューダスは十中八九無駄骨に終わると思っていたが、皇帝の道具であると自認する彼は特に文句もなく従った。
そんないつにない執着心をむき出しにするルシフェラを見てルベウスは、心の中で嘆息した。
(あの氷のような陛下がこうも執着するとはな。ハーヴェイは陛下に忠誠を誓っていた。だがひょっとすると私が忠誠だと思っていた感情は別のもので、それ故に奴はこんなことをしでかしたのかもしれんな)
ルシフェラが即位して五年。皇族の中から一人養子を迎えただけで、未だに伴侶はいなかった。